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第六十三話:鬼ごっこしよう

 敵は多い。

 眼前に広がる森の木立を隙間なく埋め尽くす軍隊。その中央に王子の重装備兵。

 なにより俺の真正面に立つのは、腐れ縁にして宿敵のオーク族のパゴットだ。


『俺とテメェの能力は互角。お互イニ死ぬまで遊べるなぁ。死なねぇけど』

「黙レ。ソノ声ヲ聴クト耳ガ腐ル」


 腰に力を深く入れて、パゴットに拳と肘と肩を向ける。

 上から見れば一直線の三点は、横からは逆三角形の形に落としている。

 他の敵など目もくれない、ただパゴットを倒す為だけの構えだ。


「裏切リ者メ。俺ト同ジ『シスターの子』デアルト分カッタ以上、許サン」


 俺の言葉を聞いて、パゴットは少し驚いたようだ。

 飄々とした奴にしては珍しく、声が上擦る。


『おまえ、あの女ニ忠義を立ててんのかっ? ……信じられねぇ馬鹿だな』

「俺ヲ教育シテクレタノハ、シスターダ。当然ノ事ダ」

『実験動物が研究員ニ感謝の気持ちを覚えるなんざなぁ、キモイんだよっ!』


 パゴットがクルッと背後を見せると、その背中がいきなり巨大に見えた。

 背中からの急突進による体当たりか? 俺はそれを捌くべく、左にステップする。

 左に避けた俺の、右脇腹が強烈な圧力で凹んだ。


「グゥッ?」

『甘いってんだ』


 奴は背中の体当たりと見せかけて、背面のまま左肘を俺の脇腹に叩き込んでいた。

 先手を取られた。だが怯むワケには、いかない。

 パゴットの首筋に、正面から右手の手刀を仕掛ける。それは難無く胸で受け止められた。

 次に彼の左足首へとローキックを蹴る。こちらも足を下げて避けられる。


『当たらねぇよ、カスがっ』


 掛かったっ。俺はローキックで振るった足を更に深く差し入れて、彼の右足へと絡める。

 威力の死んだ蹴りを無視した彼の誤算は、俺が手刀を当てたままだった事だ。

 胸に当てた手刀を支点とし、ローキックで絡めた足を力点にする。

 すると僅かな力で、地面に打ち込まれた釘の如き彼の足が、動かせる。


「ヌゥンッ!」

『うぉ!?』


 手刀を彼の背中に、足を彼の正面に向けて、薙ぎ払う。

 不動の心得で地面に差し込まれたパゴットの両足が、氷上で滑るようにアッサリと宙を舞う。

 為す術無く、彼は地面に転倒した。


「フェイントハ派手ナ打撃技以外ニモ、コウイウ地味ナ使イ方モアル」

『てめぇ、教育者のつもリかよ?』

「ココノ所、子育テガ忙シクテナ」


 倒れたパゴットに追い打ちをしても良かったが、俺はそれを控えて距離を取る。

 もし彼が気絶すれば、この軍勢を相手にしなければならない。

 今も全く攻めて来る気配の無い彼らを、下手に刺激はしたくなかったのだ。


『へっへっへ。俺を倒さなキゃ、軍隊が動かなイ一騎打チだとでも思ってんのか?』

「ソレハ……」

「待たれよ」


 戦う俺達に唐突な老人の声が響いた。

 それは先程、俺が偵察した際に「豪華な馬車だな」と感じたモノからの声だ。

 馬車の窓が揺れ動いて、もはや死に瀕した老齢の男が、ゆっくりと顔を見せる。


「君が、マルコかね?」

『……ハイ』


 嘘を言っても、どうにもならん。俺は素直に彼の言葉で頷いた。

 それを見て、彼の皺だらけの頬がブルブルと震える。

 吐きそうなのか、と心配したが、どうやら彼は笑っているようだった。


「なんと、なんとなんと。パゴットのみならず、マルコまでっ」

『っんだよジジィ。口出シてんなよ、うぜぇ』


 パゴットの悪態に、馬上で王子を抱く女性が、何故かガッツポーズを見せた。

 老人は震えながらも、はっきりとした滑舌で更に言葉を続ける。


「あのマルコ、決して殺してはならん。生かして捕らえよ」

「ナ、ナンダト?」

「生け捕りにした者には家の面目を保ち、末代までの名誉を与えよう!」


