第二話:狩リノ時間ダ!
エルフ少女……フィーオとの共同生活(&別居生活)が始まって一ヶ月。
俺はようやく、新しい生活リズムに慣れようとしていた。
だがフィーオは恐るべき早さで適応し、里から離れて翌日には、もう小屋の寝所を占領して高いびきだ。
おかげで俺は、小屋の外で寝起きする毎日となっている。
しかし今は小屋の中で、俺は日課の編み物をしていた。冬までにマフラーを作りたいからな。
「山菜の採取に行ってきまーす」
そう言って、少女は小屋から飛び出そうとする。
「待テ、フィーオ。ソノ手ニ持ッテイル弓矢ハ何ダ?」
「マルコったら……山菜の採取には弓矢が必須でしょ? 馬鹿になっちゃったの?」
「弓矢ナンテ使ワネェヨ」
少女が俺の名前、マルコと親しげに呼ぶ。この光景を人間が見たら、さぞ驚く事だろう。
なんせ『エルフの少女』が『オーク』と平和的に会話を行っているのだから。
「鹿狩リニ行クツモリダロ。絶対駄目ダゾ」
「失敬ね。エルフとして、森の仲間を傷つける事なんてしないわ」
「ソノ皮剥ギ取リ用ナイフ、置イテケ」
俺は目ざとく、彼女の背中に隠してある獲物を指摘した。
悔しげに「ギギギッ」っと歯軋りする少女。
「……これはただの果物ナイフよ」
「フィーオ、嘘ヲツケ」
「じゃあ行ってきまーす」
裸足で飛び出していくフィーオ。その背後を追いかけると、彼女の背中を一人の人間と二人のオークが立ち塞がった。
太陽に向けて右手をかざし、掌の影を顔に落とすオーク。
頭の後ろで両手を組み、脇を強調しながら腰をくねらせるポージングを決めるオーク。
そして、背中を向けながら両腕を左右に高く伸ばし、足首だけを交差させた人間。
「This is it!」(誤訳:そこまでよ!)
どうしたいんだ、コイツ等。てかなぜオネエ語なんだ。そもそも誤訳じゃねぇか。
フィーオが己の背中を守る彼らに声を掛ける。
「ポーク、ピッグ、そしてヌケサク。ここは任せたわよ」
「御意」
「邪魔スルカ、ソコヲ退ケ」
俺の言葉に三馬鹿トリオが不敵に笑う。
「マルコ兄貴と言えども、フィーオ様のご命令には逆らえません。お覚悟を」
「ブッヒヒィーン」
「ふんごー」
ほほぅ。小娘には従えても、この俺には逆らうか。
よし、フィーオの前にお前らを教育してやろう。
俺は三人を倒すべく、拳を構える。武道の心得は少々ある。丸腰で充分だ。
三人が呼吸を合わせて、俺に向かって駈け出した。
「行くぜポーク、ピッグ! 兄貴にブッター・フォーメーションを仕掛けるぞ!」
「ブッヒヒィーン!(おう)」
「ふんごー(おぉう)」
普通に返事しろ、お前ら。
「行くぜぇぇぇ! オープン・デェェェブ!」
叫ぶ人間の言葉に反応し、オーク二人が左右に分かれて俺へと迫る。
「ブッター2! オーク・ハリケェェェェン!」
左のポークが、そう叫びながら俺にストレートパンチを放つ。半身ずらして、そのパンチを空振りさせた。
「オープン・デェェェブ!」
そのままポークが走り去って、右のピッグが駆け寄る。うん、ノリは大体わかった。
「ブッター3! 大根オロシィィィ!」
なんかアッサリとした味になりそうな技名だな。
俺の首を掴もうとしたピッグを手で軽く払い退けた。
「オープン・デェェェブ!」
「行けるぞっ! チェェェンジッ・ブッター1! ブッター・ビィィィム!」
どの判断をすれば『行ける』のかサッパリ分からないが、どうやら最後の技らしい。
