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第四十五話:除草をしよう

「良く降るねー」


 跳ね上げた窓に、パタパタという雨の当たる音が鳴る。

 水滴が隙間から入りそうになるから、俺はその縁に布を敷いていた。


「マァ梅雨時分ダ。風ガ無イダケ、マシダロウ」

「外で遊べないから、雨は嫌いよぅ」


 雨が降ると、フィーオの友達であるマンドラゴラ達も顔を出さない。

 畑に埋まって、じっとしているらしい。まぁ植物だしな。


「遊ンデバカリデ無ク、何カ意義ノアル事ヲシロ、トイウ事ダ」

「べーっだ。そんな事を言うから、子供は雨が嫌いになるんですよーっだ」

「ブヒヒィ(そうそう。だからゲームでもして気を紛らわせましょうや)」


 フィーオは家事を手伝うからともかく、ピッグは基本的にサボってばかりだ。

 そんな大人の風上にも置けない奴が、言って良い台詞では無いな。


「ブヒヒィ(オーク族だからサボるんですよ)」

「マルコが言ってるのは、そういう意味じゃないと思うわよ」

「ブヒヒィ(お、宝の地図が乾燥されて文字が浮き上がりましたねぇ)」

「ゲーム遊ぶのもサボってるじゃない。なに? 一時間放置したの?」


 身を乗り出して、フィーオとピッグは魔道具のモニター画面を見つめていた。

 まぁ今更だから文句は言わないが、少しは遊ぶ以外の事をして欲しい物である。


「雨が止んだら、幾らでも何でもしてあげるわよっ」

「ブヒヒィ(幾らでも、何でもっ!? うぉー、てるてる坊主、照る坊主ーーー!)」


 俺はピッグの顎に蹴りを入れて、邪悪な呪文を封印させた。


「モット人々ニ貢献出来ル発想ヲ養イタイト思ワナイノカ、オマエ」

「ブヒヒィ(貢献ですかー? 麦や米を食う害鳥を駆除するとか)」

「それ、田畑につく害虫の天敵が消えちゃって、大不作からの大飢饉が発生するからね」

「ブヒヒィ(前年度の偉大なる発明者に勲章を送って、その叡智を賞賛するとか)」

「その発案者は爆発物の発明で、死の商人扱いされちゃったわよ」


 立派なのか、立派で無いのか。いや立派なんだけど、たぶん。

 いずれにせよ、何もしたくないのは伝わったので、俺は構うのを止めて窓の外を見た。

 雨が止めば、付近の除草でもしていくか。


「ブヒヒィ(知的創造で社会に貢献っ! 先進技術で時代の先取りぃ!)」

「オマエノ場合、痴的想像ダガナ」

「ブヒヒィ(やりますねぇ、兄貴。まさに創造は生命ぃ!)」


 最低だコイツ。

 今度、寝ている間にこっそり土に埋めよう。



 * * *



 翌日の昼、すっかり空は晴れ上がっていた。

 森の枝葉に纏う雫こそ落ちてはくるが、激しく打つ雨の気配は無い。


「サテ、草ノ始末デモシテクルカ」


 雨後は草木の成長が早い。あっという間に生い茂る。

 少ない晴れ間を狙い、こういう日に草刈りせねば大変な事になるのだ。


「はーい。頑張ってねぇ」

「フィーオ、オマエモ手伝イナサイ」


 嫌がるエルフ少女の襟首を掴んで引っ張りつつ、俺は小屋の外に出た。

 地面は半乾きだが、草を抜いたり刈ったりの支障は無い。


「もうっ強引なんだから。せっかく雨が上がったんだから、遊ばせてよぅ」

「昨日充分、サボッテタロウガ」


 働かざる者、食うべからず。

 雨の中で田畑を耕すなど危ない事はしなくて良いが、晴れた日は雨の分も働かねばならない。


「ちぇー。でも草が滑って、鎌とか危ないかも」

「ウム。ダカラ、コレヲ撒イテクレルダケデイイ」


 俺はフィーオに小さなタルと、その中身を掬う柄杓を渡した。

