第六十話:探しものは何ですか
戦争が近い。
それをフィーオに教えるべきか否か、俺は悩んでいた。
矢面に立たされるのはエルフの里であり、彼女の生まれ故郷である。
「教エレバ、必ズ帰リタガルダロウナ」
「そりゃそうじゃねぇの? 肉親も居れば顔見知りだって居るんだし」
俺の悩み相談を受け流しつつ、黒いローブを羽織る少年魔術師は、両手に棒を持って歩く。
魔術師リュートの住む洞窟に尋ねたら、その出で立ちで丁度出かける所だったのだ。
両手に一本ずつ持つ棒はL字に曲がっており、その曲がった切っ先を進行方向に向けていた。
「サッキカラ何ヲシテルンダ、ソレ」
「ダウジングだよ、ダウジング。魔術の一種だ」
なんでもこの金属棒の反応する場所に向かえば、探しものが見つかるらしい。
かつては水脈や鉱脈といった物を探す事に使われて、たまに埋蔵金も探すとか。
胡散臭い話である。
「ナラ幸セノ青イ鳥デモ探シテクレ」
「ふんっ。そんなのとっくに見つけられて、焼き鳥にでもされてらぁ」
「鳥ニ幸セヲ求メルヨリ、直接平和ヲ探シタ方ガマシカ」
「人には平和じゃない世の中でも、そこら辺の鳥やダンゴムシ的には平和なんじゃね?」
森の中で左右に棒を構えつつ、リュートはひたすら歩く。
その後ろを追いかけながら、俺も足元の石ころや濡れた草を避けて続いた。
「火に包まれて死ぬ瞬間まで、何が危機か知りもしない。それもまた平和と言えるさね」
「アァ、伝エルベキカ。伝エナイベキカ」
「うるせぇな。言いたい事はそれだけかよ」
「ウム」
俺にげんなりとした表情を見せて、リュートは顔を進行方向に戻す。
嫌がられても仕方無いが、他に誰と相談出来ると言うのか。
『何が理想的な戦争よぉーっ。人類など滅びてしまえぇ』
『ブヒヒィ(立てぇっ。戦争が始まるのだ!)』
『ふんごー(その言葉、宣戦布告と判断する。当方に迎撃の備えありっ)』
『早く戦争になぁれー!』
「なんでみんなノリノリで戦争したがってんだよ。ウォーモンガーだらけか」
俺の想像に、リュートが冷静な言葉を返す。
呆れてしまったのか、ダウジングの反応するままにリュートは進むのみだ。
「アドバイスなんて出来ねぇよ、自分で決めな。てかマルコはどうしたいんだよ」
「俺ハ、出来レバ伝エタクナイ」
「へぇ? そりゃ自分勝手な事で」
伝えれば、フィーオはエルフの里に帰るだろう。戦火に直接晒される事は間違いない。
エルフ達が負けるとは思いたく無いが、いずれにせよ犠牲者は出る。
その犠牲者にフィーオが含まれないなど、誰も保証出来ないのだ。
「わかってんなら、そうしろ。テメェが守ってやれば、そこまで危険も無いだろうし」
「買イカブルナ。軍隊相手ニ個人ガ何ヲ出来ル」
「アンデッド野郎が良く言うぜ」
別に不死では無いし、仮にそうだとしても拘束されれば終わりだ。
数名の刺客相手に遅れを取るつもりこそ無いが、数百数千を相手に戦うのは無理である。
「大人数相手には、広範囲魔術とか使えねぇとな」
「ソウイウ事。ソノ点、オマエハ魔術師ダ」
まさに期待される時、期待される場所にお前が居る。
そう伝えているのだが、リュートは我関せずの姿勢を崩さない。
「俺はやる事があるんだよ。些事に付き合ってられるか」
「ヤル事ガ、ダウジングカ? 大体、何ヲ探シテイル?」
ダウジングが反応したのか、少しだけ緊張感ある顔になって先を急ぐ。
そのまま、リュートは俺の質問に答えた。
「師匠だよ、俺の師匠。この森の何処に居るか、ダウジングで探すのさ」
「マダ探シテイタノカ……」
てか、そんな探し方があるなら、さっさとやれば良かったのに。
「何も知らない奴ほど、早くやっとけと言うもんだ。準備があるんだよ、当然ながら」
金属棒の先端がゆる~りと水平に動いて、とある一点を指し示し出す。
ここに来て初めて、リュートの顔が満面の笑みになった。
