第五十一話:薬草を採りに行こう
「ふんごー(母さぁん! 僕は今、エルフの森に居まぁす! エルフの森は、今日も血の雨でーす!)」
「叫ブヨリ、イイカラ走レェェェ!」
フィーオが熱を出した。
ちょっと頭痛がすると言うので、熱冷ましの薬草を採りに俺はポークと出掛けたのだが……。
『はいでぃはいでぃはっはー! はいはいグレートォー。僕のように大きくなれよぉ』
ずしーんずしーん、というこの大袈裟かつチープな足音が、ちっとも鳴り止まない。
なぜならば、俺達は巨人に追われている状況だからだ。
その大きさは、実に十メートル級。踏まれれば確実に死ぬだろう。
「ふんごー(なんで森に巨人が居るんですかぁ。冗談じゃねぇ、俺は帰らせて貰うぜ)」
「馬鹿。真ッ直グ帰ッタラ、小屋ゴト潰サレルゾ」
『はいはいグレートォー。はっはっはー、グリーンジャイアント』
なんかやけにブツブツと小唄を口ずさむ巨人である。
それにグリーンとか言ってるが、どう見ても普通に日焼けしたオッサンの巨人だ。
振り返れば嫌でも目に入る腰ミノの下は、腰ミノと同じ色のパンツも履いているし。
「ふんごー(カメラ操作してパンツ見ても、スカート裏地と保護色になる最低の仕様ですな)」
「ナンノコッチャ」
なお、巨人から追われている理由としては実に単純だ。
頭痛を沈める薬草は多いが、今の時期だと桑の実が収穫期である。
まぁ本当は遅い位ではあるけども、この森では調度良いのだ。
その桑の実を探している最中、ポークが巨人に襲われながら現れた。以上である。
「オマエ、本当ニ無警戒ダナ」
「ふんごー(いや、こんなの居るなんて聞いてませんよ。見た事もありませんしっ)」
「ソリャ俺ダッテ、居ルト知ラナカッタカラナ」
「ふんごー(単に運が悪かっただけじゃないですかー、やだー!)」
というか、こんな巨大な生物が森に居るなら、十年も住む俺が気付かない訳が無い。
以前、巨大鹿に襲われた時も、あの存在自体は知識としてあったのだ。
しかし、巨人など普通は山岳地方の極地に住んでいて、こんな森になどまず居ない。
「ふんごー(でも井戸にオクトパスが住んでる森ですから、何でもありでしょ)」
「アリャ移住ダロ。アンナ巨大生物、単体デハ生態系トシテ成立シナイ、トイウ意味ダ」
「ふんごー(ネッシーを馬鹿にするなー! イッシーもだっ!)」
普段よりやけに好戦的だな、おい。
まぁ走り続けて、脳内麻薬がオーバーフローしていると考えてやるけども。
『マラーー!』
「ふんごー(いかん、奴は伝説の巨人を呼ぶつもりです)」
「ナンダト?」
「ふんごー(滑舌でマラーやアベラーに聴こえる巨人の召喚術です。勝ち目ありませんっ)」
今までは戦って勝つもりだったのだろうか、その辺を聞いてみたい。
伝説の巨人はさておき、もしコイツが巨人ならば、戦い方という意味では幾つか考えつく。
俺達が蚊を目で追うと見失う様に、視界の外へ外へと出れば良いだけだ。
本当に『巨人ならば』だが。
「右、左、左。ソシテ、マタ左、カ」
巨人に追われながら、その方角や距離をなんとなくイメージしてみる。
すると、どうやら巨人は正確に一定位置から離れないよう、器用に俺達を追い込んでいた。
それなりに追跡の難しい地形を選んでいるのにも関わらず、その追跡力は確実である。
「コノ騒動ノ中心地……イヤ、全域ヲ見エル場所ハ……」
こっそりと視線だけを左に向けて、木々の上や枝の隙間を睨む。
すると少し太い枝の位置で、何やら光が反射した。
「オイ、ポーク。アソコ、光ガ見エルカ?」
「ふんごー(ガンドロワからの光ですかっ。それは倒すべき敵じゃありません)」
「反射ダ、反射。何カニ日光ガ反射シテルノ、分カルダロ」
「ふんごー(まさか反射衛星砲……しまったぁ、ルシファーかっ!)」
もう話しかけるのやめよう、時間と酸素と音の無駄だ。
俺はその光に向かって、少しずつ走る角度を修正する。
巨人から逃げつつ、ある程度まで光に近づいた時、一気にそちらへと縮地を放った。
『ソードビッ……あっ、ちょっと待ったぁ』
