第五十四話(後):川遊びをしよう
そうこうしてると、川からザブザブとフィーオが上がって来ていた。
「ン? ドウシタ」
「ちょっと休憩よ。ピッグとポークはまだ来ない?」
『さっき、流れ流れて行ったよ。いつか消え行く感じで』
俺の代わりに猫女が答えた。
フィーオは首を傾げて、怪訝そうな表情を浮かべる。
「……それ溺れてるんじゃないの」
『大丈夫でしょ。ユラユラユラユラ濡れオークって感じだったし』
「なるほど、オークのピッグどこへ行くって事ね……誰にも止められない、豚の河は流れていく」
『ピッグゥゥゥ!』
ポークの事も気にしてやれよ。てか豚の河って、なんか毒持ってそうだな。
『まぁピッグがどうなろうと、別に構わないけど』
「同意だわ」
「酷イナ、オマエラ」
「二人を川に投げ捨てたの、兄貴ですけどね……」
まぁ二人の事は置いといて、俺もそろそろ川で身体を冷やそうかな。
そう考えた瞬間、俺の周囲で妙な気配を感じた。
対岸から、どこか濁りのある空気が流れてくる。
「コレハ……」
『何か居る、ね』
俺と猫女が表情を少し険しくし、周囲を見張る。
フィーオをヌケサクの背後に隠して、俺は一歩前に出た。
「どうしたの、マルコ?」
「敵ダ。狙イハ分カランガ、カナリ多イ」
「嘘ぉー。だって何処にもそんな様子無いのに」
エルフは生まれながらに感覚が鋭い。
しかし、それはあくまで森で生きる者達への感覚である。
今、俺が感じ取っている粘り気のある、このドロドロとした気配は、嗅ぎつけられないで当然だ。
それは、死者のみが発する昏い気配だからだ。
「今頃気付いたか、馬鹿どもがぁ!」
対岸からの奇声に、俺達は一斉にそちらへと目をやる。
すると、そこには髑髏の飾り物を全身に付けた、怪しい中年男性が居た。
む、アイツは……死霊使い、か?
「ほほぅ、俺の正体を一目で見破るか」
「どう見ても死霊使いよね、髑髏持ってるし」
「ご用心、ご用心って叫びながら歩いてたら、なんとなくトンチが巧そうですが」
『その人って男色だったらしいわよ』
「「えっ!?」」
ヌケサクとフィーオが、やけに興味津々な様子で猫女へと振り向いた。
いやあの、そんな話で盛り上がっている状況では無いと俺は思うんだが。
なんか無視されている様子の死霊使いが、こめかみに血管を浮かべて顔を赤くしている。
「おい、無視するんじゃねぇよ!」
「煩いわね。今、あんたがホモかどうか決める大事な話をしてるのよ」
「ホモじゃねぇしっ……貴様ら、よくも俺の人生をメチャクチャにしてくれたな」
死霊使いがブルブルと震えて話し出す。
猫女は、ハッとした顔で口を開いた。
『あ、ホモって看破しちゃダメだった? そこ、オープンにしてなかったのね、ごめん』
「そっちの話じゃねぇよ! エルフ狩りギルドの事だよ!」
ああ、こいつギルドの残党か。
そういえば、今までにもなんどか死霊使いの警告が届いていた。
つい先日にも、狐の子供達が「森で変な奴が徘徊してる」と言ってたしな。
「ギルドノ残党メ。ドウスルツモリダ」
「くっくっく……勿論、復讐させて貰う」
パチンっと男が指を鳴らすと、対岸の木陰からうぞうぞとゾンビの群れが現れた。
手前を見るだけでも十や二十を軽く超えている。うむむ。
殆どが人型だが、中にはモンスターらしき物も混じっていた。
「この森は凄いぞ、死体には困らん。エルフの守護する森と言うが、随分と血塗られているな」
「フンッ。安ラカナ死者ノ眠リヲ妨ゲテオイテ、ヨク言ウ」
「安らか、だ?」
俺の言葉に、死霊使いが俺を馬鹿にしたような顔で笑い出した。
「そいつは随分と間の抜けた修飾だな。安らかとは……クックック」
どうやら、奴は俺の知らない何かを知っているらしい。
だが、どうでもいい。今は大量のゾンビを何とかし、死霊使いを倒すだけだ。
「これだけの数を前にして、まだ攻めの気持ちを失わないとはな」
「ついに攻めとか受けとか言い出しましたよ。語るに落ちるとはこの事ですな」
ヌケサクのヒソヒソ声が、どうやら聞こえていたらしい。
顔面をモアイの如く深い影を落としつつ、死霊使いは手に持った杖を振るった。
「突撃せよ。欠片も残さず食い殺せ」
『ギャアアアアアッッス』
号令を受けて、ゾンビがいよいよ動き出した。
兵団が川を渡ってくる時、機動力が大きく落ちる。
その常識で考えれば、たとえ俺達は数に劣っても戦術的に優位である。
しかし、それも身を守らぬ不死身のゾンビであれば、数を押し込む事は難しくない。
「クソッ、数ガ違イ過ギル」
『マルコ君、僕と一緒に前線を守るよっ』
「オゥッ」
「無駄な足掻きよ、クッハッハッ」
勝利を確信している下品な笑い声を死霊使いが上げた。
彼の命令で、ゾンビの大群が川に入っていく。
