第六話(後):料理を作ってみよう
エルフの少女フィーオ。彼女を守る使命の与えられたオークのマルコ。
少女の手料理を楽しんでいる時、急激な体調不良がマルコを襲う。
そこに聞こえる謎の高笑い。
果たしてマルコは、この危機からフィーオを守り抜けるのか。
霞む目を声の方向に向けたら、そこにはローブを来た人影が見える。
頭にフードを深く被らせており、内側の顔は全く見えない。
アレはフィーオと初めて逢った日、彼女を追っていたエルフ狩りの魔術師だ。
「イイ姿だな、糞オークがっ。俺はお前のおかげで地獄を見たんだよ」
「勝手ナ事ヲ言ウ。貴様ノ自業自得ダ」
俺は痺れる身体をなんとか支えつつ、魔術師に口答えした。
「エルフ狩りってのは、もっと静かで豊かで、救われてなきゃダメなんだよぉ!」
だが魔術師は聞こえない様子で喚き立てている。
エルフの族長に捕まった後に、なにか色々とされたのだろう。
はっきり言って俺は関係無い気もするが、犯罪者に正論を唱えても無駄だ。
「なによ、私を誘拐しようとした癖に。当然の報いとして全身の皮を剥がされなさい!」
「そこまで酷い事されてねぇわっ」
ローブの男が悲鳴のように叫んだ。
「煩いわね。口から海鳥を詰め込むだけ詰め込んで、二度と喋れなくしてやるわよ」
「ブヒヒィ(そして地面に埋めて醗酵させてやるばい)」
「ふんがー(排泄部にストロー挿してやるけんのぅ)」
「なにこの人たち怖いっ」
元野盗のオークの二人、ポークとピッグがいつの間にか俺たちの傍に居た。
「てかあのオーク、土から出て来てるじゃん。丸焦げじゃん。オークゾンビかよっ。マジ怖いっ」
「ブヒヒィ(ふん、トリックだよ)」
説明してみろ、そのトリックの内容。
このオーク二人は、かつて魔術師の仲間だった。
だが今は、どうやらこっちに着いてくれるらしい。
「フィーオ、小屋ニ隠レテイロッ」
俺の言葉を聞いて、フィーオが小屋の中へと後ずさった。
「分かったわ、でも気を付けてマルコ。ポークにピッグ、彼をお願いね」
「「ブヒヒィ&ふんがー((合点承知ぃ!))」」
猫は少女の肩から飛び降りると、彼女を守るように扉の前で小さく唸っている。
よし。彼女さえ無事ならば、今はそれでいい。
俺たちオーク三人に睨まれつつも、魔術師は何も気圧されないようだ。
「ふんっ。お前ら低俗なオークどもが裏切った所で、何の障害にもならん」
そう言って、ローブの男は魔術を唱え始める。右手に火球を浮かばせた。
「まずは動けない貴様からだ、喰らえっ」
俺はグッと口を噛んだ。
俺たちオークは対魔力が低い。魔術には無防備なのだ。
このままでは、やられるっ。
「くらえぇっ、ファイアーボォ」
「はーい、真っ赤な闘魂はご遠慮くださーい」
ローブの男が、その無防備な背後から羽交い締めにされた。
「ぬぐっ? 貴様、ヌケサクかっ。雇い主の俺に逆らうかっ!」
「俺たちは、政府や誰かの道具じゃない。いつも自分の為に戦ってきた」
なに言ってるんだろうな、あいつ。だが、ありがたいっ。
俺たちと魔術師が睨み合っている間に、ヌケサクが忍び寄っていたようだ。
彼もまた、エルフ狩りをするあの魔術師の仲間であった。
だがこうして俺達の味方となったのは、敵を完全に無力化しているのを見れば分かる。
「森ん中だぜ。ファイアーボールなんか使われたら、そこら中が火の海だ」
全くその通り。この魔術師、魔力は強いようだが、頭はかなり悪い。
俺は痺れる体を気合で奮い起こし、なんとか立ち上がった。
「エルフノ里デ、監禁サレテイルト思ッテイタガナ」
「あの様な檻、我が使い魔の力を使えば簡単に脱獄できるわ」
「にゃーん」
猫があくびをした。
確かに、あんな輩の自慢話を聞かされたら動物ですら眠くなる。
俺はふらつく足を堪えて、ローブの男に歩み寄った。
「ナラ今度ハ、俺ガ捕ラエテヤルヨ」
「おー怖い。オークの捕虜などごめんだね」
ローブの男はそう生意気な口を聞き、俺の顔を睨みつける。
ヌケサクに拘束されては、もう魔術など使えまい。
だが、俺はその男の大胆不敵な余裕に、嫌な物を感じた。
俺の体を痺れさせているこの毒。料理に混ぜたのは、この男に違いない。
であれば、その毒が二つと無い、などと誰が言えようか?
