表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/80

第五十四話(前):川遊びをしよう

「夏だ、川だっ、水着だぁ!」

「何ヲ盛リ上ガッテル」


 俺は川縁で屈伸運動をしながら、全力で叫んでいるヌケサクに低い声で話し掛ける。

 くるりと振り向いた彼の顔は、狂ったような笑顔で染まっていた。


「夏は水着を大胆にさせるんですよ? それはもうマイクロビキニ、来るっ! って感じで」

「コノ森ニ住ム連中デ、誰ガ着ルンダ、ンナモノ」

「えっ? そりゃあ……居ませんね、帰りましょう」


 うむ、期待する方が悪い。

 地面に両手を着いて項垂れる馬鹿を無視し、俺はひたすら準備運動を続ける。


 俺達は連日の酷暑に耐えかねて、水練を兼ねての川遊びに出掛けていた。

 メンバーは俺とフィーオ、そしてヌケサクの三人だ。

 他の居候であるオーク族のピッグとポークの二人も、なにやら後で追いつくとの事だ。


「どうせアイツラの事ですから、またなんぞ魔導具とか持ってくる気なんでしょう」

「何処カラ仕入レテルノカ、真剣ニ謎ダナ」

「なんでもエルフランドの新型アトラクション、その先行実験を買って出ているそうですよ」


 エルフランドの代表者は、俺が預かるエルフの少女フィーオの父親でもある。

 迷惑だから止めてくれ、と直接言うのも憚られるから、なんとなく察してほしいな、ほんと。

 当のフィーオは、全身を覆う服を着て準備体操をしている。

 胸元はV字に開かれた大きな襟が付いており、袖や裾はしっかり閉じられていた。


「フィーオちゃん、なんでセーラー服なんですかねぇ」


 俺にだけ聴こえる声で、ヌケサクがそんな事を俺に言う。

 泳ぐなら水着で良かったと思うんだが、本人の強い希望である。


「多分、着テミタカッタンジャナイカ?」

「うーむ。しかし少女がセーラー服で泳ぐ、というのも中々に特殊なシチュで大変結構」

「……ソウイウ目デ日常ヲ見ル癖ツケルト、生キテテ虚シクナラナイカ?」

「何を隠そう、森の賢者とは俺の事です」


 あ、虚しさを越えて悟りを開きつつあるのだな。


「マルコ、もう川に入って良いでしょ? どぼーん!」

「オ、チョット待テッ」


 俺達が監視に着くよりも早く、フィーオは川に駆け出してしまった。

 どぼーんと言いつつも、ここは川の勢いも本当に弱く、水深も浅い。

 安全ではあるのだが、それでも過剰なくらい危機管理をするのが大人の役割である。


「冷たくて気持ちいいー! この川の心地よさに比べたら、森の蒸した空気なんてゴミね」

「凄イ事ヲ言ウヨナ、アノ森ノ民」

「たまにエルフとしての自覚を忘れているんじゃないか、って心配になりますわ」


 まぁ森といえば涼しいイメージがあるが、実際のところ暑いものは暑い。

 虫は増えるし、雨が降れば蒸すし、日陰は涼しいが日向から入ってくる熱風とか凄い。

 高所の監視小屋なら話は別だが、そんな都合の良い施設は無いのだ。


「増水する気配もありませんし、まぁノンビリしましょう」

「ウム。ヌケサクハ泳ガナイノカ?」


 川辺の草の生え方で増水した時の水位をチェックしながら、俺はそう問いかけた。

 すると、ヌケサクはスポーンっと服を脱いで、赤いふんどし一丁となる。


