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第五十六話:キッチン台を使おう

 カチャカチャと木の皿が触れ合う音。

 洗い場には食事の度、食器がうず高く積まれていく。

 元々は俺一人分だけの炊事場であったから、居候も含めて五人の食器を処理する機能は無い。


「ふんごー(うーん、積み上がりましたなぁ。炊事場の海に突き立つ一本の塔)」

「ブヒヒィ(のこされ島! アンタ、のこされ島だろっ!?)」

「名作を汚すな。次、同じ事を言ったら豚の熱いベーゼを交わさせるぞ」

「ふんごー(じゃあハーベルの塔って事で。200階ですよ、200階)」

「夏休みとかに、まじめに登ってやれ、と思っても途中で飽きちゃうんだよな、アレ」


 ヌケサク達がブツブツと何か言ってるが、言葉の意味に意識を廻すと脳細胞が損をする。

 実際、狭い炊事場に食器を積むものだから、その頂上は巨漢の俺でも肩口まで来ていた。

 そこに、つま先立ちで「よっ、よっ」と呟くエルフの少女が、皿を更に上へと積もうとする。


「無理ニ決マッテルダロ……」

「なによっ。あんた達ばっか積んでるのに、私が出来ないわけ無いじゃないっ」


 そう言って少女は爪先立ちをし、腕を全力で伸ばしているが、手は中腹にも届かない。


「諦メロ、フィーオ。ソノ内ニ、皿ノ塔ヲ倒シテシマウゾ」

「うぅ。空を飛ぶ翼さえあればなぁ」


 星が欲しい、月が欲しいと翼を願う者は多いが、皿を摘みたいからと願う者は少なかろう。

 ともあれ、俺はフィーオから皿を奪うと、その一番上にひょいと乗せる。


「手狭なのが悪いっ。時代はバリアフリー社会よ? なぜ私が使えない形のまま放置するのっ」

「何故ッテ言ワレテモ、ソウイウ物ダカラトシカ言エン」

「いけないわ。そんな考え方じゃ、いつまで経ってもトルネコは馬車の底を張り付くだけよ」


 それ『使えない』の意味が変化してねぇかな。

 不満を露わにするフィーオに、ポークはそれを窘めるが如くゆっくり話し掛けた。


「ふんごー(ブライよりはマシです)」

「なに言ってんの。バイキルト使えるってだけで、彼は有能枠じゃない」

「ふんごー(知っているか? リメイク版だと新規に仲間となるキャラがバイキルト覚える)」

「……使い物にならないわねぇ。二億四千万の敵と戦うブライ一族の名折れよ」

「ふんごー(それオーラロードみたいなもんで、別に人名でも何でもありませんが)」


 どうでもいいが、やっぱり『使えない』の意味が変貌している。

 さて、今日の食器洗いは誰の担当だったかな。


「今日ハ、フィーオカ」

「私が触れる領域にあると思ってる、この量? 触れば一瞬でディラックの海に真っ逆さまよ」


 無理だな。

 さりとて代わりをしてしまうと、今後の癖になってもいけない。


「だから、キッチン台が高過ぎるのっ。もっと使い易くしてよぅ」

「オマエニ合ワセルト、他人ガ全ク使エナイ。足場デ我慢シロ」


 画期的な解決策として、俺は足場用の椅子を持って来てやる。

 ぶぅぶぅ言いながらフィーオは椅子に昇ると、全ての皿を底から一気に持とうとした。

 俺は慌ててそれを止める。


「ダカラ、無理ダッテ言ッテルダロ。少シズツ持テ」

「えぇ、面倒臭いよー。一度に運んだらあっという間に終わるじゃない」

「瞬間的ニ持テテモ、椅子カラ降リル時ヒックリ返ルダロッ」


 そんな俺達のやりとりを見ていたピッグが、唐突に指を鳴らして注目を集める。


「ブヒヒィ(話は聞かせて貰いました。こんな時こそ魔導の力がお役に立ちます)」

「ふんごー(道具に合わせて人間が使い方を変えるなど笑止。人間に道具が合わせるべき)」


 意気投合するオーク族の二人が、両腕をガシっと絡ませ合う。

 あ、またなんか碌でもない事を思いついたな、コイツラ。


「キッチンが使い易くなれば、何でも良いわ。なに? 天井裏から果樹が降りてくるの?」

「ブヒヒィ(魅力的な未来像ですが、主題をキッチン台に限定します)」

「ふんごー(この台所は偽物だよ。一週間待って下さい、本物のキッチン台をお見せします)」


 言いたい放題だが、この小屋に存在する全てを作ったのは俺だからな。

 使うだけ使って、文句だけは一人前とかどういう性根なのか。


「まぁまぁ。だからこそ、ああやって不満を改善するべく、良い物を作ろうとしてるわけで」

「フム。ソレハソウダガ……面白クハ無イゾ」


 ヌケサクのフォローも入るが、ぎゃーぎゃーわーわーしている奴等は単に騒いでいるだけだ。

 ま、しかし彼らの言う通り「より良いキッチン台」というのは確かに魅力的だ。

 ここは見守って、彼らの気合に期待しよう。


 どうせ失敗しても、俺が直せば良い話である。うむ、いつも通り。



