第六話(前):料理を作ってみよう
「何? 料理ヲ作リタイ?」
「うん。今まで野草のスープとか炒った木の実ばっかりだもん」
まぁ森の中で生活していれば、こういう物が主食になる。
「もっとちゃんとした食事がしたいの。だから、料理を作らせてっ」
わがままエルフ少女の名を欲しいばかりにしているフィーオが、そう強く言い切った。
お、おおお……。
俺は目元に手を当てながら、思わず呻いてしまう。
「どうしたの、薬が切れたの? 俺が消える? ディープスロートより聞こえは良い?」
「切レンワイ。消エンワイ。聞コエンワイ」
「ほほぅ。料理ですか、お二人さん」
そう言いながら、元野盗のヌケサクが包丁を片手に現れた。
「こう見えても私は料理に煩いですよ。食は万里を越える。餃子一日百兆個」
「ソレ作リ過ギダカラナ」
「え? でも万里の国民の腹を満たすには、やはり豚肉七千億頭ぐらいは必要かと」
「豚ヲ絶滅サセルツモリカ、貴様」
「俺の紅の養豚場が真っ赤に染まる。ケツの毛毟られて鼻血も出ねぇ豚はただの豚だと轟き叫ぶ」
こいつは無視しよう。
ともかく、サボりたがりで面倒くさがりのフィーオ。
彼女が、こうして自発的に料理をしたいと、教育係の俺に言ったのだ。
こんなに嬉しい事は無い。
「大袈裟なんだから、マルコは。スープとかなら私も作った事あるでしょ」
そう言って、フィーオはヌケサクから包丁を奪うと、小屋の外の調理場に立った。
「オークのマルコには分からないでしょうけど、エルフには気品ある食事が必須なの」
まぁ、俺は種族として確かにオークだ。エルフの都合に詳しくは無い。
そんな彼女が『気品ある料理』を求めるならば、それは尊重するべきだろう。
* * *
「大丈夫カ? 指ヲ切ッタリシナイカ?」
「そんなに間抜けなわけ無いじゃない」
「鍋ガ重カッタラ俺ガ持ッテヤルカラナ。ア、皿トカ用意シテヤロウカ?」
「うるさいなぁ。気が散っちゃうよ」
俺は調理場から追い出された。
フィーオが包丁を使って食材を刻んでいる、そのたどたどしい音だけが耳に入る。
うぅむ、心配だ。
「包丁で頭叩いて……鱗を取って、と」
お? 魚料理かな。エルフにしては狩りの好きな彼女だ。まぁ無難な食材だろう。
動物の殺生はあまり好まない俺だが、まぁ釣って捌いてしまった物は仕方ない。
食べて供養するのも生きる者の役目である。
「アンギャアーーーー」
「オイ、誰カ死ンダゾ!?」
「生きた食材なだけよ。入って来たら駄目だからね」
声がするって事は魚じゃないのかよ。
鳥の血に悲しめど、魚の血には悲しまず。声有るものは幸いなり。
菜食優先主義としては、ちょっと食べ辛くなったな。
「んで、身を水でよく洗ってから、乾いた布巾で包む」
「タスケテェェェェ」
「ウワァ喋ッタァッ! ナンカ助ケ呼ンデルシッ」
調理場に入ろうとしたが、フィーオの背中が放つ「入るな」オーラに圧される。
くぅ、いったい何を作ろうとしているのか。いや何で作ろうとしているのか。
「首から尻尾まで刃を入れて、はらわたを取り出す」
「セメテ殺シテカラニシテェェェ」
もうダメだ、我慢できん。俺は調理場に飛び込んだ。
「あ、入っちゃ駄目って言ってるのにっ」
そこには目元を布で覆われた魚を捌くフィーオと、逆さ吊りで火に炙られるオークが居た。
ヌケサク率いる元野盗三人組の手下オーク、ピッグだ。
全身から肉の焼ける良い匂いをさせつつ、ピッグはこっちを見て叫んだ。
「ブヒヒィ(た、助けてくれマルコの兄貴ぃ! 魚が生きたまま捌かれてるんですっ)」
「イヤ、オマエノ姿ノ方ガ気掛カリダヨ、俺ハ……」
「ブヒヒィ(これは単なる紳士的趣味ですから)」