ヌケサクがいつの間にか持っていたバケツの中身を、俺に向けてぶっかけようとする。
そのバケツの底を裏拳で叩き上げて、ヌケサク自身に引っ掛けた。
「ブッヒヒィーン!?(ヌ、ヌケサクがやられた!)」
「ふんごー(おのれ~、あと一息でマルコの兄貴をやれたものを!)」
だから、何をどうすれば『あと一息』なんだよ。
俺はその場で空中大回転廻し蹴りを放ち、ポークとピッグとヌケサクを一瞬にしてブチ倒した。
* * *
「デ? ブッター・ビームッテ何ダ?」
俺に馬乗りで殴られて、顔面をボコボコに腫らしたヌケサクが返事をする。
「はい。油を掛けた所に着火して、三万度の灼熱地獄を完成させる必殺技でして」
「オイ、火種モッテコイ」
「いやぁぁぁ! しゅごいのぉぉぉ! 燃えちゃう、ヌケサク燃えちゃうぅぅう!」
火達磨になって地面をゴロゴロと転がるヌケサク。
その姿を俺とピッグとポーク、三人のオーク達が冷たく見下ろす。
「ブッヒヒィーン(無様ですね……)」
「ふんごー(愚かだよ、人類は……)」
「他人事ニシテンナ、阿呆ドモ」
俺は二人をタコ殴りにした。
「しかし、鹿狩りくらい良いじゃないですか。元気があって」
包帯でグルグル巻きのヌケサクが、不機嫌な俺に恐る恐る声を掛ける。
結局、三馬鹿に絡まれたせいでフィーオを見失ってしまった。
「ソウシナイ為ノ再教育ダ」
エルフの族長から俺は、彼女を森の民として自覚するよう再教育を頼まれた。
しかし一向に彼女は元来の野生的本能を隠そうとせず、遊び回るばかりの日々だ。
「エルフってのは、もっと傲慢チキのモヤシ野郎の嫌な連中だと思ってやした」
ヌケサクが肩を竦めつつ言う。だがその態度をニカッと笑みに変えた。
「が、ああいう子なら俺は歓迎ですぜ」
「オイオイ、エルフ狩リガ本職ダロ、オマエ等。ソンナ知識デ良イノカ?」
「いやぁ、実はフィーオさんを狙ったのが初仕事でしてね。エルフの事、よく知らんのですよ」
「ブッヒヒィーン(俺も俺も。常の仕事としては、畑荒らしが本業だい)」
「ふんごー(子作りしてみたい……一度もした事無い……かーちゃん、孫はまだ見せられません)」
こいつら人生詰んでるわ。
ともかく、こんなバカどもに引きずられて、あの子が悪の道に染まるなんて許されない。
もし真っ当に更生出来なければ俺は、この森の違法滞在を咎められて、森の番人たるエルフ達から退去処分を受けるだろう。
様々な地で迫害を受けては流れて来た身だ。ようやくにも得た平和な暮らしを失いたくは無い。
「イズレニセヨ、コノ時期ノ森デ鹿狩リハ不味イ」
「はぁ。雌鹿が腹に子でも孕んでるんですか?」
俺は首を横に振った。
そういう理由でも決して良くは無いが、もっと切実な問題だ。
森の入口をエルフの里としていたフィーオには、恐らく知る由もない。
これは森の奥地だけのルールなのだ。
* * *
「マルコ兄貴、見つけて来やしたぜ。一抱え程もあるデッケェ丸太です」
「デカシタゾッ! コレハ俺ガ持ツ」
三馬鹿がヒーヒー言って持って来た丸太を、俺は片手の握力だけで掴み上げる。
そして背中に廻した紐で体に括りつけ、森への道を歩き出した。
「あ、あの丸太を片手で掴んで、しかも一人で背負うなんて……スゲェな」
「ブッヒヒィーン(オークの限界を超えてるよ、あの人)」
「ふんごー(ほんにのぅ、ほんにのぅ)」
全く騒がしい。乾いた倒木だから、俺にとっては軽い方の荷物だ。
