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第六十四話(後):かごめかごめ

 誰もがポカンと目や口を開ける。王子や側近も同じ顔だ。

 トボトボと一人のオーク族が現れて、暫くしてエルフ族の少女も洞窟を出て来た。

 そして、洞窟の入り口前でドスンと座り込んだのである。


「ブヒヒィ(下がれ下がれ下がれ、下がりおろう! この方をどなたと心得る?)」

「ど、どなたって……」

「ブヒヒィ(カモンカモンカモン! 大王じゃ!)」

「下がれって言ったじゃねぇかよ豚野郎……って大王!?」


 ざわつき始める軍。

 突然の出来事に、まだ少年の王子にはどう対応すれば良いのか思考が回らなかった。

 大王、だと? 何を言っているんだ、あのオーク族は。というか降参したんじゃないのか?


「そうよっ。私がエルフ大王よっ。分かったら、さっさと森から出て行きなさい」


 えっへんと両手を腰に当てて胸を張る少女。何処かで見覚えがあった。

 確か、エルフランドの遊園地で見たような……はて?


「あぁあ!? あの子、あの子ですよ、フィーオって! ほら、王子の嫁候補の!」

「え? あ、あーーっ。そうだ、忘れてた」

「忘れちゃうんですかぁ!? 嫁候補ですよ、嫁ぇ」

「そのな、嫁って連呼するの止めてくれないか……」


 ちょっと恥ずかしそうに、王子は照れ顔の仏頂面になった。

 メンタルとしては多感な時期の子供でもある。嫁だ嫁だと言われて、愉快な気分にはならない。


「いや、連呼も何も、なんで忘れちゃえるんですか。戦争の目的でしょう?」

「すまん。全然興味が無かったんだ。面白い子だな、と思っていた記憶は残ってるが」


 そもそも評議会に無理やり決められた嫁である。しかも戦争の口実目的だ。

 意識的に少女の記憶を避けていたのは、否めない。


「うっわ。お嫁さんになるかもしれない女の子の顔を忘れるなんて、流石の私もガッカリですよ」

「なぜ君がガッカリするのかね」


 興奮したり沈んだり、厄介な病気じゃないのか。

 王子は沈鬱な気分を招く側近への疑惑を頭から振り払い、改めてフィーオを見た。

 うん、間違いない。言われたら思い出した。確かにこの馬鹿げた嫁戦争の対象だ。


「バカッ、なに考えてやがるっ! さっさと洞窟に戻れ、クソエルフ!」


 そう叫びながら飛び出したのは、黒いローブを着込んだ魔術師である。

 だが声にエンチャントを掛け忘れたのか、それは少年の声にしか聴こえなかった。


「子供達と、オーク族だけで防衛戦か……」


 側近の声を聞き流し、王子は思考を制御する。

 降参を訴えたのは少女達。どうやら抵抗を試みているのが少年魔術師だ。

 だが何やら策を持ってそうなのが前者のエルフ側であり、後者は単なる籠城だろう。


「何を考えているのやら、あの女の子。これじゃあ捕まえてくれって言ってるような物です」

「しかも実際、降参を訴えているのだからな。しかし、面白い策を使ったな」


 不思議そうに首を傾げる側近だが、王子は気付いていた。

 エルフ少女の行動によって『強行突破策』が完全に潰されたと。


「なぜ、なぜそうなるんですか」

「抵抗されるのを突破する、これは誰もが納得するだろう」


 だが、と王子は言葉を続けた。


「無力な投降者が洞窟前に居座る。それを強行突破すれば、軍隊の秩序はどうなる?」

「どうなるも何も、忠実に軍務を遂行したと」

「そう思うのは訓練された軍人だけだ。この軍隊、多くは民間人だぞ」


 側近もハッと気付いた。

 まだ年端もいかない子供を武力で排除する。それを指示する王子。

 ただでさえ軍隊のモラールはギリギリである。にも関わらず非人道的態度に出れば……。


「それに、あの不遜な態度。きっとこちらの出方をかなり想定している」

