第三十一話:洞窟を歩いてみよう
森の早朝、ピューイピューイっと鳥の鳴き声が聞こえ出した。
エルフの里の自警団に確保されて、ぞろぞろと去っていく強面の男達。
俺とフィーオはそれを見ながら、肩の荷が降りる思いだった。
「では、我々はこれで失礼します」
「御苦労さま。お父様によろしくねー」
敬礼を返す自警団の団長に手を振って、フィーオは背筋をうーんっと伸ばす。
手続き上での作業で、オーク族の俺が前面に出るのはやはり不都合もある。
そこでエルフの少女である彼女に手伝って貰ったが、まさか一晩掛かるとは思わなかった。
「面倒ヲ掛ケテ、スマナカッタナ」
「いいわよ。あいつら、みんな牢獄行きだもの」
フィーオの言う『あいつら』とは自警団では無く、強面の男達の事である。
エルフ狩りギルドの構成員四十人、ようやくエルフ自警団への引き渡しを終えたのだ。
恐らくはエルフの里で数人を預かって、残りを人間の街で獄中入りとなるだろう。
「コレデ、少シハ静カニナレバ良イノダガ」
「だと良いけど、今はとりあえず……眠いわ」
そう言って、フィーオは小屋の傍にある椅子に座ると、うつらうつらと船を漕ぎ出す。
「オイオイ、小屋ニベッドガ有ルダロウ」
「歩くのしんどいー」
まぁ今からベッドで寝てしまうと、昼夜が逆転しかねん。
俺は膝掛けを渡してやり、そっとしておく事にした。
「ブヒヒィ(なんなら、オイラ達がベッドまでキャリーオンさせて頂きますよ)」
「ふんごー(諦めない愛になりますよ、これは)」
唐突にピッグとポーク、二人のオークが現れて寝言を述べた。
片手ずつオーク二人の頭を握り、メキメキと音を立てて握り締める。
「スイカ割リシヨウゼ、オマエ等スイカナ」
「ブヒヒィ(いやぁああーー! 壊されなぁぁぁいいいい!)」
「ふんごー(助けて、助けてよ姉さん……ゴッ!)」
「ぱぱぱぱーーん、俺様参上ー」
ヌケサクまで現れた。
こいつら、俺等が自警団と打ち合わせしてる時、隠れてやがったな……。
一緒に連れて行って貰えば良かったぜ。
「ノンッ。マルコ兄貴、俺等は既に足を洗った身です。今はすっかり更生しましたよ」
「時効ナンテ有ルト思ウナヨ」
「え、でも三日逃げ切れば何でも無罪になる掟が」
「ソンナ掟ガ有ッテタマルカ!」
めきめきめき。
「ブヒヒィ(あー! 考えるより感じる事が大事なレッスン始まっちゃう!)」
「ふんごー(レッスン2ぅ~! ハァハァ! もっともっと高みへっ!)」
あ、ヌケサクに激昂してたら、力を入れ過ぎてしまった。
ちょっと凄い事になってるけど、まぁほっといたら頭くらいまた生えてくるだろう。
「いつからこの二人はプラナリアになったんですかねぇ……」
「フィーオガ寝テルンダ。騒グナラ他所デヤレ」
「御意。散っ!」
ヌケサクの言葉に合わせて、サササッと森に消えていく三馬鹿たち。
なんというか、非常に疲れるな。徹夜明けでアイツラと付き合うのは。
思わず脱力しそうになる。
しかし俺も少々眠気が勝って来た。俺の簡易寝所で休ませてもらうとしよう。
アレだけの人数を捕らえたのだ。エルフ狩りギルドの正体や悪事も明らかとなろう。
俺は一仕事を終えた気分で、身体を横たわらせたのだった。
そんな苦労を経たにも関わらず『四十人の捕虜が脱走した』との話を聞いたのは翌々日の事だ。
川を渡る際、捕虜を幾つかの小舟に分けていたのだが、その全てが同時占拠されたらしい。
自警団に幸い重傷者は居ないものの、軽傷の負傷者は多数との事だ。
「クソッ。大人数ノ捕虜移送ハ、コレガ有ルカラナ」
「川渡しゲームのミスプレイみたいねぇ……」
