表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/80

第四十七話(後):木苺を採ろう

「待テッ、ヌケサクッ!」


 止めるのは、間に合わなかった。

 危惧した通り、奴はニヤニヤと薄ら寒い笑いを浮かべながら……。

 猛スピードで降ろされる鉈の峰に、全力の頭突きを合わせた。


「えっ」

「ヌケサクゥ!」


 グシャッと頭蓋骨の砕ける音が響きつつ、峰を激しく叩かれた鉈は持ち主の手から飛び出す。

 その刃が、ヌケサクの喉元を掻っ切った。

 噴水のように血柱が吹き上がって、ヌケサクは驚愕の顔をしたまま背面に倒れる。


『へへっ。頭の中までスースーしやがるぜ』

「グォォッ!」


 砕けた頭を撫でるパゴットを蹴り飛ばして、俺はヌケサクに駆け寄った。

 急速な失血で既に気を失いつつある。止血など出来ようも無い。

 傍に居るパゴットは、すぐにも復元されるだろう。隙を晒す訳にはいかない。

 だが、それでも。


「我ガ慈悲深キ癒シノ神ヨ……」


 俺は体内にある僅かなマナを全力でかき集めて、神聖魔術を編み上げる。

 オーク族のマナは乏しい。必然、マナの不足を補う為に『肉体そのもの』がマナに変換される。

 全身が耐え難い痛みで支配されて、意識を失いそうになった。


「ヌケサク、今、助ケルカラナ」


 死に至る重傷だ。それを治すには、かなりのマナを必要とする。

 もはや、魔術の大部分を肉体からの変換で賄っていた。

 それでも俺はギリギリの所で気絶せず、彼の首に手を当てる。


「キュア・ウーンズッ!」


 魔術が完成し、吹き出した血が霧となってヌケサクの首に舞い戻った。

 そして、鉈で作られた傷が完全に消えて無くなる。

 ヌケサクは既に失神していたが、その顔色は既に健康的な色を取り戻していた。


「グハッ」


 反対に、俺の口からは止めどなく吐血が始まっている。

 マナとなって消失した肉体は、もはや復元などされない。

 ただただ、激痛が俺の全身を駆け巡っていた。


「フゥフゥ……」

『おや、優シイオークだねぇ。自分を犠牲ニ、他者を癒やすだなんて』


 息も絶え絶えな俺に、パゴットが歩み寄る。

 その俺の顔を踏みつけて、ゲラゲラと下品に笑った。


『座学だけは俺よリ良かったからなぁ、オマエ。まともニ使えもシなイ癖ニ』

「使エルサ……息ガ途切レル程ニ疲レルダケダ」

『ケケッ、冗談は上手くなったな』


 砕けていたパゴットの頭は、既に完全に元通りとなっていた。

 俺の身体も傷こそ消えているが、やはり全身の苦痛は全く止まない。

 どれほどの肉体がマナに変換されたかも分からない。すぐには動けそうも無かった。


「俺ヲ、殺スカ?」

『死なない癖ニィ。俺もオマエも、神と悪魔ニ魂を盗まれた馬鹿だからな』

「……神モ悪魔モ関係無イ。タダノ馬鹿ガ居ルダケダ」


 俺は懸命に起き上がろうとするが、どうしても身体が言う事を利かない。

 そんな俺から、パゴットは自分から足を下ろす。

 不思議な行動に俺が怪訝な目で見ると、いつになく奴は静かに口を開いた。


『俺は雇われ斥候だ。もうすぐ戦争が始まるんでな、森の偵察任務を仰せつかったのさ』

「ナ、ナンダト?」


 こいつ、何を言っている。戦争だと?

