08
手の中からさらさらと砂が零れ落ちるように、掴んでいたものがなくなってゆく。
鮮やかな日常。
それは虚像だった?
みんな、カインを見ていたのではないか。
自分はいなくなってしまったカインの代わりだったのではないか。
カインはどこへ行った?
あんなに鮮やかだったのに、もう色がわからない。
きらきらと眩しい光のような日々だった。
けれど今、その光は全てどこかへ流されて、底なし沼のような空虚がぽっかり顔を覗かせている。
カインはどこ?
扉を開き、中へ入った。
「おれがいなくなったら、ソランは一人で生きるんだよ」
廊下の先でカインが微笑む。
「いやだ、カインッ」
走り寄り、その腕を掴もうとしたけれど、気づいたらカインの姿はなかった。
「おれの記憶は、ソランが生きる邪魔になるね」
上の方からした声にハッと振り向く。階段の中ほどにカインがいた。
「カイン…」
「全部消してあげるよ。きみの記憶からも世界の記憶からも、全部」
「そんなことできるはずない」
ふっと後ろに人の気配。
「できるよ。命を懸けて魔法をかければ、おれにはできる」
ソランやカインは王族だ。王族は特に、強い力を持つ。
「カイン…」
振り返ると、そこにはリュークが立っていた。
「ソラン、」
「リューク、おれはカインじゃない」
リュークが好きなのはカイン。カインもリュークが好きだった。
「わかってる。おれはソランが好きなんだ。言ったろ?昔からおまえが好きだったって」
「うそだ」
「うそじゃない」
リュークは強く言い、ソランの頬を優しく撫でる。
「ずっとおまえが好きだった」
その瞳に隠しきれない想いを滲ませて。
睫毛が震えた。その目を見ていられず、ソランはすっと視線を外す。
「ソラン、受け入れてくれ。おれと生きよう」
リュークと生きる?
「ずっと側にいる。ぜったい離れないから」
カインはどこへ行った?
光が見つけられないんだ。空虚にとりつかれたこの心をどうしたらいい。
「ソラン、カインならおまえの心に生きているじゃないか」
ソランは目を見開いた。ああ、頭が痛い。
「リューク…リュークは覚えてるんだ」
ソランはリュークの腕をガシリと掴む。
「カインは?カインは本当に、」
ズキリと頭が激しく痛んだ。
リュークはソランの腕を外し、その体をそっと抱きしめる。
「ああ、そうだ。カインはもうどこにもいない」
なに?頭に響く心臓の音がうるさくてよく聞こえない。
いや、わかっている。だって誰も、カインを覚えていない。いや、母なら…父なら覚えているかもしれない。
城にはカインの部屋があるはずだ。どこかで静養しているのかも。
「、ソラン!」
ソランはリュークの腕から抜けだし駆けだそうとして、ガクリと膝から崩れ落ちた。
「ぅおっ」
リュークがなんとか支えてくれる。
頭が痛い。はぁはぁと荒い息をしている自分。体が熱い…。
「…ソランおまえ、すごい熱じゃないか」
すぅっと意識が遠退いた。