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第四十二話(前):サイコロを振ろう

 井戸での洗い物を終えて、小屋へと戻る途中で「椀が足りない」事に俺は気付いた。


「ムゥ? 一ツダケ紛失シタカ」


 割りと大きいサイズの陶器製のお椀で、かなり重宝していたのだが。

 まぁ無くなった物は仕方が無い。それか、いずれ何処からか出てくるだろう。

 俺は少し気落ちしながらも、そう自分で納得させて小屋へと帰った。


 そんな俺を迎えたのは、小屋の中から聞こえる楽しげな絶叫だ。


「サイは投げられたぁ! くらえっラファエロ投法!」

「ブヒヒィ(出目は六っすね。渋い、おたく渋いねぇ)」

「うっわ、期待値以下かよぉ」


 はて何をしているのやら。

 入り口を潜って中に入ると、そこではヌケサク達がお椀に向かってサイコロを振っていた。

 あっ、それ俺が無くしたと思ったお椀じゃねぇか。


「コラコラ。食器デ何ヲシテイルンダ」

「ちとギャンブルで使わせて貰ってます。後でちゃんと片付けますからご容赦を」


 ギャンブル、か。

 お金を賭けての遊びは感心せんな。


「いえ、負けたら罰ゲームっす」

「ソレナラ良イカ。チャント洗エヨ」

「うぃっす」


 サイコロを振る『場』に調度良かったのだろう。

 まぁ本当はけしからん行いだが、少しくらい大目に見てやろう。


「ブヒヒィ(さぁ、次はリュートの旦那ですぜ)」

「ふん。この俺が六ゾロを出さないとでも思っているのか?」


 よく見たら、オークの二人の後ろに魔術師のリュートが居た。

 屋内にも関わらず、例の野暮ったい黒ローブを着込んで、フードまでしてやがる。

 こいつも暇をしているのか、六面体のサイコロを二つ持ってやる気である。


「いくぜっ。てやっ」


 いつになく真剣な様子で、彼はサイコロをお椀に投げた。

 出た目は、二と三である。


「ブヒヒィ(五! 弱いっ)」

「てや」


 言いながらリュートはお椀をひっくり返した。


「あぁぁああ!」

「ふんごー(あぁ、テメェこの場を荒らしやがったな! 指落とせ、指ぃ)」

「よく見ろ。俺はサイコロを振っただけだぜ?」

「ブヒヒィ(な、なにぃ。ひっくり返したはずのお椀が、きちんと置かれている!?)」


 あ、いまチラッと見えたけど、彼の使い魔である猫がお椀を元に戻しやがった。

 全員の注目が彼自身に浴びた際の、物凄く素早い動きだったから、誰も気付かなかったのだろう。


「出目は六ゾロ……俺の勝ちだな」

「そんなんアリかよっ!」

「ふんごー(しかし現に出目は六ゾロですしねぇ)」

「ブヒヒィ(イカサマは行為中に阻止しなければ、そのまま有効ですから)」

「にゃーん」


 素知らぬ顔を洗いつつ、猫がそう鳴いた。

 うーむ、まぁ俺は参加していなかったし、ここは見過ごすとするか。

 岡目八目という言葉もある。イカサマを見抜くのもゲームの内だろう。


「罰ゲームは、ジンギスカン・キャラメルの一気食いな」

「ゲゲーッ! 口の中で雨上がりの動物園の臭いがするぅ!」

「ふんごー(ビール味キャラメルとかもありますよ)」

「ブヒヒィ(キャラメルから甘さ抜いて、顎の付け根に苦味だけを残す傑作だよな)」


 なんでキャラメルでは担えない重すぎる十字架を背負わせんだよ、お前ら。

 どうせこんな商品、ロバと人魚の行商から買ったんだろうけどさ。


「マルコもやるか? どうせ退屈してんだろうし」

「フム。マァ、今日ハ特ニ用事モ無イシナ」


 俺は床に座って、ゲームに興じる彼らと肩を並べる。

 丁度その時、入り口からフィーオが飛び込んで来た。


「あっ! なにしてんのよ、皆で。面白そうな事は私も呼んでよね」

「フィーオ、罰ゲームモ有ルカラ厳シイゲームダゾ」


 俺達の視線の先には、多彩な味のキャラメルに囲まれて泣いているヌケサクが居る。

