第三十七話:隕石を掘り出そう
夜中、小屋の傍にある簡易ベッドで寝ていた俺は、奇妙な音で目を覚ました。
まるで遠くでセミが鳴いているような、甲高い「ジーン」という音だ。
森に住んで十年、初めて耳にする物だった。
「ン、ナンダ?」
妙な胸騒ぎを感じながら、俺はベッドから身を起こして音源を探した。
すると、それは空から聴こえて来ており、やがて深夜にも関わらず空が一際明るくなる。
突然に太陽が登って昼間になったとも思えた瞬間、強烈な爆音が森の全域に轟いた。
「グォォッ!」
その音と振動は凄まじく、木々が激しく揺れ、地面は上下に振動し、食器棚は転倒する。
振動が収まると、空の明るさも消えて、いつもの夜に戻っていた。
そして小屋で寝るフィーオの「ふぎゃー!」という悲鳴がし、彼女は飛び出て来る。
寝ぼけ眼な様子で、掛け布団を引き摺っての登場だ。
「マルコッ! なになに、今のっ?」
「爆発音ダナ。アノ一点カラ破裂スルヨウナ炸裂、恐ラクハ」
隕石だっ。
そう言い掛けた時、フィーオも正体に気付いたのだろう。
彼女は俺の手を引いて、すっかり眠気も覚めて興奮した表情で話し出す。
「ねぇねぇ、見に行こうよ! 赤ん坊くわえたライオン・ロボとか居そうだしっ!」
「ヤケニ具体的ダナ、オイ」
「もし火事になってたら森は焼け、畑はモクモク。赤子はシベリア送りだわ。イェーイ!」
「イェーイジャネェ。テカ赤ン坊ノ責任ニシテヤルナヨ」
まぁ確かに火事になってもマズい。鎮火出来るかどうかを確認しておくのも必要だろう。
どうしようも無かったら、まぁ猫の魔術師に頼むしか無いな。
俺はランタンを片手に、爆発音と衝撃波を感じた方角へと向かう事にした。
十五分も歩かない内に、それは見えてきた。
煌々と明るいのは、森が焼けているからでは無い。
数十メートルも巨大な岩を引き摺ったような跡が涙滴型に広がっている。
その果てにある数メートル近い幅の穴の中心から、光が溢れているのだ。
「まるで光の泉みたい……でもちょっと怖いわね」
「ウム、熱モ感ジル。コレ以上ハ近ヅケナイナ」
俺は辺りを見回すが、木々はへし折られているものの、火事らしき所は無かった。
どうやら運良く、木を避けて広場に落ちてくれたようだ。ありがたい。
フィーオが近付こうとするのを力尽くで止めて、危険だと諭させる。
「確認ハ明日ニスルゾ。何ガ起キルカ分カラン」
「えーー! もしかして天地が逆さまになったり、出口が崖の下にあったりするの!?」
どんな四次元世界に閉じ込められてんだよ。
「出口じゃなくてゾーン三十三かもしれないけどね」
「知ランガナ」
「その場合、次元を裂いて凄い四次元怪獣が飛んでくるの」
もう訳が分からんが、とにかく危険な事は確かだ。
「明日、改メテ確認ニ来ヨウ。ドウセ熱クテ近寄レン」
「ちぇー。ピヨピヨ煩いヒヨッコね。ちょっくら遊んであげようかしら」
頭をグリグリして「うへー、ギブアップゥ」と叫ばせる。
さて明日、はたして鬼が出るか蛇が出るか……。
「後はデコ助野郎とハゲが出るかね」
「出ネェヨ」
* * *
翌朝、朝食もそこそこにして、俺達は隕石の落下地点に居た。
ヌケサクとピッグ、ポークも一緒である。
「もう光は漏れてないわね」
「熱モ収マッタヨウダ」
穴は静まり返り、元から空いているかのような印象すら受ける。
「んー。意外と浅い所で何かありますね。掘り出せそうな感じはします」
ヌケサクが穴に顔を突っ込んで、様子を伺っていた。
ふーむ。もしかしたら貴重な鉱石などが手に入るかもしれん。
俺は持って来たロープを渡して、ヌケサクに結べる所があるか聞いてみた。
「そっすねー。鉤爪状になってる部分もありますから、そこで結べそうです」
「デハ頼ム。トリアエズ引ッ張ッテミヨウ」
ロープを結んでヌケサクが穴から顔を出すと、俺達にオーケーのジェスチャーをする。
「私にも引っ張らせてよー。面白そうじゃない」
「ふんごー(いいですね、皆で力を合わせましょうか。脳波を同調させるんです)」
「心を一つにする、程度の言い方で良いと思うわよ」
「ブヒヒィ(でも鬼が出た時に備えて、犬や猿やキジとも脳波を同調しておくべきかと)」
「人間ヨリ動物比率高クネェカ、ソレ。ホボ獣ジャネェカ」
「やぁってやるぜぇ!」
叫びながらヌケサクが、いの一番にロープを引っぱり出した。