油の入った桶をピッグに掛ける。
「ブヒヒィ(まだだっ! まだだっ! スネェェェェ……ク!)」
大炎上し、巨悪は滅びた。
阿呆の丸焼きはヌケサクに片付けさせつつ、俺はフィーオの前で捌かれる魚を見る。
殆ど身と骨だけになっているが、それでも僅かに体を痙攣させていた。
「なによ。残酷だって言うの?」
言葉は強気だが、少し困った様子で眉を曲げている。
なるほど。この調理方法を見られたら、俺が気分を悪くすると思ってたんだな。
俺は首を横に降った。
「サァナ。ダガ調理ノ方法ニ貴賎ナド無イ、ト思ウ。等シク命ヲ食ラウノダカラナ」
とはいえ食材で遊んでいるならば、俺も叱りつけていただろう。
「ソウイウ料理ガ有ルノハ知ッテイル」
「ふぅーん。前から思っていたけど、貴方ってオークにしては色々と知ってるわね」
「昔、チョットナ」
ともかく、どうやら調理……刺身料理の方はきちんと進んでいるようだ。
* * *
「はい、完成したよー」
暫くして、調理場からフィーオが声を掛けて来た。
ふむ、魚の刺し身など東方の辺境で食って以来だな。
俺とヌケサクは腰を上げると、食事台の前へと足を運んだ。
「豚の丸焼きでーす」
「ブヒヒィ(美味しく食べてね)」
全身をこんがりと焼いてテーブルの上に転がるピッグに、俺は塩を振りかけた。
「ヨク揉ミ込ンデヤルカラナ」
「ブヒヒィ(いやあぁぁ、染みるぅあぁあっ。もっとソフトにぃっ)」
「注文ノ多イ豚ダナァ。モウ地面ニ埋メロ」
「ついでにバナナの葉で覆って蒸し焼きにしましょう」
「ブヒヒィ(らめぇ! カルアポークゥゥ!)」
ヌケサクにピッグを埋葬させておいて、俺はフィーオに向き直った。
「オイ、魚ハドウシタッ? 刺シ身ジャ無カッタノカ?」
「甘いわね。刺身料理、と思わせてからの変化球こそピッチングの基本」
「ダカラッテ、オークノ丸焼キハ食エンダロ」
「え? あんなの冗談に決まってるじゃない」
冗談で居候を一人焼いたのかよ、こいつ。
フィーオは髪の毛を右手でかき上げると、テーブルに布で覆われた皿を置いた。
その布に手を掛けて、ニヤリと笑う。
「遠からん者は、音に聞け。近くば寄って目にも見よ。コレが私の、オーソドックス魚料理よ」
布が取り上げられて、フィーオの料理が露となる。
そこにあったのは、狐色に揚げられた魚の中骨の山であった。
「ムゥ……コレハ?」
「食べてみて。美味さで体がどうにかなっちゃうわよ?」
いや食べてみてって言われても……。
一見すれば料理には見えない。言うなれば残飯である。
「このヌケサクに猫まんまを食えと言うか! 不愉快だっ、女将を呼べっ」
「私だけど、なによ?」
フィーオの絶対零度のジト目がヌケサクを貫く。
「猫まんまー。ばぶー。まんまー」
「チッ」
不愉快そうに舌打ちしてヌケサクから視線を外すフィーオ。
この辺の態度も直させていかないと駄目だなぁ、この子は。
「シカシ、コレハ一体ドウイウ料理ダ?」
疑問の感じる俺に向けて、フィーオはふふんっと胸を張った。
「流石のマルコも、骨の唐揚げは知らないようね。まぁ食べてみなさいよ」
食べろと言われても、骨しか無いのだが。
とはいえ自信満々のフィーオだ。その上機嫌を潰したくは無い。
仕方なく、俺はその骨をつまみ上げて、口に入れる。
バリポリッ……。
「ムムムッコレハ」
「どう? 香ばしくて、美味しいでしょ」
確かに美味い。骨を食べているはずなのに、なぜか柔らかさまで感じる。
てっきり刺身料理だと思っていたのだが、まさかこんな未知なる物が出てくるとは。
「油で二度揚げしたら、骨まで柔らかくなるのよ。ふふん」
「イヤ美味イ。コンナ料理ガアルノダナ」
