第六十一話:着火してみよう
「マルコ、無事かぁ」
「アア……死ンデハイナイッ」
立ち上がるが、どうやら腰をやられたらしい。背中も変な感じだ。
この状態では拳を打つ事も、まともには出来ないだろう。
そんな俺に向けて、二匹のキメラゾンビが駆け寄ってくる。
「化け物めぇ。燃えつきろぉ」
「ヤメロォ!」
俺の声に全く従わず、リュートは火壁の魔術を放った。
だが、その炎が木々に到達する前に、蜃気楼のように消えてしまう。
「バ、バカなっ……何故? 何が……畜生ぉ、師匠にも逢えず……」
マナの反動を受けた以上、彼の魔力は一時的に枯渇していたはずだ。
そんな状態で魔術を使ったリュートに、意識喪失から逃れる術は無かった。
失神し、倒れる彼の姿を見て、複雑な気持ちで安堵する。
「魔術ノ詠唱ミス、カ? イズレニセヨ、消失シテクレテ良カッタ」
『エエェェエスカァァァ』
『フロォオオオオオネェェェエ』
「コッチハ、ドン詰マリダガ」
覚悟を決める時か?
だが、まだ死ねない。フィーオ達は戦争も何も知らないのだ。
俺は『死なない覚悟』を決めて、キメラゾンビ二匹にファイティングポーズを取った。
『全く、マルコ君達はいつでも無謀だなぁ』
声が聴こえて、俺の横にスッと猫女が現れた。そのままキメラゾンビ達の前に進んでいく。
こいつ、何処から?
『ニの手、三の手を読んでおき、外れたら逃げ出す用意をしておく。戦闘の基本だよ』
「知ッテイル。オマエハ、リュートヲ連レテ逃ゲロ」
『へぇ? 自分を盾に守ってくれるっての』
俺一人、どうとでも逃げられる。
そう言いながら俺は一歩踏み出し、膝から崩れ落ちる。
くそ、身体の修復が追いつかないのか。
『悪いけど、怪我人に守られるほど弱くないの、僕は』
「ソレモ知ッテイル。ダガ、幾ラオマエデモ、二匹ノキメラゾンビハ相手出来マイ」
俺の言葉を終わらせるより早く、ゾンビ達は猫女に向けて駆け寄った。
その勢いは、赤い布を舞わすマタドールに駆け寄る闘牛であろうか。
低く構えられた二つの獅子の頭と、一つの老人の頭。
それら三つの点が、猫女という点に一直線で繋がっていく。
「クィンッ」
『悪いが、僕は………妾は、もう一回変身を残しているんでな』
瞬間詠唱、ディスペル。
魔術的束縛を破壊するその呪文を唱えた瞬間、猫女の姿が爆発四散したように見えた。
それは、魔術師ならぬ身でも肉眼で視認できた、強烈過ぎる魔力の解放である。
『かっかっかっ。妾の愛犬と戯れるのは構わんが、ちと躾が出来とらんな』
「ネ、猫女?」
そこに猫女は居なかった。
居るのは、九本の尻尾を逆立てて断つ、東洋の和服を来た一人の美女。
それは女で在れども、人では無い。
「狐ッ!? マサカ、九尾ノ狐ッ」
『噛み方を知らぬ駄犬よ。鍋にくべて煮てやるぞ』
九尾の狐、それは東洋に伝わる最強最大の怪物。否、伝説の存在である。
少なくとも一万年を生きる妖狐であり、ただ一匹の生にしてエルフの歴史とも遜色は無い。
まさに『生ける時代』そのものが、九尾の狐である。
『マルコ君よ、ちいっとばかり伏せておけ』
それに反する理由は無い。なんせ『時代』が伏せろと言うのだ。伏せる理由がある。
俺の姿勢が変わったのを横目で見て、妖狐は何度か頷いた。
『素直な良い子じゃのぅ。あの子とは大違いじゃ。さて、待たせたな』
「危ナイッ」
九尾に向けて、またもやキメラゾンビの前腕が真正面からぶつけられる。
その腕を妖狐は軽く右手で受けた。ズシリともバシリとも大袈裟な音はしない。
ただポンッと、突きたての柔らかい餅を受け止めたかのような、なんでもない仕草だった。
『よっと』
軽い声を出して、右手をぐるりと回転させる。
それだけで、キメラゾンビの腕が肩口から捩じ切れた。
マトモじゃ無い。
