第一話(後):少女との出会い
族長の手を借りて、辛くも助かったオークとエルフ少女。
エルフの里に帰るという彼らの旅は、このまま終わりを迎えるのでしょうか。
魔術師を人間大の麻袋に詰めて、蔦でグルグル巻きにし、ゴツゴツとした地面に転がし、更にその上で仁王立ちしてエルフの男性は口を開いた。
「本当に心からの感謝を捧げる、オーク君。エルフの里、族長として無限の感謝を」
「フゴーフゴー!」
なお魔術師の口には、ボロ切れで口枷が着けられている。
……口の中に土や泥を詰め込んでから口枷してた幻覚を見たが、エルフがそんな事をするはずないよな。ははは。
「イエ、森ノ仲間トシテ、当然デス」
「うむ。その通り。君は何も特別な事をしてはいない」
エルフの男は、そう言ってニコリと笑う。
「だから君に捧げる感謝を、どうか遠慮しないで普通に受け入れて欲しいのだ」
「分カリマシタ」
俺も頭を下げて、彼の言葉に返礼する。
そんな様子をつまらなそうに見る少女が、口を開いた。
「ねぇねぇ早く里に帰りましょうよ、お父様。もうお腹ペコペコです」
俺の朝食を平らげておいて、また勝手に腹を減らすのかこの子は。
エルフの父親は大きな溜め息を吐くと、俺と顔を合わせて深い苦悩を瞳に覗かせた。
深刻過ぎて、なんというか苦笑いしか返せない。
「では戻るとしよう。オーク君、しっかりと私に掴まっておきなさい」
その言葉に俺が父親の腕を掴むと、少女もトコトコと寄って来て、俺の足を掴んだ。
フッと笑うエルフの父親。そして精霊術を唱える。
「エアークラフティングッ」
俺たち三人と、麻袋に入った一人の周りを分厚い大気の壁が包み込む。
そしてフワリと体が浮き上がり、そのまま木々の枝で覆われた森の屋根を飛び抜けた。
「オォ?」
「フゴ、フゴゴゴー!(なに? 何が起きてるの!?)」
俺の軽い驚き声に、少女はフフンっと得意気に鼻を鳴らす。
ヤレヤレと言い、エルフの父親は森の入り口を指差す。
エルフの里がある辺りだ。
かつて奥深い場所に里を作っていたが、今は観光地エルフランドとほぼ住居を同じくにしている。
「ではご案内しよう。我らの里へ」
「オークがエルフの里に招かれるなんて、前代未聞なんだからね」
「マァ、ソリャソウダ」
招かれざる客として好き勝手に行く事はあるだろうが。
ヒューンっと気持ち良く空を滑空していくと、すぐにエルフランドの上空に辿り着いた。
だが、その地上を見てオークは目を見開く。
「コレハ……襲ワレテイルッ?」
エルフの家屋の至るところで噴煙が上がり、外ではやけに小さいオークがエルフたちを追い回している。
逆にこれまた体の細いオークがエルフに追われている所もあったが、全体としてオーク優勢だ。
他にも檻に入れられてピースサインしているエルフ達や、オーク達に囲まれて屈辱に満ちた顔を見せるエルフも居る。
「ナンテ事ダ……一刻モ早ク助ケナクテハ」
「いや、アレはだね」
地上に迫ったので俺は父親から手を離し、大気の壁より里の中心に向けて飛び出した。
「ひゃああああ」
少女を胸に抱えて着地し、同時に俺は雄叫びの声を上げる。敵の注目をエルフから俺に移動させねば。
「ウォオオオォオオオ」
そしてオークやエルフ達の視線が俺に集まり……拍手喝采が湧き起こった。
「凄い! これはどう見てもオークだよ!」
「ここまでオークしていると、もう生まれながらのオークじゃないのか!?」
「素でオークだっ! メイク不要、素でオーク! イェー! 素でオークゥ!」
オークやエルフが口々にワケの分からない歓声を上げた。
ポカンとする俺。
屈辱の顔を見せるエルフを囲んでいたオーク達も、俺の姿をジロジロと見始める。
「確かに良い肉体だ。胸に子供のエルフを抱えてる辺りも小憎いな」
「こう、美女と野獣を連想させますね。うぅん、インスピレーション、キタァァ」
「醜さが美を引き立てる……そういうのもあるのか。次の絵画のテーマは決まったな」
オークが腰ミノからペンと手帳を取り出し、何やら俺のデッサンを始める。
彼らに囲まれていたエルフも「なにその特別演出、悔しいッ! でも……」とか呟き、どこか不満そうだ。
更に見渡すと、エルフの檻には『レッツ強制連行』とか書かれている。
その檻の傍でエルフ自身が、檻の中へとエルフを入れているから、もう意味が分からない。
「やぁ、驚かせてすまん。今、エルフランドでは『クッコロセ・フェスティバル』をしていてな」
「ナンデスカ、ソレハ」
俺の隣に降り立ったエルフの父親が、頬を掻きながら説明してくる。
「オークに襲われるエルフの村を体験するコスプレ・イベントを展開しているんだ」
エルフの誇りはどこ行ったの、この人達!?
