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第四十一話:川で水浴びをしよう

 森で暮らして十年。幾ら木陰の多い森でも、夏はどうしても暑くなる。

 涼しい風が通るには、やはり雨上がりを待たねばならない。


「もぅ、このままじゃ暑さで参っちゃうよぅ。水遊びしたーい」


 などと川遊びをしたい、というエルフ少女の主張を聞いて、俺達はそこへ向かっていた。

 森を抜ける川は幾つもあり、その内の一つは大河と呼んでも良い物だ。

 流石にそこで遊ぶのは危険であるから、小屋よりほど近い小さな川に行く事とした。


「ブヒヒィ(マンドラゴラの友達と遊ばないなんて、珍しいですね)」

「川遊びは危ないから出来ないんだって。もうちょっと大きくなったら平気らしいんだけど」


 あぁ、植物って若い内に水あげ過ぎると根腐れするからな。


 オーク族のピッグが、エルフ少女のフィーオと歩いているこの光景、奇妙な物だ。

 まぁ俺もオーク族だから、オーク二人にエルフ一人となるか。

 それらがこうして森の中を歩いているのだから、人攫いと勘違いした勇者に殺されそうだ。


「危険ナノハ、フィーオモ同ジダ。気ヲ付ケテ遊ブヨウニ」

「もうっ。そんなのいちいち言われなくても分かってるわよぅ」

「ブヒヒィ(まぁこの前にある川は、そんなに川幅も広く無いから平気ですよ)」


 言っている内に、森の木が少しずつ根を見せて来る。

 雨の後に川が増水した時などで、土を流された跡だろう。

 もうこの木の壁を越えれば、すぐに川だ。


「うへー、蒸し暑かったぁ。これで涼めるよー」

「ウム。俺モ少シ川ニ入リタイ」

「だーめ。マルコは川岸で待機してなさい」


 さっき軽く注意した事を根に持っているのだろうか。

 フィーオが俺に振り向いて、ニヤニヤと嫌味を含んだ顔で笑った。


「私が溺れたら、すぐに助けないといけないんじゃない?」

「ブヒヒィ(大丈夫、川に話しかけて、溺れない場所を聞けば良いんですよ)」

「……川ニ聞クノカ?」

「ブヒヒィ(迷いの川も奇跡のハドソン川になるんですよ)」

「というか、マイクロなキャビン川って感じね、その言い方だと」


 精霊魔術か何かの話だろうか。魔術に詳しくない俺には良く分からん。

 説明書のおまけ漫画が妙に格好良かったなぁ、などと話す二人を連れて森を抜ける。

 すると、俺達の前に幅十メートル程の川が視野に入って来た。


 透き通った水は川底のゴツゴツとした石を映し、そこらで朽ちた木片が水溜りを作る。

 ここは川幅にしては底がすり鉢状に深くなっており、水量はかなりの物だ。

 目に見える範囲での上流では、大人の背程の滝が清涼な水音を立てて俺達の疲れを癒していた。


「……なんて、すっごく爽やかな気分になれたはずなのに……」

「コ、コレハドウイウ事ダ?」


 俺達の目の前には、川辺に打ち上がってピクピク痙攣するマーメイドの姿があった。


「ブヒヒィ(うぉぉ、全裸ぁ! 眼福、眼福ぅっ)」

「全裸ッテ、魚ジャネェカ……」


 上半身は羽衣のような薄い服でしっかり覆われているし、下半身はそれこそ魚の尾だ。

 くるーりっと病んだ瞳で振り返り、ピッグが空虚に呟いた。


「ブヒヒィ(自分、額にVの字が入っている白いイルカでもイケる口っす)」

「う、うわぁ……」

「ブヒヒィ(あのツブラな瞳のアップが、俺のオリハルコンを輝かせるんです)」


 フィーオの引き具合を見るに、何かに呪われた魂の話だろうか。気にしないでおこう。

 ともかく、このままではマーメイドが干上がってしまう。

 別に肺呼吸も出来るから平気と言えば平気だろう。

 でも肌が荒れてしまうと女性には可愛そうだ。下半身は鱗だが。


