第二十五話:雨宿りしよう
口さみしい、そんな時は山グミを食べると口の中がスッとする。
かなり酸味の強い木の実だが、食べ慣れると奇妙な事にこの酸っぱさが癖になるのだ。
俺は果肉の部分をムグムグと食っては、ペッと種を吐き出す。
「もう下品なんだから。マルコはもっと教養を身につけるべきね」
そう言ったのは、エルフ少女のフィーオだ。
彼女は二房を一度に頬張ると、目をきゅ~っと硬く閉じて強い酸味に耐える。
口の中に残る種を掌にちょこんと出して、森の小道の袖へとばら撒いた。
「俺ノ仕草ト、ドウ違ウンダ」
「ワンクッション置いてる分、エレガントでしょ?」
俺は曖昧な返事をして、再びグミを頬張る。
実にのんびりとした時間の流れだ。
だが、まだ昼間だと言うのに空は薄暗く、一雨来そうな様子である。
「嫌だなぁ。雨が降ったら地面がぬかるんじゃうよ」
「出来レバ、持ッテ欲シイノダガ……」
俺の言葉を待っていたかの如く、頭上の木々の枝から「じゃっじゃっじゃ」と音がした。
既に雨は森の木々に強く降り注いでいるようだ。
間も無く、木の葉を伝って小道も雨水で濡れてしまう事だろう。
「ちぇ。マルコが縁起悪い事を言うから、降ってきちゃったじゃない」
元々、天気の話を始めたのはフィーオだったが、そこを指摘しても始まらない。
俺はフィーオをヒョイッと掴んで、肩車をして走り出す。
「サラマンダーより、ずっとはやーいっ」
「ソンナ事ヲ言ッテルト、タンスノアレヲ食ワスゾ」
ゴンッと、フィーオは俺の頭を拳で殴って来やがった。なんて非道な女だ。
俺が不満げに視線をフィーオに向けると、今度は俺の胸を踵で叩いてくる。
「マルコ、どっち向いてるの。キョロキョロしないで、前向いて走れー」
振り落としてやろうかな。
「てか小屋まで距離あるけど大丈夫なの」
「楽勝ダ」
一人暮らしをしていた頃は毎日、樽を片手に川まで水汲みへと行ったものだ。
フィーオ一人を肩車して走るなど、トレーニングにもなりはしない。
とはいえ地面はぬかるみを持ちつつある。この調子で走るのも危険だろう。
「仕方無イ。雨宿リヲスルカ」
「そんな良い場所があるなら、さっさと行きましょうよ。服が濡れちゃうよぉ」
* * *
今日の雨は、なぜか肌にやたらピリピリと突き刺さる気がする。
早く雨宿りせねばと、それを出来る洞穴までやって来た。
この森は山など無いが、小高い丘ならば幾つも点在している。
天然の小洞窟は、こういう時の避難場所として役立つのだ。
「ここが、あの女のハウスね」
「誰モ住ンジャ居ネェヨ」
「気配がするわ、卑しさと貧しさと心細さとか。まるで監獄のような」
フィーオを降ろして洞窟に近付くと、俺の記憶にある景色と明らかに違った。
洞窟の前に小さなカマドが作られており、その傍には食器が乱雑に積まれている。
木々には紐を渡らせて黒い色の服や外套が干され、長期的な滞在を感じさせた。
「居ルナァ、先客」
「わー、適当に言ってただけなのに、もしやのネガティブゾーン説が的中?」
「知ラン。ダガ俺ノ背中ニ隠レテイロ、フィーオ」
「え、なんでよ」
この森で黒いローブを着る者はただ一人、彼女を付け狙うエルフ狩りの魔術師だけだ。
何も起きない内にここを去るという考えも頭をよぎったが、雨宿りは是非したい。
酸性雨でも降っているのか、濡れるだけでも結構な刺激だ。
「うへー。また戦いになるの? 野蛮だなぁ」
「マァ、話セバ分カルダロウ」
俺はフィーオを背中に連れて、洞窟の中へと入った。
薄暗かったのは入った瞬間だけで、すぐに視界がクリアーになる。
「にゃーん」
「あっ、銀色の猫だっ。こんな所に住んでたんだー」
猫の鳴き声が壁を反射して、フィーオの耳に届いた。
トットットッ、と身の軽い音を残しつつ、猫は彼女の足元に擦り寄る。
フィーオが嬉しそうに抱き上げると、猫はゴロゴロと喉を鳴らした。
「甘えてくる、甘えてくる。私の事を覚えてたのかな」
「カモ、シレナイナ」
「ゴロゴロ~」