これを使わずに済めば良いのだけれども、フィーオならば必要となるはずだ。
なんせ彼女、狩りに関しては非凡なセンスを持っている。
一匹の鹿も狙わずに、そのまま帰ってくるなどあり得ないだろう。
そして、この時期に鹿を狙えば……。
ずしーーーん、ずしーーーん。
「うぉ、地響きが? 地震でしょうか、それとも地滑りでしょうか」
これは、この足音は間違いない。奴だ、奴が来たんだ。
「ひぃやぁああー! 助けてぇー!」
やはり、あの子は鹿を射てしまったのだろう。フィーオの声だ。
「うぉ。なんじゃ、あれ? 四本の大樹の幹が動いてますよ」
フィーオの声がした方を見ると、彼女が必死の形相で逃げる姿があった。
それも一大事だが、何より目を引くのはその後方だ。
俺が背中に背負う丸太と、ほぼ同じ太さの茶色い幹が四本、彼女を追う様にズシンズシンと飛び跳ねて迫っているからだ。
そして俺は、アレが大樹の幹で無い事を知っている。
「森ノ木ノ上、空ヲ見テミロ」
「へぇ。空ですかい? 空って言っても樹の枝に覆われて良く分かりやせ……な、な、なんじゃありゃ!」
「ブッヒヒィーン!(幹の上に鹿の腹が、高い木の枝に見え隠れ……いや鹿の顔もついてる)」
「ふんごー(デカァァァい! 説明不要!)」
「ソウダ。コノ森ノ奥地、鹿ノ守護者ダ」
それは森の大樹にも匹敵する、巨大な鹿だ。
樹の幹に見えたのは巨鹿の四本足に過ぎない。
駆け出せばあっという間に森の外まで到達するであろう巨鹿は、フィーオをゆっくりゆっくりと一歩ずつ追い掛ける。
鹿を襲う狩人を見つけると、森から出て行くまで執拗に何処までも追い回す。
この時期にだけ現れる、あの巨鹿の奇妙な習性だった。
「襲ワナイカラ、命ニハ関ワラナイ。ダガ、怖イダロウ?」
「そりゃまぁ怖いですね。怖過ぎますね」
「ブッヒヒィーン(等身大の鹿の頭が追いかけてくる……ハッ!? 暴れん坊巨鹿……)」
「ふんごー(巨鹿の怒りは大地の怒り。こうなってはもう、誰にも止められないんじゃ)」
相変わらず好き勝手言ってるな、このオークどもは。
ずしーーーん、ずしーーーん。
「いやぁぁん。もう鹿狩りなんてしないから、許してぇ」
どうやら充分に反省しているらしい。
森の仲間を襲うという事は、森の因果応報が自分に跳ね返るという事だ。
つまり「襲う者」と「襲われる者」である。それが逆転した今、彼女の悲鳴が上がっているのだ。
「ヨシ、ジャア助ケルカ」
「えぇ? どうやってですか。あんなデッカイ奴、どうにも倒せませんよ」
俺は背中の丸太を手に持って、走り回るフィーオの前方へと移動を始める。
巨大である。それだけで充分なインパクトを持つそれに、俺は余裕の笑みを見せた。
「デカクテモ、所詮ハ鹿ダカラナ」
「うぉ。来た来た、こっち来た。では兄貴っ、ご武運を!」
三馬鹿が逃げ出すのを気配で感じながら、俺はエルフの少女に向き直った。
「フィーオ、コッチダ!」
「あっ! うぇぇぇん、マルコォォォ!」
泣きながら俺に駆け寄ってくるフィーオ。
その背後には、彼女の身長より巨大な鹿の頭が迫っている。
俺は自分と同サイズの丸太の胴を右手に掴む。左手で木の末に添えた。
飛び込んで来るフィーオを背中に守って、俺は丸太を振り上げる。
全長は大樹の枝先にも届いた。
それ程の丸太を鼻息で吹きとばせそうな巨鹿の顔が、俺とフィーオの真正面に迫る。
……いまだっ!
