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第五十七話:人命救助しよう

 事件が起きた。

 人々は、溶けかけたアスファルトの上に、己が足跡を残しつつ歩いていた。酷く、暑い。


「ねぇねぇ、マルコ。アスファルトって何?」

「イヤ、俺ハ知ラナイ。言イ出シッペニ聞コウ」


 俺は何やら真剣な面持ちでナレーションを始めたポークに、なんぞやと聞いてみる。

 その質問に対し、なぜか胸元からグラサンを取り出して顔に掛けつつ答えた。


「ふんごー(殴ると足元が溶けていくラスボスの事です)」

「それ、ダルク・ファクト」

「ふんごー(すみません、間違えました。パンドラの箱に封じられた邪悪の罠です)」

「それはダーク・ファルス」


 フィーオが次々とポークの言葉を潰していく。

 恐らくは何かネタのある話なんだろうが、俺にはサッパリ分からない。


「そして『もう何も怖くはない』と言いながらタイヤを切り付けてるのはマミさんね」

「ふんごー(えっ? アスファルトじゃなくて!?)」

「デ、結局、何ヲ言イタインダ? 事件トハ何ノ事ダ」


 焦れた俺が話を振り出しに戻す。

 ただでさえ残暑が厳しいのだ。これ以上、無駄話に付き合ってはいられない。

 俺の様子にビクンッと怯えながら、ポークは頭を掻いて話し出した。


「ふんごー(いやその、大した事じゃないんですが、小屋の表で誰か死んでるんですよ)」

「ナンダソンナ事カ」

「もっと大事件かと思ったじゃない。警察のクーデターとか、予算切れで台湾を彷徨うとか」

「ふんごー(そりゃあ、それらに比べたら大した事無いですが)」


 そもそも、この森で誰が死ぬんだ、誰が。

 どうせ脱水症状で気絶したとか、道に迷って行き倒れたとか、そんな感じに決まってるんだ。


 俺達はあくびをしながら、小屋の表へと出た。

 煌々と輝く太陽が、小屋の影を倒れる誰かの上に落としていた。

 うむ、確かに誰かが倒れているな。


「脈拍ヲ調ベテミヨウ」

「うひゃー、冷たい手首。うんともすんとも言わないわね」


 口元からは赤いトマトジュースらしき者が吐き出されており、白目を剥いている。

 蝙蝠の翼を思わせる黒いマントが、中年らしき男の全身を静かに包んでいた。


「顔色モ恐ロシク悪イナ」

「見て見て。全く息をしてないよー」


 ふーむ。


「死ンデルジャネェカァァァ!」


 俺の絶叫が、太陽輝く森の奥地まで木霊するのだった。



 * * *



「さて、この安楽椅子探偵のヌケサクが来たからには、もう安心です」

「ブヒヒィ(まさかの時のスペイン宗教裁ばぁぁぁんっ! さぁ、貴様の罪を数えろっ)」

「ふんごー(貴様の罪は三つ! 傲慢、憤怒、情欲、暴食、怠惰、強欲、嫉妬!)」


 明らかに三つで収まらないんだが。

 ピッグとポークが、ヌケサクにギルティを申し渡し、処刑方法を宣言する。


「ブヒヒィ(処刑は……安楽椅子だっ!)」

「ふんごー(おー、いやだいやだ。どうだ、この安楽椅子は? クッションもあるぞ)」


 さて馬鹿共は無視するとして、俺は状況を整理した。

 小屋の前で倒れる吸血鬼。これが今回の事件の被害者だ。


「牙、衣服、以前に私を襲おうとしたクズと同じ顔という証拠から、吸血鬼だと割れたわね」

「ウム。吸血鬼ダカラ、血ヲ吐イテイテモ不思議ジャナイシナ」


 この吸血鬼の死体を前に、俺とフィーオと三馬鹿は推理を始めた。

 いったい、誰が彼を殺したのか。それを俺が考えるよりも早く、フィーオが口を開く。


「とりあえず当面の下手人は、ポークかピッグで良いと思うわ」

「ソノ通リダナ」

「安楽椅子探偵の俺もそれには賛成です」


 俺とヌケサクが賛成の声を上げるのに対し、オーク族の二人組は明らかに不満を露わにした。


「ブヒヒィ(ま、待ってください。当面も何も、そのまま俺達を犯人に押し切る気でしょっ?)」

「だって他に犯人が居ないんだもん」

「ふんごー(うっわ。ナチュラルに冤罪する気だ、この人達)」


 自己弁護する二人に、俺とヌケサクが論破するべく弾丸の様に言葉を撃ち込んでいく。


「それは違うっ。冤罪という証拠は何処にも無いぞ」

「ふんごー(普通に死ねば良いと思いますよ、ヌケサク兄貴)」

「ブヒヒィ(いきなり犯人と決めつけた上にこの対応。ゆ゛る゛さ゛ん゛!)」