慌ててフィーオも「抜け駆け駄目ぇ!」と追随する。
オーク達も「オーク屋一同、心を込めてー! 引けやー!」などと叫んでいる。
「ほらほら、マルコも手伝ってよぉ」
「ハイヨ」
とりあえず、俺もロープを手に取って引き始める。
頷いてフィーオは更に言葉を続けた。
「ピッグ、ポーク、掛け声!」
「ブヒヒィ(コン・バイン、オー・ケー! コン・バイン、オー・ケー!)」
「なんか憎らしいくらい微妙に良いタイミングね、それ」
フィーオは何を悔しがっとるんだろうか。
続けザマにポークも音頭を取る。
「ふんごー(アイ・ヨー! ファラ・ウェイ!)」
「ブヒヒィ(きたー! 強い力で湧いてきたー!)」
「力抜ケルワイ」
「やって・やるぜ! やって・やるぜ!」
「ふふふ、なんだかこの五人で夜をひとっ飛び出来そうな気がしてきたわ!」
いや、全然そんな気にはなれない。
好きに引っ張れば良いんじゃねぇかな、もう。
全員が思い思いに踏ん張り、全力を込めて引く。
ズリズリとロープが動き出して、それは一気に穴から飛び出た。
「出てきたよ! ふぇー、疲れたぁ」
「まさに勝利へのダブルピースサインでしたね」
「ソレデ良イノカ、オマエノ脳内言語野……」
それは、ほぼ完全な球型な銀色の光沢を持った、直径二メートルくらいの隕石だった。
ふむ、意外と岩っぽく無いのだな。摩擦熱や地面との衝突で丸くなったのか?
球型の両脇には、腕のように二本の鉤爪付きの突起物が飛び出している。
「まるで人工物みたいね」
「ハハ、マサカッ。宇宙カラノ来訪者トデモ?」
俺とフィーオがそんな事を言った瞬間、隕石の中央に長い亀裂が横断した。
思わず、全員の顔が引き締まり、呼吸まで止まる。
亀裂は口のように左右対称な位置まで広がると、やがてゆっくり上下に開き始める。
「マルコ兄貴ぃ。コレ、ま、まま、まさか本当に宇宙人なんじゃあ」
「馬鹿ナ……」
開く隕石の亀裂から、奇妙な空気と光が溢れて来た。
そして、ついに完全に開放される。
なにか様々な記号を映し出すモニターで一杯の隕石内部は、一目で人工物と分かった。
中央には全身を銀色に光らせる、毛の無い小猿のような生物が体育座りで鎮座している。
「う、ううううう、宇宙人っスぅぅ!」
「うへー、本当にリトル・グレイって居たんだ。食べられるかなぁ」
いちいち食う気にならないで欲しい。
宇宙人はゆっくりと瞳を開けると、瞳の無い真っ黒の眼孔が覗いた。
押し黙る俺達に、それは口を開いていく。
『な、何よ貴方達……私をどうするつもり!?』
ガリガリの身体を自分の両腕で抱きしめるようにして、宇宙人はそう言い出した。
『分かったわっ。皆で乱暴する気なんでしょ!? エロNASAみたいに!』
「エロNASAってなんスかね、兄貴」
「知ラン。他ノ星ノ話ジャナイカ?」
何はともあれ、怯えているのは確かみたいだ。
俺は安心させるべく、挨拶をする事にした。
「落チ着ケ。別ニ危害ハ加エナイ」
『本当に?』
「ふんごー(我々はオーク、お前と同化する。抵抗は無意味だ)」
『やっぱりエッチな事をする気じゃない! 信じられなーい!』
ポークに鉄拳制裁を加えつつ、俺は敵意の無い事を表現した。
「別に取って食おうなんて思ってないわよ」
『今度こそ信じていいの?』
「うんうん。だから安心して、ね?」
さっき食えるかどうか聞いてただろ、お前。
しかしここで蒸し返しても揉めるだけだ。俺は同意するように頷いた。
『分かったわ。でも困ったわねぇ、船が地上に出ちゃうなんて』
「墜落カ。確カニ、派手ナ着地ダッタミタイダシナ」
「壊れちゃったの? それとももう宇宙に行けないとか?」
『空中なら反重力を使えるから、少しだけ空を翔びさえすれば大丈夫なんだけど……』
二メートルの巨大な岩、いや宇宙船だ。簡単には持ち上がるまい。
「えー、じゃあ宇宙に行けるんだっ! 私も行ってみたぁい」
『ん? んー、そういう訳じゃないんだけど、ね』
何かを言いたげだったが、それよりも宇宙人は深刻そうな話を切り出した。
『とにかく、私の目的地はここじゃありません。急いで次の場所に翔ばないと』
「なにか大変なようですねぇ。どうします?」
「ドウシマスッテ……空ヲ翔ブ、ネェ」
完全な球体であるからして、転がすのは簡単だ。
しかし、それを翔ばすとなれば……。
