第二十八話:馬に乗ろう
「最近、首の無い騎士の幽霊が出るんですよ」
「ふんごー(え? ブロッケンな奴っすか?)」
小屋で晩飯中、ヌケサクがそんな事を言い出した。オークのポークが話に乗るべく言葉を重ねる。
「いや、別にベルリンの赤い雨とか政治的にギリギリセーフの技を使ったりしない」
ガバガバアウトだな、それは。
俺はそう考えながらも、別に口を挟むつもりは無かった。
こいつらの妄想と付き合っていたら、どんどん頭が悪くなるしな。
「こないだの夜、ちと所用で森の奥の畑に居たんですけど、そこで馬の嘶きが聞こえましてね」
「ふんごー(ああ、畑ってマンドラゴラ・ホテルですな)」
ヌケサクのフィアンセが居る所か。
彼自身は人間だが、相手はドリアードな辺り種族を超えた愛と言えよう。
なおマンドラゴラは二人の子供である故、もはやフィアンセというレベルの関係では無い気もする。
「あの辺りって侵入者対策に柵を作ってるじゃない。どこから入ったのかしら?」
と、これはフィーオの疑問だ。
エルフの少女は眉を八の字にして悩んでいる。
彼女なりに、友達であるマンドラゴラたちの心配をしているのだろう。
「いやまさにその疑問を感じ、ちと様子を見に行ったんです」
「フム。デ、ドウダッタ?」
俺が促すと、ヌケサクはやけに明るい声で話を続けた。
「すると馬に乗った首の無い騎士が、俺を見てボーっと立ってるんですよ。イヤですよね、あはは」
「……デュラハンね」
「デュラハンダナ」
「ふんごー(兄貴、それ見たら死の宣告される奴っすよ)」
デュラハン。これは厄介なアンデッド・モンスターである。
首を脇に抱えて、出会った者の死を予告して去っていくのだ。
予言というよりは「呪い」の性質を持ち、往々にしてデュラハン本人が近日中に命を奪いに来る。
明るく笑っていたヌケサクは、途端に真顔で呟き出す。
「……俺、死ぬのかなぁ」
「やっちゃったわねー、アンタ」
フィーオがさも興味無さげに言って、彼の座る席よりガタガタと移動して距離を置く。
ほんと、この子は自分の事しか関係無いのな。
と思ったら、ポークもこっそりヌケサクから離れていた。
どいつもこいつも。
「兄貴ぃぃ、なんで小屋から出て行こうとしてるんっすかっ」
「イヤ、チョット夜ノ散歩デモシヨウカト」
俺が小屋の扉に手を掛けた途端、それが勢い良く開かれた。
手を掛けただけで、俺は全く押していない。
扉の向こうには、漆黒の騎士が物も言わず立ち尽くしていた。
「ぎゃーーー!」
ヌケサクの叫びにも反応しない。そもそも喋れるはずは無い。
その騎士には頭が無かったからだ。
「うわっ、本当に来ちゃったわよ。ヌケサク、君に決めた!」
「イヤっすよっ。俺、死ぬじゃないっす。もういい戻れって言って下さいっ」
縋り付こうとするヌケサクに、フィーオがジト目のまま蹴り倒す。
「ふんごー(さらばっ、進めっ、ヌケサク兄貴!)」
「そのキャッチコピー、パチモンの方だからな」
「ふんごー(行け、ヌケサク兄貴……行けぇ! 行かんかぁあああ!)」
「勢いで俺を殺そうとするな」
なにやら小屋の中では命惜しさの連中でテンヤワンヤだ。
無論、俺とて命は惜しい。
「命令ダ、死ンデクレ」
「失敗したら死ぬだけなのは納得出来ますけど、そればっかりは無理っす!」
「ナラバ仕方無イナ」
俺はデュラハンに向き直った。
そいつは左手に桶を持っており、そこには血が満杯に入っていた。
これを掛けられた相手が、死の宣告を受ける事となるのだ。
「悪イガ、ココマデダ」
拳を握って、俺はデュラハンに殺気を向ける。
すると、それまでピクリとも動かなかったデュラハンが、初めてぎこちなく右腕を上げた。
そこには、彼が持っているべき自身の頭が、無かった。
『あのー、うちのアタマ知りませんか? 三丁目で無くなったんですが……』
無くしたのかよっ。
どこから声を出しているかは知らないが、とにかくそんな事を言い出しやがった。
