表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/80

第六話(前):料理を作ってみよう

「何? 料理ヲ作リタイ?」

「うん。今まで野草のスープとか炒った木の実ばっかりだもん」

 まぁ森の中で生活していれば、こういう物が主食になる。

「もっとちゃんとした食事がしたいの。だから、料理を作らせてっ」

 わがままエルフ少女の名を欲しいばかりにしているフィーオが、そう強く言い切った。

 お、おおお……。

 俺は目元に手を当てながら、思わず呻いてしまう。

「どうしたの、薬が切れたの? 俺が消える? ディープスロートより聞こえは良い?」

「切レンワイ。消エンワイ。聞コエンワイ」

「ほほぅ。料理ですか、お二人さん」

 そう言いながら、元野盗のヌケサクが包丁を片手に現れた。

「こう見えても私は料理に煩いですよ。食は万里を越える。餃子一日百兆個」

「ソレ作リ過ギダカラナ」

「え? でも万里の国民の腹を満たすには、やはり豚肉七千億頭ぐらいは必要かと」

「豚ヲ絶滅サセルツモリカ、貴様」

「俺の紅の養豚場が真っ赤に染まる。ケツの毛毟られて鼻血も出ねぇ豚はただの豚だと轟き叫ぶ」

 こいつは無視しよう。


 ともかく、サボりたがりで面倒くさがりのフィーオ。

 彼女が、こうして自発的に料理をしたいと、教育係の俺に言ったのだ。

 こんなに嬉しい事は無い。

「大袈裟なんだから、マルコは。スープとかなら私も作った事あるでしょ」

 そう言って、フィーオはヌケサクから包丁を奪うと、小屋の外の調理場に立った。

「オークのマルコには分からないでしょうけど、エルフには気品ある食事が必須なの」

 まぁ、俺は種族として確かにオークだ。エルフの都合に詳しくは無い。

 そんな彼女が『気品ある料理』を求めるならば、それは尊重するべきだろう。


 * * *


「大丈夫カ? 指ヲ切ッタリシナイカ?」

「そんなに間抜けなわけ無いじゃない」

「鍋ガ重カッタラ俺ガ持ッテヤルカラナ。ア、皿トカ用意シテヤロウカ?」

「うるさいなぁ。気が散っちゃうよ」

 俺は調理場から追い出された。

 フィーオが包丁を使って食材を刻んでいる、そのたどたどしい音だけが耳に入る。

 うぅむ、心配だ。

「包丁で頭叩いて……鱗を取って、と」

 お? 魚料理かな。エルフにしては狩りの好きな彼女だ。まぁ無難な食材だろう。

 動物の殺生はあまり好まない俺だが、まぁ釣って捌いてしまった物は仕方ない。

 食べて供養するのも生きる者の役目である。


「アンギャアーーーー」

「オイ、誰カ死ンダゾ!?」

「生きた食材なだけよ。入って来たら駄目だからね」

 声がするって事は魚じゃないのかよ。

 鳥の血に悲しめど、魚の血には悲しまず。声有るものは幸いなり。

 菜食優先主義としては、ちょっと食べ辛くなったな。

「んで、身を水でよく洗ってから、乾いた布巾で包む」

「タスケテェェェェ」

「ウワァ喋ッタァッ! ナンカ助ケ呼ンデルシッ」

 調理場に入ろうとしたが、フィーオの背中が放つ「入るな」オーラに圧される。

 くぅ、いったい何を作ろうとしているのか。いや何で作ろうとしているのか。

「首から尻尾まで刃を入れて、はらわたを取り出す」

「セメテ殺シテカラニシテェェェ」

 もうダメだ、我慢できん。俺は調理場に飛び込んだ。

「あ、入っちゃ駄目って言ってるのにっ」


 そこには目元を布で覆われた魚を捌くフィーオと、逆さ吊りで火に炙られるオークが居た。

 ヌケサク率いる元野盗三人組の手下オーク、ピッグだ。

 全身から肉の焼ける良い匂いをさせつつ、ピッグはこっちを見て叫んだ。

「ブヒヒィ(た、助けてくれマルコの兄貴ぃ! 魚が生きたまま捌かれてるんですっ)」

「イヤ、オマエノ姿ノ方ガ気掛カリダヨ、俺ハ……」