「下手に手を出せば術中って事ですか」


 そうだ。王子は頷いて肯定した。


「抵抗にしろ、無抵抗にしろ、時間稼ぎをしているのは間違いない」


 恐らくは向こうも事情があるのだろう。

 ここで軍隊の時間を潰させれば、きっとこの絶望的状況下を覆せる。

 そう判断しているのだ。


「だからこそ、僕の取る手段は一つしか無いな」


 王子は右手を上げると、突撃準備のハンドサインを取る。

 そのサインを見て取ったのは、数少ない生粋の軍人である。

 彼らは少し戸惑いながらも、だが静かに準備を整える。


「軍人のみによる強制排除と、強行突破命令による洞窟への突撃。これを同時に行う」


 人の脳は、急変する事態において全てに反応出来るようには作られていない。

 だが「目の前で起きた無害な出来事」より「命令された急な任務」の方が印象に残り易い。

 だからモラールが崩壊する前に、どさくさ紛れで事態を進めてしまうのである。


「元より士気の低い軍隊だ。いちいち深く考えなどしない、か」

「王子……」

「行くぞ、命令を下そう」


 別に殺す訳では無い。

 単に拘束するだけなんだが、王子は何気なく少女たちの最後の姿を見る事にした。


「竜退治や弱い相手はもう飽きた!」

「ブヒヒィ(最強、最強、最強ロボマシンロボ大王じゃ!)」

「発狂したのかよ馬鹿っ! いいから洞窟に戻れってのぉ!」


 やはり意味不明の事を叫んでは、周囲を戸惑わせるばかりだ。

 王子は、その右手を振り下ろした。


「行け」


 ピリリィっという警笛と同時に、数人の男がフィーオ達を取り囲んだ。

 あっという間に拘束し、その姿を運び去ろうとする。


「ブヒヒィ(わわわっ!? いきなり来たぁっ)」

「なにすんのよスケベェ! 離せったらぁ! まだ挑発伝説の途中なのよっ!?」

「言わんこっちゃねぇだろ! くそったれぇえ!」


 簀巻にされた三人を確認するよりも速く、王子は高らかに叫んだ。


「全軍突撃ぃ! 戦争の趨勢その一歩にあり! 各員、迅速に洞窟を制圧せよっ」

「鬨の声を上げよぉ」


 軍人達が一斉に「うぉおおお!」と絶叫しながら突入を開始する。

 警笛や鬨の声、上官たちの「突入、突入ぅ!」を耳にし、わけも分からず叫んで走り出す。

 先程まで困惑させていた少女達の姿など、もう意識には全く残っていなかった。


 纏まって洞窟への突入が始まらんとし、王子は少しだけ胸を撫で下ろす。

 洞窟は迷路の如く入り組んでいるが、先行する軍人達にはルートを頭に叩きこませていた。

 最前線の兵士が、間も無く洞窟にたどり着くだろう。


「ようやく戦争が動き出す。終局に向けて」

「王子、これで良かったのでしょうか」


 雄叫びに掻き消されそうな、不安げな側近の言葉。

 王子は迷いも無く頷いた。


「良い。他に手は無かった。今は戦争を終わらせる、それだけを考えろ」


 王子は、そう伝えたい。彼の脳裏にあるのは、戦争を最小限の被害で終わらせる事だけだと。

 だが、言葉は繋がらなかった。


「うっわーーーー!」


 鬨の声では無い。

 明らかに驚愕と被害を纏った、悲鳴である。

 王子は即座に悲鳴の上がった箇所へと視線を送る。


 すると、それはエルフ少女たちの三人を捕らえた、その周辺からだった。


「アレは……なんだ」

「猫の、女?」


 見ればエルフ少女達は解放されて、だが腰が抜けたのか地面に座り込んでいる。

 その中央に、右手を高く振り上げた銀色の毛を生やす猫の怪人が居た。


『悪いけどさぁ。大王への、これ以上の狼藉は許せないかな?』

「え、本当に大王だったんだ……」


 側近の間抜けな言葉を無視しつつ、王子は目を顰めて見る。

 すると、そこに上空から悲鳴を引っ張り込みながら、誰かが落ちてきた。