 完全に透明な水の入った底には、若干の白っぽいザラザラとした何かが沈んでいる。


「なにコレ?」

「塩水ダ。ソレヲ撒ケバ除草剤ニナル」


 ただし土壌がほぼ死んでしまうから、考えて使わないと森林破壊に繋がる。

 あくまでも俺達の住む小屋の周辺に限って、クリティカルな部分で使うのだ。


「ソレナラ簡単ダロ」

「うんっ。じゃあパーッと撒いちゃうね」

「ダカラ、要所ノミダト言ウトルダロウガ」


 少女の頭をグリグリと押さえて、俺は柄杓で草の表面が少し濡れるくらいの量を撒いた。

 これだけで充分である。半月もすれば効果が現れるだろう。

 大量に撒くと雨風によって塩分が流れ出し、他の部分に塩害が起きかねない。


「少シズツ、要所ダケニ限ッテ掛ケルンダ」

「はーい」


 さっきとは違い、フィーオはチョロチョロと小屋の周辺だけに塩水を掛けている。

 うむ、はっきり言って今度は量が足りていない。

 だがまぁ、何事も試行錯誤である。その内に最適な要領を掴むだろう。

 何事も正解を教えてあげてばかりではいけない。失敗して学ぶ事も大事なのだ。


「サテ、俺ハ堅実ニ草抜キヲ、ット」

「きゃあああ」


 雑草に手を掛けた瞬間、フィーオの悲鳴が俺の耳に入った。

 思わず握った草を引っこ抜きながら、俺はすぐに少女の元へと駆け出す。


「ドウシタッ」


 駆けつけると、そこには腰を抜かしたフィーオの前に巨大なヒルが這い寄ろうとしていた。

 アレは、リーチだ。

 見たままの巨大なヒルで、動物の肉や血を吸う事で生きるモンスターである。


「いやぁー、なにこの蛇! 気持ち悪っ」


 もはやヒルの大きさを越えて、数十センチはある蛇の姿だ。

 だが鱗も無く、剥き出しの肌をグネグネとくねらせている姿は、控えめに言っても悍ましい。

 そういう生き物だから、姿を悪く言うのはいけないはずだが、やっぱり悍ましい。


「フィーオ、落チ着イテ立チ上ガレ。噛ミ付カレタラ、大変ナ事ニナルゾ」

「う、でも腰が抜けて立てない……」


 そんなフィーオにクィクィッと先端を伸ばすリーチ。

 俺は即座に柄杓を持って、中の塩水をリーチにぶち撒いた。


『みぎゃーーー』


 まさに食いつかんとしたリーチが、電気でも浴びたようにのた打ち回ってフィーオから離れる。

 俺はその隙をついて、少女の身体を持ち上げた。


「わっとっと」

「モウ大丈夫ダ」


 腰が抜けたまま抱えられたフィーオは、バランスを崩しながらも俺の肩に乗る。

 そしてビタバタと暴れるリーチを指差して、気味悪げに顔を歪めた。


「うへー。すっごい気持ち悪い。流石にアレは食べたくないわ」

「食ベル事モアルゾ」


 フィーオが俺の肩から逃げ出そうと暴れるが、別に俺だって食わんがな。

 家畜の血を吸った蛭を茹でて食べたり、中にはそのまま肉として食らう地域もある。


「私、絶対にエルフの里以外で食事なんてしないわ……」

「滅多ニ食ベル事ハ無イダロウシ、気ニスルナ」

「じゃあ教えないでよっ」


 いやぁ、ついつい。

 暴れていたリーチがやや大人しくなり、ビョコっと頭を上げた。


『よ、よくも塩水を撒いたな! 俺はナメクジじゃねぇんだぞ!』

「見レバ分カル」

「じゃあアンタは塩とか平気なの?」


 リーチは頭をブルンっと振って自信満々に答える。


『めっちゃキク』

「塩水じゃばー」

『ぎぃやぁあああああああ! らめぇええ、水分が滲み出ちゃうのぉぉぉ!』


 アホだ、コイツ。

 ハァハァと息を荒くして平伏すリーチに、フィーオは高らかに宣言した。


「私はこの地に王道楽土を建設する。塩水を撒き散らし、再びこの大地を蘇らすのだ」