フィーオは知らないが、コイツは魔術師の使い魔だ。当然、人の言葉を理解する。
しかも猫の獣人に変身して戦う事も出来て、その腕前は俺と互角以上だろう。
今はフィーオの胸で甘えているが、その姿に騙されてはいけない。
「もう食べようとしたりしないから、幾らでも甘えてくれていいよー」
「ウ、ウニャッ?」
おー、困惑しておるな。
この猫と初めて逢った時、彼女は捕獲して食べるつもりだったのだ。
猫の余裕ぶった顔色が、初めて恐怖に歪んだ。ハハッ、ざまぁないぜ。
「サテ、コイツガ居ルナラ、魔術師モ確定ダナ」
洞窟の奥は結構深く、別の所に繋がっている事を俺は知っている。
もし仮の住まいとするならば、あまり奥に行く事は無いだろう。
俺は壁の光を頼りにして一歩踏み出した。
「ギニャーーッ」
「ムゥ、警戒音トラップカッ?」
足元のグニッとした踏み応えを感じ、何度も何度も踏みにじる。
「あぁづぁあああああ! ニ、ニコルゥゥゥ!」
なんか種割れしそうな悲鳴だな。
面白いからもう二、三回は叫ばしてやろう。いや、四週連続ってのも。
「マタ踏ンダラ大変ダ。念入リニ踏ミ潰シテオコウ」
「ノォオオオオッ!」
「ふぎゃーーーっ」
「イテテッ、引ッ掻クナ」
猫が俺に飛びかかって、胸をガリガリと爪で攻撃してくる。
その猫の表情が「これ以上やったら殺す」と語っていた。
いやまぁ、魔術師を踏んでいるのは一発目で気付いてたけどな。
「マルコォ、このクソ野郎っ。寝ている時に急所攻撃なんざ人間のする事じゃねぇ!」
「オーク族ダ」
「言い逃れすんなっ……ってうわぁっ!? なんでオマエ、俺の洞窟に居るんだよ」
魔術師が慌てて、傍にあった杖を拾った。魔術を行使する為の媒体だろう。
今、彼は上半身を裸にして、ズボンと粗末な布だけを羽織っていた。
いつも深く被ったフードで隠されていた顔も、今はハッキリと顔立ちが分かる。
「あっ、くそ。俺の顔を見やがったな」
「以前ニモ見タヨ。ガキノ癖ニ、エルフ狩リナンテシテンジャネェ」
顔を布で隠すも、彼の正体は既に明らかだ。
まるで女みたいな顔立ちをした少年は、コチラを睨んで威嚇している
「ふんっ。説教をしに来やがったのか。ふざけやがって」
「イヤ、雨宿リダ。コノ洞窟ノ存在ハ知ッテイタガ、オマエガ住ンデイタトハナ」
「にゃーん」
猫が魔術師の被る布に潜り込んだ。腰のあたりでモゾモゾしている。
一見、懐いているだけに見えるが、この猫は知能を持つ女の獣人だ。
「なんだクィーン、怪我の心配してくれてるのか? くすぐったいよ」
……セクハラだな。
自分の手から逃げ出した猫を追ってか、フィーオも洞窟の奥に入って来た。
「ありゃ。その子、あんたの飼い猫だったの?」
「エルフ……か」
フィーオは初めて見る誘拐魔の顔をしげしげと眺めてから、俺の背に隠れた。
だが興味は尽きないのか、顔だけピョコンと出して魔術師に声を掛ける。
「この嫁泥棒」
「人を乱世の奸雄みたいに呼ぶな」
「やめてよね。本気で喧嘩したら、君がマルコに敵うわけないでしょ?」
「人を乱世の奸雄みたいに呼ぶな。無礼過ぎるだろ、オマエ」
奸雄かどうかは知らんが、猫を取られてフィーオはご機嫌斜めのようだ。
ともかく、俺達はここで一休みしたい事を告げる。
魔術師は頭を何度か掻くと、ウザったそうに頷いた。
「あーもう、好きにしろよ。てか雨降ってんなら、服を仕舞わねぇとな」
「それなら私が洞窟に入れておいたわよ」
視線を入り口にやると、確かに干してあった衣服が岩の上に積まれているな。
「むっ。そ、そうか。ありがとう」
なんだ、意外と素直な所があるな。
魔術師の腰から猫が顔を出し、得意げな視線を俺に送る。
使い魔の癖に、まるで魔術師の飼い主みたいな事をする奴だ。
「はぁ~? 聞こえんなぁー」
「ありがとうっつったんだよ、このクソエルフッ」
「かしこみかしこみっ、もう一声っ!」
「あーりーがーとーよーっ」
猫のドヤ顔を見下ろす内に、なぜか白熱の勝負が始まっていた。
うん、全くの同レベルである。本当に子供なんだな、この二人。