「ブヒヒィ(これは単なる紳士的趣味ですから)」

 油の入った桶をピッグに掛ける。

「ブヒヒィ(まだだっ! まだだっ! スネェェェェ……ク!)」

 大炎上し、巨悪は滅びた。

 阿呆の丸焼きはヌケサクに片付けさせつつ、俺はフィーオの前で捌かれる魚を見る。

 殆ど身と骨だけになっているが、それでも僅かに体を痙攣させていた。

「なによ。残酷だって言うの?」

 言葉は強気だが、少し困った様子で眉を曲げている。

 なるほど。この調理方法を見られたら、俺が気分を悪くすると思ってたんだな。

 俺は首を横に降った。

「サァナ。ダガ調理ノ方法ニ貴賎ナド無イ、ト思ウ。等シク命ヲ食ラウノダカラナ」

 とはいえ食材で遊んでいるならば、俺も叱りつけていただろう。

「ソウイウ料理ガ有ルノハ知ッテイル」

「ふぅーん。前から思っていたけど、貴方ってオークにしては色々と知ってるわね」

「昔、チョットナ」

 ともかく、どうやら調理……刺身料理の方はきちんと進んでいるようだ。


 * * *


「はい、完成したよー」

 暫くして、調理場からフィーオが声を掛けて来た。

 ふむ、魚の刺し身など東方の辺境で食って以来だな。

 俺とヌケサクは腰を上げると、食事台の前へと足を運んだ。

「豚の丸焼きでーす」

「ブヒヒィ(美味しく食べてね)」

 全身をこんがりと焼いてテーブルの上に転がるピッグに、俺は塩を振りかけた。

「ヨク揉ミ込ンデヤルカラナ」

「ブヒヒィ(いやあぁぁ、染みるぅあぁあっ。もっとソフトにぃっ)」

「注文ノ多イ豚ダナァ。モウ地面ニ埋メロ」

「ついでにバナナの葉で覆って蒸し焼きにしましょう」

「ブヒヒィ(らめぇ! カルアポークゥゥ!)」

 ヌケサクにピッグを埋葬させておいて、俺はフィーオに向き直った。

「オイ、魚ハドウシタッ? 刺シ身ジャ無カッタノカ?」

「甘いわね。刺身料理、と思わせてからの変化球こそピッチングの基本」

「ダカラッテ、オークノ丸焼キハ食エンダロ」

「え? あんなの冗談に決まってるじゃない」

 冗談で居候を一人焼いたのかよ、こいつ。

 フィーオは髪の毛を右手でかき上げると、テーブルに布で覆われた皿を置いた。

 その布に手を掛けて、ニヤリと笑う。

「遠からん者は、音に聞け。近くば寄って目にも見よ。コレが私の、オーソドックス魚料理よ」

 布が取り上げられて、フィーオの料理が露となる。


 そこにあったのは、狐色に揚げられた魚の中骨の山であった。

「ムゥ……コレハ?」

「食べてみて。美味さで体がどうにかなっちゃうわよ?」

 いや食べてみてって言われても……。

 一見すれば料理には見えない。言うなれば残飯である。

「このヌケサクに猫まんまを食えと言うか! 不愉快だっ、女将を呼べっ」

「私だけど、なによ?」

 フィーオの絶対零度のジト目がヌケサクを貫く。

「猫まんまー。ばぶー。まんまー」

「チッ」

 不愉快そうに舌打ちしてヌケサクから視線を外すフィーオ。

 この辺の態度も直させていかないと駄目だなぁ、この子は。

「シカシ、コレハ一体ドウイウ料理ダ?」

 疑問の感じる俺に向けて、フィーオはふふんっと胸を張った。

「流石のマルコも、骨の唐揚げは知らないようね。まぁ食べてみなさいよ」

 食べろと言われても、骨しか無いのだが。

 とはいえ自信満々のフィーオだ。その上機嫌を潰したくは無い。

 仕方なく、俺はその骨をつまみ上げて、口に入れる。

 バリポリッ……。

「ムムムッコレハ」

「どう? 香ばしくて、美味しいでしょ」

 確かに美味い。骨を食べているはずなのに、なぜか柔らかさまで感じる。

 てっきり刺身料理だと思っていたのだが、まさかこんな未知なる物が出てくるとは。

「油で二度揚げしたら、骨まで柔らかくなるのよ。ふふん」

「イヤ美味イ。コンナ料理ガアルノダナ」