 ざわつく軍隊。

 統率の取れていたはずのそれは、奇妙な綻びを見せつつあった。

 既に船着場は収容限界まで人数が到達している。前進せねばならない。

 にも関わらず、ここで俺一人に狙いを絞ってもつれ合えば、作戦行動は破綻だ。


「鎮まれぇっ! 親衛隊はオークの捕獲、残る部隊は前進せよっ」


 軍の綻びを紡ぎ直したのは、意外にも馬鹿王子であった。

 彼は幼い姿に似合わぬ良く通る声で、老人の命令を上書きする。


「戦争に勝ってこその名誉である。鶏肋に拘った敗軍の愚者となりたいかっ」


 軍隊が、動き出す。

 俺とパゴットの一騎打ちで止まっていた軍隊は、いよいよ森の奥へと進軍を開始した。


「クソッ! マサカ、アノ馬鹿王子ニ『カリスマ』ガ有ルトハナ」

『ひゃっひゃっひゃ、いけいけ、いっちまえ! みんなぶっ殺してこい!』


 パゴットの狂った雄叫びを聞き捨てて、俺は軍隊とは違う方向へ走る。

 それを追うように、パゴットと王子の親衛隊。そして幾人かの一般兵も続いた。

 やはり俺という褒美を餌にして釣れたな。数は少ないが仕方無い。


「追え! 森の果ての果てまで追いかけてでも、あのオークを、捕らえろ!」


 ふと振り向くと、馬車までもが強引に俺を追ってきた。

 いやいや、無理だろ。木々に挟まれて動かなくなるってすぐに。


「うわーっ!?」


 あ、もう挟まった。

 うーん、どうやら生粋のアホなのか、なんなのか。


「パゴットォ、ワシを背負っていけぇ!」

『あイよっ、仰せとあらば』


 俺は彼らに追われながら、森へと消えていく。

 稼げるだけ時間は稼げたろう。後はフィーオ達が上手く逃げる事を、祈るしか無かった。



 * * *



 走り続けた結果、俺はモンスターの出現する領域にまで到達していた。

 ここで運悪く、いや運良くモンスターと遭遇すれば、更に時間は稼げるだろう。


『鬼ごっこはお終イかイ? マルコよぉ』

「アア、終ワリダ。懐カシカッタダロウ」


 スッと姿を最初に見せたのは、パゴットだった。

 まだ親衛隊も見えていない。


「修道院デ、孤児ノ皆ト良ク遊ンダロ? アノ頃、森デ鬼ゴッコシタラ、イツモ俺ガ一番ダッタ」

『シスターから褒められて、オマエ調子乗ってたよなぁ。あんな狂人ニ褒められてよぉ』


 その『狂人』という言葉に敵意は無い。

 彼は、心の底からシスターを狂人だと確信しているのだ。罵詈雑言の類で無く。


「慎メ。俺達ノ師デアリ、母デアリ、姉ナンダゾ」

『死霊使イの狂人をよぉ……肉親ニ持った覚えはねぇよっ』


 パゴットが何か巨大な物を投げつけてきた。受け止められないっ。

 俺は衝突ギリギリの所で縮地を使い、パゴットに向かって突進した。

 その行動を読まれた。実際、縮地は前進しか使えない弱点がある以上、読まれて当然。


『死ねよやぁ!』

「グォォオッ」


 カウンターのボディーブローが、完全に俺の腹部を破壊する。

 幾らオーク族の皮膚が頑丈で、俺自身にも修復能力があるとしても、この直撃はヤバい。

 内臓の幾つかが破裂する激痛を、体の芯で感じた。


「オノレ、裏切リ者ガァ」

『何が……何が、裏切リ、だっ! 俺は、俺はあの修道院の悪夢を終わらせた英雄なんだぞっ』


 吼えながら、パゴットの前蹴りが俺の顎を砕く。

 倒れこむ俺の全身に、彼は容赦なく蹴りを加え続けた。


『俺もオマエも、他の孤児連中も、もう自分の元が何だったのか思い出せすらしねぇ!』

「俺ハ、オーク族ノ、マルコ、ダ」

『ざけんな、コラァ! テメェの身体は、俺の物だろうが!』


 パゴットは俺の頭を引っ掴むと、その顔に掌を大きく当てて、握り締める。

 くっ、顔が砕けそうだ。


『死者の身体に死者の魂を入れる死霊使い、それがシスターの正体だ』


 ならば『生者の身体に、生者の魂』を入れたらどうなるのか?