「わぁああああああ!」


 ガシィッと、猫女が落ちてきた軍人を受け止め、ポイッと地面に捨てた。

 屈強な軍人が、完全に目を回している。


『必殺……タイガー・アッパーカット』


「「「猫じゃん」」」


 軍隊全員からの総ツッコミであった。

 だが王子だけは黙ったままだ。それどころか、彼は不穏な空気を感じていた。

 見れば、洞窟に入ろうとした兵士たちも、その足を止めて猫女に視線を注いでいる。

 更には空気の流れが明らかに変わった。また、アイツラの変な流れである。


「また時間を稼がれる、それは許されない」


 王子は今度こそ三人組、いや四人組を無視しての突入命令を出す。

 無抵抗であるが故に排除が手間取ったのだ。抵抗を露わにする以上、構うことは無い。


『って思うワケだよね~。そりゃそうだよねぇ。僕一人で、この数を相手に出来るはず無いよね』


 コロッと表情を笑顔に変えて、猫女は『王子』に話し掛けた。

 明らかに視線と、顔の向きが王子に向いている。


「な、なんだと?」

「王子、お下がりを」


 側近が真剣な顔で、王子の前に出る。

 だが猫女はヒョイヒョイと頭を左右に動かして、王子と執拗に目を合わせた。

 その都度、王子の目の前で側近が頭を左右に振るから、ハッキリ言って鬱陶しい。


『軍隊をたったひとりで相手にできちゃう。そんな怪物がこの世にね』


 ディスペル。

 その猫女は魔術動作を一瞬で終わらせると、そう唱えた。

 解魔術。すなわち、発動している魔術効果を消し去るカウンター魔術である。

 それを彼女は、自分自身に向けて発動した。


『居るんじゃなぁ、それがぁここにのぅ』


 猫女の姿が、変化していく。いや、ディスペルによって『元の姿』に戻っていく。

 九つの尻尾は、孔雀の尾の如く広がり揺れる。

 作られた『しな』の姿勢から出る強烈な、木に熟れたまま腐る果実のような魅力。

 全身から生えていた銀色の毛は、月見の夜に揺れるススキの穂よりも神秘的に光る。

 なによりも畏怖すべきは、極上の美女にしての『女狐の顔』である。


「し、しししし、師匠ぉぉぉ!?」


 黒いローブを来た魔術師の少年が、素っ頓狂な声を上げた。

 裏返った声に、だが込められたのは淫猥なまでに狂喜乱舞しての憧れの感情。


『妾の正体に気付かなかったようじゃな、リュートよ。後でエクストリームなオシオキじゃ』

「やったぁ!! いや、そうじゃなくてっ! なんで、どうしてここにぃ!?」

『決まっとるじゃろ……』


 九尾の狐は、小さな楕円である黒眉に指を当てて、蕩けそうな声音で呟いた。


『キミを笑いに来た』

「流石は師匠ぉぉぉぉ!」

「この人達、馬鹿なんじゃないの」


 物怖じを一切していないエルフ少女は、ポツリとそう言葉にした。

 だが、それどころでは無いのが王子であった。


「まさか……九尾の狐!? 東洋最大の魔獣人!」


 実在、したのかっ。

 王子は辛うじて絞り出した声を、だが最後まで述べられなかった。

 その前に、肺が呼吸を忘れていたからだ。


『如何にもじゃ。妾の弟子を大勢で嬲ってくれた眼福の礼、せねばならぬなぁ』


 ゆらり、ゆらりと、ふるふる揺れる。

 軍隊を前にして、九尾の狐は美し過ぎる顔を怪しく歪めた。

 それが絶世の笑みであると気付いた者は、居ない。


『オシオキの時間じゃ、ベイビー』



第六十四話:完

文章量が多かったので、前後編に分けさせて頂きました。

ほぼ同時投稿となってしまい、深くお詫びします。


楽しんで読んで頂けたなら幸いです。ありがとうございましたっ!

次回の投稿は、9月15日を予定しています。

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