表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/80

第二十四話:本を読んで勉強しよう

 エルフ少女のフィーオが、俺に再教育を受けに来てから幾日。

 家事手伝いやサバイバルについて、簡単な知識と経験は積ませたと自負している。

 この調子なら、いつかは立派な森の賢者となって、小動物に囲まれて幸せな人生を送るだろう。


「ソレノ何ガ、イケナイノダ?」

「それって再教育というか、軍隊の演習訓練か何かじゃ無いですかねぇ」

「ブヒヒィ(乾燥麺を一つ持たされて、無人島でサバイバルする管理職研修みたいな)」


 元野盗の人間、ヌケサクが困り顔で俺に意見した。

 同じ野盗仲間だったオークのピッグも、ややそれに追従する形のようだ。


 うーむ、しかし健全な精神は健全な肉体に宿る。

 その健全な肉体は、健全な生活によって作られていくものだ。


「自然中心ノ生活、マサニ健全ソノモノデハ?」

「中心ってか自然まんま。定食で生野菜サラダ頼んだら、泥だらけの雑草が出て来たような」

「ブヒヒィ(うわなんだこの雑草、青くて臭くて……道端の雑草を食ってみるみたいだ!)」


 雑草じゃねぇか。

 ピッグはくきっくきっと雑草を食う素振りで、閉じた扇子を口元に運んでいる。


 こんな会話になっているのは、俺が彼らにフィーオ再教育計画の客観的意見を求めたからだ。

 俺としてはそこそこ褒められるつもりだったが、実際はこの渋い顔である。


「ブヒヒィ(評価としては、あたっ、くらいですね)」

「あたたたたたたたっとかの究極神拳を繰り出す域には、とても届きませんな」


 その技食らったら死ぬんじゃねぇか、俺? 爆発したり丸かじりされたり。

 まぁそれはさておき、元々オークである俺だ。エルフの教育知識は無い。

 だが教師として、出来る限りの事をやっているのだ。


「知らないから出来る事をする、って必ずしも良い結果に繋がるワケじゃありませんよ兄貴」

「フム」

「知らないなら、まず調べないと。その上でキチンと対応するべきじゃないですか」


 確かにその通りだ。

 傾向と対策にひたすら備えるのも一夜漬けの手段だが、長期的には苦しくなる。

 参考となる知識を得て、自分の行いを内省する『定規』を得るのも大切だろう。


「相談シテ良カッタヨ、ヌケサク。参考ニナッタ」

「なぁに、俺も聞き齧りの言葉をそれっぽく言ってるだけでさぁ」


 間違いに気付いたならば、早速行動に移すべきだ。

 エルフ族の教育について知るには、やはりエルフ本人の情報が必要となるだろう。

 幸い、俺の住むこの森には、エルフの里が隣接している。そこまで一両日もあれば充分往復可能だ。


「ジャア、出掛ケテクル」

「ブヒヒィ(あいや、お待ちを。殿、こちらをお納め下さい)」

「ナンダヨ、コレハ?」


 見ればピッグが一冊の本を恭しく献上している。

 その表紙には『オーク館入門百科シリーズ 決定版エルフ教育』と書かれていた。


「ブヒヒィ(こんな事もあろうかと、以前来た行商から購入しておいたのです)」

「でかしたっ、真田さん」


 ヌケサクがガッツポーズを取る横で、俺はこのオークの気配りに感動していた。

 馬鹿の濃縮エキスを注入された馬鹿兵士プログラムの犠牲者だと思っていたが……。


「ブヒヒィ(あれあれ~? なんか侮辱されてる気がするっ)」

「そんなワケ無いだろ、馬鹿だなオマエ」

「良クヤッタ。コレデ、フィーオニ最適ナ教育ヲ受ケサセラレルナ」


 俺たちはその本を開くと、細大漏らさず読みふけるのだった。



 * * *



「ふんふんふーん、お皿洗いは楽しいなー」


 洗い場でフィーオが皿を洗っていた。

 井戸水をギッギッギッと滑車で汲み出し、冷たい水を洗い場の桶に注ぐ。