「無論、泳ぎます。その為のふんどしですよ」

「オ、オオ。ソウカ」


 もっと普通の水着は無いのか、と言いたくなったが、まぁ普通と言えば普通か。

 こいつが履くと、何でも変な方向の隠喩に見えて困るな。



 * * *



『楽しそうでよろしいですわねー、皆さん』


 おっとりとした声が、森から聴こえてきた。

 敵意の無さげな声音の主を見ると、それは俺の井戸を乗っ取ったクラーケンだ。

 今は女性の姿に変化していて、長いウェーブの掛かった黒髪を暑そうに掻きあげている。


「ヨォ、マダ住ンデタノカ」

『秋までは井戸から動けません。乾燥しちゃう』


 なんで夏前に旅へと出掛けたのか、そこを問い詰めたくなるな。

 クラーケンは川でキャッキャと遊んでいるフィーオを見て、羨ましげに呟く。


『良いなぁ、私も泳いでスッキリしたいなぁ』

「井戸デハ水泳ナド、出来ルハズモ無イカラナ」

「泳ぐなら水着、ありますよ? こういう事もあろうかと、一揃い揃えてあります」


 ヌケサクがそう言って、いつの間にか用意した人型のマネキンに水着を着せていた。

 数センチ四方の透明な生地しか無いトップスと、どう見ても紐のボトムスのビキニだ。

 うんうん。


「死ネェェェェッ」

「な、何故っ!? 流行りの服はお嫌いですかっ?」

「コンナ服ガ流行スレバ、コノ世ノ終ワリダゾ」

「それって差別ですよ。人の感性は自由であるべきです、もっともっと高みへっ!」

「オマエノ感性ハ、単ナル性欲ダケジャネェカ! コノ性搾取者メッ」


 殴りあう俺とヌケサクを他所にし、そのマイクロビキニをしげしげと眺めているクラーケン。

 やがてコクリと頷いて「良い水着ですねぇ、少し借りますよ」と言い出した。


「馬鹿ナッ」

「ほら、兄貴の感性は古いんです! これが今、これがナウ、これがジャッジメントタイム!」

「マ、マァ本人ガ良イト言ウナラ……」


 でもフィーオの目に毒だから困るなぁ。

 マネキンを持って森へと入り、ゴソゴソと着替えている様子が伝わってきた。

 ヌケサクは今か今かとソワソワし、ふんどしの前垂れの端を指先で弄っている。


「アイツ、胸のサイズ凄いから楽しみですねぇ」

「イツカ痴漢トシテ訴エラレルゾ、オマエ」

「ノータッチ、ノータッチ」


 ヌケサクの場合、触らなくても見ただけで犯罪者扱いになりそうだが。

 今も完全に性犯罪者の血走った目になってるし。


『さぁ、泳ぎますよー』


 勢い良く森から飛び出したクラーケンは、八本の足を器用に蠢かして川にヌルヌルと入り込んだ。

 どう見ても、完全に大蛸である。

 透明な生地のトップスを目の辺りに付けて、どうやら水中メガネ代わりに使ったようだ。


「うん、知ってた」


 ヌケサクが善も悪も通り過ぎ去った境地へと至ったようで、その表情は既に菩薩である。

 ま、これに懲りてくれたら良いのだが。

 さて、久しぶりの水泳で嬉しいのか、クラーケンは思うままに八本の足を伸ばしていく。

 水中で思いっきり手足を伸ばせる喜びは、オーク族である俺にもなんとなく分かるな。


『あぁー、あぁー』

「ウム、楽シソウデナニヨリ」


 クラーケンはそのまま下流へと流されていく。あれ?