 まさか隣国の、フィーオを嫁に欲しがっている馬鹿王子の差し金だろうか。


『それと可能ならば、エルフのガキを誘拐シろって言われても居たなぁ』


 やはり、フィーオの事だっ。


『オマエなんざ、ただのつイでだ。まぁ予想以上ニ楽シかったが』

「ナゼ戦争ヲ始メルッ。フィーオダケノ問題ジャナイノカッ」

『はぁ? 本気でそれ言ってんのかよ。戦争なんざどんな理由でも始まるんだよっ』

「ソレハ、イツダッ」

『知るか。だが、もうすぐだ……どうだ? オマエもやるか』


 パゴットは両腕を天に向けて仰いだ。それは神に身を捧げる祈りだ。

 修道院に居た頃、皆で何度も何度も繰り返した祈り。


『なんでも出来るぜぇ。なぁんニでも負けなイ。俺達は不死身だからなぁ』


 それは天の理に反する宣言で、とても祈りに使う言葉では無い。


『俺達は死ななイ兵士だっ。幾らでも英雄ニなれるっ』

「魔術ノ存在シナイ場所ダケダ。ソンナ戦争、存在スルカヨッ」

『ビビんなよっ。相手を選べばやリたイ放題って意味だろうが」


 なるほど。馬鹿は馬鹿なりに考えているようだ。

 それが戦場で相手を選ぶ、という愚かな余裕に根ざしていたとしても。

 そんな奴に、俺の出す答えは一つである。


「断ル」

『だと思ったさ』


 パゴットは、それ以上何も言わずに俺へ背を向けた。


『どうせお互イ死なねぇからなぁ。エルフのガキは諦めて、ここまでニシておくか』

「パゴット、モウ二度ト俺ノ前ニ姿ヲ表スナ」

『……その姿で言うかよ? ホント、冗談上手くなったわ』


 片手を上げて、森の奥へと去っていく。

 死んでいたと思っていた亡霊が、そのまま再び消え失せた。


「ハァ……クソッ」


 俺は地面を殴りつけて、ふらふらと立ち上がる。吐血がようやく収まった。

 復元力こそ働かないものの、オーク族由来の元々の頑丈さでなんとか回復が始まったな。

 ヌケサクの身体を持ち上げようとするが、どうにも思うように動けない。

 そうやってまごつく内に、ヌケサクが「うぅ~ん」と呻いて目を覚ました。


「死後の境界トンネルを抜けたら、そこは怪しい悪魔の実が生える魔界だった」

「現世ダカラナ」


 てか悪魔の実って木苺の事か? 森の恵みに対して失敬な奴だな。


「え、死んでないんすか、俺」


 何度も首元を触って、ヌケサクが不思議がる。

 満足した途端、生きている実感が湧いたのだろう。


「生きている、今生きている! そんな中で何かを求めたいっ! 夢より愛する君が欲しい!」

「アー、煩イ。騒グナ」

「てかボロボロじゃないっすか、兄貴。大丈夫ですか?」


 オマエを助けなきゃ、ここまでダメージも受けなかったんだがな。


「いやぁ、しかし死んだと思いましたが、綺麗に避けてたんですなぁ俺」

「マァ、ソウイウ感ジデ良イヨモウ」

「アイツも追い返しましたし、今日は俺がMVPとして経験値貰って帰港ですなっ!」


 超絶なテンションで喜びまくるヌケサクを適当におだてつつ、俺の考える事は一つだった

 なんでもいいから、俺を小屋まで運んでくれねぇかなぁ、と。



 * * *



 ヌケサクの肩を借りて歩くのも、帰路の途中までだ。

 少し多目の休息を取りながら、なんとか体力を取り戻した俺達は小屋まで辿り着いた。

 思いがけず大変な目に遭ってしまったが、一応は無事である。


「あらっ、マルコったらやっと帰ったの?」


 小屋の扉が開いて、フィーオがひょこっと顔を出す。

 何気ない表情が、俺達の姿を見た途端に呆れた顔になった。

 あ、そういや全身血だらけだ。驚かせてしまったのか。


「木苺の汁だらけじゃないっ。もう、もっと上手く採れないのっ」

「ア、ハイ」

「すんません」


 頭を下げる俺達の手から、木苺の入ったカゴを取り上げる。

 その中身を見て、更にフィーオはガッカリした様子だった。


「しかも少ないし。こんな遅くまで何して遊んでたのよ」