「三丁目って、ここは森の中だから住所なんて無いわよ?」
『はわわ~、また迷子になってしまいましたー』
もしデュラハンに顔があれば口元に当たる場所へと、両手を当てて慌てる様子を見せた。
おいおい、マジかよ。
「ふんごー(今日日、はわわってアリっすか? 十周回って嬉しくなりますよ)」
「………」
「あ、先輩メソッド。私は幼馴染派ね。アニメでやたら正妻ヅラしてるのも堪らないわ」
バカどもの言葉は無視し、俺はデュラハンに対しての構えを解いた。
どうやら、別に俺達が目的じゃないらしいしな。
「ソノ住所ハ分カランガ、誰ニ会イニ来タカ分カレバ対処出来ルカモシレンゾ?」
『は、はいっ。えーと……』
デュラハンは死の宣告をするべき相手の名前を述べるが、聞いた事も無い。
どうやら、本格的に迷っているようだった。
「ふんごー(知りませんねー。てかアンタ、もしかして女の子?)」
『えっ。そうですけど』
「もしかしたら鎧の何処かに挟まってるかも。ちょっとキャストオフしてみようか」
アンデッドに欲情するなよな、頭も無いし。
だがデュラハンは「はいっ。調べて下さい」と素直に脱ぎ出したので、俺とフィーオが止める。
「ダメよ、デュラちゃん。もっと身体を大切にしないと。見せるならチラリズムが大切ね」
「オマエ達ハ、デュラハンニ何ヲ求メテイルンダヨ」
「いいよいいよー。ちょっとニコって笑ってみようか」
『んと、こうですかー? にぱー』
「ふんごー(顔無いから笑ってるか分かんねっす)」
いや知ってるだろ、顔無いの。真剣なアホかよ。
いつまでもアンデッドが門前に居られても困るし、俺は丁重にお帰りを願う事にした。
「マルコ、そんなの可哀想じゃない。困ってる人は助けるべきでしょ?」
「助ケルッテ言ワレテモナ」
『いえ、そんな……ご迷惑をお掛けしてもいけませんから……えぅ~』
「頭無イカラ、泣カレテモ嘘泣キニシカ思エナイヨナ」
困っている、か。
助けてやるしかないんだろうなぁ、やっぱり。
『うぅ、私の顔、サッカーボールみたいに蹴られてたらやだなぁ』
「ふんごー(ああ、蹴鞠やサッカーの起源論)」
「ボールは僕の強敵さっ、って言葉は案外に外して無いんだよな、実は」
やめろやめろ、デュラハンがドン引きしてるから。
* * *
門前に血の桶を置かせて、俺は小屋にデュラハンを招き入れた。
ヌケサクとポークは居ても役に立たないので、早々に追い出している。
『では、お邪魔しますぅ』
表では彼女の乗ってきた馬が、大人しく座り込んで眠っていた。
馬にしては物凄いリラックスしてるのは、やはりアンデッド故の危機への余裕からだろうか。
「ソレデ、イツ頃ニ無クシタンダ?」
「移動時間と速度と方角が分かれば、落とした場所も推測できるもんね」
俺とフィーオの質問に、デュラハンは悩みながら答えていく。
『確か、今日の朝はあったと思うんですぅ』
アンデッドが昼間に闊歩してるんじゃないよ。
まぁいい。俺は歩いた方角や距離を聞いて、大体の推測を立てた。
「恐ラク、ヌケサクノ畑ノ辺リダナ」
「わぉ。じゃあゴラちゃん達の所ね。あの子達が見つけてるかもしれないわ」
ゴラちゃんとは、彼女の友達であるマンドラゴラの名前だ。
植物モンスターなので、父親に当たるヌケサクの畑で寝起きしている。
姉妹の多い彼女達に聞けば、見つかる可能性は高いだろう。
「明日になったら聞いてあげるよ。でも、なんであそこが三丁目なの?」
『マンドラゴラの声でぽっくり逝くから、地獄の三丁目として最近熱いんですよ』
「犠牲者ハ誰ダヨ、ソレ……」
もしかしたらエルフ狩りの人間が、迂闊に触って倒れているのかもしれないなぁ、あそこ。
「ジャア、明日ハ早目ニ動くクカ」
『あ、でも私、昼間はあんまり……太陽でお肌が傷んじゃうし』
「頭ネェダロ。テカサッキノ話ヲ聞クト、昼間ニ出歩イテタジャネェカ」