これからは殴る時、ちょっと手加減してやろうと俺は密かに思うのだった。
* * *
洞窟は入り口にやや傾斜がある。かなり強い雨でも浸水して来ないだろう。
安心して寝転がるフィーオの身体の下に、俺は持ち歩いていた荷物袋を敷いてやった。
中身は抜いてあるが、これでも随分と寝起きの身体は楽になるのだ。
「結構入り心地が良いわね。極楽、極楽」
袋の中に入っちゃったのは、予想外だったが。
水筒から水を飲みつつ、ゴロゴロと転がっている。だらしない……。
「なかなか止まないねー」
「ウム。テルテル坊主デモ作ルカ」
言いながら俺は荷物から布切れと紐を取り出す。
だが手足が妙に痺れて、何度もポロポロと取り落とした。
「武闘家の癖に不器用じゃねぇか」
「チョット疲レタダケダ」
「……ふーん」
魔術師の視線を無視し、俺は布の中央に小石を包み、紐を括って完成させた。
雨合羽を着た子供みたいな姿となったそれを、洞窟入り口の突き出した岩肌に吊るす。
「それなーに? クレクレー」
「おいタコ壺女。なんでも取ろうとするんじゃない」
袋から延ばすフィーオの手を散らし、魔術師がてるてる坊主を守った。
てるてる坊主は、これを飾っておくと雨が止み易くなるおまじないである。
「そんな迷信、誰も信じませんよーだ」
「信ジレバ雨ガ止ムゾ?」
「雨なんて前日の気圧配置と雨雲の前線で決まるもん」
この子から夢を奪ったのは誰なんだ? 情緒の無い教育って恐ろしいな。
「ふざけるな、てるてる坊主は効くぞっ」
彼は手元にあった布切れで、自分でもてるてる坊主を作っていた。
「昔、師匠が良く作ってくれたのさ。魔術試験がある前日の夜とかにな」
おまじないに意味があるかどうかは、作った者と受け取った本人たちが決める。
宿された意思をどう受け取るか、その為のコミュニケーション手段だ。
「優シイ師匠ダ。サッサトソイツノ所ニ帰レバドウダ?」
「無理だよ。師匠は今、投獄されてるからな」
魔術師はてるてる坊主を入り口に飾りながら、そう寂しそうに言った。
顔に「へのへのもへじ」まで描かれている。なにげに手馴れてるな。
洞窟から雨空を見て、少年はため息を吐いた。
「その釈放に必要な金が、エルフ狩りギルドの付けたそいつの賞金額とほぼ同じなのさ」
「……ダト思ッタヨ」
言葉に師匠への敬愛か、それ以上の感情を強く感じた。
何度も痛い目に遭いながらも、森に居てフィーオを狙い続けるわけだ。
「べーっだ。お金が欲しいなら、ちゃんと働いて貯めなさいよ」
「尤モダ。幾ラ粘ッテモ、コノママジャ師匠ハ解放サレンゾ」
「……無理だ。まともな手段じゃ稼げる額じゃない」
「ナラ、刑ガ終エルノヲ待ツノミダ」
俺がそう正論を言っても、彼は納得しまい。
当然、俺を呪い殺さん勢いの視線で、殺気を送り付けてくる。
「怖イナ。睨ムナヨ」
「聞いてなかったか? 俺は金が居るんだ。それもはした金じゃねぇ」
そう言いながら、魔術師が杖を引き寄せる。
おいおい、まさかここで魔術を使うつもりかよ。全員黒焦げになるぞっ。
「悪いが、このエルフ娘は渡せねぇんだよ」
杖を軽く振るその仕草、それはファイアーボールなどの攻撃魔法では無い。
離れた所にある物を引き寄せる初級魔術か。
魔術師は杖を洞窟入り口に向けると、その魔術を発動させた。
「テレキネスッ」
言うが早いか、洞窟入り口から「ぐぉっ」という悲鳴が聞こえた。
誰だ? 俺は立ち上がろうと床に手を当てて……。
そのまま全く動けなかった。
「ナ、ナニィ? コレハ……」
「マルコォ、私、動けないぃぃ」
さっきてるてる坊主を作ろうとした時も調子は悪かった。
だが、これは、完全に身体が痺れてしまっている。身じろぎもとれない。
そんな俺達を見て、魔術師は鼻を鳴らして笑う。
「フンッ。気付いて無かったのか? 身体の不調に」
「ナンダト?」
「お前ら、麻痺の魔術を掛けられていたんだよ」
そんな馬鹿なっ。
いつそんな余裕があったというのか。ずっと会話をしていたんだぞ?