「川ニ帰シテヤルカ」


 そう言って俺はマーメイドを担ぎ上げると、そのまま川へと戻した。

 これも人助け、半分は魚助けだ。


「キャッチ・アンド・リリースって最近は推奨されない所もあるわよ」

「ブヒヒィ(魚の部分だけスポンと外して、女性だけキャッチしたいですな)」

「貴方って本当に最低の屑ね」

「ブヒヒィ(オークですから)」


 勝手にオーク族の倫理的地位を下げないでくれないだろうか、あの屑は。

 そもそも女と付き合った事も無いだろうが、オマエは。

 などと話していたら、下流の向こう岸で激しい水音がした。

 さっき放流したマーメイドが、叫びながら川を飛び出したのだ。


『うぉぉっ。熱いぜ熱いぜ、熱くて死ぬぜー』


 そう絶叫し、また気絶してしまう。


「……妙ニ男前ナ悲鳴ヲ上ゲル人魚ダナ」

「ブヒヒぃ(だがモヒカンのマーメイドが居ないっ。不十分である。やり直し)」


 せんでよい。

 何を考えているか分からんが、アレらも助けてやらねばいかんだろうなぁ。


「ま、川を渡れば良いじゃない」

「簡単ニ言ウガ、服ハビショ濡レニナルゾ」

「私はマルコの頭に登ってるから、関係無いもん」

「ブヒヒィ(おっ。越すに越されぬ大井川の川渡しですな)」


 妙な教養があるから、このオークは侮れない。


「ブヒヒィ(なんなら俺が運びますよ。しっかり掴まって下さい、首筋を太腿でギュッとねっ)」

「はい、アナコンダ」

「ブヒヒィ(うあぁ! アマゾンの奥地に生息する大蛇が、今、探検隊の首を締め付けるぅ)」


 心底馬鹿なのが玉に瑕だ。



 * * *



 俺達は川を渡るべく、藻一つ生えていない川底の石に足を下ろした。

 フィーオも俺の肩に乗るとは言っていたが、背の届く所までは自分で歩くらしい。

 苦労を買って出る良い話かと思えるが、単に水遊びをしたいだけだろう。まぁ良し。


「ひゃあっ!」

「ヌォァ」


 階段で『段差がある』と思い込んで足を下ろした際、何も無かった時の歯車のズレた感覚。

 まさにそれを俺達は感じた。


「あ、熱いっ」


 フィーオの悲鳴は尤もであったのだ。

 森の川は冷たい物。その思い込みを完全に否定した、この水温。

 火傷などはしないものの、明らかに体温を超えていた。

 太陽熱で暖められた「ぬるさ」ではあり得ない。


 だが、温泉に浸かるような心地良さがあった。


「ブヒヒィ(いやぁ気持ち良いっすね。足湯の名所って事にしましょうか)」

「この川で汲んだお湯を使えば、いつでも温かいお風呂に入れるかもっ」

「ブヒヒィ(いっそ川辺の石で露天風呂も良いっすよ!)」


 そーれハッスル、ハッスルゥ~。

 などと喜ぶ二人だが、俺が知る限りは温泉など湧かない。

 だからこの川の温度も、何か原因があるはずなんだがな……。


「ヨシ、渡リキッタゾ」


 途中からはフィーオを肩に乗せて、俺達は川を渡り切った。

 胸まで浸かるから川の流れによっては危険な感じだが、幸いにして事故は無かった。

 俺とフィーオはひとっ風呂浴びたような清々しさで、川から上がる。


「ブヒヒィ(あ~、いい湯だな。木々から雫がポタポタと)」

「オイ、早ク上ガッテ来イ」

「ブヒヒィ(自分、もうちょっとこうしてますわー)」


 まぁ気持ちは分かる。別に構わないだろう。

 俺は彼の癒し時間を尊重する事にした。


「でも変ね。どうして底が丸く深いのかしら」

「昔、何カ大キナ物ガ通ッタ跡ナノカモナ。ソレガ川ニナッタトカ」

「ふーん。世の中って不思議な事があるのねぇ」


 溶岩の流れた跡を川になるケースもある。それもカサブタのような特徴ある川底だ。

