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人気者のソラン。
人当たりがよく、みんなに慕われている。
「ソラン、ちょっと変わったよな」
「うん…うまく言えないけど、なんか変わったよね」
ソランが生きているかぎり、カインは死なない。
ソランという名のカインという存在を、ソランは世界に刻みつけてゆく。
空虚に住み着かれた心で。
「ソラン…おれの前では"ソラン"でいてくれよ」
寮部屋。
そろそろ眠ろうと思っていたときに、リュークが痛々しい顔をした。
「おれはソランだよ。みんなが知っての通り」
ソランは口許に弧を描いてみせた。
耐えられないという風にガバリとに抱きしめられる。
「ソラン、カインのために自分を殺すな。おまえはソランだ。カインじゃない。カインはもう、」
「カインは生きてる。おれの心に。…そう言ったのはリュークだろ」
すると抱擁を解き、肩を強く掴まれた。
「おれはおまえに生きてほしかったんだ。なのにこんな、これじゃ意味がない」
ソランはたしかに生きている。…カインとして。
心を殺して、己を殺して、カインという存在になりきろうとしている。
どうすればよかったというのか。
カインの後を追って死んだ方が幸せだった?
己を殺して生きるより、体は死んでも、心のままに在れるなら。その方がソランは幸せなのか?
「生きてるじゃないか。ちゃんと。おれはここにいる」
光のない世界でも、空虚なままの心でも、カインのためと思えば生きていられる。
それしか生きる意味がない。
全ての光が浚われた世界で、ソランを導く唯一の希望はカインの記憶だった。
「おれじゃダメなのか?」
リュークは力なく言う。
「おれじゃダメなのか」
ソランはそれに答える言葉を持たない。
リュークは項垂れ、倒れるように椅子に座りこむ。
この先には果てなく続く闇しかない。ソランの世界はとっくに死んでいる。死んだ世界をカインのために生きている。
死んだ後に広がる永遠の世界はどんな色?
「くそっ」
己の無力さに涙が出る。
ソランは佇んだまま、眠そうな眼でそんな彼をぼんやり眺めていた。