「よし、反応あり。流石は俺だなっ。ぶっつけ本番で成功する人間力の強さに惚れ惚れする」
「ナンダソノ人間力ッテ」
「眼鏡を掛けると巨大化し、ブレスレットを投げてバリアーを破壊するんだ」
「嘘ダ」
「答える義務は無い」
要はコイツ、初めてダウジングしたんだな。
まぁ魔力は凄まじい物があるから、神がかり的なセンスがあっても当然だろう。
「シカシ水脈ヤ鉱脈ヲ探ス魔術デ、何故魔術師ガ見ツカル?」
「そりゃあ俺の師匠って、龍脈が身体を縦横無尽に走ってるような人だからな」
「ナンダソリャ」
「俺が知る限り史上最強の魔術師。いや、魔術のルール・ブレイカーだ」
そんな奴がコイツの師匠だとすれば、ぜひフィーオを守ってほしいものだ。
社会不適合者のリュートを弟子にする以上、物凄く良い人か適当な人かの二択であろう。
……いや『保釈金が必要』と言われていた以上、何らかの犯罪者は確定か。
「ウーム。悩ム、悩ムナァ」
「本当にうるせぇな……ダウジングの反応が強くなってきた、もう少しだ」
俺とリュートは、様々な思惑を持ちつつ来るべき瞬間に胸を高鳴らせるのだった。
* * *
到着したのは、意外な場所だ。
それは、かつて俺が行こうとして辿りつけなかった『森の墓場』だったからだ。
「へぇ。マルコでも行けない場所があったんだな」
「ココハ危険ダ。何処カラ敵ガ来ルカ分カランゾ」
この森に有力な死霊使いが潜り込み、死体を探して徘徊している事。
しかも自分達に敵意を持ち、隙あらば攻撃を企んでいる事。
それらを教えても、リュートは特に意に介していないようだ。
「ふんっ、死霊使いなんざ怖くないね。いざとなれば炎の魔術で一網打尽だ」
確かにゾンビなどは火属性の魔術に弱いから、彼の言葉は正しい。
「予メ言ッテオク。森ヲ焼キ払ウナヨ」
「世の中には森林火災で大きく繁殖する樹木もあるんだぜ?」
「ココノ木々ハ、普通ノ森ダ」
はいはい、とリュートが適当な返事をする。
しかし、あたりを見回しても人影一つ無い。
生い茂った草木の隙間に、なんらかの骨が幾つか散らばっている程度だ。
「確かに死の精霊の気配が強い。死霊使いには居心地が良いかもな」
「ダウジングノ反応ハ、ドウナッテイル?」
「この辺り、だ。大きな魔力を感じるぞ」
正確な位置までは分からないらしいが、リュートは自信満々だ。
だが、よく考えれば変である。
「龍脈カト思ウ程ニ魔力ガ強インダヨナ? オマエノ師匠ハ」
「なんだ、まだ信じてないのか。会ったら感動して死ぬぞ」
「……大キナ魔力、程度ノ感ジ方デ良イノカ、ソレ」
俺の言葉に、ふむっとリュートが顎に手を付けた。
やや不機嫌となって、俺への語気を荒くする。
「ラフレシアは腐肉の香りって言ってな……」
「アー、ソウカイ」
つまり。
「黙れ! そして、腐れっ! 我が名はゴーモン・ダイスキ! 天魔界最高の悪を断つ剣なり!」
何処からとも無く、男性の声が森の墓場に響いた。
「他ノ魔術師ニ、行キ当タッタワケダナ」
「貴様らに潰されたエルフ狩りギルドの復讐、今こそ果さん!」
『バァァァァッィクロッサァァァァッ』
叫びながら、地面を突き破って何かが現れる。
それは、ライオンの頭に老人の顔、ヤギの胴体に蛇の尻尾が備わっていた。
だがして最も異常なるは、その大きさだ。
俺の巨躯をして見上げる程に巨大なそれは、まさに巨大生物。
「生物ぅ? 違うなぁ。こいつは俺の作り上げた、最高のゾンビだ」
森の影からゆっくり現れた人影が、なにやらブツブツ言っている。
そういえばさっきも、なんか名乗りをあげていたような気もしたが、気のせいだろう。
「無視すんなっ! 俺は、ここに居るっ! 年寄りの言葉を大事にしろ!」
いや知ってるけどな。
以前、川越しに顔も見たし、こういう馬鹿げた事をやりそうな奴でもある。