 俺とヌケサク、そしてピッグは草むらに隠れると、お互いにアイコンタクトをした。


「ブヒヒィ(アレはいけませんね。エルフらしくありません)」

「ウム、行ッテクレルカ? ピッグヨ」

「ブヒヒィ(この四天王が一人、水のトラーブリュにお任せを)」


 他に三人もオマエみたいのが居るのかよ。この世のは終わりだ。

 そそくさと草むらの影から影に移動し、フィーオに近づいていく。

 やがて彼女の背後に立って、おもむろに語り出した。


「ブヒヒィ(そんな事より聞いてくれよ、フィーオよ)」

「うわっ、びっくりしたっ! な、何よピッグ、いつの間に後ろに?」


 フィーオは驚いて皿を取り落とそうとするが、なんとか胸元に抱きしめるようにして支えた。

 まぁ陶器では無く木製なので、落としても割れたりはしないのだが。


「ブヒヒィ(皿洗いとは、あんまり関係無いけどな)」

「関係無イ話ヲスルラシイゾ、アイツ」

「何考えてるんでしょうね。てかどんなアイコンタクトしたんすか、兄貴」


 俺は単に「エルフは皿洗いの時、枚数を数えながら洗う」という習慣を教えるつもりだったが。


「それ最後に一枚足り無さそうですね」

「今何時ダイ? ッテ誰カニ聞クンジャナカッタカ?」

「つまり『お昼時間はウキウキ・ウォッシング。一枚、二枚、三枚足りなくてもいいとも』っと」

「無クシ過ギダロ」


 俺達がヒソヒソと相談している間にも、ピッグ自身は何かを伝えようとしていた。


「ブヒヒィ(POWブロックを挟んで座れば、いつ殺し合いが始まってもおかしくない)」

「殺伐としてるわよね、あのヒゲ兄弟」


 あ、駄目だ。これ全然ダメだ。

 俺はヌケサクにピッグの回収を依頼した。


「いや、アイツにも何か考えがあるのかも。信じて待ちましょう」

「ワカッタ、デハ待トウ」


 フィーオは最初こそ驚いていたが、今は割りと平然として皿洗いに戻っている。


「ブヒヒィ(今の最新流行は『ゴム製ABボタンの隙間に垢』コレ。コレだね。最強)」

「詰まってボタン押せなくなってるだけじゃない」

「ブヒヒィ(しかしコレをやると次からプラスチック製に変更される危険も伴う。諸刃の剣)」


 かなりそっけない態度になって来たフィーオの様子に、ピッグが焦りを見せ出した。

 言いながら、俺達の方をチラチラッと見てくるピッグ。

 たぶんネタを拾って欲しくて、俺達に助けを求めているのだろう。

 俺とヌケサクは、彼の大ヤケドを静かに観察する事とした。


「で、結局、皿洗いも手伝わずに何の用だったの?」


 井戸の水よりも冷たいフィーオの言葉に、ピッグはややどもりながらも言葉を続ける。


「ブヒヒィ(ま、お前さんのようなド素人は皿洗いでもしてなさいって事)」

「してるじゃない。で?」

「ブヒヒィ(えっと、その……)」


 口を閉じて、ピッグがスタスタと俺達の方に歩いて来た。

 茂みに座り込んで、鼻先を親指でスッと擦る。


「ブヒヒィ(あのエルフ娘、まじビビってましたぜ兄貴っ。どんなもんですか)」


 俺の隣でブツブツと一人言を呟く薄気味悪いオークを、俺は完全に無視する。

 フィーオは食器を持って調理場へと向かっているようだ。


「ヨシ。移動スルゾ、ヌケサク」

「ラジャー」

「ブヒヒィ(無視やめてぇ。違う、違うんですよ。なんかつい口走っちゃっただけで……)」


 草むらでうつ伏せになって号泣するオークを、俺たちは一瞥もせずに歩き出すのだった。



 調理場の皿置き場に、洗った皿をフィーオが戻していく。

 今日の皿洗い当番が彼女である以上、ここまでがフィーオの仕事だ。

 その戻し方を見る限り、エルフらしさが伴われていないのは明白だった。


「じゃあ次は俺が行って来ますよ」


 そうヌケサクがアイコンタクトし、抜き足差し足忍び足でフィーオに近付く。