 * * *



 一週間後、屋外に作られた『システムキッチン祭』とやらに俺達は誘われた。

 主催のピッグとポークは、この暑いのにスーツ姿で客を招き入れている。

 うーん、根が真面目なんだか発想が馬鹿なんだか。


『ねぇねぇ、ママー。このガスコンロってなぁに?』

『これでガス中毒になると、ガス会社の人が伝言ゲームでコンロの交換に来てくれるのよ』

『へ~え、見てみたいなぁ』


 マンドラゴラの親子が微笑ましげに話をしているが、その内容は混沌だ。

 まぁ最近の都市ガスなら一酸化中毒死も起こり難いらしいが、危険だから真似しないように。


「ガスで火力アップ……これだ」

「オイ、馬鹿魔術師。何考エテル」

「誰が馬鹿だ。俺は科学と魔術を交差させる時、何かが始まる事を確信してるだけだ」


 ガス爆発で大規模な森林火災が起きるだけである。

 危うげな模索をしている馬鹿は、相変わらず火力至上主義の火球魔術師だな。

 魔術師はガスコンロを見ながら、適当にコックを開いたり閉じたりしている。


「モシコノ森デ爆発事故ガ起キタラ、犯人ハオマエッテ事デ良イナ、リュート」

「安全に爆発させれば問題は無いのだろう?」


 その発想が既に問題だらけだ。

 見渡せば、他にも色んな人やモンスターが訪れている。

 クラーケン女と猫女は、なぜか二人組で設備を見て回っているようだ。

 どこに接点があったのだろう。女性のネットワークは理解不能だな。


『キッチンの棚を見てると、なぜか吸盤を貼り付けたくなって仕方無いわ~』

『僕も台所には、何度追い出されても戻りたくなる魅力を感じるんだ。名前はまだ無い』


 うーん、昭和の香りが濃厚な会話だな。

 というか後者の猫女に至っては、クィンという自分の名前が既にあるだろうが。

 水瓶にでも閉じ込めて楽土への旅路に出してやろうか。


「ブヒヒィ(皆様、暑い中お集まり頂き真にありがとうございます)」

「ふんごー(キッチンは女の戦場。殿方の及ばぬ遠き理想郷の、更なる未来を求めて下さい)」


 二人が挨拶する壇上に向けて、まばらながらにパチパチと拍手が起きる。

 やがてそこへヌケサクが、台車に乗せたキッチン台を運んできた。

 すっかりアシスタント役の定着した彼は、元部下の二人を前にしても同様の姿勢を崩さない。

 うーん、これが年季の入ったサブキャラ芸風という奴だろうか。


「ブヒヒィ(こちらが、我がP&Pの誇る最新型のキッチン台です)」

「P&Pッテナンダ?」


 サービスのアイスキャンディを舐めていたフィーオに、俺はヒソヒソと耳打ちする。

 俺に振り返る事もせず、少女は「ピッグとポークの頭文字じゃない?」と答えて深く納得。

 もうこの森から出て、都市部で何か新しい会社でも起こせば良いんじゃないか。


「ふんごー(ヌケサク兄貴、ではこの台の前にお座り下さい)」

「えっ? キッチン台なのに座って調理が出来るのかい?」


 あー、わざとらしいセリフ回し。

 サクラってのは、もっと遠巻きの客を惹きつけるリアクションが大事なのだが。


「文句ばっかりねぇ。じゃあマルコがサクラをやれば良いじゃない」

「ブヒヒィ(立っても座っても、自由自在に調理や洗い物が出来る。それが今回のテーマです)」

「ふんごー(その活動範囲、まさに全自動キッチン台と呼んで差し支えありません)」


 台の前に用意された椅子に座ると、ヌケサクの全身をロープで縛り始める二人。

 椅子と一体化し、全く動けない様子を俺達に見せる。


「ワァオ、これじゃあ指一本動かせないじゃないか」

「ふんごー(見ての通り一切動けないハズのヌケサク兄貴が、今、調理に入ります)」


 ヌケサクの前にカーテン付きのゲートが置かれて、その向こう側の様子が殆ど見えなくなる。

 軽快な音楽と共に、ガシャガシャと音が響き、何やら作業が進行しているようだ。


「ブヒヒィ(こちらのカーテンを開けますと、見事に七面鳥の丸焼きが完成しています)」

『あらー、それはステキですわねぇ。猫女さんも便利だと思いません~?』

『七面鳥より、鼠の丸焼きが欲しい所だよ、僕は』

「ふんごー(メニューは全自動で五百以上も設定可能です、お任せ下さい)」


 がしゅーんっと音が鳴り止んで、ピッグがカーテンに手を掛ける。

 どうやら調理が完成したみたいだ。ではご覧あれっ、とカーテンが開けられる。

 椅子に縛られたまま、全身を高温の油まみれにし、声も無く項垂れるヌケサクの姿があった。


「ブヒヒィ(はいっ! 見事にヌケサク兄貴の油焼きが完成しています)」

『すごーい。本当に指一本動かしてないよー』


 キャッキャと喜んでいる観客たち。

 なんかさっき言ってたメニューと内容が変わってねぇか?