「えーっと、そっすねぇ。水芸とかしてました」


 それオマエの首から出た血飛沫じゃねぇかよ。

 結局、夢だと思ってるのか現実と気付いてるのか、どっちなんだ。


「とりあえず、小屋に上がる前に身体を拭いてね。はい」


 フィーオはそう言って清潔な布を二枚、俺とヌケサクに渡す。

 それで身体を適当に拭いて、俺はようやく小屋へと入る事を許された。

 疲れ果てた身体には、落ち着いて休める場所が必要だ。やっと、やっと休める。


「ブヒヒィ(おかえりなさいっすー)」

「ふんごー(お疲れさんっしたぁ)」


 ピッグとポークの声が響いて、俺達の前に山盛りの木苺料理が広がっていた。

 テーブルの傍には、マンドラゴラの少女も二人座って俺達を迎えている。


『おじちゃん、お疲れ様ぁー』

『これ皆で採って、頑張って料理したんだよぉ。食べよ食べよー』


 俺達を招き入れる四人。

 フィーオが俺達の背中をポンっと叩いて、座る席に促した。


「マルコ達が帰らないと、晩御飯が始められないものね」

「皆デ、コンナニ沢山集メタノカ?」

「うんっ。驚いたでしょ? 自分達だけが頑張ってると思ってたんじゃないのぉ」


 ケラケラと明るく笑って、フィーオは木苺ジュースの入ったコップを渡してくれた。

 そうか。俺達が戦っている間、この子達はキチンと日常を過ごせていたんだな。


「うぅ、美味ぇぇー!」

「ブヒヒィ(良い食いっぷりですね、ヌケサク兄貴)」

『わぁ。木苺をジュースに投げ込んで、凄い勢いで飲み干してるよぉ』

「ふんごー(邪道喰いはよせーー!)」

「オーマイコーンブ! オーマイコーンブ!」

「ふんごー(ならよし)」


 なにが良いんだ?

 既に木苺料理を食べ始めていたヌケサクも、すっかり普段通りだ。

 そんな様子のヌケサクに、フィーオが肩を竦めてたしなめる。


「慌てて食べなくても良いわよ、アンタ。どうせ喉詰まらせて死ぬ未来しか見えないし」

「大丈夫ですよ。よく言うでしょ? 喉元過ぎれば美味さ忘れる」

「それ全然駄目じゃない! もっと味わって食べれっ。酸いも渋いも噛み締めれっ」


 フィーオがヌケサクにアームロックを仕掛て、猛省を促す。

 完全に極まった上体で「ガォー!」と吠えるヌケサク。


「ふんごー(つまり、酸いも渋いもリモコン次第ですな)」

「ナニガ、ツマリナンダ?」

「ブヒヒィ(なんか甘いお菓子のメーカー名を連呼したくなってきたぞぉ)」

「今、ここに甘い物は木苺しか無いわよ。じっくり食べなさい」


 フィーオ達が日常を謳歌してくれていたなら、それは俺達にとって何よりの喜びだ。

 それを守れた事に、俺は心から安堵を覚えて木苺ジュースを飲み干した。


『それフィーオちゃんが作ったんだよぉ』

「ブヒヒィ(ちなみに味見をしていないので、毒味するのは兄貴が初めてです)」


 無言のフィーオによる裏蹴りが、綺麗にピッグの身体を貫いた。

 いつの間にか技のキレが冴えるようになってきたな、この子。


「どう、美味しい?」


 俺の顔を覗き込み、エルフの少女が期待と恥ずかしさを声に秘めてそう聞いてきた。

 料理とは手軽さや過程の複雑さだけで決まる物でも無い。

 彼女がどれだけ真剣に作っていたのか、それは一目で分かるだろう。


 そんな彼女に、俺の出す答えは一つである。


「美味イッ!」



第四十七話:完

採れたての木苺をそのまま食べるのも美味しいですが、

私はやっぱりヨーグルトに入れて食べるのが一番好きですねぇ。

ジャムにすると種ばかりが歯に引っかかるんで、実は結構苦手だったり。

いずれにせよ、初夏の恵みを長靴いっぱい食べたいものです。


それでは、楽しんで頂けたなら幸いです。ありがとうございましたっ!

次回の更新は、7月27日を予定しております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