 色んな自然現象を目にして、フィーオには好奇心旺盛な少女となって欲しいな。


「サテ、マーメイドヲ起コシテミルカ」

「考えたら問答無用で川に叩き込んでたのよね、マルコってば」


 まさか川で茹で上がったから、川岸に避難していたなんて思うまい。

 とはいえミスはミスだ。言い返せもせずに、俺は少し頬を紅潮させつつ人魚に話し掛ける。


「オイ、話セルカ? シッカリシロ」

『うぅ……あ、熱いぜ……』

「お湯になってるものねー」


 フィーオが持っていたタオルで、マーメイドの身体を拭いてやっている。

 それで少し気分が良くなったのか、人魚は平静さを取り戻したように話し始めた。


『何処の誰とも知らねぇが、世話になっちまったな』

「気ニスルナ。困ッタ時ハオ互イニ助ケ合ウノハ当然ダ」

『その義侠心、痺れるね。惚れちまいそうだよ』


 言っちゃあ何だが、魚に惚れられてもなぁ。


「ブヒヒィ(せめて網タイツくらい装着してくれないと、エロスを感じません)」

「それワサビが目に染みるからタタキは嫌がる人じゃないの?」


 人なのだろうか、それは。まぁともかく、人魚を何とかせねばなるまい。

 とりあえず、何が起こったかを俺達は聞く事にした。


『いつもの様に荒くれた川上りをして、日々の鬱憤を晴らしていたんだ』

「鬱憤?」

『アタイの教師が嫌な奴でね。俺のやる事なす事に難癖付けやがる』


 まぁ言葉遣いは少し荒っぽい感じだ。


『ったく、終いには「腐った魚は、周りの魚も腐らせる」とか言いやがって!』

「ああ、ゴールドエイトじゃ無い方の教師なのね」

『アタイは鮒寿司じゃねぇー!』


 うーん、確かに鬱憤が溜まっているようだな。


「でも鮒寿司って発酵であって、腐敗とは違うらしいわよ」

『え? じゃあアタイの存在って、誰と境遇を同一化すれば良いんだ……』


 変な哲学的思考に迷い込んでしまった。


「ブヒヒィ(でも腐敗と発酵って、メカニズム的にはほぼ同一現象ですぜ)」

『マジでっ!? やっぱアタイは腐った鮒寿司なんだ! やったぁ!』


 喜んでどうする、喜んで。否定的に捉えろよ。

 てか鮒寿司だろうと、腐ったら食えねぇだろうが。


「いちいちマルコは細かい事を気にするね」

「モット言動ニ責任ヲ持テト言ッテル」

『ともかく、限界を超えた川上りで水流(かぜ)を感じていたら……』


 そこまで話して、マーメイドは項垂れる。


『まさかヤツがアタイの(しま)を荒らしに来やがるなんて』


 この子の言葉は、いちいち単語の整合性に欠けるな。

 彼女たちの教師の苦労たるや、想像に難くない。


「奴トハ?」


 俺が聞くのとほぼ同時に、川の湯に浸かっていたピッグが悲鳴を上げ出した。


「ブヒヒィ(あ、あづ~!)」

「うわっ。川が沸騰してるじゃない!」


 見れば、いつの間にか川がグツグツと煮立って、まるで地獄の様相だ。

 ピッグが川岸にダイブして、打ち上げられた豚のように転がって失神した。


「コレモ奴ノ仕業カッ。イッタイ、奴ノ正体トハナンダ!」

「うーん、たぶん、アレの事じゃないのかな」


 フィーオの言葉に、俺は彼女の指差す上流を見た。

 すると滝の上で、全身から火を噴く黒い大型犬が川で暴れている。

 アレは、ヘルハウンドだ。


「ヘルハウンドって、全身から業火を放つ凶悪な怪物じゃないの」

「ソウダ。ナゼ川ニ……」


 それは狂ったように身体を川の水に擦りつけては、その周囲の水が沸騰していく。

 ヘルハウンドは絶叫した。


『暑いぜ、暑いぜ、暑くて死ぬぜー』


 あー、確かに気温は高めだな、ここ最近。というか暑いのはオマエだ、馬鹿者。

 そう教えてやれば「それもそうですね」と納得しそうだが、凄まじい蒸気で近寄りたくも無い。