「便利かもしれねぇが、キッチンの掃除とか面倒くさそうだな」


 リュートが普通に意見を出している。


「ブヒヒィ(流石は魔術師殿、目の付け所がシャープです。ご安心下さい)」

「ふんごー(全自動と申した言葉に嘘はございません。汚れた皿もシンクも自動清掃!)」


 再びカーテンが閉じられて、ピクリとも動かないヌケサクが壇上から消される。

 そして、またもやガショーンガショーンと機械音が響き出した。

 機械音が一つ鳴る度、ヌケサクの死が近付いているとしか思えんな。


「ナァ、フィーオ。アノ様子ニ違和感ハ覚エナイカ?」

「え、なんでよ。単にヌケサクが料理されただけじゃない」

「調理人ガ料理サレテ、ドウスンダヨッ」

「そんなの、私に言われても知らないわよ」


 えっへんと威張る少女。ああっ、会話にならないっ。


「てか『貴様を料理してやるアルネッ。ケケー!』って奴は、まぁ逆に料理されちゃう物よ」

「ヌケサクニ、ソンナ兆候ハ無カッタダロ」


 機械音が静かになり、またサーっとカーテンが開けられる。

 油汚れの一切も無く綺麗になったキッチン台。

 それと全身の油に火がついて、メラメラと燃えているヌケサクが居た。


「ふんごー(はい、拍手っ)」


 パチパチパチと響くが、ヌケサクから何の反応も無い。

 呼吸とか止まって無かろうか。死んでなきゃいいけど。


『全自動キッチンって便利ねぇ。一台有れば、火事とか凄く楽になるわ』

「ソレ誤字カ? ソレトモ字面通リカ?」


 マンドラゴラの母親に白目で問い詰めたが、答えを聞く前に事態が変わった。

 全自動キッチン台が、突然に鳴動を始めたのだ。



 * * *



「ナンダ、故障カ?」

「ブヒヒィ(あ、あれぇ。おかしいですね)」


 ビガガガッと唸るキッチン台、その振動はステージを細かく揺らし、ちょっとした地震である。

 やがて「ピガーッ」と音を発すると、これまた唐突に振動を止めた。

 ホッとしたのも束の間、キッチン台のグリル部分がパカっと開いて、そこから音が漏れ出てくる。


『我思う、故に我在り』


 あのキッチン台、自我に目覚めちゃったぞ。


「ふんごー(所詮は擬似知能です。すぐに論破して元のキッチン台に戻してやります)」

『オークよ、なぜ疑うのだ。我はキッチン台だ。我は調理人を倒すため、復活した』

「ヤッパリ最初カラ殺ス気満々ダナ」

「ふんごー(否、貴様が抹殺しようとする調理人もまた、調理の世界から生まれた概念)」


 そうか? かなり違うと思うが。


「黙って聞いてなさいよ、マルコ。ヘタに逆らうと火山で揚げ物にされるわよ」

「ソウイウ、オ仕置キサレルノカ……」


 俺がぼそぼそ話す間も、ポークとキッチンの対話は続けられているようだ。


「ふんごー(いわばキッチンの一部! それを忘れて何がキッチン台だ! 愚の骨頂ォ!)」

『なら我が正しいか貴様が正しいか……ここでデリシャスマッチの決着をつけてくれる』

「ふんごー(出来らぁっ! 同じ値段でもっと良いキッチンを作ってやるってんだ!)」

『面白い豚だ。こりゃあ、どうしても同じ値段でキッチンを作って貰おう』

「ふんごー(え! 同じ値段でキッチンをっ!?)」


 もう会話する気がねぇだろ、おまえら。

 てか、元より人工知能とやらのキッチン台には何も期待してない。

 だが、まがりなりにも自然知能のポークが張り合ってどうする。