「私は狩人よ。命を最後まで食べる方法なんて、熟知してるんだから」
うーむ、まぁ確かに俺は動物の肉を使った料理には知識が深くない。
この森に住んで十年、肉料理など数える程しか食べなかったしな。
「驚イタヨ。コレハ、フィーオヲ見直サネバナランナ」
「そうよ、もーっと私に頼っていいのよっ!」
「サテ、次ノ刺身料理ガ楽シミダ」
ピタリと止まるフィーオの高笑い。なぜか気まずそうに顔を歪めている。
ん? 俺は変な事を言った覚えは無いが。
「さ、刺し身ってーのは、こう、スターフィンガーで三枚に下ろすアレかな」
なんのこっちゃ。
骨が美味いのは分かった。だが、魚は骨のみで生きるにあらず。
やはり肝心なのは、身の方であろう。どのような料理になったか、楽しみだ。
「あううぅ、あぅあぅ」
「オイ、マサカ」
ブルブルと震えながら、フィーオが後ずさる。
そして意を決したのか、頭に手を当てつつ口を開いた。
「お刺身の方、もう食べちゃった。テヘッ」
……うーーん。
つまり、俺が食べていたこの骨は。
「結局、残飯ッテ事ニナルジャネェカッ」
「うわーん、でも美味しいって言ってたじゃない」
それとこれとは話は別である。
要はメインディッシュを食べてしまったから、何とかして料理をでっち上げたのだろう。
まぁ怒る程の事では無いから怒らないが、呆れてしまうな。
「全ク、料理人ガ料理ヲ食ベテシマウナド、言語道断ダゾ」
「違うもん。私が食べたんじゃないもん」
「嘘ヲ吐カナクテモイイ。怒ッテ無インダカラ」
俺の言葉に、フィーオが余計に反抗する。そして、森を指差して言った。
「あの子が食べちゃったの。私のせいじゃないもーん」
* * *
「にゃーん」
果たしてそこに居たのは、銀色の毛をした猫だった。
あれは、いつぞやフィーオが大鷲に襲われた時、彼女を助けた猫じゃないのか。
「お刺身作ってたらね、あの子が調理場に登って物欲しげに見ていたの。だから……」
そういえば、彼女はあの猫に恩義を感じていた。
「助けて貰えたお礼に、あげちゃおうっかなって」
「ソウイウ事ナラ、仕方ナイナ」
「うん、仕方ないんだよ」
「にゃーん」
猫はフィーオの肩に乗ると、人懐っこそうに彼女の頬を舐めた。
くすぐったげにしながら、まんざらでも無い様子のフィーオ。
ふむ。やはりペットにして飼った方が、彼女の教育に良いかもな。
「ドレ、名前デモ付ケテ、ペットニ」
言いかけた時、俺は急な体調不良を覚えた。
「マルコ、顔が真っ青よっ。どうしたのっ?」
これ程の急変を与える原因は、今食べた魚の骨の唐揚げしか思いつかない。
むむぅ。これは食あたり……にしては酷すぎる。
急激な疲労感と腹痛、そして嘔吐感……まさか、毒!?
「フィーオ、俺タチ以外ニ調理場ニ近ヅイタ奴ハ?」
「えっ? そんな事を言われても、そりゃちょっと席を離れる時はあったわよ」
くそっ。どうやら、その時に毒を混ぜられたらしいな。
「誰ダ、俺ニ毒ヲ飲マセタ奴ハッ」
腹から声を搾り出し、俺は辺り構わずに叫んだ。どこからか俺たちを見ているはず。
俺が襲われる心当たりは、この十年間の平和を考えれば、殆ど存在しない。
となれば、もはや理由は一つだけ。
「俺の後ろに隠れていろ、フィーオ」
「え? う、うん」
「フハハハハハハハッ」
肩に猫を乗せたフィーオが俺に寄り添った瞬間、森の中から高笑いが響いた。
第六話:後半へ続く
少々長くなったので、初の前編後編モノ。
これを読み終わるかなっというタイミングで、後ほど(1時頃?)投稿します。
ぜひそちらも読んで頂ければ幸いです。
……なお、油料理の途中で席を外すのは大変危険です。真似しないでねっ!