第三十二話(前):悪を退治しよう
エルフ狩りギルドに捕らえられた俺達は、身包みを剥がされて牢へと閉じ込められた。
狭い牢に俺とヌケサク二人、半裸で背中を合わせて座っている。
両手は枷で繋がれており、まるで囚人の姿だ。
「やれやれ、久しぶりに腰ミノ一丁ですよ」
「マ、何モ無イヨリ、マシダナ」
昼の日差しが、俺達の身体を容赦無く焼いている。
牢は地上に作られた木製の小さな檻であり、二人も入れられれば横にもなれない。
こうして胡座をかいて、座っているのが精々だった。
体力を失わせて、反抗する気力を無くす為だろう。
「コイツラ、素人ジャナイナ」
「どこか『俺はエルフ狩りのプロだぜ?』みたいな所がありましたか?」
「ウム。捕虜ノ弱ラセ方、砦ノ構造、ソレニ……」
牢へと行くまでに見た光景は、見事の一言だ。
数十人を越える男達が、やけに力の入った顔で砦の工事をしている。
不思議な事に、そこにはエルフの姿は一つも無かった。
普通、こういう重労働は捕虜が行うものである。
にも関わらず、不平不満も無い。
「秩序ガ有ル。アレハ、目的ヲ持ッタ組織デシカ生ミ出セナイ顔ダ」
「そういうもんすかねー」
そういうものさ。
孤児院が焼け落ちた時、嫌でも経験しているからな。
尤も、あの時は……
「オーク、出ろ。頭目がお呼びだ」
檻の外から、男の声が聞こえた。それと同時に檻が上に開けられる。
出ようとする俺を、ヌケサクが静かに呼び止める。
「兄貴、お気をつけて」
「分カッタ」
牢を出た俺は、そのまま砦奥にまで連れて行かれた。
訓練場、装備の保管場所、攻城兵器らしき物まで所狭しと置かれている。
コイツラ、国とでも戦うつもりなのか。
「頭目、オークを連れて来ました」
「入れろ」
砦の最奥、二階に案内された俺はその声がする部屋に入った。
金や宝石の埋め込まれた外壁には豪奢な内装、家具も人や幻獣を象った高級品だ。
そんな机には無数の金貨と、書類の束が無造作に積まれていた。
書類に忙しなく筆を入れつつ、椅子に座る老人が目も向けずに口を開く。
「オーク君。まずは君の名前を教えて貰おう」
頭目と呼ばれるだけあって、声だけでもその貫禄は充分だな。
「マルコ」
無駄に語らずに、俺は彼の意のみを汲んだ。
暫く、筆の奔る音と木を叩く工事の音だけが、部屋を支配する。
ふいにそれを終わらせたのは、頭目だった。
「すまんね、マルコ君。来るまでに仕上げるつもりだったが、今、終わった所だ」
頭目が顔を俺に向けると、紳士的な言葉とは裏腹に、表情は何の色も浮かんでいない。
嫌味な男。それが俺から頭目への第一印象だ。
「単刀直入に言おう。我々の仲間になれ」
「断ル」
「ふふふっ。勇気ある一言だ。無論、貴様にも利点のある話であるのだが」
「断ル。悪党ニ与スル気ハ無イ」
「それが君の答えか。だが、それもすぐに変わる事となる」
笑う時も眉一つ動かない。
頭目が鈴を鳴らすと、入り口の扉が開かれた。
そこに立っていたのは、黒いローブを来た魔術師と、エルフの少女。
「フィーオ!」
俺の呼び声に、少女は何の反応も示さない。
くそっ、もしや催眠魔術でも掛けられているのかっ。
「顔色を変えたな、マルコ君。さて、どうするかね」
「断ルッ! 俺ハ貴様等ニハ従ワンッ!」
俺が力を貸し、それで百の人々が苦しむならば、フィーオを助ける所では無い。
一人を守る為に百人を失う。これが一億人だろうが、一人であろうが同じだ。
「誰カヲ守ル……ソノ為『ダケ』ニ、誰カヲ傷ツケルツモリハ無イ」