「私は狩人よ。命を最後まで食べる方法なんて、熟知してるんだから」

 うーむ、まぁ確かに俺は動物の肉を使った料理には知識が深くない。

 この森に住んで十年、肉料理など数える程しか食べなかったしな。

「驚イタヨ。コレハ、フィーオヲ見直サネバナランナ」

「そうよ、もーっと私に頼っていいのよっ!」

「サテ、次ノ刺身料理ガ楽シミダ」


 ピタリと止まるフィーオの高笑い。なぜか気まずそうに顔を歪めている。

 ん? 俺は変な事を言った覚えは無いが。

「さ、刺し身ってーのは、こう、スターフィンガーで三枚に下ろすアレかな」

 なんのこっちゃ。

 骨が美味いのは分かった。だが、魚は骨のみで生きるにあらず。

 やはり肝心なのは、身の方であろう。どのような料理になったか、楽しみだ。

「あううぅ、あぅあぅ」

「オイ、マサカ」

 ブルブルと震えながら、フィーオが後ずさる。

 そして意を決したのか、頭に手を当てつつ口を開いた。

「お刺身の方、もう食べちゃった。テヘッ」

 ……うーーん。

 つまり、俺が食べていたこの骨は。

「結局、残飯ッテ事ニナルジャネェカッ」

「うわーん、でも美味しいって言ってたじゃない」

 それとこれとは話は別である。

 要はメインディッシュを食べてしまったから、何とかして料理をでっち上げたのだろう。

 まぁ怒る程の事では無いから怒らないが、呆れてしまうな。

「全ク、料理人ガ料理ヲ食ベテシマウナド、言語道断ダゾ」

「違うもん。私が食べたんじゃないもん」

「嘘ヲ吐カナクテモイイ。怒ッテ無インダカラ」

 俺の言葉に、フィーオが余計に反抗する。そして、森を指差して言った。

「あの子が食べちゃったの。私のせいじゃないもーん」


 * * *


「にゃーん」

 果たしてそこに居たのは、銀色の毛をした猫だった。

 あれは、いつぞやフィーオが大鷲に襲われた時、彼女を助けた猫じゃないのか。

「お刺身作ってたらね、あの子が調理場に登って物欲しげに見ていたの。だから……」

 そういえば、彼女はあの猫に恩義を感じていた。

「助けて貰えたお礼に、あげちゃおうっかなって」

「ソウイウ事ナラ、仕方ナイナ」

「うん、仕方ないんだよ」

「にゃーん」

 猫はフィーオの肩に乗ると、人懐っこそうに彼女の頬を舐めた。

 くすぐったげにしながら、まんざらでも無い様子のフィーオ。

 ふむ。やはりペットにして飼った方が、彼女の教育に良いかもな。

「ドレ、名前デモ付ケテ、ペットニ」

 言いかけた時、俺は急な体調不良を覚えた。

「マルコ、顔が真っ青よっ。どうしたのっ?」

 これ程の急変を与える原因は、今食べた魚の骨の唐揚げしか思いつかない。

 むむぅ。これは食あたり……にしては酷すぎる。

 急激な疲労感と腹痛、そして嘔吐感……まさか、毒!?


「フィーオ、俺タチ以外ニ調理場ニ近ヅイタ奴ハ?」

「えっ? そんな事を言われても、そりゃちょっと席を離れる時はあったわよ」

 くそっ。どうやら、その時に毒を混ぜられたらしいな。

「誰ダ、俺ニ毒ヲ飲マセタ奴ハッ」

 腹から声を搾り出し、俺は辺り構わずに叫んだ。どこからか俺たちを見ているはず。

 俺が襲われる心当たりは、この十年間の平和を考えれば、殆ど存在しない。

 となれば、もはや理由は一つだけ。

「俺の後ろに隠れていろ、フィーオ」

「え? う、うん」

「フハハハハハハハッ」

 肩に猫を乗せたフィーオが俺に寄り添った瞬間、森の中から高笑いが響いた。



第六話:後半へ続く

少々長くなったので、初の前編後編モノ。

これを読み終わるかなっというタイミングで、後ほど(1時頃?)投稿します。

ぜひそちらも読んで頂ければ幸いです。


……なお、油料理の途中で席を外すのは大変危険です。真似しないでねっ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