縮地とは武闘家の奥義であり、一瞬で距離を詰める瞬間移動の様な技だ。
それを目にし、巨人は素っ頓狂な声を上げて、光と俺の結ぶ間を手で遮断する。
「ヌゥンッ」
巨大な手を無視してぶつかり、激しい衝撃を予感させる。
だが俺は一か八かの賭けに勝ったようだ。全く何の手応えも無く、手をすり抜けた。
というか、巨人の手がボロッと簡単に取れてしまったのだ。
『うわっちゃ、外れちゃったよー』
声は外れた手から聞こえて、それがコロコロと茂みまで転がっていく。
やがて茂みから二、三本の太く長い尻尾がチラついたが、それはすぐ見えなくなった。
「ヤハリッ」
俺は木の上の光に狙いを付けて、地面に転がっている枯れ木の枝を投げつけた。
シュルシュルと枝は光へ吸い込まれるように飛んで、木の幹にぶつかる衝撃音が響いた。
『きゃああーー!』
これは巨人の声では無く、今投げつけた場所から聴こえたものだ。
同時にガサガサと何かが落下してくる。俺はそれを両手で受け止めた。
「全ク、人騒ガセナ」
俺が予想していた通り、巨人は『巨人で無かった』ようだ。
目をクルクルと回して気絶し、ピクピクと痙攣している一匹の子狐。
小さな前足は、光を反射する為の手鏡を大事そうに持っている。
それは俺の両腕の中で『ハラホロヒレハレ~』とうわ言を零していた。
* * *
ポークを呼んで、気絶した狐の世話をさせる。
その間、俺は巨人に向かって仁王立ちし、厳しい目でしっかりと睨んでいた。
さっきは唄まで歌って上機嫌だった巨人は、今はすっかりシュンと落ち込んだ様子である。
「言ワナクテモ分カルナ。整列セヨッ」
『ラ、ラジャー』
俺の言葉を合図にして、巨人はボフンッと変な煙を全身から発した。
次の瞬間、巨人の姿は掻き消える。
そして巨人の五体があった場所からバラバラと、頭に木の葉を乗せた子狐達が現れたのだ。
化け狐、である。
『へんっ。見破られたって謝りはしないよゴメンナサァァァイ』
目の前で生意気な口を聞こうとした狐に、僅かの猶予も容赦もなく頭を拳でグリグリと捻る。
思わず散開して逃げ出そうとする狐に「待てぃ」と声を掛けて、立ち止まらせた。
仲間を見捨てるのに躊躇しない奴等だな、おい。
「デ、何故、巨人ニ化ケタリシタンダ」
俺は化け狐への体罰を続行しつつ、別のおどおど怯える子狐に話し掛ける。
そいつは「ひゃ、ひゃい!」と上ずった変な声で返事をしつつ、口を開いた。
『その……最近、僕達の住処付近に変な人が居るから、驚かせて追い返そうと思って』
ヌケサクかピッグかポークだな。
『確かローブを着て、落し物でも探しているような様子で彷徨くんだ』
ヌケサクかピッグかポークだな。
どんな状況証拠や物的証拠を得たとしても、変な人と言えばこの三者を置いて他に無い。
「ふんごー(違いますよ。僕達は変な人じゃなくて変態の人です)」
「ナオ悪イ」
「ふんごー(うわ、心外だなぁ。猫と犬くらい違いますよ)」
どうせなら馬と鹿で合わせ喩えた方が、より本質を表せると思うがね。
それはともかく、まぁ防衛の為だったなら必要以上に怒るのも拙いだろう。
「ふんごー(しかし、木の光ってのは何だったんですか?)」
「恐ラク、アノ光デ巨人ノ走ル方角ヲ連絡シテイタンダロウ」
『そ、その通りです。僕達、一人じゃ巨人に変身できないから、組体操で動いてました』
各部位が連携を取りながら歩くだけでも大変なのに、敵を探して追い払うなど不可能だ。
故にそういった索敵等を担当する狐が、さっき気絶させた奴だった訳だな。
「ふんごー(はぇー。そんなのよく分かりましたね)」
「存在シナイ巨人、正確ナ距離ト方角ノ観測、反射光……答エハ観測手シカ無イ」
どよどよと子狐達が感心したような、驚きのような気配を示す。
所詮は子供の浅知恵である。真面目に考えれば、幾らでも隙はあるのだ。
「ふんごー(まぁ冷静に考えれば、確かに。普通は慌てて何も思い浮かびませんよ)」
『うーん。追い払うより、もっと初見で嫌になるモノになれば良かったかなぁ』