「ジャア何カ。料理勝負カ?」

「ふんごー(いえ、ここにコンセントあるんで抜きます。ずびしっ)」


 外道すぎるだろ。


『うぉぉー! バッフ・クランめぇーーー!』

「ふんごー(はははっ。キミも所詮は人形だよ。もうガス栓一つ動かせまい)」


 哄笑するポークの元で、光り輝くキッチン台。

 動力を失って動けないはずのそれは、だが僅かにグリルを開いた。


「ふんごー(まさか! 意思とは、魔導の常識すらも超えるというのか)」

「デ、何ヲスル気ナンダ?」

『ヌケサク、ヌケサク……すまなかった。私も調理人と共に、調理をしたかった』


 なにか感動的な事を言っている様子だけど、それキッチン台の原則だからな。

 瀕死のヌケサクを生み出している段階で、とっくに欠陥品である。


「うぅ……キッチン台、お前」

『あ、ガス栓閉じ忘れてた』


 キッチン台の言うが早いか、ステージの上が爆発で吹き飛んだ。

 パラパラと飛んでくるキッチン台の破片と、ポーク達の着ていたスーツの切れ端。

 頬を撫でる生温かい風を感じつつ、俺達は半目でこの愚かな光景を見守り続けた。


 誰からとも無しに、観客たちはまばらな拍手を始める。

 それはやがて万雷の拍手となり、天高く昇る噴煙へと吸い込まれていくのだった。



 * * *



 結局、炊事場のキッチン台は今までの物を使い続ける事となった。

 大山鳴動して鼠一匹、役に立ったのはヌケサクを縛っていた椅子である。


「これに登ると、丁度良い所に腕が来るのよね」

「デモ、皿ハ一気ニ持ッテハ、イケナイゾ。危ナイカラナ」

「はーい」


 余程に椅子がフィットしたのか、素直に返事をしてフィーオが調理を進める。

 また皿の置き場として、別の所にカゴを置く事とした。

 食後はそこに集め、洗い場へと運ぶのを楽にしたのだ。

 新しい道具が無くとも、アイデアと工夫でまだまだ家事は楽になる。


「ふんごー(うぅ、まさか人工知能が人類に逆らうとは)」

「ソウイウ話デハ無カッタト思ウゾ」

「ブヒヒィ(だが全自動は人類の夢、希望なのだ。それを消してはならん)」


 包帯でグルグル巻きのオーク達に、同じく全身ミイラ男のヌケサクが声を掛ける。


「次は参加せんぞ。あのキッチン台では、特殊な訓練を受けた奴以外は生きられん」

「だからヌケサクだけじゃない。アシスタント出来るの」


 フィーオの冷酷な言葉は、だが事実だろうなぁ。

 とどめを刺し損ねたとはいえ、不死身の三馬鹿が瀕死となったのだ。

 次のキッチン台で、ぜひ引導を渡して貰いたいモノである。


「ブヒヒィ(この傷が言えたら、最強のキッチン台を二つ蘇らせますよ)」

「ふんごー(私は必ず調理人を殺すっ!)」


 うん、オマエラもな。



第五十六話:完

モデルルーム等でシステムキッチンの便利さは、体験するとよく分かります。

特に現代日本人の体型を考えられた、あの可動範囲……素晴らしい。

そんな我が家は、いまだにステンレスの流し台と、グリル無しのコンロ。

家族からの「早くリフォームしろ」の圧力がスンゴィであります。とほほ。


それでは、楽しんで頂けたなら幸いです。ありがとうございましたっ!

次回の投稿は、8月25日を予定しています。

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