 虚ろな目で「ビールとラムが合体ッ! キャラメルマーン!」と意味不明な事を叫び出した。


「ふんごー(いけませんヌケサク兄貴。それ以上、食べたらネジになってしまう!)」

「そこまで酷いの、あのキャラメル……」

「ブヒヒィ(じゃあゲームの説明をしますね)」


 ピッグによると、実に単純なゲームである。


「ブヒヒィ(サイコロを二つ振って、大きい方が勝ちです。お椀から外に落ちたら無条件敗北)」


 ふむ、大小を競うゲームか。

 これなら簡単に決着するし、注意深く見ていればイカサマも出来ないだろう。

 俺は了承し、この大小ゲームに参加する事とした。



 * * *



 プレイヤーは俺、フィーオ、ヌケサク、ピッグ、ポーク、リュートの六人だ。

 二人ずつ勝負をし、最終的に勝ち残った者同士の決勝戦で決着。

 優勝者は敗者に罰ゲームを与える事が出来る、という形だ。

 ジャッジは、プレイヤーでもあるピッグが買って出てくれた。


「ふんごー(フィーオ姐御とあんな事やこんな事……)」

「ブヒヒィ(などという展開を防ぐ為、罰ゲームは家事か食べ物に限ります)」

「妥当ナ判断ダ」


 トーナメント表を作って、俺達は互いの対戦相手と向かい合った。

 一回戦はヌケサクとポーク、二回戦は俺とリュート、三回戦でピッグとフィーオ。

 最後は勝ち残った三人で勝負する、という具合だ。


「ふんごー(今日こそ、俺はヌケサク兄貴を越えてみせますよ)」

「フッフッフッ。その減らず口にスープカレーキャラメルを叩き込んでやるわ」


 また不味そうなキャラメルばかり選ぶなぁ、お前。何処かの土産か?


「ブヒヒィ(では見合って見合って……いざっ尋常に、勝負っ!)」


 ピッグの掛け声に合わせて、ヌケサクが「きぇえええ!」と奇声を上げて椀に振った。

 出目は、五十四と八十二。


「オイ、チョット待テヤ」

「ふんごー(なに百面体ダイスとか用意してんすかっ! クトゥルフでもやる気っすか!)」

「サイコロ二つを使うと言ったが、別に百面体を使ってしまっても構わんのだろう?」

「ブヒヒィ(ええ、いいわ。がつんとやっちゃって、ヌケサク兄貴)」


 正気かよ、ジャッジッ!?

 俺達がざわつく中で、ピッグは更に宣言する。


「ブヒヒィ(ルールはサイコロを二つ振って、大きい方が勝ち。椀から溢れたら負け。以上!)」

「ナンデモ出来ルジャネェカヨ……」

「ザルよねぇ」

「お前ら、いつもこんな馬鹿な遊び方をしてんのか?」


 うるせぇよ、リュート。

 顔を伏して黙っていたポークが、身体を震わせながら正面を向いた。

 それは「でかした」と言わんばかりの笑顔だ。


「ふんごー(とんでもねぇ事をしやがる。だが面白えっ。いいか、面白いってのは大事な事だぜ)」

「マァ、納得シテルナラ、ソレデ良イケドヨ」

「ふんごー(兄貴の出目は、百三十六。それで良いですね?)」

「ああ。良いぜ、それで。どう足掻いても俺にはもう勝てねぇけどな」


 だがポークは不敵な笑みを浮かべて、その手に何かを握り締めた。

 勢い良く、それをお椀に向けて投げつける。

 まさか六面全部に「千」とか書かれているサイコロじゃなかろうな。


「ふんごー(どうだ、コレはぁ!)」


 ゴツ、と音がしてお椀に二つのサイコロが入る。

 だがそれはサイコロと言うには、あまりにもデカ過ぎた。

 お椀をはみ出そうな大きさのそれらが、器を狭しとぶつかり合っている。

 普通のサイコロの五倍ほどもある、巨大な代物だ。


「ふんごー(俺のサイコロの方が大きい! 以上!)」

「そ、そうかっ! 数字を競って勝てないならば、サイズを競えば勝てるっ」

「イヤ、ソコハ数字ノ大小ヲ競エヨ」


 リュートがちょっと納得し掛けている辺り、恐ろしいゲームだなコレ。

 ヌケサクも「ぐぬぬっ」とか言ってるし。え、負けそうなの、これで?