 死者を用いた『アンデッド』は凄まじい不死性を持つ。その不死性とは、どこから来るのか?

 それらの答えは、俺達の姿がそのまま表している。


「魂ヲ削リナガラ肉体ヲ再生スル『アンリミデッド』ガ、俺達ダ」


 毎晩毎晩、羊皮紙とペンで向かい合って呻いたシスターの、渾身の命名であった。

 一週間くらいしてから「アンリミデッド」と言うと、なぜか顔を赤らめていたが。


『寝言ほざイてんじゃねぇよ。その阿呆な名前を次言ったら殺すぞ』

「オイッ、シスターノ成果ヲ阿呆トハ何ダ、阿呆トハ」

『その結果が、あの有リ様だ。皆、灰ニなって消えチまった。俺とオマエ以外は』

「オマエハ、オークノ群ヲ呼ビ寄セテオキナガラッ! 他人事ノ様ニッ」


 顔の皮膚を引き剥がす勢いで掴む彼の腕に、俺は両腕をクロスさせる。

 三つ編みのようにして、彼の頸動脈を両手の親指で抑えた。


「ぐっ。コイツ、まだ動くかっ」


 アイアンクローを外さない限り、俺の頸動脈圧迫は阻害できない。

 仕方なく、パゴットは一旦俺から離れた。


『ゼェゼェ……シスターハ、狂人ダッタ。ソレハ事実ダ』

「へっ。ようやく認めたか」


 死霊使いの正体を隠し、様々な種族の孤児を集めたシスター。

 修道院で彼らを養い、その裏では一定年齢に達した孤児でアンリミデッドの実験。

 物心のつく前から俺達は、彼女の狂気の実験をサポートしていたのだ。


「分カルノハ、彼女ハ俺達ヲ育テテクレタ、ソノ事実ダケダ」

『やはリ貴様は実験動物だなっ。狂気すらも歪んだ愛情ニ勘違イする』

「違ウッ! 彼女ハ、彼女ナリノ愛情ヲ持ッテイタッ! ソレハ不器用デ、愚カダッタ」


 愚かだったが、愛情を持っていなかったならば、彼女はどうして俺達に『教育』を与えた?

 読み書きを学ばせて、森での遊び方を教えて、神々との対話の場をなぜ与えた?