 アレをどうにかするのは、正直、遠慮しておこう。


「ヘルハウンドのせいで、川が沸騰しちゃったのねー」

『ああ。必死で川岸に逃げたまでは良かったが、そこで失神しちまってな』


 ふむ。いずれにせよ、このままでは干物になりかねん。

 他の川へと運んでやらねばならんだろうなぁ。


『手間を掛けさせてワリィな。ま、お願いするわ』

「ドウセ退屈シテタ所ダ。構ワンヨ」

「じゃあ行ってらっしゃーい。私、川の温い所で水遊びしてるから」


 フィーオに見送られて、マーメイドを担ぎあげた俺は別の川へと向かった。

 やれやれ。



 ドボーンっと、大きな水飛沫を上げて川へと帰って行くマーメイド。

 さっきの川とは別の支流だから、あのヘルハウンドが迷い込む事もあるまい。


『いやぁー! ようやく生き返ったぜ、サンキュー』

「マァ、川上リモ程々ニナ」

『アタイの魂が燃える限り、それは止められないなぁ』


 さっき魂が燃え上がりかけた気もするが……どちらかと言えば茹で上がる方か。


『魚を鍋で茹でてから、焼串で焦げ目を着ければ、魚を焼いた事と同じってか?』

「イヤ、ソレ茹デタ魚ダカラ」

『でも鰻の蒲焼きだって蒸してるのに、蒲蒸しなんて言わねぇよ! って名言が』


 知らん、そんな名言。

 というか、なぜこの子は自分を魚料理に喩えるのだろうか。


『この恩、アタイは忘れねぇぜ。じゃあな! アバヨ、とっつぁん』


 川を跳ねながら海へと帰って行く。うむ、善き哉。


 ……でもこの支流、彼女の住んでいた海へと向かうのだろうか。

 森の先でどうなっているかまでは、そういや考えて無かったな。


「マァ、海ハ広イ。何処カデ繋ガッテイルダロウサ」


 俺はそう結論付けて、彼女の幸運を祈るのだった。



 * * *



 フィーオ達の川へ戻った俺を出迎えたのは、すっかり火の消えたヘルハウンドだ。

 暑いからって、川での水浴びが過ぎたのだろうな。


『自分、生まれ変わった気分です』

「見レバ分カル」

『命を火にくべる様な生き方は止めて、これからは真面目に生きていきます』


 まぁ頑張れば良いんじゃないかなぁ。

 でもこれじゃあヘルハウンドというか、ただの黒犬である。


「平凡な犬でも良いじゃない。尖った事だけが立派なんて、若者だけの特権よ」

『はい、それでは失礼します』

「憑キ物デモ落チタノカ、アレハ」


 姿勢を正して立ち去る黒犬の後ろを見て、俺はフィーオにそう呟いた。

 少女はウンウンと頷いて、静かに語る。


「人魚とヘルハウンドの怒りの炎を飲み込んで、川は何処までも流れていくのね」


 世界が終わるまで、ずっと。

 そう美しく語るのを邪魔して悪いが、怒りに汚染された川で湯当たりする馬鹿も居るんだが。


「ブヒヒィ(暑いぜ、熱いぜ、アツクテシヌゼー……)」

「アレは汚物としてバーナーで消毒しちゃいなさい」


 怒りと嘆きと憎しみばかりが打ち上がる、ここはまさに賽の河原。

 この世に地獄とは、簡単に生み出されるものなのだな。


 俺はピッグの額を濡れた布で冷やしつつ、そう感じるのであった。



第四十一話:完

川の水って凄く透明で綺麗に見えても、浸かってみたら案外に色んな付着物が出ます。

サワガニや川魚の幼生なんでしょうが、掌や腕に小さな生物がペットリついたり。

それが実に気味悪くて、背筋に寒気を感じたものです。

川で身体の外も内も冷やされる、素晴らしい天然クーラーでしたな。


それでは、楽しんで頂けたなら幸いです。ありがとうございましたっ!

次回の更新は、7月11日を予定しています。

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