「ジャッジッ! 判定はっ?」

「ブヒヒィ(お答えしましょう。ヌケサク兄貴の勝利です)」

「ふんごー(な、なにぃっ!?)」

「フム、ソノ心ハ?」


 ピッグは巨大な二つのサイコロの頭に書かれている、数字を指差した。

 それは一ゾロを出している。


「ブヒヒィ(出目は二。大きさが五倍故に、二を五倍しても十……百三十六には敵わぬ)」

「ふんごー(がーーんっ! だ、だが二つのサイコロで更に二倍では!?)」

「それでも二十だよね」

「ふんごー(いつもの三倍の回転を加えていましたっ)」

「またその理論かよ。てか、それでも六十だから足りてねぇって」


 純粋に出目が悪過ぎて、どう工夫しても勝てなさそうだ。

 ガックリと項垂れるポークの肩を、ヌケサクが小さくポンっと叩いた。


「ポーク……敵として会いたくは無かったぜ……」

「ブヒヒィ(勝者、ヌケサク兄貴ぃ!)」


 宣言により、ヌケサクの勝利が確定した。

 うーん、これで良かったのかどうか。まぁとりあえず拍手をしておこう。


「ふんごー(はっ! 二倍高い場所からサイコロを投げてたから百二十!)」

「足リナイカラナ。モウ立ッタママ失神シトケ」

「ゆで理論使っても負けるとか相当よね……」

「そこが原作再現なんじゃないっすか?」


 フィーオとヌケサクが魔術の話をしている。

 なんか死体蹴りになってるから、そろそろポークを解放してやれんかね。


「次は俺との勝負だな、マルコ」


 リュートが六面体サイコロを二つ、掌でチャッチャッと弄んでいた。

 この戦いを見た以上、まともな勝負は期待できない。

 どんなイカサマを仕掛けてくるか、まずはお手並み拝見と行こう。


「先行を行かせて貰うぜ、おりゃっ!」


 サイコロを投げ込んで、それが椀の周りをクルクルと廻る。

 そのままごく自然と当たり前のような仕草で、リュートは呪文を詠唱し出した。

 もう全然隠す気無いのな、その辺。


「イリュージョンッ!」


 その魔術が発動した途端、俺達の目前でサイコロが一気に増えていくっ。

 幻覚で、サイコロを増やしやがった!