「ノンビリ考察シテイル場合カヨ」
報告に来た居残り組の自警団員が「申し訳無い」と項垂れているが、彼の責任では無いだろう。
移送を受け持った団員は、負傷者という事もあって顔を出せないらしい。
まぁ仮に怪我が無くても、恥ずかしくて合わせる顔も無いのだろうが。
「シカシ、船ヲ奪ワレタノハ痛イナ。何処ニデモ移動出来ルカラ、追ウニ追エン」
「川岸の大規模な警戒を実施し、かなり離れた下流域で廃棄された船を発見しました」
「となると、ひとまずこの森は安全って事ね」
しかし困った事になったものだ。ギルドを潰す折角のチャンスだったのに。
「またエルフ狩りの馬鹿が来ちゃうわねぇ」
「シカモ俺達ガ、ギルドノ抜ケ穴ヲ知ッテイル事モ、バレル」
今後は彼処に罠を仕掛て一網打尽、という計画も考えていたのだが。
俺の言葉に、フィーオがピコッと耳を動かして反応する。
顔には悪巧みを浮かべている。
あ、嫌な予感。
「二日前に逃げたのなら、まだギルドに戻ってないでしょ」
「ソリャマァ」
「なら、今から抜け穴を通って、エルフ狩りギルドに強襲を掛けましょうよ!」
無茶苦茶を言い出したな、これ。
抜け穴がギルド本部に直接通じている、とでも思っているのだろうか。
どこに行くか分からないし、そもそも案内が居なければ話にならん。
それを知っているはずの四十人は、既に脱走済みだ。
「あ、そうか。マルコは知らなかったのよね」
「ン? 何ヲダ」
俺の批判的意見に、フィーオは笑みを消そうともせず簡単に答えた。
「猫の魔術師が、あと二人だけ個人的に捕まえているのよ。それに案内させましょ」
* * *
猫の魔術師とは、現在もフィーオを狙うエルフ狩りの少年だ。
今は森の居候として、洞窟を根城にその日暮らしをしていた。
「で、エルフ狩りギルドを探す為に、あのアホどもを引き渡せと?」
「アア。ドウセ持テ余シテイルダロ」
「それともアレか? 女の捕虜より男の方が喜ぶタイプか」
俺とヌケサクだけが、彼と交渉するべく洞窟に来ている。
フィーオは身の安全を考えると、このまま小屋には置いておけない。
ピッグとポーク、自警団員にエルフの里まで連れて行って貰う事となった。
「バーカ、俺は超ド級ノーマルだよ。別に渡すのは構わん」
黒いローブを翻して、彼は洞窟の奥へと進んでいく。俺達もその後ろを追った。
この奥は複雑な迷路となっており、一つがエルフ狩りギルドの抜け穴だったらしい。
俺も魔術師も知らず、ただ避難場所や仮住まいとして使っていたのだ。
進んだ先に二体のスケルトンソルジャーが居た。彼が魔術で生み出した見張りだろう。
その奥には、力無く座り込む二人の男の姿もある。
「まぁ実際、残飯処理にしか使ってなかったしな。好きにしろ」
「オウ。コレデ道案内ハ問題無イナ」
「……お前ら、マジでギルドを潰しに行くのか?」
「まさか。本部を発見したら、後は街の自警団に通報して終わりよ」
ヌケサクの言葉に俺も同意する。
犯罪組織とは、犯罪者自身にも恐ろしくリスキーな存在である。
集団となれば露見し易くなるし、そもそも犯罪者ゆえ士気や秩序の維持も難しい。
それでもなお組織化されるという事は、つまり社会的欲求を得て作られる存在なのだ。
仮に潰した所で第二第三の組織が生まれてくるのは、考えるまでも無い。
「街ノ人間、社会ソノモノガ彼等ヲ否定シナケレバ、決シテ潰セン」
「ちょっとは考えているようだな。安心したよ」
魔術師はそう言って、気怠そうに岩肌に手を当てた。
ガコン。
何かが動く音が響いた、と感じた瞬間、俺と魔術師の間に鉄格子が生まれる。
これは、トラップッ!?