「ブヒヒィ(さて、どう戦い抜いてくれるかな?)」

「アレ、マダ居タノカ、オマエ。モウ森カラ出テ行ッタトバカリ」

「ブヒヒィ(兄貴達に見捨てられたら、俺もう生きていけませんっ)」


 厄介なのを拾っちまったなぁ。

 ヌケサクに押し付けたいが、今彼はフィーオの教育中である。

 彼は少女の背に「よぅ、ご苦労さん」と気易く声を掛けた。


「なによ、ヌケサク。さっきピッグが変な事言って来たけど、あんたの仕業?」


 ヌケサクは気易い笑顔のまま表情を凍り付かせて、冷や汗を流しまくる。

 まぁあの三馬鹿は三人で一つみたいな所がある。関係性を疑われて当然だろう。


「で、結局何の用なの。私、これ終わらせて早く遊びに行きたいんだけど」

「フィーオさんにエルフの習慣をお教えしようと思いまして」

「はぁ?」

「皿のしまい方も、事は全てエレガントに運ぶ、それがエルフ流です。エレガントに、レディ?」


 そう、エルフは高貴な種族である。

 どんな事態も彼らはエレガントさを持ち続けねばならない、とエルフ教育本にはあった。


「お皿を片付けるのに、どうエレガントさを出せっていうのよ」


 尤もといえば尤もな反論である。だが、そこを克服するからこそエルフなのだ。

 ヌケサクは「では見本をお見せしましょう」と皿を手に持った。

 そして、フィーオに哀愁ただよう背中を見せて呟いた。


「フィーオさん、背中抱いててくれ……」

「それヘヴィメタルね」

「私、女王をやります」

「海と陸の間にある世界に帰ってね」

「ピット星人さんをイジメるなー!」


 のっしのっしのっし、とヌケサクがやり切った顔で俺の所に戻ってくる。


「これでフィーオちゃんにも、エレガントさの何かしらかが伝わったかと」

「伊達ヤ酔狂デシテル髪型ジャナイ技デモ食ラッテ、八ツ裂キニサレテ死ンデシマエ」

「あの子ちょっとおかしいですよ。生まれてからの年代が合いません」


 知らんがな。

 しかし、これで二連敗である。どいつもこいつも……。

 フィーオの警戒心もマックスに至っているだろうから、次こそ失敗は許されない。


 やはり、ここは俺自身の手でエルフらしさというものを伝えるしか無さそうだ。



 * * *



 そもそも、話し掛ける態度からして彼らは怪しいのである。

 見守る側は姿を晒さないようコッソリ動いて当然だが、行動する連中もコソコソしてどうするのか。

 正々堂々、フィーオの真正面から話し掛けるべきなのだ。そうすれば余計な詮索は受けまい。


「ヨッ、フィーオ」

「なに? 今度はマルコなの?」


 今度はって言われちゃったよ、おい。

 まぁそりゃ関連性が有るって疑って当然だろう。

 ここで誤魔化すか否か、真摯な態度を示すかどうかで彼女の共感を得られるかが決まる。


「マァ、ソウイウコトダ」


 俺はフィーオの警戒心を下げる方法に出た。

 背後から「ずるいですよー!」「難易度イージーでクリアですかっ」と聞こえるが、気にはしない。

 元々、彼らが勝手にハードルを上げていったのだ。戻して何が悪いのか。


「実ハフィーオニ『エルフ族らしさ』ヲ学ンデ貰オウト思ッテナ」

「エルフ族らしさって……なんかヌケサクもそんな事を言ってたけど」


 ため息を吐いて「いったい何の事?」と呆れた様子で話を促してくる。


「エルフ族ノ習慣ヲ記シ本ヲ手ニ入レテナ、ソレニ習ッタノダ」

「聞いた事も無いんだけど……」


 まぁ俺も本を読むまで、そんな物があるとは知りもしなかった。


「ちょっとその本、貸してくれない?」


 どうやら教育について興味を持ってくれたらしい。

 俺は本をフィーオに渡して、彼女自身に勉強して貰う事とした。


「なになに……『知らないと損するエルフ族三十の秘密』ですって?」


 一つ、エルフ族の骨は人間の五千倍強い。