そして、ズルリと横に滑って倒れると、そのまま何も出来ずに流されていった。
「……流サレタゾ」
「……流れたわね」
『……流れちゃったなぁ』
あ、腐った足首では川底を保持出来ないのか。
「ああああああっ。俺の不死身兵団がぁ」
「アホですかね、あの魔術師」
ヌケサクの単刀直入な物言いに、俺は頷くしかなかった。
何もせぬままどんどん瓦解していくゾンビ軍団を、俺達は眺めているだけである。
「てかこれ、下流で疫病とか流行しちゃうヤバイ奴じゃないの?」
『ゾンビだし、魔術の範囲外に出たら塵になって消えちゃうから大丈夫だ』
崩壊した死霊使いの軍団を前にし、死霊使いは頭を項垂れていた。
ふるふると肩を震わせて、なにか苦酸っぱい物を吐きそうなのを必死に耐えている。
あー、なんか可哀想だけど、一撃で終わらせるのがせめてもの供養だな。
「一発デ楽ニシテヤル」
「……クックック、これで終わりと思ったか?」
上げた顔には、何の敗北感も無い不敵な笑みで染まっていた。
この状況で、まだファイティング・ポーズを失わない強い精神。見上げた根性だ。
死霊使いは右腕を高く上げて、大声で叫ぶ。
「出ろぉぉぉぉぉ! クラァァァケェェェンッ!」
パチィィィンッと指を鳴らすと同時に、地響きと共にそれは地面を破る。
火山の噴火の如く土砂を吹き上げ、人間の何倍もある巨大なイカが現れた。
それは、迷う事無く川へと入っていく。
「ハッハッハッ。水棲生物のゾンビならば、溺れる事も無いのだぁ」
「アー、ウン」
「ゆけぇ、侵略ぅ侵略ぅ侵略ぅぅぅっイカゾンビッ」
この後に起きる事を理解しつつ、ザブザブと川を渡ろうとするクラーケン・ゾンビを見る。
予想通り、川の半分くらいでクラーケンはビクンッと痙攣し、やがて川に沈んで流された。
「ハ、ハァァァッ?」
驚愕する死霊使いには悪いが、ついさっきも生きたクラーケンで見た状況である。
『あ、なるほど。浸透圧か』
「ダナァ……」
幾らゾンビになっても、死なぬだけだ。生態の基本要素は変わらない。
脱水を起こし、力尽きたのだろう。
「そんな馬鹿なっ。イカゾンビがぁ、俺の切り札がっ」
「イカゾンビに対抗して、ドラゾンビを出すまでもありませんでしたな」
「ソンナ奴ハ知ラン」
やっぱりドラゴンのゾンビなのだろうか。まぁヌケサクの言葉を真に受ける理由は無いが。
今度こそ万策尽きたのか、完全にへたり込む死霊使い。
よし、殴って終わらせよう。
「待ッテロ、今、殴ッテヤルカラナ」
「……まだだ」
ポツリと死霊使いがそう言うと、森の闇から一際大きい人型のゾンビが現れた。
まるでゴリラのようなそれは、死霊使いの首根っこをヒョイと掴んで、背中に乗せる。
「一度ならず二度までも、二度ならぬ三度までもぉ……いずれ必ず貴様等を殺すっ!」
背中に死霊使いを乗せたまま、その大型ゾンビは一目散に逃げ出した。
くっ、川を渡ってから追いかけるのでは間に合わんな。
「ゾンビハ壊滅シタガ、本人ハ倒セナカッタカ。厄介ダナ」
「……何もしてないじゃない、私たち誰も」
フィーオの言う通りだが、まぁ勝てたんだから良し、だ。
安全を確保し、俺はヤレヤレと構えを解くとフィーオに向き直った。
「ヨシ、モウ泳イデモ大丈夫ダゾ。危険ハ無クナッタ」
その言葉に、フィーオはキツい半目で俺の顔を睨む。
指先を川面に向けて指すと、そこにはプカプカと大量のゾンビが浮いていた。
『ウボォ……ウボァ……』
「こんな死体だらけの川、泳ぎたくないわよっ」
『聖なる川での水葬だと思えば、沐浴の抵抗も無くなるんじゃない?』
「なるかぁ!」
実に、もっともである。
* * *
その後、俺達はゾンビが塵になって消えるのを確認し、全員で供養をするのだった。
供養として流されていく灯籠や蝋燭を見ながら、ゾンビ達の安息を願う。
もう二度と、現世に迷う魂の無い事を。
「……なんか忘れてませんかね?」
ヌケサクがそんな事を言うが、俺もフィーオも首を振って否定する。
忘れている事など、あるはずが無いからだ。
森の奥地を源流とする川原にピッグとポークが流れ着いたのは、それから三日後だった。
しおしおに枯れきった彼らは「どしどしふんどし」と微笑み、長い眠りに着いたという。
第五十四話:完
どしふんとか聞くと、不条理四コマが読みたくなる今日この頃です。
さて毎年なんだかんだで海や川に行ってましたが、今年はちと多忙気味。
季節のレジャーを存分に楽しめない歳……とほほデース。
それでは、楽しんで頂けたなら幸いです。ありがとうございましたっ!
次回の投稿予定は、8月19日です。
【追記】
この度は11日投稿予定が、予定日当日に17日へ伸びてしまい、すみませんでしたっ!
もし今後にも同様のミスが発生した場合は、もっと早くお知らせさせて頂きます。