「だが、潰されるのは不味い。不味いなぁ。フィーオの賞金が入らなくなる」
「魔術師、貴様ァッ!」
「兄貴、こんな檻ぶち壊しましょう」
ヌケサクの言葉に従い、俺は鉄格子を握って全力で引き絞る。
既に錆びすら見えるのに、ビクともしなかった。
「無駄だよ、魔術でエンチャントしてあるからな」
「クソッタレ」
「おい、卑怯だぞっ。引き渡してやるって嘘で誘き出しやがって」
「嘘じゃないさ。そいつらはお前達のなんでも好きにすれば良いさ」
「ん? 今、なんでも好きにして良いって言ったよね?」
なに興奮してんだよ、このアホは。
魔力の込められた鉄格子は、流石に開きそうに無かった。
「フェアに競争と行こうじゃないか。俺はこれからフィーオを誘拐する」
彼がそう言うからには、そうなるだろう。アホだが魔術の腕は立つ。
俺が居なければ、彼女を守れる奴はこの森だとエルフ族長くらいしか居ないはずだ。
そして、フィーオがそこに到着するまで、あと数時間は掛かるだろう。
絶望的だ。
「お前達は、そいつらを連れてギルドに向かえば良い。間に合った方の『勝ち』だ」
「何ガフェアダ! アノ子ハ、何モ知ラナイダロウガ!」
「ああ、そうさ。俺とマルコ、俺達の間だけにある勝負だ……決着をつけようぜ?」
そう言って魔術師が立ち去っていく。なんてこった。
ともかく、こうなれば行動するしかない。
ヌケサクは、座り込んだままの二人の肩に手を掛けて、引き起こした。
「おい、お前らエルフ狩りギルドの人間だな!」
「は、はいぃ……そうです」
「マズハ、コノ洞窟ノ抜ケ穴マデ案内シロ。出口カラハ、ギルドマデモナ」
怯えきった瞳で、そいつは俺達の顔を見つめる。
意を決して「案内したらギルドに殺されるっ」と断ってきた。
二人の頭を掴んで、ギリッと握り締める。
「ドチラカ一ツナラ、頭ガ砕ケテモ構ワンナ」
「あぁ! 痛い痛い痛いぃ! マルコ兄貴、ギブアップ、ギブアァップ!」
ヌケサクが叫ぶ。あ、間違えた。いつもの癖で、つい。
「ひ、ひぃ。分かりました、案内します、しますから頭を割らないでっ」
迫真の演技をした彼のおかげで、ギルド員は割と素直になったようだ。
うむ、よしよし。ゲロ吐いて倒れてるけど、そこまで演技しなくて良いぞ。
「しかし抜け穴を案内しようにも、俺等は骸骨に囲まれてる訳でして」
ぞんざいに放った俺の掌打と蹴りで、スケルトンの頭部を二つ破壊する。
それらはバラバラと倒れていき「色即是空」とヌケサクが呟いた。
「コレデ案内デキルナ」
* * *
洞窟の抜け穴は複雑だったが、どうやらギルド員にのみ分かる目印があるらしい。
薄暗さに目が慣れれば、確かにそれらしき物は分かった。
岩肌には薄く光る緑苔が生えているが、特定の記号で除草されている。
この記号の形で、どちらに進むべきか判断するようだ。
「コノ道デ良インダナ?」
「へ、へい。ちょい右、そのまま真っ直ぐです。三、ニ、一、ゼロ」
「赤いボタンを」
「前モ言ッタガ、知ランカラナ」
ヌケサクの言葉を封殺し、赤い陽光の見える最後の角を曲がる。
今までの薄暗さとは雲泥の明るさで、瞳が焼かれそうになる。
洞窟の出口だ。
「ひゃー、やっと出られましたね。うわっ、もう夕方ですよ」
そこは森の中であった。だが俺達の居た森とは、少し植物の種類が違う。
人工的に植林されているのだ。恐らく建築資材に使われるのだろう。
「ここがギルドのある森です。で、でも砦になってますが……」
「別ニ攻メ込ム訳ジャナイ。案内シロ」
「無理ですっ。見られたら確実に殺されますよ、勘弁して下さい」
言いたい事は分かる。だが俺も余裕が無いのだ。
二人の内、一人の鳩尾に拳を突き入れた。声も無くぶっ倒れて気絶する。
それをヌケサクに縛らせて、俺は残った一人に振り向いた。
「デ、案内スルカ? ソレトモ、ココデ死ヌカ?」
「あわわわわ」
彼は怯えて答えを変えてくれた。