「テカ、第一発見者ヲ疑ウノハ普通ダロ」


 別に冤罪も何も、基本に立って捜査しているだけである。

 つまり、あくまで被疑者として死体を見つけた状況を説明して欲しいのだ。


「ふんごー(最初に見つけたのは俺です。小屋に入ろうとしたら、誰か倒れてて)」

「何故、死体ダト分カッタ?」

「ふんごー(だって吐血してるし、顔色悪いし、ピクリとも動かないし)」


 ポークの言い分は尤もだ。普通なら「死んでいる」と感じるだろう。

 だが、これは吸血鬼である。


「吸血鬼なら、そんなの当たり前じゃない。死んでいる証拠にならないわ」

「そうか。ポークは吸血鬼と人間の死体を誤認させ、捜査の混乱を図ったんだ。事件は解決だ」

「ふんごー(おーい、誰か安楽椅子に電気を通してくれー)」


 悲鳴を上げるポークには嘘を言っている様子は無い。俺は顎に手を当てて考える。

 吸血鬼なら、どれも死を意味する状況にならない。だから、死体とは考えない。

 しかし、ポークはこれを死体だと一瞥して把握した。何故だ。


「ブヒヒィ(いや、その、そりゃ吸血鬼だと思わなかったからでしょう?)」

「何処かにトリックがあるはずよ、マルコ。気をつけて」

「ウム。吸血鬼ノ死体ナンテ、誰モ気付キヨウガ無いイカラナ」


 俺は改めて死体を調べる。見落としが無いか、虫眼鏡で見尽くす勢いだ。

 吸血鬼は「ふぁ~、よく寝たわい」と欠伸をして、首をコキコキと鳴らしている。

 俺はその頭をぶん殴って気絶させると、再び死体となった吸血鬼の詳細を調べ始めた。


「全ク、死体ノ癖ニ欠伸ナンカスルンジャナイ」

「死んでるっていう自分の立場を理解していないんじゃないかしら、この吸血鬼」


 俺とフィーオの言動に、ヌケサクが咎めるような顔で声を掛けてくる。


「吸血鬼の死体ですよ? 多少動く程度の事はあり得ますよ」

「マァ、ソレモソウカ」

「ふんごー(ヤバいぞピッグ。こいつら、単に俺達を犯人にしたいだけだ)」

「ブヒヒィ(うぬぬ。こうなったら、なんとしても吸血鬼に生き返って貰おう)」


 ピッグは上半身の服を脱ぐと、吸血鬼の死体に添い寝した。

 そして、豊満な胸を吸血鬼の顔に押し付ける。


「ブヒヒィ(さぁ、思いっきり吸ってくれ。そして蘇るのだ、この血液でっ)」

『うごごっ。臭いっ、豚臭いっ! 助けてくれー!』


 あまりにあんまりな体臭が気付けになったのか、吸血鬼が跳ね起きた。

 その頭をヌケサクが蹴り飛ばして、再び眠りにつかせる。


「ふぅ。死体が動いてしまうところだった」

「モウ動カナイヨウ、シッカリ殺シテオケヨ」

「ふんごー(もうやだ、この人達)」


 嘆くピッグとポーク。犯罪者の後悔は、いつ聞いても胸が痛む。

 ほんの僅かなボタンの掛け違いが、彼らを犯罪者にしてしまったのだ。悲しい話だ。


『あの、自分、どうしてオークに抱き締められてるんですか?』


 三度起きた吸血鬼が、フィーオ達に向かって自身の身にある疑問を呟く。


「なんか自分が殺人犯になりたくないから、アンタを蘇生させたいんだって」

『はぁ。てか自分、アンデッドだから死にませんよ』

「ウルセェな、いいから死んでろって。悪いようにはしないから」

『あ、はい』


 凄むヌケサクにビビって、吸血鬼はそのままパタリと横になる。

 今度こそ蘇ったと確信していたピッグ達は、慌ててその襟元を引っ掴んで揺さぶる。


「ふんごー(死ぬなぁっ。俺達の無実を証明してから死んでくれっ)」

「ブヒヒィ(そうだ、心臓マッサージじゃあ。揉んで揉んで、揉みまくりじゃー!)」


 ピッグが全力を篭めて吸血鬼の胸を押し込むと、ベキベキと肋骨の折れる音が響く。

 とんでもない悲鳴を上げる吸血鬼の死体だったが、ピッグは尚もベキベキとマッサージを続けた。


『死ぬっ! 死んでしまうっ! やめろ、心臓を揉むのをやめろー!』

「ふんごー(あと血行促進の為に、日差しで身体を暖めようぜ)」

「ブヒヒィ(そうだな。青白い肌も、黒光りする健康的な小麦色の肌になればっ)」


 そう言って、二人は吸血鬼を日差しの元へと放り投げる。


『ギィヤァアアアアアア!』


 その途端、灰になって消えていく吸血鬼。

 あ、これ死んじゃったんじゃないか。


「あーあ、殺しちゃった。冗談で済まなくなったわよ、アンタ達」

「ブヒヒィ(えぇぇぇっ? 俺達が悪いんスかっ)」