「嫌ニナルモノ?」
グリグリから解放してやった子狐は、頭を前足で押さえながら、そんな事を言い出した。
何か閃きがあったのか、ヒョイッと二本の尻尾を上げて意見を言う。
『血まみれのピエロが、斧と首の無い人間の死体を持って佇んでる』
「怖スギルナ。俺ナラ問答無用デ正拳突キヲ叩キコムゾ」
魔術師ならファイアーボールの刑だろうな。
自己防衛どころか、無闇に相手の攻撃を招きかねんぞ。
別の子狐が、ぴょこっと尻尾を立てる。
「ふんごー(はい、そこのキミ)」
『一コマ目で駆け出す瞬間、二コマ目で躓く、三コマ目でコケるを繰り返すビキニ競争』
「ふんごー(あー、若いねぇ。そんな程度じゃ驚きもしないね)」
何で偉そうなんだよ、オマエ。
『劇場で公開した映画の完全版を、来場者した全員にプレゼントしちゃうとか』
「ふんごー(映画泥棒もビックリだな。少し驚いてきたぞ)」
『レールガンの居ない学園都市に変身してみようかな』
「ふんごー(はっはっは。なかなかやるねぇ坊や。よし、もうその辺でいいな)」
『艦長とバルキリーの激しいバトルの舞台劇しよっか』
「ふんごー(いいか、挑発した俺が悪かった。全て忘れて『星の達人』という称号を胸に抱け)」
『イエッサー』
垂直に立った尻尾をビシッと直角に曲げて、一糸乱れぬ返事をする子狐達。
敬礼のつもりなのかねぇ。てかよく直角に曲がるな尻尾。
『変身の幅を広げる為にしっかり勉強しなさい、という学問のススメ様々です』
「ソウイウ話ダッタカ、ソレ」
『え? 常に真っ直ぐに生きて、曲がる時でも直角に曲がれって話しですよね』
「ン、ンン?」
解釈が全然違う気もするが、まぁ俺も覚え間違いしているのかもな。
まぁいずれにせよ、怖い物に変身して脅かし、追い払うくらいなら害も無い。
この結論は間違いじゃないはずだ。
『うぅーん』
皆が次に変身する物を相談していると、気絶していた観測手役の子狐が目を覚ました。
ボンヤリと頭を振ると、手に持っていた手鏡で自分の顔をチェックする。
暫く見つめていて、やがてキランッと犬歯を光らせた。
『よぉし、今日も可愛いぞ私っ』
「ふんごー(オマエも伊豆の蝋人形にしてやろうかぁああ!)」
『ぴゃああああ!』
目を覚ました子狐に、ポークは大声で叫び掛ける。
そのままコロンッと失神してしまった。
俺は問答無用でポークの頭を蹴りたくる。
「ふんごー(すいません、ついっ)」
「次、余計ナ事シタラ口ヲ縫イ合ワセルカラナ」
「ふんごー(ひぃぃ。でも星の達人なら、口パク無しの腹話術で声を出せるかも……)」
糸と縫い針を探していたら、ポークは自発的に自分の口を布で縛った。
さて、俺は失神した子狐を介抱し、今度こそ目を覚まさせてやる。
『うー。まさか私が見つかっちゃうなんて』
『リーダー、ごめんなさぁい。追い返せませんでした』
『ふんっ。まだまだって事よ、貴方達……私も、ね』
『リ、リーダー!』
殊勝な心掛けじゃないか。
仲間達も感動し、両目から涙を流している。
リーダーと呼ばれた子狐は、手鏡を掲げて力強く宣言した。
『私達の高みはもっともっと先、あの夕日の向こう側よ。さぁ、みんな、走れっ!』
『はい、リーダー!』
「待テ待テ、逃ゲルナ」
『チィッ』
思いっきり生意気な態度で舌打ちしやがったな、この子。
まぁ何をする訳でも無いし、事情も把握している。別に取って食う気は無い。
「俺達ノ仲間ガ頭痛デナ。少々、薬草ノ採取ニ来タダケナンダ」
『それで? 薬草を探しているから、邪魔するなって事?』
「ウム。別ニ怪シイ者ジャナイ」
どうだか、と俺を睨みながら汚い口調で言葉を吐き捨てる。
まぁオーク二人が並んで、シュンと項垂れる子狐達を前にしているのだ。
普通に考えれば、あまり油断してはいけない状況だろう。
『あんた達が、あの地面を這うように歩いてる変な奴の仲間じゃない、って限らないもの』
「ソレナラ、オマエガ薬草ヲ取ッテ来テクレ」
『はぁ? どうしてよ。私にはそんな義理、無いからね』