「女の子だもん。深刻よね、その理由。分かったわ、じゃあ今から行きましょう!」
本気かよ、それ。
だがフィーオは冗談を吐いてなど居なかったのだった。
一頭の馬の背に、俺とフィーオとデュラハンが乗っている。
身体の大きい俺が乗っても平気か、と聞いたら「TV版なら大丈夫です」と謎の返答。
「Gファイターは流石にちょっと無茶って訳ね」
『でもZZの構想が「単独でのGアーマー運用」なんだから、TV版が史実じゃないとおかしいんですよ』
「つまりZZが黒歴……」
『やめて! それ以上、いけないっ』
なんでこの森に来る奴らって、こう妄言が多いんだろう。
頭の後ろの騒音に馬は文句も言わず、パッカパッカと進んでくれていた。ありがたい話だ。
やがてマンドラゴラ・ホテルという名の畑の傍まで辿り着いた。
既に真っ暗闇だ。オークやエルフは多少の夜目が利くものの、それでも視野はほぼ無い。
『皆さんには暗過ぎますね。じゃあ鬼火で照らしてみます』
そうデュラハンが言うと、俺達の周りにポヤポヤと赤い火の玉が浮き上がった。
ふむ、これなら周りが見通せるな。
「時計回りしてくるから気を付けてね。リング無いし触ると即死よ」
『あ、この子たちは弱いですよ。仲間呼びまくるだけで、経験値もくれないし』
なんなんだよ、オマエラ。
呆れながら進むと、いよいよマンドラゴラ達の畑を守る為の柵に至る。
すると、そこにフヨフヨと何かが浮いているのが見えた。
「アレ、頭じゃないの?」
『あっ! 本当だっ、私のアタマですぅ』
お、見つかったのか。
マンドラゴラ達の手を借りるまでも無かったな。寝ている所を起こさずに済んで良かった。
……よく考えたら、こんな夜中にアイツラの悲鳴を聴きたくは無い。やれやれ、助かった。
『アタマちゃーん。やっと見つけたぁ』
浮いている頭が、こちらに振り向いた。なかなかの美女顔じゃないか、生首だけど。
『……カラダちゃんか』
それは寂しそうな声を出した。はて、嬉しそうにしていないな。
俺とフィーオは馬から下りて、その様子を見守る。
『私を捨てておいて、新しいパートナーとお散歩かしら? いい気なものね』
『えっ……違うよ、柵を越える時にアタマちゃんが引っ掛かっちゃうから』
『まるで私が悪いみたいじゃない! カラダちゃんが大事にしてくれないからでしょ!』
なんか思っていたのとは、違う状況になって来た。
明らかに痴話喧嘩が始まっている。
『必要になったから戻ってこい? 私は、そんな都合の良い頭じゃないわよっ!』
『そんな、アタマちゃんだって、私の身体だけが目的なんでしょ!』
うん、なんとなくコイツラのノリは分かった。
そして俺は無言で前に出る。
「喧嘩シテモ始マラン。トニカク、頭ニ戻レ。デナイト、俺達モ帰レン」
『ちょ、ちょっとマルコさん。そんな言い方……』
『良い度胸してるじゃない、オーク風情が。デュラハンを怒らせたらどうなるか』
アタマが加速し、俺の横を駆け抜ける。
咄嗟にサイドステップして避けると、俺の後ろにあった木に風穴が開いていた。
メキメキと倒れる木を背にして、アタマが吠える。
『その身体に思い知らせてやる、死ねぇー! 全滅だぁっ!』
『気を付けて! アタマちゃんは風より早いけど、スピード違反じゃないわ』
誰が決めたんだよ、その違反か否かの境目。
アタマは良いながら、空中を恐ろしい速度で旋回しながら俺に突撃してくる。
「マルコ、なんとかしなさいよ。ババンバンッて倒して大人しくさせなさい」
「ソウ言ワレテモナ」
『やめてアタマちゃん、OPテーマが私なら、EDは貴方のテーマよ! 私は貴方、貴方は私なのっ』
『アタマのテーマなのに、歌詞に「あたま」の一言も無いEDなんて、私は求めていないっ』
『私よ、死ねぇぇぇっ!』
なぜか小首を傾げつつ、フィーオが俺に声を掛けた。
「どうして平仮名なんだろうね?」
「知ルカァー!」