「なるほど。では、どうすれば我々の仲間になってくれるのかね?」
「断ル」
一切の交渉を断って、俺は微動だにしない。
このままでは話は決裂するだけだ。故に、決裂する寸前に俺は踏み込んだ。
「ダガ、何故ダ。俺ハ貴様等ノ敵ダロウ?」
「そうだ。随分と煮え湯を飲まされた。配下の魔術師を何人も再起不能とされたな」
なるほど、見えてきたぞ。
フィーオを狙った魔術師は少なくない。
アレだけ戦力を逐次投入したのだ。もう戦略予備も多く無いのだろう。
故に最後の攻撃は、魔術師を欠いての物量で攻め込んだに違いない。
「マルコ君、君は私達を誤解している。だからこそにべにも無く断るのだろう?」
「エルフ狩リノ事実ダケデ、充分ダ」
俺の言葉に、初めて頭目が表情を変える。
それは、怒りの顔だった。
俺への恨み事でも言うのかと思いながら、次の言葉を待つ。
「それが正義の為だとしたら?」
頭目の口から飛び出したのは、全く想定外の言葉だった。
* * *
「私はね、若い頃戦場を幾つも渡り歩いたよ。死者に人間もエルフも、怪物すら差は無かった」
頭目は立ち上がって、失われた自分の右足を見せた。
俺は黙って、その話の続きを待つ。
「焼かれて死ぬ自然も同じだ。動物も植物も、全ては平等に死ぬ」
「当タリ前ノ事ダ」
「なのに、エルフは我らより遥かに長い寿命を持つ。その上で『人間面』をする」
「何ガ言イタイ」
男は義足をギシギシと鳴らしながら俺に歩み寄った。
「人間から嫉妬されんと思わんか? その感情が社会正義を得た時、大戦争に繋がるだろう」
「マサカ、オマエノ目的ハ」
「少数のエルフを捕らえて生贄とする。その事実だけで、人間の嫉妬は小さく満足するのだ」
またエルフ狩りが存在するという社会の暗部は、善人からはエルフ達を同情的にすら扱う。
「結果、人々は太平の世を迎える。私の潰した戦争の種は、一つや二つでは無いぞ?」
「戯言ヲ……」
ぼんやりとしたフィーオの顔を見て、頭目は溜め息を吐いた。
「だがそれも、マルコ君の尽力により終わりつつある」
「買イカブラレタモノダナ」
「彼女は非常に重要な顧客が着いていた。手に入らねば、この国を滅ぼしかねん勢力のな」
馬鹿なっ。エルフの子供一人を狙って戦争だと?
「隣国の馬鹿王子だ。エルフの里にお忍びで来た際、一目惚れしたらしい」
「バ、馬鹿ダッタンダナ……」
「あれは馬鹿だが、故に戦争屋の取り巻きが付きやすい。馬鹿に唆されたのだろう」
なんてこった。
もし誘拐されていれば、フィーオは傾国の美女と謳われる存在になっていたのか。
「最後のチャンスだ。この少女を馬鹿王子に届ける。それで戦争は始まる前に終わる」
「ナルホド」
「これだけ話せば、私が如何に正義を守る男か理解して貰えたはずだ」
彼が嘘を吐いている、という証拠はどこにも無い。
またこれらが本当だとすれば、彼は確かに正義を果たしているのだろう。
「分カッタ。オマエノ言葉、信ジテミヨウ」
「それでいい。お前には、疲弊したギルドの用心棒となって貰いたい。再び道は正される」
握手を求めてくる頭目の手を、俺は枷が着いたまま握り返す。
彼こそ、正義を求める人なのだろう。
「ソノ身勝手ナ正義、信ジテヤルサ」
「ん?」
頭目の手を握りしめたまま、俺は枷をいとも容易く外した。
老人は、その形相を悪党らしい凶悪な物へと変えた。
「ダカラ遠慮無ク、俺ハ俺ノ正義デ戦エル」
「ここまで話の分からぬ男だとは。所詮、オークかっ」
「種族デ命ニ『差』ヲ求メテイタ貴様ニハ、実ニオ似合イノ言葉ダ」