『私、海水魚だから、川だと浸透圧で脱水しちゃうよー』

「溺れてますね、アレ」

「心底、阿呆ナンダナ、アイツ」


 俺とヌケサクがザブザブと川から引き上げると、クラーケンは両目を回して気絶した。

 泳げないなら、なぜ川に入ろうと思ったのか。いや泳げる泳げないの話ですらない。


「……ってか、なら井戸水だってダメなんじゃないですか、あのタコ」

「アンマリ気ニスルナ、深ク考エルト頭ガ痛クナル」


 口から噴水のように墨と水を吹き上げるクラーケン。

 川遊びに来て、早くも脱落者一名である。


 うーむ、嫌な予感のする一日の幕開けだな。



 * * *



 クラーケンの介抱が終わった頃、ドタバタと二人組のオークがやってきた。

 その手には、なにやら青い飛行船のような物が握られている。


「ブヒヒィ(万能潜水艦ノーチラス号、完成していたの?)」

「ふんごー(完成していたのっ! さぁ、通商破壊作戦、はっじまるよー!)」

「マタ碌デモナイ物ヲ持ッテ来タミタイダ」

「いつもの事です。諦めましょう」


 ピッグとポークは、川にノーチラス号とやらを沈める。

 別に持っていたリモコンを取り出すと、その中心にあるモニターを眺めて操縦を始めた。


「ブヒヒィ(このモニターで水中を見つつ、潜水艦を操縦出来るんです)」

「ホゥ。面白イジャナイカ」


 珍しくマトモな使い方が出来る魔導具だな。川の生態調査にも良さそうである。

 俺は感心しつつ、二人の潜水艦の操縦を見る。


「ふんごー(赤外線水中カメラで、水着を透かして見る事も可能です)」

「ハイ、真面目色ガ消エテ犯罪色ニナッタ」

「ブヒヒィ(隠し腕のロボットアームでビキニを外す、そういうのもあるのかっ)」


 リモコンを垂直チョップで叩き落とす。

 あーっ! と叫ぶ馬鹿どもにそれぞれ蹴りを入れて、俺は二人を正座させた。


「ブヒヒィ(うぅ……まだちょっと大人な気分になる超振動機能があるのに)」

「普通ニ川遊ビヲ楽シメナイノカ、オマエラ」

「ふんごー(出来ますよっ。全力で泳ぎますともっ)」


 二人はスポポーンっと服を脱ぐと、白のふんどしになった。


「ブヒヒィ(この穢れ無き純白のふんどしを見て、まだ疑われるのですかっ!)」

「イヤ、ソノ、アンマリ股関節ヲ強調シナイデクレナイカ」

「ふんごー(アイドル顔負けのこの食い込みが、何か問題でもっ?)」


 ずいずいと股間を押す、いや推す暑苦しい馬鹿共から顔を背ける。

 視線の先には、ヌケサクの赤いふんどしがあった。


「はっはっは。どっちを向いても、ふんどしっ。どこまで行っても、ふんどし!」

「ブヒヒィ(ふんどしっぽいー、ふんどしっぽいー)」

「「「あちらもこちらも、ふんどしっぽいー!」」」

「ウルセェェ!」


 合唱し始めたヌケサク達を片っ端から川へと叩きこむ。

 ぷかりと浮いて下流へと流れていくそれを清々した気分で見て、やっと一息ついた。


『うわー、酷い事するねぇマルコ君。いいじゃん、ふんどしくらい』

「今度ハオマエカヨ、クィン……」


 猫女は、掌を額で水平に当てて、流れ行く三人組を眺めている。

 どうやらここでの喧騒を聞きつけたようだ。

 その姿は、見事な虎縞模様のハイレグ水着を身につけていた。


『私だって水着の一つくらい着れるからね』

「イエェェッス!」


 無論、これは俺の声じゃない。

 さっき流されたはずのヌケサクが、なぜか既に元の位置に戻っていたのだ。


「オマエ、稀ニ神出鬼没ダヨナ」

「そんな事より、見て下さいよ。あぁっ、猫女の胸、猫女の太腿、猫女のふくらはぎっ」

「ダカラ、前モ言ッタガ……」


 毛皮だから何も見えんって。

 輪郭すらはっきりと分からない物に、なぜこいつは興奮できるんだ。


「何よりも、あのエグい角度。くそっ、ここに分度器さえあれば!」

「ドウ使ウツモリダヨ」

『いやー、水着を森に持ち込んで正解だったよ』


 そう言って、どっこいしょと川縁に猫女が寝転がる。

 あ、確かこいつ、猫だから川を泳いだりはしないんだよな。


『こうして川の傍でノンビリするだけでも、良い避暑になるよ』

「ヤット普通ノ楽シミ方ヲスル奴ガ来テクレタ」


 感動して泣きそうだ、俺。

 なんで普通に川遊びするだけで、こんなに苦労しなきゃならんのか。

 非日常に侵食された日々が、ただただ恨めしいばかりである。

今年は結局、一度も泳げそうにありません。(白目)


後半に続きます。投稿は12時頃を予定しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