表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/80

第三十六話:ゴミを散らかそう

「食ベカス、水筒、読ンダママ散ラバッタ本……」


 俺は数え上げながら、表情に愁眉を集めて小屋の床を眺めた。

 どれもこれも、フィーオが散らかした物である。

 今も部屋の真ん中でうつ伏せになり、娯楽本を読みつつケラケラと笑っている。


 いかんな、これはイカン。

 エルフ族長から彼女の再教育を頼まれている以上、きちんと教育せねば。


「フィーオ、ココニ座リナサイ」


 俺は小屋の床を指差すと、そこまでゴロゴロと横転してやってくる。


「座ってるじゃない」

「ふんごー(おっ、タブチ監督とミヨコさん。居間での一幕ですな)」

「アレを離婚した後に視聴したら、どんな気分なのかしらねぇ」

「ふんごー(そういう生々しい、リアルリアリティな話は辞めましょうよ……)」


 誤魔化そうとしてるなぁ。

 俺は咳払いし、オークのポークに黙るよう圧力を掛ける。


「もう、分かってるわよ。部屋の整頓でしょ?」

「ソノ通リダ」

「でもこんなに雨ばっか振るんだもん。幾ら整理しても、すぐ散らかっちゃうよ」


 小屋の外ではザーザーと激しい雨が振っている。

 雨季である。連日の雨は、森の湿度も高めていた。

 それが彼女の不快指数を上げて、いつも以上に不精としているのだろう。


「ソレデモ、コマメニ片付ケネバ駄目ダ」

「面倒だよぉ、ぶーぶー。児童の労働力化、反対!」


 賢しげな事を言うね、この子は。


「分カッタ。ジャア、ココニ散ラカセタ物ハ、ゼーンブ捨テルカラナ」

「えぇっ? ちょ、ちょっと待ってよ、もうっ。片付ければ良いんでしょ」

「オウ、片付ケレバ良インダゾ」


 この世で一番不幸な少女だ、みたいな顔で溜め息を吐きながら整頓を始める。

 だが整頓するまでは散らかし放題で、むしろ悪の王女様という好き勝手な振る舞いだ。

 そのエントロピーが復讐するべく、自身に報いとなったのだ。不幸を甘受せよ。


「ふんごー(さぁ頑張って。今日のおやつはブリオッシュですから)」

「ナンデ、ソンナオ菓子ガアルンダヨ」

「ふんごー(悪の娘と言えばコレですよ。口癖言いながら食うと天使が迎えに来ます)」

「パトラッシュダナ、ソレ」

「ふんごー(生まれ変わったら『僕はもう疲れたよ』と言うんですよ)」


 夢も希望も救いも無いな。

 そこまで悪い事をフィーオがしているとは思わんが。

 そう思いながら俺は、オークからエルフの少女へと視線を移す。整頓しているだろうか。


「ン? ドウシタ?」

「あ、あう……カサカサって、カサカサって音がぁ……」


 ピクリとも動かなくなってるフィーオに、俺は違和感を覚えて話し掛ける。

 すると、ゴミの散らばった場所を指差しながら、少女はそんな事を言った。

 あー。これはアレだな。台所で良く見る『アレ』が出たのだな。


「ヤレヤレ。普段カラ、キチントシナイカラダゾ」

「うぅ、あそこ整頓したくないよぉ」


 そう言われても困る。

 俺は少し強く「掃除しなさい」と声を出して、腕を組んだ。


「分かったわよぉ。えぇい、今に見てなさいよ。ゴミの一族、全滅だっ」

「ふんごー(アレが飛び出すババンバン! アレが飛び出すババンバン!)」

「ポーク、煽らないで!」


 言い出しっぺはお前だ。

 はたしてフィーオが本を取り上げると、ソレは現れた。

 カサカサカサっと、フィーオから逃れるように本の下より壁へと逃げていく。


「キャアアアアアアアア!」

「ふんごー(出たぁあああ! アレだぁあああ!)」


 本当にやかましいな、君達。

 俺は振り易い木の板を取って、叫び怯える二人より前に行く。

 そして黒いアレに向けて振り上げた瞬間、言葉が響いた。


『待ってください! 私に敵意はありませんっ!』


 それは、アレからの言葉だ。

 三人が顔をポカンとさせると、アレは両足を広げつつ立ち上がって声を続ける。


「ギャー! 気持ち悪いぃぃ!」

『私はゴキブリの精です。今日はお礼を伝えに来たのですっ』


 痙攣するように叫ぶフィーオをよそにして、アレはそう訴えるのだった。



 * * *



 俺の背中でガタガタ震えるフィーオと、小屋の端で立つポーク。

 そして俺はゴキブリの精と向き合いつつ、言葉を交わしている。


「マァ、ツマラナイ物ダガドウゾ」

『ありがとうございます。いただきます』