「離レロ、ヌケサク」
「え? しかしマルコの兄貴……」
「おせぇよっ」
男はそう言って、フードで覆われた後頭部をヌケサクにぶつけた。
「ぐぅっ? こいつ、フードの中にトゲを隠して……ぐぁ」
ローブの魔術師に振り払われるヌケサク。ゴロンと転がり、身動き取れないようだ。
やはり。恐らくトゲに毒を塗っていたな、俺に使った奴と同じ毒を。
「死ねよやぁ。行くぜ行くぜ行くぜ俺の必殺技パート2ゥ! ファイアー……」
……え?
なに?
こいつ、なんで、この『距離』で、魔術を使おうとしてるの?
「フンッ」
「ほげぇぇぇぇ!」
俺の八艘飛びからの正拳突きを胴に受けて、魔術師は森の奥まで吹っ飛んだ。
「バカなっ。この『距離』を一跨ぎして殴って来るだと?」
地面で転がりながら、魔術師が驚愕の声を上げる。
あ……あぁ、そうか。
そういやコイツには殆ど、俺が格闘技を使うの見せて無かったな。
「悪イガ、コノ程度、俺ニハ『零距離』ニ等シクテナ」
「おのれおのれおのれぇーっ。そもそも毒で苦しいはずでは無いのかぁ」
まぁ確かに身体は痺れているが。
「動ケナイ程デナケレバ、拳ハ振ルエル」
「くそがぁ!」
次の魔術を使われる前に追撃をしようと、俺は一歩を踏み込んだ。
だが魔術師の身体が、急速に広がる灰色の煙で包まれていく。
これは、スモーククラウドか。目隠し用の緊急魔法だ。
「今回は顔見せに過ぎんわっ。次は殺すっ! 必ず殺すっ!」
そう叫び声が聞こえ、ザッザッザッと走って逃げる足音が遠ざかった。
流石にこれを追える程、身体の痺れは取れていない。
俺は大きく息を吐き、足元をよろけさせながら小屋へと戻った。
「ブヒヒィ(大丈夫ですかい? 兄貴)」
「大事無イ。フィーオ、無事ダロウナ」
ひょこっと小屋から顔を出す少女。
うむ。かなり危険な奇襲を受けたが、なんとかなったようだな。
「私は無事だけど、猫が居なくなっちゃったの」
見れば、確かにあの猫がどこにも見当たらない。
今の騒動で逃げ出したのだろう。
「今日マデ森デ生キ抜イタンダ。大丈夫サ」
「うん……そうだよねっ」
にぱっと笑って、フィーオは俺の背中を叩く。
「今日もありがとね、マルコ。お礼に、今度こそ自慢の刺身料理を食べさせてあげるわ」
* * *
洞穴でぶっ倒れているローブの男。
魔術師は殴られた胸に出来た拳の痕を見て、更に痛みがぶり返す思いだった。
「うごごごっ。おのれ糞オークぅ、武道家が殴るとは卑怯なり」
「武道家だから殴るんでしょうが」
その声の主は、銀色の毛をした猫だった。フィーオの肩に乗っていた猫だ。
猫は二本足で立ちあがり、洞穴の奥まで進んでいく。
転がる魚の骨をつまらなそうに齧ってから、魔術師に再び話し掛けた。
「卑怯って意味なら『毒を使う魔術師』って方が余程卑怯でしょ」
「クィーン! 我が愛しき使い魔よ、そんな悲しい事を言わないでおくれ」
「だいたいオイラに毒を運ばせるなんて……オイラのこの手を汚せというのかい?」
痛みで呼吸困難になりつつも、魔術師は必死で猫に許しを乞う。
「そう言いながらも、俺の傍から離れないクィーンはツンデレ猫だなぁ」
「はいはい」
「でも、なぜあのオークは倒れなかったのだ。象すら気絶する猛毒なのに」
魔術師の疑問を聞いて、猫が髭をピンっと立てる。
「あぁ。だって料理に毒なんて入れてないからね」
「えぇぇぇ!? なぜ、どうしてぇ!」
驚愕の声で猫に問い詰める。
だが、猫は飄々とした顔でアッサリと言った。
「あのエルフの子が味見したら大変じゃん。この人でなし」
「うわぁぁぁん。俺は大変な目に遭っても良いのかよぉ」
猫は、泣きわめく自分の主人を冷たい目で見詰め、ふと思い出す。
毒を入れていないにも関わらず、オークは体調不良を起こしていた。
あれは、何故だったのだろう?
* * *
本日のリザルト一覧。
マルコ。フィーオの『作り直した料理』に当たって、瀕死。
ピッグ。同じく瀕死。
ポーク。同上。
フィーオ。味見していないのでセーフ。悲鳴と絶叫の上がる小屋から逃亡中。
ローブの男。翌日も痛みが止まず「骨折れたかも……」と呟いて瀕死。
銀色の猫。刺身を食べたにも関わらず無事。今日も魔術師をからかっている。
ヌケサク。毒状態のまま誰にも気付かれず森に放置。生死の境で反復横跳び中。
第六話:完
魚といえば、私はアジを釣って捌いてアジフライにした事があります。
スーパーの魚では無く、生きた魚の頭を包丁で落とす時は緊張しましたなぁ。
なお川魚の刺し身は珍しく無いですけど、素人料理は控えましょう。(迫真)
それでは、楽しんで読んで頂けたならば幸いです。ありがとうございました!