俺は魔術師を驚愕して見ると、彼は「違う違う」と杖を左右に振った。
「俺じゃない、犯人は……入り口で倒れてるアイツだよ」
魔術師の言葉に従い、なんとか苦労して視線だけをそちらに向ける。
すると、そこには水色のローブを着た男が倒れていた。
アレが犯人だと?
「あんたら、外で浴びた雨に違和感無かったか?」
「違和感? ソウ言エバ、肌ニ刺サルヨウナ刺激ヲ……ソウカッ」
「気付いたようだな、マルコ」
顔から冷や汗を流すフィーオは、まだ良くわかっていないらしい。
「雨ダ。アノ雨ニ魔術ヲ通シテアッタノカ」
「気象操作は困難だ。だが、雨にパラライズ・クラウドを忍ばせれば……」
全身の麻痺を誘発させる魔術、パラライズ・クラウドは文字通り霧の魔法だ。
敵はこちらの認識できない位置、即ち木々の枝より上空でそれを発動させたのだろう。
そして麻痺効果を与えられた雨粒が、間接的に俺達へと降り注いだ。
「結果、効果は弱まった。だが充分に濡れたオマエラは、遅れて麻痺に掛かったのさ」
「クソッ。ナンテコッタ」
「うぅー、うぅー」
袋の中でフィーオがジタバタと足掻くも、芋虫が這う事も出来そうに無い。
「ぐぐぐっ、このてるてる坊主、石で出来てやがったか」
入り口の男が頭を押さえて立ち上がる。
その手には、恨めしそうに握られたてるてる坊主がある。
なるほど、テレキネスであれを青いローブの男にぶつけたのか。
「そろそろ痺れた頃合いと思って覗いたら、まさか魔術師仲間が居たとはな」
「仲間じゃない」
「仲間デハナイ」
「仲間ぁ~? 目にハエでも飛び込んでんじゃないの、アンタ」
「にゃーにゃー」
一斉に否定する俺達の言葉に、ローブの男はやや面食らったようだ。
それでも頭を振って正気に戻ると、今度は真面目な表情に戻っている。
「仲間だろうが何だろうが、纏めて痺れさせれば同じ事よ」
麻痺使いは杖を振りかざす。途端に洞窟内で奇妙な霧が立ち込め始める。
まずい、奴は瞬間的にパラライズ・クラウドが使えるのかっ。
「ひゃーっはっはっ! これでエルフは俺のもんだっ! 金だ、金だ、大金だぁ!」
口から唾と泡を飛ばし、男が見苦しく叫び狂う。魔術師はそれを冷たく見下していた。
その姿は、まさに悪鬼か下衆だ。だがヤツの魔術は凶悪なのも事実だ。
このままでは全員が麻痺してしまう。
「ファイアーボール……」
おいおいおいっ、こんな狭い所でそんな物を使うなって!