「ドウ見テモ、マダ中年ノオッサンダロ」
「居るよなー。何かにつけて『自分は歳取ったー、歳取ったわー』と老いアピールする奴」
「アア言ウ奴ニ限ッテ、若イ頃ハ老害老害ッテ煩インダヨ」
全身に髑髏をジャラジャラと着けているオッサンは、俺達の挑発で簡単に頭を沸騰させた。
彼の怒りを代弁するのか、巨大ゾンビは耳を劈く稲光の音の如く吠えた。
「このキメラゾンビは、森のあらゆる死体から優れた部位を縫合したのだ。麻酔無しでなっ!」
「死体ナラ麻酔要ランダロ」
「てか老人の顔って、何が優れてるんだよ。普通はヤギか蛇の頭だろ」
リュートがそう言うと、死霊使いは指を左右に振ってスタイリッシュに否定した。
「弱みだよ、弱み。完璧な存在なんて可愛くないだろ?」
「なにそれ格好良い。二足歩行戦車とか作ってくれそうな意見だ」
「感心シテル場合カ」
ライオンや老人の頭と言ったが、その大きさは俺の胴体程もある。
スケール的に少々おかしい規模だ。さて、どう戦えば良い物か。
「ふん。巨体化など投影面積の無意味な増大を招くだけだ。その悲惨な結末を教えてやる」
「バ、馬鹿野郎ッ」
詠唱に入ったリュートを抱き上げて、俺はその場から瞬間的に離脱する。
真上から振り下ろされた大樹の幹が如き蛇の尻尾で、さっきまでの地面が完全に粉砕される。
火山の噴火にも見える土砂の噴き上がりを背中に浴びつつ、俺は別の地点に着地した。
「アノ距離デ魔術動作ガ間ニ合ウカッ!」
「お、思ったよりも素早いな」
キメラゾンビは、今の一撃を振るった事で蛇の尻尾を根本から失っていた。
衝撃のフィードバックに耐え切れないのだ。だがゾンビに痛みも喪失感も無い。
ただただ、振るえる全力を最速で放つだけである。
「なら距離を取れば良いだけだ」
「ソレモソウダ」
俺はリュートを空に放り投げる。
レビテーションを唱えて、遥か空中に位置するリュート。
そこで大きな魔術動作を振るうと、彼の周囲に巨大な火球が現れた。
信じられない程の熱、まるで太陽が小型化したかのようだ。
「馬鹿ダガ、魔力ダケハ半端無イナ」
「くらえぇぇっ。ファイアーボールゥゥゥ!」
巨大隕石が空中で崩壊し、幾つにも分かれて地表にぶつかるが如し。
分裂したそれらは、獅子や老人の頭に直撃し、ヤギの胴体に繋がる四肢にも絡み付いた。
巨大なキメラの突き破った、頭上の木々の枝々から垣間見えた青い空。
その空が、再び爆炎と粉塵で隠されてしまう。
「……流石ハ我ラガ魔術師様ダ」
ストっと地面に降り立って、リュートは満足気に頷いた。
「さて、あの死霊使いを森から追い出して、ダウジングのノイズを消すとしよう」
「ソウスルカ」
俺達は死霊使いの方に視線を向ける。
意外にも、そいつは驚愕も呆然ともしておらず、どこか不敵な笑みを浮かべていた。
嫌な予感がする。
「ったくよぉ……てめぇ、今度会ったら殺すって言っただろうが」
「ヤバイゾ、リュートッ」
「あ? なにがヤバいって」
ゴツっと音がした途端、リュートの上半身が消えていた。
燃えたままのキメラゾンビが、その腕を振るったのだ。
残された下半身が、蒸発するように消える。
「リュートォ!」
「うぉ、死ぬかと思ったぜ」
フッと俺の背後から少年の言葉が聴こえて、振り向くとそこにリュートが居た。
ローブが焼け落ちて、今は肌にピッタリ張り付く黒いラバースーツ姿になっている。
「何着テンノ、オマエ」
「魔術動作には、これが一番動き易いんだよ。裾も絡まねぇし」
そう言いながらも、少し苦しげに少年は顔を歪めている。
どうやら、無茶な魔術の行使をしてしまったらしい。
「テレポートさ。ぶち切られる直前、瞬間詠唱で逃げたが……マナの反動がヤベェ」
見た目こそ五体満足だが、内部で大きなダメージを受けているようだ。
対して、ゾンビキメラは表皮こそ燃えているものの、唸り声も動作も機敏なままだ。