そもそも正義の為にエルフ狩りをしてる人間が、こんな派手な生活をするもんか。
質素に辛うじて生きろとは言わない。だが、エルフの犠牲を得て稼ぐ命の金なのだ。
命の使い方で、人間の本性なんざ簡単に分かる。
「戦争が起きるぞ! 大勢、死ぬんだぞぉ!」
「止メテヤルサ。誰モ馬鹿ニ殺サレタクハナイカラナ」
俺は枷を投げ捨てて、男の首筋に親指を押し付ける。
急所を圧迫され、老人は為す術も無く気を失った。
「サテ……黙ッテナイデ、何カ言エバドウダ?」
「まずはお礼から言うべきだろ。誰がアンロックしてやったと思ってる」
「アー、マァソウダガ」
話に夢中となっている間に、俺の枷は魔術でアンロックされていた。
まぁ、仮に外されて無くても枷をされたまま戦う技術もあるのだが。
「敵ジャナイトハ分カッタ。オカゲデ殴ル相手ガ一人減ッタヨ。アリガトウ」
「どういたしたもんだぜ、クソオーク」
そう言って、俺はフィーオの方にも目をやる。
きっと彼女も幻覚なのだろう。
「え? いや、それ本物」
「オイオイオイッ」
なんで連れて来ているんだ、コイツッ!
俺が驚いてフィーオを見直すと、少女はニヤっと笑って俺の胸を叩いた。
「競争は魔術師の勝ち、ね」
いや、笑っている場合じゃねぇって。
頭目を倒したとはいえ、フィーオ連れてどうやって逃げるんだよ。
そもそも他に捕まっているエルフも居るだろうし、それも助けないと。
ヌケサクは……ほっといてもボウフラみたいに出てくるから、まぁ良いか。
「問題ハ多イナ」
「大丈夫よ。まずこれ頭目じゃないし」
「マジカッ」
「頭目が護衛も付けず捕虜に会う訳ないだろ。影武者だよ、影武者」
「ファッションみたいな仮面をしてる器の人なら、話は別かもしれないわね」
「他に捕まっているエルフも居ない。フィーオの捕縛に全力を注いでたんだな」
となると、問題は「フィーオと逃げる」だけか。
出来れば頭目も倒したかったが、仕方無い。
「で、アンタは何をしてんのよ」
「うぉぉ! 金持ちっ! ていうか金持ちっ! 三人金持ち、億万長者ぁ!」
叫びながら、魔術師が机や部屋から宝物を奪っていく。
その辺にあった背負い袋を満載にし、ホクホク顔だ。
あー、盗品かもしれないし、後で国の治安部隊から返却求められると思うけどなぁ。
「じゃあ、これで俺は帰らせて貰うぞ」
「オイ、フィーオヲ連レテ来タ責任ヲ取レ」
「やだねっ。競争に負けた奴の言う事なんか聞かねぇよ」
「にゃーー!」
猫の叫び声が響いて、魔術師が「いてぇー!」と悲鳴を上げる。
激しい動きでローブの前が開くと、彼の胸を引っ掻く猫の姿があった。
「使イ魔ノ猫ハ、協力シテクレソウダナ」
「くそっ。分かってる、冗談だよ。危険の対価は、もう貰ったしな」
言って、背負い袋をパンパンっと叩く。
また腰回りには幾つも小袋が下げられており、そのいずれもが金貨の音をさせていた。
「私の報奨金に、お宝漁り。完全な盗賊ね」
「フィーオハ魔術師ノ傍カラ離レルナ。俺ガ前線ヲ務メル」
適当な大柄の外套を見つけて、それを羽織る。半裸よりかはマシだ。
外に出ると、見張りをしていた男が完全に寝入っていた。
魔術師に眠らされたのだろう。
「ヨシッ、脱出スルゾ」
昔の子供達にとって牢屋とは「押入れ」でした。
悪い事をすると、反省するまで閉じ込められていました。
……だから子供心に「ド○えもんってどんなに悪人なんだろう」と思ったもんです。
後編へと続きます。(投稿は13時を予定してます)