俺は呆れて物も言えず、ただ口を開いて話を聞くしか無い。
「しかしまさか、本物のエルフ狩りが入り込むとは思わなくてな。危うく娘を誘拐される所だったよ」
「ガバガバ。セキュリティ、ガッバガバ!」
頭を振って抗議する俺に、笑って誤魔化すエルフの父親。
こ、この人は……。
ちょっと殴ってやろうかとヒクつく俺の顔に、エルフの踵がめり込んだ。
「いつまで抱いてるのよ、この変態オーク!」
「あぁん! 動かないでぇんっ!」
デッサンを描くオークたちが、顎を蹴られまくる俺よりも早く鋭い悲鳴を上げた。
結局、外出中のエルフは大半が人間で、小さいオークもその子どもたちだった。
敗走しているオークの群れは、そういうパレードらしい。
エルフの里だ。負けっぱなしは許せないのだろう。
デッサンしてたオークは絵描きだそうで、コスプレの素晴らしさを形に残すのが生きがいだとか。
そんな事を耳に入れながら、俺は「エルフの志し」が何なのか、分からなくなっていくのだった。
今、俺は噴煙の立つエルフの里の家屋でくつろいでいる。
「すぐに料理が出来ますからね」
そう声を掛けてくれたエルフに、俺は会釈で返事をした。
噴煙は飯を炊く際の物だった。
まぁ確かに観光客が多いなら、家屋の殆どをレストランや宿泊施設にしないと間に合わない。
「お母様ぁ、私、お腹と背中がくっついちゃうよ」
「はいはい、もう少しよ。でも貴方は後回し。このオークさんが先だからね」
「えぇー?」
「イエ、オ気遣イナク」
そう話す俺の元に運ばれたエルフのシチュー。
山菜をふんだんに使われたそれは、実に美味そうだ。
木のスプーンで軽く具を調べる。うーん、やはり肉なんて一欠片も無い
「オイ、俺ノ小屋デ鹿肉ヲ食ッテタケド、イツモ何処デ食ッテルンダ?」
「~~♪」
俺の呟きに口笛で返す少女。
……こいつ絶対、里に隠れて狩りをしてやがるな。
朝食が半端で終わっていた俺の空腹も、流石に限界が近い。
一度辞し、再度の食事を母親に促されたので遠慮無く戴いた。
「うぅー、私のスープゥ」
「美味イナァー、幾ラデモ入ルナァー」
少女をからかっては俺の背中が蹴られる様を、エルフの母親はニコニコと見ている。
暴力を止めない辺り、彼女の教育方針が何となく理解できる。
まぁ個性を伸ばすというか、なんというか。まぁ良いけど。
「まるで兄弟が出来たようですよ」
「うぇー、私のお兄様がオークゥ? 絶対やだー」
「ヨロシクネ、御姉様」
「イヤァアアア!」
騒ぐ俺たちの席に、ヨッコラショとエルフの父親が座った。やけに人間臭い。
「歳も千を数えると、体が老いていかんね」
とんでも無い事を笑いながら話す父親が、突然に表情を改めて切り出した。
「さてオーク君。キミが森の奥で生活しているのを、私は精霊より聞いてました」
「ハイ、気付イテイルト、思ッテマシタ」
「キミを討伐すべきか悩んだものです。オーク族の斥候かもしれない、と言う者も居ました」
「居マシタ……トイウ事ハ、貴方ノ判断ハ?」
「森の民となるならば、人も獣でも、魔物であろうとも仲間である。それが里の
伝統です」
つまり俺がこの森で生活する事を、今はエルフに許されているらしい。
許諾無く挨拶も無く、森の番人とも呼ばれるエルフを無視しての生活だった。
殺されても不思議では無かったが、里の伝統で救われていたとは。
「キミは今や立派な森の民だ。この森の者で、誰もキミの生き方を疑う者は居ないだろう」
「アリガトウゴザイマス」
「そんなキミだからこそ、この任務を全うできると信じている」
そう言って、父親はバッと胸の前に巻物を広げた。
『第一回 輝け! 族長のエルフ娘、再教育プロジェクト! ビバ・クッコロセ!』
書いてある文字列を読んで、俺は真面目な表情を崩さずに言葉を出した。
「ハイ?」
「おっと、ポップでカルチャーなのは気にするな。エルフランドの伝統だからな」
伝統なのかー。
そうなのかー。
いや、そこじゃない。
気になってるのはそこじゃない。
「再教育トハ……?」
「見ての通り、ウチの馬鹿娘は駄目だ、駄目なんだ。ダメダメだよ」
「お父様っ!?」
「言動は汚い、他人を尊重しない、森を大切にしない、隠れて狩りをする……」