俺は、またリュートを抱えて逃げまわる。
「なぜだっ。あの火力を受けて、なぜまだ動ける」
「ヒャッハッハ! 大きいから当て易く、倒し易いと思ったか」
離れた所に居る死霊使いがそんな事を叫んでいる。
「対魔術師用として、全身にアンチスペルを刻んだのだっ」
「ナルホド、魔術ガ通用シナイワケダ」
「えぇ? ゾンビにアンチスペルって……じゃあ、どうやって操ってるんだ」
リュートの驚愕が心地よいのか、死霊使いは哄笑を切らずに話し続ける。
よっぽど絶対の自信作らしく、笑い過ぎて涙を流していた。
「操る? そんな事は出来ん。死霊魔術も無効化しているからなっ」
「つ、つまり……」
『ドルギラァアアアアアンッ!』
「暴走カヨッ」
キメラゾンビが跳躍し、そのまま森の奥に着地する。
「あっ?」
ぷちっ。
そんな音がしたかは定かで無いが、死霊使いの姿がキメラゾンビの下に消えた。
し、死んだかな、アレ。
「ぼさっとしてんなよ。次は俺達の番だ」
「分カッテル。ココデ隠レテロ」
リュートを木陰で下ろすと、俺はキメラゾンビの老人の顔に向けて走りこんだ。
上半身を薙ぐように振るわれた腕を、転がりながら避ける。
それを見てゾンビは、御馳走を前にしたかのような、強烈な微笑みを見せて顎を開いた。
俺はその鼻っ柱に跳び蹴りを加えつつ、老人の禿げ上がった頭部を一気に駆け上る。
「ゾンビニ直接打撃ハ通用シナイ。ナラバ、コレデドウダ」
俺は老人の頭の上で、獅子の目に向けて石を投げた。前転した際に拾った物だ。
目を抉る形で掠めたそれは、ライオンヘッドに怒りの咆哮を上げさせた。
「来イ、来ヤガレッ」
『モスピィイィダァァァ』
絶叫して俺に食らい付こうとする獅子から、身を翻して俺は地面に飛び降りた。
直前まで居た場所に食らいついた獅子頭。顎が捕らえたのは、老人の頭である。
『ゲゲェェェェキィィッ!』
『ガンガァアアアア!』
悲鳴を上げる二つの頭。痛みは無くとも、意識を失う恐怖はあるようだな。
頭部を破壊され、老人の顔は完全に力尽きていた。
よし、後は獅子の頭を倒せばイケるっ。
……。
「ド、ドウヤッテッ!?」
「俺が知るかぁ」
思わずリュートに助けを求めるが、望む答えは帰って来なかった。
首尾良く老人頭を倒せたが、残る獅子頭を攻撃する手段が思いつかない。
今まさに怒髪天の顔となって、首周りの毛は怒りの熱で揺れる陽炎となっている。
「たとえアンチスペルされてもアンデッドだ。ゾンビは火に弱い」
リュートが息を絶え絶えのまま、新しく魔術を唱え始めた。
彼を中心に、周囲に火の壁がせり上がってくる。
「周辺の森を焼く。魔術の火が通じなくても、物理的な炎なら倒せるはずだ」
「駄目ダッ! 森ハ命ダ。木々ニ住ム小動物ヤ、木ノ実ヲ餌ニスル者ノ、寄リ縋ル命ダ」
俺達の戦いで、それらを奪っていい権利など決して無い。
「ならどうやって倒すんだよっ。ほっといても、森はこのまま潰されるぞっ」
「消耗サセロ。動ケナクスレバ、必ズ勝機ガ」
上下が反転し、俺は天地が逆さまになったのを見た。
直後の激痛から、胴体に何か重い一撃を食らったと理解する。
だが、視界に怒れるキメラゾンビは収まっており、それからの奇襲を受けるはずは無い。
「マルコォ!」
ああ、そうか。
俺は血で掠れる視野を何とか維持しつつ、振り向いて気付いた。
「一匹トハ、限ランカ」
そこには、もう一匹のキメラゾンビが居た。
第六十話:完
某デモン○ソウルで、二匹目の奴が現れた瞬間の絶望といったらもう。
全ソウルを溶かした人の顔みたいになったもんです、はい。
そこの霧を抜けた瞬間、黒魂体に丸裸にされちゃったり。地獄ッ。
それでは、楽しんでいただけたなら幸いです。ありがとうございましたっ!
次の投稿は、9月4日を予定しています。