 パン屑を精霊に差し出すと、その上までカサカサと移動して咀嚼した。

 触手がグネグネと蠢いている。


「うぇー、やめてよぉ。早く追い出してよ」

「相手ハ精霊ダゾ。無碍ニ出来ン」

「見てらんないよぉぉぉ」

「オ礼トハ、ナンダ?」


 俺は精霊に話を促すと、再び立ち上がって足をモゾモゾさせる。

 うーむ、気持ち悪い。


『ええ。いつも私達ゴキブリに優しい空間を作って下さり、そのお礼をと』

「べ、別にアンタの為にしているんじゃないんだからね!」

「タダノ怠ケ者ダヨナ」

『風が通らず適度な湿度、暖かい床に積み重なって作られた影、多彩な食べ物……』


 精霊は笑顔の気配を伺わせつつ、バンザイして歌うように話す。


『まるで高級ホテルのような居心地の良さ! ほんと、感謝してます!』

「良カッタナ、三星ダッテヨ」

「全然嬉しくないよ! ここ隠れ家的小屋だし目立ちたくないの、返上したいよぉ」


 隠れ小屋にした覚えは無いのだが。

 嫌がるフィーオにカサカサと近付いて、頭を左右にブンブンと振った。


「ぎゃあああっ」

『ご謙遜を! ゴキブリ・グルメ本のゴミシュランにも評価されてますよ』

「凄マジイ汚名ダ」


 フィーオは俺の肩によじ登って、ゴキブリへと話し掛ける。


「ていうか、そんなの評価される多彩な食べ物って?」

『よくぞ聞いてくれました! まずは床に落ちた食ベカスやゴミですね』

「マァ、掃除シナイト溜マルワナ」


 口の中に極上の味を思い出しているのか、ワキワキワキと口元を動かす。


『そして極上の食材、埃が絡んだエルフの抜け毛!』

「ふんごー(うわぁ……)」

「いやぁあああ!」


 頭を抱えてフィーオが絶叫する。

 気持ちは分からんでもない。


『今、僕のビンテージが芳醇の時を迎える!』

「イヤ、オマエノ物デハ無カロウ」

『そんな訳で、ぜひお礼をさせて下さい。ご奉仕するにゃん』

「ドウスル、フィーオ?」

「帰って貰ってよぉぉ」


 まぁそうなるな。

 俺はなるべく精霊を怒らせないよう、低姿勢でご帰宅を願った。

 だが、ゴキブリは驚きの返事をする。


『そんなっ、何でもしますよ。例えば腐敗物の除去、これは私達の重要な仕事です』

「ホゥ。ソウダッタノカ」

「どうやって無くすの? 運べるの?」

『ガツガツ食べます』


 食うばっかりじゃねぇか。

 呆れる俺の顔を見てか、更に精霊は言葉を続けた。


『腐敗物を処理したら、土に還って肥料にもなるんです』


 枯れ葉や虫の死骸を除去する私達は、森の掃除屋とも呼ばれているんですよ。

 と自信たっぷりに言う精霊は、どこか誇らしげだ。

 実際、立派な行いなんだろうなぁ。うんうん。

 でもな、ゴキブリなんだよな。


「気持チハ、アリガタイガ……」

『待って! 私の力をお見せしてみます。そうすればご理解できるはず』

「フム」


 精霊はそう言って、カサカサと壁をよじ登っていく。

 やがて頂点に達すると、部屋の反対側に向かって羽を広げて一気に滑空した。


「きゃああああああ!!」

「ふんごー(うわわわっわわー!)」

『この抜群の機動性! 未踏派地帯のスモーカーズフォレストなど何するものぞ!』


 胸を張っている所で悪いが、阿鼻叫喚である。

 更に、ゴキブリは恐るべき速度で床を這いずり回って、俺たちの周囲を一周する。


「ひぃいやあああああ!」

『瞬間的な時速は三百キロを超え、地上最強の生物から師匠とも呼ばれます!』

「わぅー……」


 あ、フィーオが俺の肩の上で放心した。

 こうなんというか、ゴキブリの精霊が何を誇っても悲鳴ばかり上がるな。

 永遠に埋まらない溝というか、どうしようもないすれ違いというか。


「ヤハリ、力ヲ借リル事ハ無イカナ、ト」

『あいや暫く! こうなれば我が一族の秘技をお見せしましょう』


 そう言って、ゴキブリは部屋の中央で何かを念じ始めた。

 うーん、ロクでも無さそうだ。


「何ヲシテイルンダ?」

『はい、フェロモンを出しています』

「うーん……フェロモン?」


 フィーオが目覚めたようで、妖精に質問をする。


『私達のフェロモンは仲間を強烈に引きつけます。その威力は……』


 話している間に、なにやら外でゴソゴソと音が聴こえてきた。

 もはやカサコソでは無い。明らかに濁音混じりだ。

 扉を開けようと、何かがギシギシと動かしている。


「ふんごー(はて、お客さんでしょうかね)」


 覗き窓から、ポークが外を見る。


「ふんごー(うおおお、外が! 外が黒い絨毯にぃぃ!)