「チェストォ!」
ゴゥっと風が唸る。
裂帛の気合で振り下ろされる丸太が、周囲の大気を切り裂いた音だ。
その丸太の先端が、巨鹿の角と角の間、すなわち額に命中した。
「手応エ……アリ」
俺は丸太を地面に投げ捨てる。
……ずしーーーーん。
その丸太の横に寄り添う様にして、巨鹿がゆっくりと横たわった。
「す、すごぉい……殺せたの?」
俺の後ろから、地面で打ち付けたのか赤くなった鼻を押さえて、フィーオがそう聞いてきた。
「イヤ、気絶シテイルダケダ。峰打チダカラナ」
「峰打ちって、丸太だから幹打ちでしょ」
要するに手加減したって事だ。
鹿が死んでいない証拠に、巨鹿の鼻がフッフッと荒く呼吸している。
鹿の弱点は額だ。そこを思い切り殴れば、簡単に気絶する。
幾らデカくても内部の構造は同じ。であれば、弱点も同じな訳だ。
「ともかく助かったぁ~」
緊張が解けてヘロヘロと座り込むフィーオ。
「ダカラ、狩リナドスルナ、ト言ッタノダ」
「うぅ……小屋で篭もりっきりだとストレス溜まるもん。それに、ちゃんと食べるんだし」
だから、と言葉を続ける。
「遊びで殺していないから、狩りのルールは守ってるもの。無益な殺生はしてないわ」
ルール、か。
「ソレハ鹿ガ理解シテイルノカ?」
「え? そりゃあ動物だから、理解はしていないでしょうけど」
俺はフィーオから弓矢をそっと取り上げた。抵抗しないまま、俺の言葉を聞く。
「相手ガ理解シテイナイ『ルール』ヲ守ッテモ、ソレハ無意味ダ」
それはただ一方的に『自分の理屈』を押し付けているだけに過ぎない。
「うぅ、だってぇ」
「アノ巨鹿モ自分ノ『ルール』ヲ守リ、オマエヲ追ッテイタ。ダガ、オマエハ納得シテイマイ?」
「……ふんだっ。そんな理屈っぽいお説教、聞いていられないんだから」
そう言って舌を出すと、フィーオは小屋のある方角に向けて走っていった。
やれやれ。
* * *
小屋に戻ると、鍋を煮立てながら棒を廻すフィーオの姿があった。
良い匂いの立つそれは、おそらく肉のスープ料理なんだろう。
結局、俺が巨鹿から助けた時には獲物を得ていたらしいな。
「あ、マルコだ。おかえりー♪」
さっきの別れ際にしたアッカンベーをもう忘れたのか、機嫌良さ気に声をかけて来た。
「オウ。美味ソウナ匂イダ」
「えへへー」
早々に料理を勉強させて正解だったな。
この調子で家事を覚えてくれるなら、当番制になる日も近いだろう。
「フィーオ、狩リハ悪イ事ジャナイ。自然ハ、鹿ヲ食ウカラダ」
俺の言葉を聞いているか聞いていないか、笑みを浮かべたまま棒を廻し続ける。
狼も熊も人も、鹿を襲う。それが自然の成り立ちだ。
その中で人だけが『ルール』を掲げて鹿を狩る。鹿には理解出来ない『ルール』を。
「狩人トハ自然ニ生キル者。ルールハ大切ダガ『人ノルール』ヲ絶対視セズ『自然ノ成リ立チ』モ信ジテミロ」
「よーし、完成ぃー」
聞いてないな、コイツ……まぁ良いか、やがて自分でも学ぶはずだ。
まだまだ子供なのだ。無理に狩りを禁止させても仕方ない。
それこそ『大人のルール』を押し付けているだけになるんだからな。
「さぁ、腹ペコざますよ」
「ブッヒヒィーン(食うでガンス)」
「ふんごー(ふんがー)」
三馬鹿がブツブツと言いながら、どこからとも無く現れた。
「そういえば、アンタ達も私を守ってくれたわね。オークの魔の手から」
「おお、覚えて下さいましたか。恐悦至極」
「という訳で森ポイント贈呈ー」
チョリン。
と渡される銀コインを両手で捧げ持ち、三馬鹿が感謝の祈りを捧げる。
本当、何に使うんだよその森ポイント……。
「じゃあ食べましょうか、この『豚汁』を」
シーーン……。
「おお、豚汁でありますか。自分の大好物であります」
「私も好きなのよ。鹿は獲っちゃ駄目らしいし、それなら『豚』を入れるしかないしねー」
「オイ、チョット待テ」
「豚は良いもんね、家畜だしぃ。禁猟とか無いしぃー。鹿は駄目なんでしょ? じゃあ豚よねぇ」
「ぶひぃ」
「ふんご」
ポークとピッグの二人も、狂喜渦巻く白目を剥いている。
あのな、俺達の種族的に豚汁って……。
てか、どこでどうやって豚肉を手に入れたの、オマエ。
「じゃあ、いただきまーす」
「いただくでありまーす」
「ブッヒヒィーン(いただきます)」
「ふんごー(いただきまーす)」
「オマエ等、食ウンカーイ!」
豚汁の乗ったテーブルを殴りつつ、俺はそう絶叫するのだった。
第二話:完
鯖が威張るから、サバイバル……(白目)
この調子でエルフのフィーオは、森の仲間入り出来るのでしょうか。
割と不安になってきた作者であります。
楽しんで読んで貰えたなら、幸いです!