だが俺は、捕虜虐待に脅迫、恫喝、殺人未遂。
……こりゃ地獄行きかもしれないな。
洞窟からの道順を覚えつつ、俺達はギルドの見える林まで来た。
男の言う通り、かなり強固な砦となっている。
背の高さまで石垣で出来ており、その上は丸太を垂直に立てる事で、壁を林に偽装している。
門は開いているが、恐らく緊急時は簡単に閉じれる仕組みだろう。
周辺には狩人の姿をした数人の男達が、何をするでも無くブラついている。恐らく見張りだ。
「壁はかなり長く続いてますね。こりゃ中は少なくとも二百人以上の規模ですよ」
「オマエハ来タ事ガ無イノカ? 元エルフ狩リダロ」
「俺も、あの魔術師も駆け出しでしたからね。街でブローカーから請け負っただけです」
「ソレモソウカ」
「お願いしますっ。もう解放して下さい。顔を見られたら、本当にヤバイんスよ!」
地面に伏せながら男は泣き出している。
そこまで怖いなら、こんな犯罪ギルドに所属しなければ良かったのに。
「俺にだって事情がある! 金も要れば、人の縁も有るんだ!」
「知らんがな……文句は法律か社会倫理を作った奴に言えよ」
「情状酌量ハ司法ノ場デ訴エテクレ。協力スレバ証言ハシテヤル」
男は、俺とヌケサクの言葉に震えながら歯軋りする。情けない奴だ。
いずれにせよコイツは監獄行きだ。ギルドの場所も分かったし、置いていこう。
伏せて震える男の首筋に手刀を叩き込んで、一瞬で気絶させる。
「こいつも木に縛っておきますね」
「後デ回収スルカラ、アマリ複雑ニ縛ルナヨ」
「ライダーマンくらいにしておきます」
「ソレハ複雑ナノカ、単純ナノカ」
「じゃあ団鬼六で」
そこまでヌケサクが言った時、俺は彼の身体を掴んで無理やり飛んだ。
トトトッと今まで居た場所に弓矢が突き刺さる。
「うわっと!」
「何故バレタッ?」
俺は身構えながら周りの気配を探る。
複数の息遣いと、激しい足音、それに複数の矢をつがう音。
その数、およそ十や二十は軽く越えている。まずいっ。
接近戦なら負ける気はしないが、弓を持たれていると話は別だ。
俺は無事でも、ヌケサクの方が危険過ぎる。
攻撃を回避しながら、俺達はどんどん追い込まれていった。
「縮地デ抜ケルゾッ。掴マレ」
起死回生の為、俺は武闘家の奥義である、瞬間的に移動する技を発動させる。
「おーっと、そうはいかん」
聞き慣れた声がした、と思った瞬間、踏み込んだ地面に足が沈み込む。
くっ、緩いっ! これは、ぬかるみ?
「縮地で逃げられないよう、わざとそこに追い込んだのさ」
複数人が木陰から飛び出して、俺達に弓矢を向ける。
連中の中心には、さっきまで洞窟で一緒に居たあの黒いローブの魔術師が居た。
「貴様……」
「ふっふっふ。今回は俺の勝ちだな、え、オークさんよ」
厭らしく笑い、魔術師が右手をゆっくり正面に向ける。
そして、周りの狩人達に「捕らえろ」と命令した。
「兄貴、どうしますか? イチかバチか」
「ヤメテオケ、死ヌダケダ」
俺は抵抗の意思を消して、両手を上げる。
クソッと言葉を吐き捨てながら、ヌケサクも俺に倣った。
「リュート殿、お手柄ですな。魔術師にしておくには惜しい戦術家です」
「……さっさと縛ってしまえ。ギルドに行くぞ」
狩人と魔術師がそう言葉を交わして、俺達を捕縛する。
暮れていく夕日の中で、俺達はエルフ狩りギルドの捕虜となったのだった。
第三十一話:完
今回だけ一話完結で無く、連作扱いになりました。すみません。
どうしても一話で纏まり切らなくて……難しいですね、小説を書くというのは。
さて洞窟ですが、私はこの地形が大好きでして、観光先にあると結構行きます。
中でも温泉で「洞窟風呂」とかあったら、もう二時間くらい入浴してたり。
こう子供心を刺激するフレーズが「洞窟」という文字列にはありますな、はい。
それでは、楽しんで頂けたなら幸いです。ありがとうございましたっ!