「ソウダ! 『アレ』ガアッタナ!」
* * *
つい先日、鳥になってこいコンテストで使用したジャンプ台。
その前に俺達は並んでいた、真ん中に隕石を転がして。
「なんだか、凄い違和感があるわね。この集団」
「言ワレンデモ、分カットルワイ」
『すまないわねぇ、みんな』
隕石がパカリと開いて、中に居る宇宙人がしおらしい事を言う。
まぁ人助けは、やぶさかではない。
「少しでも翔べば良いんスよね。転がして飛ばせば楽勝ッス」
『ええ。後は空中でタイミングよくボタンを押せば、タイムワープします』
「ン? タイムワープ?」
時間移動をするのか、これは。
てっきり、空に飛んで行くのだと思ったが。
『いいえ。重力子を一時的に停止させる事で反重力を得つつ、一方で超重力から時空を歪め……』
「待テ、原理ハ不要ダ。ツマリ、ドウナルンダ?」
『私は未来に帰る事となる。そう、私は未来から来たの』
なんとまぁ。空から降って来たから宇宙船かと思っていたが、まさかタイムマシンだとは。
『だから私、実は貴方達の子孫なのよ』
「え……えぇぇぇぇぇぇぇ!?」
『ざっと三万年後のね』
それもう殆ど無関係じゃないかな。
驚愕しているフィーオを横に置いて、俺は宇宙船改めタイムマシンに手を当てた。
「コノママ転ガシテ、ジャンプ台カラ押シ出セバ良インダナ」
『ええ。外部との接点が無くなったら、この船のみの重力子を弄れるから』
「分カッタ。所デ、何故タイムワープヲシテイルンダ?」
俺の質問は答え辛かったのか、少し口篭もる。
しかし、問題無く話せる部分を見つけたのか、意外と簡単に話し出した。
『ちょっと戻り過ぎたのよ。本当はもう少し未来に出るつもりでね』
「フム」
『お陰で座標がずれて、宇宙に放り出されたって訳。もう死ぬかと思ったわ』
それだけを話して言葉を切る。
どうやら、コレ以上は話せる内容が無いらしい。
まぁ俺達より未来の話しならば、少なくとも今知る必要は無いのだろう。
俺はタイムマシンを転がすべく、全身に気合を入れる。
「ヨシ、ジャア行クゾッ!」
『ありがとうっ。頼むわよ、アンタ』
「ウォオオオ!」
俺は全力でタイムマシンを転がすと、ジャンプ台まで疾走した。
だがオーバーハングしているジャンプ台、油断すれば速度が落ちてしまう。
最後の一押し、一気にタイムマシンが転がり出た!
「行ッタカッ!?」
『皆、本当にありがとう! もう逢えないけど、貴方達の事は忘れないわっ』
バチンッと雷が落ちるような音を立てて、一瞬の後にそれは眼前から消え去った。
どうやら、成功してくれたようだな。
「隕石と思ったら宇宙船、かと思ったらタイムマシンでしたか」
「無駄ニヤヤコシイナ」
「でもまぁ、良い事も聞けたじゃないですか」
ヌケサクは気付いた事を朗々と語り出す。
「少なくとも、後三万年は人類安泰だって分かりましたからね」
そんな事を話しながらタイムマシンの落下地点に戻ると、フィーオが穴へと駆け寄った。
本体は無くなっても、この辺りの土地は抉れかえったままだ。
「……ねぇマルコ。ここに木を植えよっか?」
「ホゥ。ソレハドウイウ風ノ吹キ回シカナ」
周囲の焼けた土を穴へと投げつつ、少女は笑顔で話す。
「だって三万年後、自然が少なくて困ったなぁ、なんて言われたくないじゃない」
なるほど。
あの姿を見ると、きちんと栄養のある食べ物を摂取してるか疑問である。
案外、ギリギリの生活をしているのかもな。
「分カッタ、手伝オウ」
「ブヒヒィ(オイラ達もやりますー)」
今日明日、滅びる運命では無いと分かった以上、責任を持って後世に繋げねばならない。
たとえ俺はもちろん、長寿族のフィーオが生きていないとしても、三万年後は来るのだ。
その日の為に、今日出会った彼女の為に、少しでも良い星を繋げてやろう。
そう思い、俺達は鍬とスコップを取り出す。
三万年後にも残る森を育てる為に。
再会の為に。
第三十七話:完
奇怪な姿の宇宙人って減りましたなぁ、娯楽作品から。
どんな星で、どんな物を食べ、どんな生活をしているのか。
奇っ怪な姿であればあるほどに、その想像が広がっていきます。
もし人間に似ているならば、きっとソレは地球人じゃないのかなぁ、と私は思います。
それでは、楽しんで頂けたなら幸いです。ありがとうございましたっ!