だが灼熱の火球を完成させてしまった魔術師は、それを掌の上に存在させる。
そして寝転がるフィーオの手から水筒を奪うと、火球へと一気に降り注がせた。
途端、蒸発して湿気を持った熱波が洞窟を駆け抜ける。
それによって、あっという間にパラライズ・クラウドが消滅した。
「なにぃぃっ!?」
「熱い水蒸気で霧を吸収させ、外気温との急激な温度差で洞窟内に気流を生んだのさ」
仕組みを説明してやった魔術師が、かなり小さくなった火球を麻痺使いに向けて放つ。
これならば、奴の身体だけが被害に遭う程度の火の強さだ。
驚愕の表情を浮かべたままの麻痺使いの首元に、少年の放った炎が直撃する。
「ぐあぁあ! 死ぬぅぅぅ」
「ったく、口ほどにもねぇな」
炎は生き物のように男の口に巻き付くと、その周囲の酸素を燃焼させた。
酸欠となった男は、金魚の如く口をパクパク動かし、やがて白目を剥いて倒れるのだった。
青いローブの襟元を赤い炎で結ぶその姿は、まるでてるてる坊主だ。
「へっ。雨を上がらせないと、首切って川に流してやるぜ」
その炎は人体を焼かないのか、ヤケドなどは無いようだ。
しかし、麻痺使いの天気に対する責任は重大であり、命の無事を安心するのは随分先になるだろう。
* * *
夕飯の時間になる前には、俺とフィーオの痺れは回復していた。
天気もすっかり機嫌を直して、赤い夕焼けを空に浮かべる。
「今回はヤバかったねぇ、マルコ」
「アア。魔術師ガ居ナケレバ不味カッタ」
毒や傷の耐性は自信がある、というかほぼ無敵だが、魔術の痺れは良くない。
オーク族は生まれつき耐魔力が致命的に低いのだ。
恐らく、俺は何も出来ないままフィーオがさらわれるのを見ていた事だろう。
「そのまま石像になっちゃえば、大富豪に買われるかもしれないよ?」
「スグ捨テラレルジャネェカヨ」
軽口の言える程に回復したのは喜ばしい。
結局、あの後も魔術師はフィーオを奪おうとはしなかった。
奪わない理由をのらりくらりと言い訳している間に、俺達の痺れが取れたのだ。
「マ、理由ハ何トナク分カルガナ」
「そうなの?」
あの麻痺使いの見苦しさ。オーク族の俺から見ても、なかなかのクズだ。
そんなものと協力して誘拐を成功させるなど、彼の美学が許さなかったのだろう。
あるいは「この生活を終えるのが惜しい」と考えてくれた、かもしれないがな。
「あの子が師匠さんを助けたいなら、なんとかしてあげたいかな」
「……ソウダナ」
「でないと、いつまでもストーカーされちゃうしねっ」
俺は荷物からヤマグミを取り出して、口に投げ込む。
表面は酸っぱく、中は大きい種で殆ど食える実など無い。これは『食えぬ実』なのだ。
それでも癖になる味だから、ついいつも収穫が楽しくなってしまう。
あの魔術師にとって、フィーオは食えぬ実なのか、それとも……。
いずれにせよ、この子を摘ませるワケにはいかないがな。
「でもあの猫の飼い主だったなんてなぁ。クィーンって名前なんだって、猫の名前」
知ってた? と俺に聞いてくるが、そんなの知るはずもない。
魔術師に色々とせがんで個人情報を聞き出す中で、初めて猫の名前が出て来たのだ。
「また会いたいなぁ、クィーンちゃん」
おお、動物への愛情に目覚めつつあるようだ。良い傾向である。
それもこれも、猫のクィーンと魔術師のおかげだなっ。
……。
「アレ? アイツノ名前ッテナンダッケ?」
「えっ。えーっと確かロイ・マスタ……」
「ソレハ無イ」
「チャンチャン……」
「口カラ火吹イテネェヨ」
なんてこった。
俺達の中では、猫未満の興味しか持って貰えて無いんだな、魔術師の名前って。
「超金属スーパージャ……」
「ソレ燃ヤサレル方ダカラナ」
ヤマグミの種を森に吐き出して、俺たちはちょっとした罪悪感を持ちつつ帰るのだった。
ま、この種が森で芽吹く頃までに、名前を聞けば良いだろうさ。
第二十五話:完
てるてる坊主って逆さにすると「雨が降る」と言います。
でもどちらかと言えば、てるてる坊主って「晴れた空」の現身です。
むしろ「空が落ちてくるー!」とか「杞の国の憂鬱」な気がしないでもありませんね。
それでは、楽しんで頂けたならば幸いです。ありがとうございましたっ!