「イヤ、撒キ過ギタラ土壌死ヌカラナ」

『そんな事、出来るかっ』

「我が事業に参加せよ。もはや森の蟲どもに怯えぬ暮らしを約束しよう」

『えっ、その、俺って蟲なんだけど』

「塩水だぱぁ」

『ぎょわぁああああああ! ひぎぃいいいい、浸透圧が狂っちゃうぅぅ!』


 なんか楽しそうだなぁ。

 なにはともあれ、蛭は害虫である。駆除せねばなるまい。

 ましてやリーチともなれば、下手に座れるとそのまま失血死しかねない。


『ハァハァ……くっ、貴様らぁ、そうやって森の草や生命を殺して平気なのかっ』

「最低限、自分達ノ生キル為ニ必要ナ事ヲシテイル」

『なら森の外で暮らせば良いだろうがっ』


 ふむ。こいつの言いたい事も分からなくも無い。

 だがその詰問は、特に意味を為していない。


「森ノ外ニモ生命ハ有ル。街ニモ、平地ニモ、荒野ニモ……俺ガ今、ココニ生キテイルダケダ」

「そうよ。どこかで命を奪い、踏み躙って生きるのが人生なの」


 そこまで言っとらん。

 だが森だから、平地だから、海だからと区別し、奪う命に貴賎をつけたりはしていない。

 少しずつ、生きる上で必要な事をしているだけだ。余分も無く、過分も無い。


「オマエモ『エルフだから』ト狙ッタワケジャアルマイ?」

『俺、ヒルだから難しい事わかんね』


 うっわ、開き直りやがった。


『だいたい俺は、ずっとこの土地に住んでんだ。先住権は我にアリィッ』


 開き直った上で、論点を変えやがった。

 こうやって自分が絶対的有利を得られる立場を探しているんだろうな、きっと。


「何年くらい前からよ」

『ん? 数年くらいだな』


 俺、十年前から住んでるけどな、この森。

 尤も、森の管理者であるエルフ族長に無許可だったから、あんまり威張れる話では無い。


「マルコの方が長いじゃん。はい、さようならー」

『うぇぇえ!? そんなんアリかよっ。現に住んでいる側を尊重すべしぃ』

「だから、マルコや私達も住んでるんだってば」


 空っぽになった柄杓を振って牽制しながら、フィーオがリーチと話し続ける。

 このままでは結論など出ないだろう。

 相手と俺達の話し合いは、決定的に決着点がズレている。

 俺も譲る訳には行かないし、ここは実力行使による解決しか認められない。


「悪イガ、過剰ナ小屋ノ引ッ越シコソ森林破壊ニ繋ガル。ココニ住マワセテ貰ウ」

『おのれー。せっかく見つけた動物、みすみす逃してたまるかぁ!』


 そう叫んで、リーチが素早く地面をのたくった。

 つまりコイツは、初めから俺達を襲う気なのだな。


『そうだっ。寝込みを襲うつもりだったが、もう我慢できなぁい!』

「これでヒルもタイガーね」


 なに言ってんだ、この子は。

 俺はフィーオから柄杓を奪って、すかさず塩水を汲んだ。

 しかし、それを撒くより速く、リーチは俺の足に噛み付いた。


『貰ったぁあああ! グゥレイトォ!』


 大喜びで張り付いたリーチは、だが、唐突に沈黙する。

 うむ、ヒルが出る事もあろうかと考えていたから、対策をしておいたのだ。


『しょ、しょっぺぇ……』

「あ、足から離れて落ちちゃった。なになに、血が不味かったのかしら」

「足ニ塩ヲ揉ミ込ンデオイタノサ」


 フィーオのように雑草から離れた所で塩水を撒くならともかく、俺は接近して草刈りをする。

 だから、ヒル対策として肌の見える部分に塩をつけておくと、ヒルが近寄れないのだ。


「なるほどねぇ。ほんと、塩って万能薬なんだ」

『しおしおのぱー』


 すっかり縮んでしまったリーチを掴みあげて、俺は声を掛けた。