口をツーンっと突き出して、子狐は不満そうな表情を隠さない。
なんとなく可愛い仕草であるが、コチラとしてはそんな態度で諦める訳にもいかないのだ。
「害意ガ有ルナラ、トックニ攻撃シテル。起キルマデ待ッタノモ、話シ合イヲシタイカラダ」
『棒切れ投げつけて、いけしゃあしゃあとよく言えるわねぇ』
「枝ヲ揺ラシテ、落トシタダケサ。怪我一ツ無カッタロウガ」
『むむむっ……』
子狐が口籠って悩む所で、別の一匹が少し前に出て来た。
『リーダー、僕達で薬草を分けてあげよう』
『なに言ってんのよ、悪党かもしれないのに』
『悪党なら、あんな馬鹿みたいなの連れてないと思うよ』
こそこそと言っているが、思いっきり聞こえている。
子狐達の視線の先には、ポークが居た。
「ふんごー(原画ぁが、なん~だ~♪ たぁだの紙芝居ぃ!)」
『うっわ、なにアレ』
『でしょ? たぶん、本当に薬草探して迷い込んだんだよ。馬鹿だから』
俺まで仲間に思われているかもしれないから、歓迎したいようなしたくないような展開だな。
だがそのままヒソヒソ話し合ってた二匹は、やがて溜め息と一緒に俺へと話しかけた。
『欲しい薬草、言いなさいよ。持って来てあげるわ』
「……感謝シテ良イノカ、悩ム」
ポークの無意味な存在価値で救われたな。
だが、俺の存在価値もこの子達の間で随分低い気がする、うん。
* * *
充分な量の桑の実を持ち帰りつつ、俺は子狐達の言葉を思い出していた。
地面を這う様に歩く、何かを探している様子の人影、か。
「キット、死霊使イノ事ダナ」
「ふんごー(え、あのエルフ族長から警告されてた奴ですか)」
先日も奴の生み出したらしきゾンビと戦った事がある。
きっと、ソイツは地面に埋まる死体を探しているのだろう。
「テッキリ墓場バカリヲ漁ルト思ッテイタガ」
「ふんごー(ローラー作戦で死骸探しですか。そりゃ効率悪そうっすねぇ)」
他になにか意図があるのか。考えておかねばいけないな。
そうこう話し合う内に、俺達の小屋は目の前になっていた。
よし、じゃあ桑の実で鎮痛剤を作ってやるか。
「ふんごー(木苺でも無い、すぐりでも無い、コケモモでも無い……桑の実でもない)」
「桑ノ実ダヨ」
「ふんごー(見てくれだけ、か)」
「ドウ見テモ桑ノ実ダカラナ」
どれ早速調合を、と炊事場で準備を始めた途端、小屋の傍から声が聴こえた。
『フィーオちゃーん、遊びましょー』
見るとマンドラゴラの少女が三人ほど、こちらに向けて声を上げている。
ああ、遊びの誘いに来たのか。俺は少女たちに軽く挨拶しながら話し掛けた。
「来テクレテ悪イガ、フィーオハ少シ頭痛デ……」
バァーンっと音を立てて、小屋の扉が勢い良く開けられる。
そこからフィーオは飛び出しつつ、マンドラゴラの所へと駆け寄った。
「遊びに行ってきまーーす」
「オ、オイ……」
止める間など無い。
それこそ風を切る勢いで、フィーオとマンドラゴラ達は森へと消えていったのだった。
後に残ったのは、桑の実が入った袋を広げる俺とポークだけ。
「ふんごー(……まぁ、子供って遊ぶとなれば元気になりますよね)」
「……ダナ」
幻覚とはいえ、巨人に追われてまで手に入れた桑の実だ。
子狐達から馬鹿にされつつ、やっと集めた薬草。
頭痛がすると言っていたのに、何事も無かったかの如くフィーオは駆けていく。
なんだってんだ、全く。
「ふんごー(これ、片付けますか)」
「イヤ、俺ガ飲ム。頭ガ痛イカラナ」
「ふんごー(自分も頂きますわ)」
俺達は桑の実を掴んで、ポイポイと口元へ運ぶ。
充分に熟れて甘いはずの味が、今日はやけに苦く感じる。
ま、狐に化かされれば、こうもなろうと言う事だな。うん。
第五十一話:完
桑の実って6月頃が時期だったらしいですな。
なんとなく、もっと夏休みの頃に採っていた気がしてました。
最近は全く見なくなった桑の木。美食倶楽部ならずとも、たまには食べてみたい物です。
それでは、楽しんで頂けたなら幸いです。
次の更新は、8月7日を予定しています。