 一つ、エルフ族は宇宙犬を飼う。

 一つ、優しい心で大活躍のエルフの母。

 一つ、エルフ族は死んだらエルフ墓場に運ばれる。


「……ものすっごく適当に書かれていない、これ」

「カルシウムヲ取ラナイトイケナイナ」

「むしろか弱いからね、エルフの身体って。この宇宙犬って何よ?」

「タロウニ続ク、ウルトラ七番目ノ兄弟ラシイゾ」

「えっ、七番目ってレオじゃなかったっ?」


 それ言い出したら、六番目だってタロウじゃなくてダン少年じゃねぇかよ。


「優しい心で大活躍って、もはや秘密も何も単なるプロフィールじゃない」

「秘密ニシテタンダヨ。普段ハ『ワタシ、残酷デスワヨ』ナ感ジデ」

「それとエルフ墓場も言わば単なるお葬式だし。というか、そんなの無いし」

「無イノッ!?」

「なんか怪しいわね、この本……」


 そう言ってフィーオが本をパラパラとめくる。

 巻末付近には、これまでの復習とばかりクイズ集が載っていた。


 出題。エルフ族に病気はあるか?

 回答群『A:全然ない』『B:ある』『C:病気になると死んでしまう』


「死ぬかどうかを聞いてなんて無いでしょう! なんで極振りなのよっ」

「病気ニナルト死ヌカラ、誰モ病気ヲ知ラナイ、トイウ引ッ掛ケ問題カモ」

「あんたエルフ族をアホだと思ってない?」


 ともかく、彼女曰くこの本を読んでの感想は、


「デタラメね」


 だそうだ。

 うーむ、せっかく熟読したのになぁ。


「だいたい誰がこんなの持ち込んだのよ」

「ピッグガ、行商人カラ買ッタラシイ」


 更にペラペラと捲ると、巻末に著者の後書きがあった。

 そこには『これらを守れば、君も今日からエルフ族の一員だっ』と書かれている。


「守るも何も、私は既にしてエルフ族なんだけど」

「エルフ族ニナル為ノ、転生ノ書ミタイナ物ダッタノカ」

「てか、守ってもエルフになれないと思う、たぶん……」


 この本でエルフ教育の何たるかを理解したつもりだったが、上手くいかない物である。

 ちょっと残念だな。


「あれ? なんか巻末のページ、袋とじになってるね」

「ホゥ。ナニナニ『オークによる、エルフ教育の裏テクニック集』カ」

「縄編、ムチ編……スパルタなのかなぁ、やだなぁ」


 俺がそう言った時、ピッグが「あーっ、それはダメっ!」と叫んだ気がした。

 彼の隠れている場所に振り向くと、そこにはヌケサクしか居ないようだ。

 はて、ピッグはどこに行ったのやら。


「ちょっと興味湧いてきたし、開けてみてよー」


 俺は調理場から短刀を取り出して、その袋とじをピーっと割いた。

 俺の背中に覆い被さるようにして、肩越しにフィーオも興味津々に覗きこむ。

 さて、どんな教育方針なのかな。フィーオの健全な成長を促すヒントであって欲しい物だな。



 ……その後、俺がピッグを宇宙の果てまで追い詰めて、始末したのは言うまでもない。


「うぅ、オーク怖いオーク怖いオーク怖い……」

「大丈夫です、フィーオさんっ。あんな本、めしべとおしべを萌え擬人化しただけですってば」

「オーク怖いオーク怖いオーク怖い……」


 すっかりオーク恐怖症である。

 ヌケサクのフォローが効くまで、俺はフィーオに口も聞いて貰えそうも無い。


 少女の再教育に致命的な汚点を残した本は、その後、行商人に返品されるのだった。



第二十三話:完

昔の週刊誌とかは読み手が大人にも関わらず、無駄に袋とじがされてました。

でも袋とじのある本って、今はクーポン雑誌くらいしか無さそうな印象。

別に取り立てて何が載っているワケじゃないですが、郷愁ですなぁ。


それでは、楽しんで頂けたなら幸いです。ありがとうございましたっ!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