「俺達ニ、モウ近寄ラナイト約束スルカ?」

『うぅ……約束するから、水……水をくだしゃれ~』

「アレだけ理屈っぽい事を言ってた癖に、結局は欲求の為の欺瞞だったのねぇ……」


 まぁ、そういう奴も居る。

 全ての命は、全ての命に対して借りを作りながら生きるのだ。

 それが一つの命であったとしても、上記の関係性は等しく同じである。


「自分ダケ特別視シテル者ハ、特別扱イヲサレルノダ」

「今回みたいに、特別に住処を追い出されちゃうワケね」

「うむ」


 俺は塩水では無い、普通の水をリーチに掛けてやる。

 そのまま森の奥へと放り投げた。


『アイヤァー!』

「達者に暮らしなさいよー」


 ヒルは一生に一度しか血を吸わない。

 落着した所で、俺達以外の獲物を見つける事を俺達は願おう。

 そうすれば、もう二度と会わないで済むのだから。



「ブヒヒィ(それはそれで、勝手な話だと思いますがねぇ)」

「オ互イ何処カデ生キネバナラナイ。仕方無イサ」


 除草を終えて小屋に戻り、俺達はピッグと雑談をしている。

 その中で先程のリーチの話を出した時、小屋の扉が開かれた。


「ちぃーっす、兄貴。差し入れです」

「オォッ。悪イナ」


 入って来たのはヌケサクだ。

 その手には、トマトやじゃがいもの入ったカゴが握られていた。


「本収穫じゃ無いんすけど、まぁ味見がてら早熟なのを選んで来ました」


 赤く熟れたトマトを俺に投げつつ、ヌケサクはそう言う。

 うむ、なかなか良い出来じゃないか。まるで血のように真っ赤だな。


「ブヒヒィ(ほげぇぇぇっ! ヌケサク兄貴ぃ、後ろ、後ろぉぉ)」

「なに叫んでんだよピッグ。赤毛の背後霊でも見たような顔しやがって」


 ヌケサクがピッグの方へと振り返った瞬間、何を慌てたのか良く分かった。

 彼の背中に、今貰ったトマトのように丸く膨らんだ巨大なヒルが張り付いていたからだ。

 うぉぉぉ。き、気持ち悪いっ。


「オイ……ヌケサク、大丈夫ナノカ?」

「へ? いやまぁ、ちょいと立ち眩みがしますけど。なんでまたお気づきに?」

『~♪』


 うーむ、すっごい嬉しそうに吸ってるな。なんかこう、我が世の春みたいに。

 噛み付いてしまった以上、強引に剥がせば出血も傷跡も酷くなる。

 塩を掛けたり、火で温めて弱らせる方法もあるけども……。


 ま、ヌケサクだから良いかぁ。


「ブヒヒィ(マルコ兄貴、どうしますか?)」

「瀉血トイウ悪イ血ヲ抜ク治療モアル。ソレダト思イ込モウ」


 俺とピッグはヒソヒソと話して、ほっとく事にした。

 まぁ瀉血にしては、血を抜き過ぎな気もするが。


「いやー、雨上がりの畑仕事は良いっすねぇ。でもナメクジ多いのが玉に瑕ですな」


 ワハハと笑うヌケサクには、もっと凄い物が張り付いている。

 真っ赤に染まって丸く太ったヒルと、畑で採れたやや熟れた丸いトマト。

 ああ、見比べるんじゃ無かったなぁ。


 俺は小屋の周りに盛り塩をする事を決意しながら、味気なくトマトを齧るのだった。



第四十五話:完

夏のキャンプ近しっ。サバイバル知識の輝く時期でありますな。

ヒルに噛まれたら、ライターやタバコで炙るのも対策として有名です。

しかし昨今の禁煙ブームから、それらを持たない人も多い事実。

そういう時は塩水やスポーツ飲料を掛けると、結構落ち易いのでおすすめです。


それでは、楽しんで頂けたなら幸いです。ありがとうございましたっ!

次回の更新は、7月21日を予定しています。

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