『継ぎ接ぎだらけの腐ったキメラじゃ。関節技には弱かろうよ』
「関節技トカ、ソウイウ次元ナノカ」
だが確かに言う通りではある。
俺は伏せながら、身体の損傷が治っていくのを感じていた。
まだ、動ける状態では無い。
「うぅーん、むにゃむにゃ……金星蟹ィ……って、なんじゃこりゃああ!」
『およっ。死霊使いの奴、生きとったか』
下敷きになったと思われた死霊使いは、その付近の窪みから唐突に頭を出した。
どうやら気絶していたらしい。
「イツカラ見テイタンダ、アンタ」
『最初っからじゃて。ピンチになったら、恩を着せてやろうと思っての。かっかっかっ』
いい根性してやがるぜ。
九尾の狐は、下がるキメラゾンビに縮地で近付くと、その残った片腕に手を掛ける。
それを軽く掴んで、ブンブンッと地面に水平の形で振り回した。
うん、マトモじゃないのは撤回。ひたすら異常である。
「うわぁあ、俺の最高傑作がぁ」
『ほりゃほりゃ。ブーメランッ、ブーメランッ』
頭を低くする俺の上を、何度も何度も目を回したキメラゾンビが通り過ぎる。
やがて、それはもう一匹のキメラゾンビと衝突し、絡み合いながら地面に転がった。
『さてタツマキで動きを封じたぞぃ。後はトドメじゃ』
そう言って、九尾の狐は魔術動作に入る。何処かで見慣れた動作手続き。
ああ、そうだ。
あれは、リュートが火球の魔術を使う時と同じ動きだ。
「ダガ魔術ハ通用シナイゾッ」
『はっ。人の最新アンチスペルが、妾の古い魔術にどこまで耐えられる?』
それは皮肉で言ってるな。
魔術動作が完成し、傍目にはリュートと同じ形の火球が二匹のキメラゾンビに飛んで行く。
衝突し、それは眼球を焼かれるかと思う程の光を放った。
太陽を直視しても、これ程に眩しく感じる事はあるまい。
「あーーあーーー! 目が、目がぁあああ!」
アンチスペルは絶対である。カットされた魔力は決して到達しない。
だが、火球によって大気は熱せられ、熱で物質は蒸発し、やがて自己分解する。
更には再び大気と混ざり合い、膨大な魔力の支配する空間の中で爆燃していく。
そこまで至れば、もはや魔力は関係ない。物質的な『破壊の嵐』である。
「燃えろ、燃えろ。どんどん焼け、どんどん焼けぇ」
その尋常では無い破壊的嵐は『隣接する空間』にまで影響を及ぼす。
即ち、アンチスペルで防御されたキメラゾンビの『内部』である。
轟々と燃えるキメラゾンビ二匹から、表面のアンチスペル皮膚を残して肉が溶け落ちた。
それらの中央に、何やら光る透明な頭蓋骨が見えた。
「ああぁ! キメラゾンビの本体、キメラマシンがっ」
『今だよマルコ君。コアをぶち壊しな』
いつの間にか九尾の狐は、いつもの猫女に戻っていた。
魔力が途絶えて、いまだ灼熱と化している空間。
「ハッ。上等ダッ」
その空間を縮地で切り裂いて、俺は頭蓋骨に正拳突きを与えた。
割れる手応えの右腕に残し、更に縮地で飛ぶ。もう一つの頭蓋骨も肘打ちで破壊する。
皮膚を焼く空間の熱を感じつつ、俺は猫女の元まで戻って止めていた息を吸い込んだ。
『ガアアアアアアア!』
『キィィィィィィンッ!』
キメラゾンビ達の悲鳴が轟いて、俺は背後で彼らの滅びる気配を感じた。
か、勝った……なんとか、ギリギリに。
「うぉおお、のぉおおお、れぇぇぇぇ!」
『残るは死霊使いだけだね』
身構える猫女と俺だが、死霊使いとの間に再び地響きが発生する。
あ、いつもの奴だな。
バカっと割れた地面から、大きな人型ゾンビが現れる。
その頭上に座って、死霊使いは涙ながらに叫んだ。
「邪魔が入ったぁ、また会おうっ! オークよ、貴様は必ず俺が殺すっ!」
そう宣言すると同時に、死霊使いはゾンビに跨ってスタコラと逃げ出していた。
まぁ、そうなるな。というか戦争も間近だ、あんな奴はどうでも良い。