間一髪で突撃を避け続けてはいるが、俺だって余裕はそんなに無い。
流石は凶悪で名高いデュラハンである。真面目に強いぞ、これ。
反撃の糸口も掴めぬまま、俺は森に隠れた。
『出てこーい、オークゥ。貴様も武闘家ならば、自分の体で戦えぇ!』
「オマエ体無イジャンッ。頭ダケダロウガ!」
『そこかっ!』
頭が突撃してくる。おそらく直撃コースであろう。回避不能だ。勝負を焦った。
それが彼女の、アタマの敗因である。
森に隠れた俺の手は、畑に埋まったマンドラゴラを掴んでいたのだ。
俺は両耳に耳栓をして、片腕で一気にマンドラゴラを頭上高く引き抜いた。
加速してしまった彼女に、もはや急停止は不可能である。
『ビシュゥウウウウウウンヌゥゥゥ!』
『きゃあああー、耳がぁー!』
マンドラゴラの悲鳴が直撃し、アタマは地面に墜落した。
よし、トドメの一撃を……。
『待って、待って下さいマルコさんっ』
そう言って、デュラハンのカラダが覆い被さってアタマを守る。
俺はマンドラゴラを埋め直してやりつつ、彼女の言葉の続きを促した。
「ソイツハ危険ダゾ」
『私が間違っていたんです。自分の身体ばかり大切にして、アタマが悪い事にして誤魔化して』
『カラダちゃん……』
真面目なんだろうけど、どう聞いても「自分が馬鹿だ」と言ってるようにしか聞こえんな。
『……分かったわ、カラダちゃん』
『アタマちゃんっ』
『合体しましょうっ!』
『ハイっ!』
二人はやたらテンションを上げつつ、遂にカラダは小脇へとアタマを抱えたのだった。
「喧嘩をして傷だらけのハートも、こうして広げたまま闇夜を駆けるのね」
「何ヲ綺麗ニ纏メヨウトシテルンダ。テカハート広ゲテドウスル」
「ごめんキミコッ、もう逢えない! みたいな感じじゃない?」
無視。ともかく、これで仲直りしてくれたようだ。
やれやれである。
二人で積もる話もあるだろうし、俺とフィーオはこっそり小屋へとも帰るのだった。
* * *
翌朝、朝食の準備をしていると、再び入り口にデュラハンがやって来た。
『あ、死の宣告じゃありませんよ。昨夜は大変お世話になりまして、そのお詫びに』
「別ニ構ワンサ。モウ喧嘩スルナヨ、テカ無クスナヨ」
『はいっ。ありがとうございます』
まぁこれでデュラハン騒動も終わるだろう。
俺としてはヌケサクを連れて行って貰えた方が嬉しいのだが。
「ソレデ、結局ドコニ向カウ予定ナンダ?」
『はい、マンドラゴラの畑の傍にある、ロバの穴ですね』
……。
はて、何処かで聞いた覚えの有る話だ。
『穴から出ないとそろそろ死んじゃうし、死の宣告して連れて来いって冥王様が仰るので』
「ソイツ、モシカシテ、魔術師?」
『はい、そうですよ』
「川ノ流レトカ操ッタリスル?」
『えーと、資料にはそうあります。お詳しいですねー』
あぁあああ! わ、忘れてたぁぁぁ!
そうだ、エルフ狩りの魔術師を穴に落としてから、ずっと回収してなかった!
やべぇ、死んじまう。
「マ、マダソイツ大丈夫カッ?」
『今日のお昼頃には死にますね。だから、これから向かおうかなっと』
「待ッテ、俺モ連レテ行ッテクレッ」
その後、俺は穴から魔術師を救い出して、なんとか一命を取り留めさせた。
デュラハンとしては死の宣告前だったので、別に回収せずとも構わないらしい。
……危うく殺人犯になってしまう所だったぜ。
「彗星かなぁ。いや、違う。違うなぁ。彗星はもっとパァっと光るもんなぁ」
まぁ助けた魔術師は、ちょっと危ない感じだったけど。
命あっての物種であろう。めでたしめでたし。
第二十八話:完
第十八話のチンピラ魔術師の再登場、そしてさようなら……暴力は、良くない。
牧場で馬に乗った事ありますが、馬の血管がやたら太くて暖かくて怖かった思い出です。
でも今回の馬はアンデッドだから、ひんやりしててこの時期には良いかもしれませんねぇ。
それでは、楽しんで頂けたなら幸いです。ありがとうございましたっ!




