夢を見ていた。
夢の、中にいる。睡眠には身体の眠りと心の眠りがあるらしくて、今は身体の眠り。心は起きていて、私は私の見せる夢を見ている。
夢の中、私は私の会いたい人に会いに行く。方法は簡単。その人のことを心に思い浮かべながら、夢の中、白い世界をひたすら歩いて行く。
すると、ほら、ぼんやりと人影が見えてきた。
「スミノさん。」
艶やかな黒髪を不思議な形に結い上げた女の人が振り返る。
スミノさん。私に眠りの魔法をかけた魔女。
「ユメ。」
ふわりと笑うこの人は、十代の娘のようにも幾人もの死を見送った老媼に見えることもある。
「今日もよろしくお願い致します。」
今日、と言っても、私の一日は夢の中の一日。私は私の心が起きている間は、スミノさんに会いに行って勉強を教わっている。語学や算学、政治、史学、そして魔法。他の学問はともかく魔法は私が目覚めてみないと身についているのか、モノにできているのかどうか分からないらしい。
「でも私の魔法は医術の延長のようなものだから、論理だけでも学んでおいて損は無いわ。」
そう言ってスミノさんは首を傾げる。
「素養はあると思うのだけど・・・」
スミノさんは伯母、私の母の妹だ。とても聡明であると同時に自由奔放で、母が十六で父と結婚した時には既に家を出て、各地の魔法学校、魔女の元を転々としていたらしい。
そして私が初めてスミノさんに出会ったのは生まれた時、でもその時のことは勿論覚えていなくて、記憶にあるのは私の六歳の誕生日のことだ。
私の父は大陸の東にある国、ミヅハ国の第七代国王。私はその一人娘だ。五人の后を抱える父王は、中々子宝に恵まれ無かった。ようやく第二夫人である母の元に生まれた私は、それはそれは慎重に育てられた。
―その身体は健やかに美しく、その心は空っぽの傀儡となるように。
「生まれた時はあんなに泣いたり笑ったり忙しい子だったのに、久しぶりに会ったら目が虚ろなんだもの。」
スミノさんは六歳の私のことを、そう語る。私の六歳の誕生日には、実に多くの人が招待されていた。隣国の十歳の王子から、五十歳の大領主まで。父王にとって私は、王家の血を継ぐためのただの肉の器であった。
多くの婿候補に取り囲まれ、からくり仕掛けの人形のように動く私の前に、スミノさんは誰よりも色濃く、それでいて私以外の誰に気付かれることもなく現れた。
「魔法というよりは体術よ。」
と後からスミノさんは言ったが、私は驚いて、ただぼんやりと目の前の魔女の瞳に魅入られた。スミノさんの目は、私の目の更に奥を見透かし、種のままひからびようとしていた私の心を優しく拾い上げた。
「ユメ、ユメ。私の大事な姪っ子ちゃん。私の可愛いお姫様。あなたの願いは何ですか?」
スミノさんは、黒い目をしている。私の記憶の中で、最も鮮やかな色が。この黒だ。スミノさんに問われて初めて、私は自分の願いというものを意識した。私の心は何の願いも持っていなかった。ただ、私の身体が一つだけ、願いを持っていた。私は身体の願いを言葉に置き換え、口にした。
「・・・眠りたい。」