 なによりパゴットのような問題児ですら、彼女は見捨てず平等に育てていたのだ。


「子ハ親ヲ選ベン。親モ子ヲ選ベン。ソノ関係性スラモ、誰モ選ブ事ハ出来ン」


 修復の始まった腹部の内臓が不気味に蠢く。その薄気味悪い感触で吐きそうになる。

 これもシスターによる業である。神ならぬ者が生命の神秘を解読した故の咎だ。


「実験ト研究者。ソノ関係性ノ枠ヲ超エテ、シスターハ教育ヲシテイタッ」


 人は死や怪我に怯えなくて済む。やがてアンリミデッドが地に満ちる。

 たとえ魂を入れ替えても、人は人であり続けられる。人たらしめるのは教育である。

 そう信じて『狂人である彼女は、真面目に生きてしまった』のだ。


『おーおー。躾けられた犬はホザくねぇ! シスターの自己満足で感動シてらっしゃる』

「彼女ガ自分ダケ可愛イナラ、何故、アノ時ニオマエモ助カッタッ」

『あの時、だと?』


 立ち上がり、俺は胸の前で右手を握り締めた。


 脳裏に浮かぶのは、オークの群れに襲われた修道院と、逃げ惑う孤児達。

 混乱の中でアンリミデッド達の首を刎ねて『修復不能』としていくパゴット。

 焼け落ちる修道院で、まさに絶体絶命となった俺達。

 そんな時でさえも、哄笑する彼の剣はついに、俺とシスターを貫いたのだ。


「アンリミデッドノ魔術ヲ、俺ト貴様ニ掛ケタ。自分ニハ使ワズニッ」


 使えば助かったはずだ。アンリミデッドとして、生き続けられた。

 なのに彼女は『俺とパゴットの魂』を入れ替えて、自分だけが燃える修道院で力尽きたのだ。

 修復完了した内臓が、しっかりと動き出す。

 俺は深呼吸し、パゴットに向けて右拳を突き出した。


「歪ンダ愛ダッタ。ダガ受ケタ恩ハ忘レン」

『恩、だとぉ?』

「取リ返シノツカナイ過去ハ……呪ウバカリジャ、ナイッ」


 縮地で、彼の眼前に跳ぶ。

 そのカウンターに繰り出された、パゴットのボディーブロー。

 再び内臓を砕かれる痛みで、俺は口元から血反吐を出した。


『何度も同ジ事をっ』

「ヌゥンッ!」


 脊椎にまで至る衝撃を無視し、俺は彼の顔面に正拳突きを放っていた。

 縮地の加速から全く速度を殺さず、カウンター・ボディーブローの、更なるカウンター。

 パゴットの顔面の、粉々に砕ける感触が右拳に染み込んだ。


『ぐぉぉぉっ』


 不死に近い身体であればこその、狂気の捨て身攻撃である。

 アンリミデッドの特徴を活かして、生きる為の路銀稼ぎに無茶な戦場を渡り歩いた。

 その戦跡でひたすら鍛えあげられた俺の身体と武術、それが捨て身の攻撃をしたのだ。

 パゴットはもんどり打って、森の地面で仰向けに倒れる。


『ぐが、が、お、マルゴォ! で、でめぇぇ!』

「呪詛ノ中デ永遠ニ寝テイロッ、パゴット」


 ギクシャクする背骨に意を介さず、トドメの一撃として彼の頭部に渾身の踏みつけを仕掛ける。

 その足に、幾つもの矢が突き刺さった。


「ヌヌゥ?」


 動きを邪魔されて、僅かに足を下ろす速度が落ちる。

 その隙を逃さず、パゴットは転がって危機から逃れていた。


「居たぞっ、アイツだ。アレを捕らえたら、将軍から何でもして貰えるぜ!」

「ん? いま、なんでもって言ったよね?」

「馬鹿言ってねぇで、さっさと捕らえるべや。オイラの報奨金だけが家の食い扶持だい」


 ガサガサと茂みから飛び出た親衛隊が、俺を囲む。

 くそっ、内臓の修復に時間が掛かり過ぎたか。


「ダガ、タダデハ捕マランゾ」

「こいつ、抵抗するかぁ。一斉に襲い掛かるぞ」


 おっかなげに俺を囲む重装備兵たち。開いた両脇と武器の構え方、まるでなっていない。

 変だ。親衛隊と呼ばれているにも関わらず、この異常なまでの弱さは、どういう事だ?

 そういえば王子のあの様子は、逃がさぬように抱えている、とも見える。


「モシヤ、コノ戦争ノ首謀者。俺ノ思イ違イダッタカ」


 であれば、戦争を終わらせる権限は王子に無い。

 あの老人だ。奴を捕まえて、なんとしても軍隊を下げるよう命令させるのだ。


「ああああっ!? た、大変や。えらいこっちゃあ!」


 囲んでいた内の一人が、素っ頓狂な声を上げて俺の背後を指差した。

 あまりの声に全員がそちらを振り向く。

 ここは森の中でも、モンスターの出現する領域だ。期待していた奴が現れたのか?

 振り向いた俺が見たのは、全く期待とは違うモノが転がっていた。


「マサカ、最初ニ、パゴットガ投ゲタノハ……」


 全員の悲鳴と驚愕の声を聞いても、それはピクリとも動かない。

 それは大木に衝突痕と血痕を残して、完全に絶命する老人の姿だった。


『邪魔だったんでなぁ。でもこれで、もう戦争は終わらえねぇよなぁ?』


 ゆっくり立ち上がって、パゴットが小さく笑う。

 それは、その生まれからして呪詛に塗れる『鬼』の笑みだった。



第六十三話:完

基本、鬼ごっこは足の速い子が有利のゲーム。

しかし待ち伏せやトラップを多用した私は、鈍足でも勝ちを狙う鬼ごっこの鬼でした。

友人達から嫌がられて「トラップ禁止」の追加ルールが出たのは、言うまでもありません。


それでは、楽しんでいただけたなら幸いです。ありがとうございましたっ!

次回の投稿は、9月12日を予定しています。

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