追う様子を見せた猫女を押し止めて、俺は彼女に言葉を掛けた。
「助ケテクレテ、アリガトウ。ト言イタイ所ダガ、マヅ聞キタイ」
『ん? なんだよ』
「オマエ、ナンデ猫ニ化ケテルノ?」
単刀直入である。
そもそもがリュートの使い魔である銀色の猫であり、それが猫女に化身する。
更にはディスペルを使う事で、彼女は九尾の狐という姿に戻るのだ。
『そりゃ猫は化けるモノだからさ。化け狐との相性が良いの』
「ダカラッテ、猫カラ猫女ニマデ化ケナクテモイイダロ」
『分かってないねぇ。二段変身は浪漫でしょうが』
「浪漫テ」
『狐の嫁入りに向けての、お色直しという奴さ』
もしかして、単なる趣味なのだろうか。
こんな奴が東洋最強の九尾の狐? 信じられん。
「トイウカ、リュートノ師匠ッテ、オマエダヨナ?」
『いかにも。九尾の狐たる僕が、彼のお師匠様になるね』
「何故、猫女ニ扮シテイルンダ」
これは先程の質問とは、ちと意味合いが異なる。
たしか猫女は投獄されていた。だが保釈金で解放されたはずだ。
今もまだ猫女として正体を隠し、リュートから隠れている理由がわからない。
その質問を受けて、猫女は気絶している少年の前髪を優しく撫でながら答えた。
『この子は僕に、いや妾に頼り過ぎる。可愛い子には試練を与えるのも、師匠の役目だよ』
「強過ギル才能ヲ封ジタイ、トモ言ッテタダロウガ」
『才能は封じる。だが人として生を真っ当させるのは、傍に居る者の教育として当然だろ?』
ふむ、確かに。言わんとする所は理解する。
ならば後は、肝心の頼み事だけである。
「ソノ能力デ、フィーオヲ守ッテクレナイカ。戦争ガ迫ッテイル」
『ふーん?』
「敵ハ数千ヲ超エルダロウ。俺ダケデハ、彼女ヲ守レナイ」
クィンはフィーオと仲も悪くない、はずだ。
たまに酷い事もしているが、子供のする事だと大目に見て貰っている。
ならば、リュートの師匠が九尾のクィンであったのは、ある種の理想的展開である。
『そうだねぇ……でもリュートの前に姿を表わすと、またこの子はダラシ無くなっちゃうからなぁ』
「頼ム」
俺に片腕を上げて、クィンは返事を保留としたようだ。
残る上でリュートを腰に抱えると、彼女は俺に振り向いた。
「ナンダ?」
『この子を守ってくれて、ありがとね。それを答えにしちゃ駄目かい』
「分カッタ。期待シテイル」
答えて、用件の終わった俺はキメラゾンビの死骸を見た。
砕けた二つの髑髏を中心に、酷い燃えカスが広がっている。
軽く地面を掘って、俺は髑髏をそこに収めてやった。
全身は無理かもしれないが、せめて彼らの魂はここに眠らせてやろう。
「モウ化ケテ出ル事モ無イナ。安ラカニ」
『灰からもう一回、変身を残しているんじゃない?』
「う~ん、う~ん……師匠、それロストです」
うなされているリュートが何やら寝言を述べた。
魔術師を担いで立ち去る猫女を見送り、俺は再びキメラゾンビを埋めた地面を見る。
その上に、小さな石を幾つか積んでやって、慰霊塔とした。
「異形ト化シテモ、魂ハ天ニ昇ルノダロウカ」
死者では無い、生者たる俺にそれは分からない。
だから今は、ただただキメラゾンビに使われた身体の魂が迷わうよう、神に祈りを捧げるのだった。
第六十一話:完
変身前を「ゴーリキ」に、変身後を「チョーリキ」という名前にする案もありましたが、
結局は可愛い所に落としてしまう根性無しの私です。
ああ、キラキラキラキラなスタースターするネームを付けたいっ。
ちなみに捜し物をする時、私の場合はダウジングより断然「ないないの神様」頼りです、はい。
それでは、楽しんでいただけたなら幸いです。ありがとうございましたっ!
次回の投稿は、9月9日を予定しています。
マジカルミライに参加する為、普段より少し間が空いてしまいます。ご容赦下さいませー。