『半径にして数キロメートルに及びます! さぁ、仲間たちを迎えましょうっ』

「いやあああああ! 扉を開けないでぇぇ!」

『一年間くらいは効果が残るので、集客力は最高ですよ』


 そう誇りながら扉を開けようとする妖精を、俺たちは必死で追い払うのだった。



 * * *



「モウ許シテヤッテクレンカネ」


 流石にフィーオが不憫だ。

 俺たちの様子を見て、どうしても歓迎されていないと気づいたらしい。


『残念です。彼らの力を借りれば、この部屋も一瞬で清掃出来るのですが』

「糞モシテイクダロ。ソレ、凄ク不潔ダカラナ」


 故にゴキブリがアレルギーの原因になる事も多々ある。

 森の掃除屋である彼らも、人の住居においては、やはり害虫なのである。


「人類ノ友ニハ成レナイノダ」

『……確かに、私達は人類の祖先を捕食していました。いわば敵です』

「えぇ!?」


 フィーオが驚きの声を上げる。


『貴方達は忘れたでしょうが、太古の昔、人類はネズミに似た小さい生物でした』

「ホォー。ソウダッタノカ」

『その頃の私達は栄華を極めて、体長は一メートルにも及んだものです』

「い、一メートル……」

「ふんごー(地獄っすねぇ)」


 フィーオとポークが絶句する。

 懺悔するように、ゴキブリの精霊は俺達に訴えた。


『故に、私達は貴方達の祖先の捕食者で、それはもう食べて食べて食べまくりました』

「ウーム。何トナク分カルワ、今ノ姿ヲ見テモナ」

『結果、貴方達の遺伝的本能に『敵』として登録されてしまったのでしょうね』


 寂しげに呟く精霊は、その身を戦慄かせて悲しんでいるようだ。

 うーん、ご先祖さまも大変だなぁ。

 てか、何億年と経っても嫌われる程って、どれだけ食ったんだお前ら。


「マ、気ヲ落トスナ。イツカ和解スル日モ来ルサ」

『そうですよね!』

「来ないわよ」


 綺麗にまとめようとする俺に、フィーオの言葉は取り付く島もない。

 ゴキブリの精霊は頭をペコリと下げると、別れの言葉を切り出した。


『ご奉仕出来なかった事は心残りですが、感謝の言葉だけでも伝えたいです』

「充分受ケ取ッタヨ」

「私、もう二度と部屋を散らかしたりしないわ……」

『ハハハッ、冗談がお上手ですな。それでは、さようならー!』


 そう叫んで、ゴキブリは部屋の隙間から外へと飛び立つのだった。

 あー、酷い目にあったなぁ。


「さぁマルコ! 整理整頓と大掃除をするわよ!」

「ウン、積極的ニナッテクレテ、嬉シイヨ」


 どんな動機であれ、まぁやる気が出てくれたなら良いだろう。

 ポークも堪えたのか、掃除を手伝う様子だ。


「ふんごー(じゃあオイラ、水桶と布巾を取ってきます)」


 そう言ってポークは扉に手を掛けた。

 ……いや、それヤバくないか?


『一年間くらいは効果が残るので、集客力は最高ですよ』


 アイツは確かに、そう言っていた。

 そして、今、小屋の外には黒い絨毯が……。


「待テッ! ポークゥ!」

「ふんごー(え?)」


 ガチャリ……。



 * * *



 かくして今宵最大級の、愛と怒りと悲しみのシャウトが響くのだった。


 その後、フィーオが暫く小屋に近寄らなかったのは、言うまでもない。

 整理整頓と掃除、心掛けよう……うん。



第三十六話:完

なぜ人類はゴキブリが苦手なのか。

それを考えた結果に「御先祖様が食われてたんじゃないかなぁ」と思った私です。

でもエルフやオークの祖先が、人類の祖先と一緒かどうか、それは分かりません。

やっぱり、どんな種族にとっても単なる不快害虫なだけかもしれませんね。


それでは、楽しんで頂けたなら幸いです。ありがとうございましたっ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