「わひゃー、バレてるぅ」
「しかもエルフ狩りの連中にホイホイ着いて行ってしまう馬鹿娘……コレが次期
族長だ」
「~~♪」
口笛を吹く少女は、まだ事態を飲み込んでいないのか。それとも理解する気が無いのか。
俺は全身から嫌な汗を吹き出しつつ、ジャッジメントタイムを待っていた。
もう、ここから求められる答えは一つしか無い。
「キミの小屋でウチの馬鹿娘を預かって教育してくれ。百年くらい」
「えぇえええええ!?」
「アア、ヤッパリ」
あーあ、やっぱりなぁ。
心の言葉が口をついて出る。いや、予想はしていた。予想通りだ。
悲鳴を上げている少女が、父親に縋りつく。
「イヤよ、そんな考え直してお父様! アレってオークよ? 豚よ? 私に豚小屋に住めっていうの?」
「言イタイ放題ダナ」
「娘よ。私は若い頃、狂帝の迷宮で冒険者をしていた。その頃は、毎日馬小屋で寝起きしていたものだ」
俺へのフォローになってないからね、それ。
「そんな前時代的な苦労話、聞きたくないわ。楽して育てる、それが今のトレンドなんだから」
むちゃくちゃだな、コイツの言い分。
苦渋に満ちた顔の父親は、首を振って愛娘の顔を見つめた。
「その言葉を信じ、そのように育てた私が間違いだったのだよ」
育てちゃってたのか。
「お前は何も悪くない。ただ教育が悪かった。今、数十年の過ちを正すのだ」
数十年も甘やかして育てちゃってたのか。
クルーリっと顔を廻し、俺を見る父親。その顔は真剣その物だ。
「そう、善良なる新たな森の仲間、オーク君の元でね」
「アノ……断ッタラ、ドウナリマス?」
「誰かの十年間の違法滞在費、その請求書が私の所で止まってるなぁ。はてさて誰のだろう」
***
「起きなさいよ、オーク!」
小屋の外で寝ている俺に、エルフ娘の全力の蹴りが当たった。
ちっとも痛くないが鬱陶しい。
寝食の場としての小屋をエルフの少女に奪われた俺は、もはや森の枝々が屋根代わりだ。
「オカシイ。森ノ朝ハ、モット静謐デ瑞々シイハズダ」
つまり、これは夢だ。
夢なんだ。
夢に決まってる。
「起きなさいってば。私の朝食、さっさと作りなさい」
「姉御ぉ。採ってきましたぜ、森のキノコ」
「ブッヒヒィーン」
「ふんごー」
元・野盗だった小汚い人間が、キノコ満載の籠を抱えて満面の笑みで小屋に来た。
手下のオーク二名も、その手に魚や兎を掴んでいる。
「でかしたわっ。その労働に報いて、森ポイントを二点進呈よ」
チョリンチョリン。
銀色のコインを渡され、飛び跳ねて喜ぶ野盗。
なんなんだよ、その森ポイントって。なんで喜んでるんだよコイツも。
先日、エルフ娘に聞いてみたが「~~♪」と口笛で話を逸らされ、今だに分からない。
「うひょー、あざっす! ではオークのアニキ、俺等はコレで失礼しやす」
「ブッヒヒィーン」
「ふんごー」
そう言って、三人組は再び森へと消えて行った。
……なんで居着いてるんだよ、アイツ等。
「夢ダ。コレハ夢ナンダ」
「エルフと一緒に暮らせるなんて夢みたい? 私にとっては悪夢よ。だって朝食が出来ていないんだから!」
三日前は、小屋の掃除で徹夜。
翌日は、小屋の付近を清掃で徹夜。
昨夜は、森まで続く小道の草むしりで徹夜。
やっと寝られたが、僅か数十分ほどで蹴起こされるこの始末。
百年。
これと百年も暮らすのか、俺は。
森の民として再教育をしろと言うが……その前に俺がくたばっちまうよ!
「寝カセテクレヨォ。何デモスルカラ」
「ん? 今、何でもって」
ぐつぐつぐつ……。
元野盗が持って来た食材でスープを調理しつつ、俺は心に決めた。
最初の再教育テーマは『飯ごしらえ』にしよう、と。
「何でもするんでしょー? はーやーくー、飯ー、飯ー」
子豚の刺繍がされた白いワンピース。
それを着るエルフの少女が、俺を虐待し続けるのだった。
第一話:完
「強くて格好良い大人のオークって居たら良いよねぇ」
「でも手の掛かる娘に難儀してるとかだと、可愛いよねぇ」
という発想から生まれたこの二人。
今後も信じられない災難が降り注ぐ……かどうかは、まだ分かりません。
でもこの二人なら、きっとハッピーエンドを迎え続けてくれるでしょう。
それでは、少しでも楽しんで頂けたなら幸いです!