「だって吸血鬼、灰になっちゃったじゃない」


 フィーオの言葉に、ピッグとポークは同じタイミングで首を左右に振って否定する。


「ブヒヒィ(私達は人命救助をしただけです。善きサマリア人たらんとして!)」

「ふんごー(つまり犯人は、あの輝く太陽だったという事です)」


 ギュッギューンと目にグルグルと変な渦巻きを作りながら、そんな持論を展開する。

 まぁ確かに、彼らは知識不足ゆえ吸血鬼に致命傷を与えてしまっただけだ。


「あーあ。せっかくピッグ達を犯人にして、酷いお仕置きで遊ぼうと思ったのに」

「本当に吸血鬼を殺しちゃうとか、やり過ぎも良いところだ」

「ブヒヒィ(良い根性してますねぇ、貴方達)」


 その時、灰の中から不死鳥の如く蝙蝠が飛び出てきた。

 よろよろと身体を揺らしながら、それは何処かへと飛び立っていく。

 その現象に、フィーオとヌケサクが驚愕する。


「教授っ!?」

「これはいったいっ?」

「ふんごー(第五の力、プラズマだよ)」


 なんか良く分からない責任転換をし始めたな。

 ポークは保身の為にむちゃくちゃな論理展開をし、プラズマが如何に万能かを語り続ける。。


「ふんごー(マグロが高騰してるのも、阪神が優勝したのも、みんなプラズマの仕業なのね)」

「なんか妖怪のせいでも良いんじゃないの、それ」

「ふんごー(じゃあそれで)」


 何でも良いのかよ。

 吸血鬼の化身である蝙蝠ならば日差しもある程度は平気なのか、そのまま飛び去った。

 後に残るのは灰だけである。


「仕方無イ。ピッグ、ポーク、有罪判決トシテ灰ヲ掃除シテオキナ」

「「ブヒヒィ&ふんごー(承知っ)」」


 思ったよりも刑罰が軽いからか、簡単に有罪を受け入れて掃除を始める二人。

 無論、俺も冗談で言っているだけだから、手伝うべくちりとりを手に取った。

 そんな俺達を見ながら、フィーオが改めて口を開く。


「結局、あの吸血鬼は何だったのかしら」

「サァナ。昼間ニ彷徨イテルンダ。碌ナ事ヲシニ来テナイダロ」

「普通に考えたら、フィーオ姐さんの血を吸いに来たんでしょうな」


 ま、そんな所だろう。

 いずれにせよ、あの吸血鬼は一度フィーオを襲っている。敵対視して問題無かろう。


「ふんごー(そっすね、完璧な推理っすね。俺達が犯人役って事を除けばよー)」

「不貞腐レルナ。次ハ探偵役ニシテヤルカラ」

「一度関係が拗れたら、その修復は容易じゃない。まさに、戦争はいかん、って事ね」


 フィーオの言葉で纏まったらしい。

 奇妙な程の『やり遂げた感』が生まれ、それを俺達は受け入れるしかなかった。


 しかし……本当に何しに来たんだろうな、あの吸血鬼。



 * * *



 全身を小さな髑髏で装飾した死霊使いは、帰って来た蝙蝠を見て溜め息を吐く。

 どうやら、失敗したらしい。


『キーキー(やっぱ無理だってばよ、昼間に襲うとか。自分、吸血鬼だぜ?)」

「だからこそ不意打ちになるのだ。くそっ、せめて一人くらい下僕に出来なかったのか」


 吸血鬼の蝙蝠は、自分の視野一杯に広がるオーク族男性の乳房を思い出し、身震いする。

 悪夢を脳内から打ち払うように、全身全霊で否定した。


「まだだ。これで終わりと思うなよ、エルフどもめ。オークどもめっ」


 死霊使いが、大袈裟にマントを翻して空を見上げた。

 絶叫。


「私は、エルフ狩りギルドを破壊した連中に、復讐してやるんだぁぁぁ!」

『キーキー(あー……選ぶパートナー間違えたかなぁ)』


 白目で何やら後悔する蝙蝠の姿など目にもくれず、太陽に向けて決意表明を繰り返す。

 自身の栄光ある明日を、その太陽に誓うかの如く……。


 なお、翌日は容赦無く雨だったという。合掌。



第五十七話:完

アンデッドを介抱した場合、それはダメージとなるのか否か。

吸血鬼なら血を吸わせれば良い気もしますが、ゾンビとかどうすれば良いんでしょう。

あえて腐りやすい湿度の高い場所で日光に当てる……スケルトンになってしまいますか。

まぁ不死者に人命救助をしようとする事が、既に間違いなのかもしれません。


それでは、楽しんで頂けたなら幸いです。ありがとうございましたっ!

次回の投稿は、8月28日を予定しています。

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