「はっはっは! 一度ハマれば抜け出せぬ、覚悟しろっ」

「ナンテ卑劣ナ……」


 オーク族が抗魔力に乏しい事を知っての狼藉、許されざる行為だ。

 ジャッジのピッグも幻覚で、目をグルグルにしているじゃないか。


「ブヒヒィ(ああ、増える増えていく……あ、椀から溢れ出した。ドボンです)」

「えっ!?」

「ブヒヒィ(次にマルコ兄貴がドボンしなければ勝ちっすね)」

「オゥ、振ッタゾ。出目、七」

「あ、ちょっと待って! イリュージョン掛けるから」

「ブヒヒィ(はい、兄貴の勝利决定~)」


 またイリュージョンで俺の強制負けとかされたら堪らん。

 俺はピッグの言葉を聞くとほぼ同時にサイコロを振って、勝利を確定させた。


「汚ねぇぞ、テメェらっ」

「ジャッジニ幻術使ウ奴ガ言ウ台詞カヨ」


 まぁ勢いに任せた面は否めないが、相手のミスを拾うのもギャンブルの原則だ。

 自分に良い手が来ていると確信して、相手はそれより悪い手だと思い込む。

 若さが生む慢心は、いつも必ずしっぺ返しとして表面化するのだ。


「力み過ぎだ、12ドル持って出直してきなって事ですな」

「くっそっがぁ! 幻術に掛かり過ぎなんだよ、豚ぁ!」

「ブヒヒィ(いやぁ八卦の陣は強敵でしたね)」


 策士策に溺れる、か。

 次はフィーオとピッグの対決だから、ジャッジは誰が担当すべきか。


「私は別に、ピッグのままで良いわよ」

「イヤ、ソリャ駄目ダロ」

「だって私が勝つんだから、誰がジャッジしても同じだし」


 凄まじい自信だな。どういう手を考えているんだ、コイツ。

 ピッグも「なら、自分が引き続きジャッジという事で」と言い出したし。


「良いんじゃねぇの? やっちゃえよ、もう」

「居るわよねー。負けた途端に関心失って場を冷めさそうとする人」

「ブヒヒィ(じゃあ、最初はフィーオさんからどうぞ)」


 ピッグが先行権をフィーオに譲った。

 多分、相手の出方を見る為なんだろうな。

 フィーオは「そう? じゃあ振るからね」とサイコロをお椀に投げた。


「六と六だから、十二ね」

「フム。普通ノ勝負ナラホボ勝チダナ」


 意外に何の工夫も無く、フィーオは普通に六ゾロで終わる。

 これまで馬鹿みたいな数字のインフレが起きているのに、これで良いのか?


「ブヒヒィ(じゃあ、アッシですなぁ。さて、このミノフスキー・サイコロをば)」

「ナンダソレ」

「ブヒヒィ(ええ。出目が十次元にまで影響するサイコロです)」


 まさかそれで「出目が十倍~」とか言う気じゃないだろうな、この馬鹿。

 俺達が居る世界を何次元として定義しているか、聞いてみたくなる。


「いずれにせよ数倍は数える気でしょう、ピッグは」

「ブヒヒィ(卑怯とは言うまいね?)」

「好キニシロヨ……」


 フィーオが真っ当に勝負したんだから、それに付き合ってやれよな。

 この辺、手加減をしないのが駄目な大人の見本である。


「ねぇ、ピッグ」


 黙っていたフィーオが、神妙な顔で口を開いた。

 むむっ、ここに来て物言いをするとは。


「ブヒヒィ(はい、なんでしょうか?)」

「ちょっとサイコロを改めさせてよ」


 わぁお。

 また思いっきり直接的な妨害に出たな、この子は。

 いや、そりゃまぁ、イカサマを防ぐのは対戦相手の権利だよ。うん。

 でも……ねぇ?


「ブヒヒィ(駄目ですっ! そんな事、絶対に許されませんっ)」

「えー。でもイカサマしてるか確認したいし」

「ブヒヒィ(全然、ぜーんぜんしてません。そんな今更、卑怯ですよ!)」


 コイツは何を言っとるんだろうな、本当に。

 まぁイカサマ前提の試合だったから、確認されたら負けだわな。


「でも調べるくらい良いじゃないのよぉ。ねぇー」

「ブヒヒィ(駄目っ! はい、じゃあもう振りますからねぇー。そいやっ)」


 あ、強引にサイコロを投げやがった。

 これ以上の物言いを受ける前に終わらせる気だな。うーむ、小物である。

 ピッグの投げたミノフスキー・サイコロとやらは放物線を描いて、椀に向かい……。

 椀の中に入る事無く、まるで透明な布で弾かれる様にして床へと落ちた。


「ブヒヒィ(うぇえええぇぇ!? な、なんでぇぇ!)」

「ふう、気付かれなかったわね」


 フィーオがそう言うので、俺はお椀の表面を撫でてみる。

 そうして初めて、見えない蓋で椀を覆っている事が分かった。

 これは透明な布だな。


「うん。ラップフィルムをピッタリと張っておいたの」

「イツノ間ニ……」

「ミノフスキーがどうのこうの言ってる時に決まってるじゃない」


 なかなか目敏いな、フィーオは。

 自信満々に胸を張っている少女の言葉に、ピッグは呻きながら呟く。


「ブヒヒィ(バリアーかっ)」

「ふんごー(その通りだ)」


 いやラップフィルムだって言ってたろうが。聞けよ、他人の話は。


「てか試合の大半がドボン負けってどうなんでしょうね……」

「言ウナ。ドウセ碌ナ結果ニナラナイゾ、コノ後モ」

この小説はフィクションです。

実在する如何なるキャラメルとも関係ありません。

でもビール・キャラメルだけは許せません。(全部食べた)


後半に続きます。投稿は午後一時を予定しています。

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