第十九話:薪割りをしてみよう
エルフの森には不思議な生物が山ほど存在する。
それを狙う密猟者も少なく無いが、彼らの一番の狙いは『エルフ』である。
見目麗しい彼らを誘拐し、奴隷として売る商売は闇社会で横行していた。
「ふんごー(闇にかーくれて、生きた)」
「ブヒヒィ(それ人生が終わってないか?)」
小屋の傍で洗濯物を洗っているオークも、そんな闇社会の連中の元一味だ。
まぁ俺もオーク族だが、彼らとは敵対する関係である。
今は彼らも改心し、エルフの森の居候仲間だ。
「ブヒヒィ(ダークゾーンを歩く俺らも、ようやく普通の生活を得られたなぁ)」
「ふんごー(真っ白だった気がしないでもない)」
ピッグとポークは文句も言わず、ジャッジャッと洗濯を続けている。
根は真面目な奴らなのだろう。オーク社会という環境が、彼らを苦しめたのだ。
「ポーク、ピッグ。洗濯終わったら草むしりだからね」
「ふんごー(任せて下さいフィーオ姉御。回転斬りでルピーもザックザクですよ)」
「ブヒヒィ(必殺っ、旋・風・剣。イヤァァアァアアア!)」
「草刈鎌を縦に廻してどうすんのよ。横に振りなさい、横に」
オークに声を掛けたのは、エルフ少女のフィーオだ。
族長の娘である彼女も、今までエルフ狩りに何度も狙われた。
そんな彼女を守っているのが、少女の再教育を任されたこの俺だ。
「ねぇマルコー。洗濯物を干してくるから、アイツラの面倒見ててねー」
「ハイヨ」
フィーオは洗濯籠を持って、物干しへと歩いて行った。
「ブヒヒィ(ヒャッハーッ、新鮮なルピーだっ。今じゃ尿結石にもなりゃしねぇってのによぉ)」
「ふんごー(お大臣さま、こちらにも一撒きぃ! おねだりしちゃう、ホエホエ~!)」
面倒見る気しねぇわ。
アホどもを視界から外して、俺は自分の仕事である薪割りの再開をする。
「マルコ兄貴、薪ぃ拾って来ましたぜ」
そう言いながら現れたのは、オーク達の兄貴分である人間のヌケサクだ。
「オゥ。悪イナ」
「天下無敵の薪割りの星を見せて貰えるなら、喜んで」
「単ナル薪割リダ」
「いえいえ。でも薪割りが終わったら次は……さぁ牛だ!」
うもーーうもーーっ。
牛が叫ぶ。だがそれは牛の衣装を来たポークとピークだ。
「ボケガァッ」
俺の一撃でぶっ倒れる馬鹿ども。
フィーオが居なければ、こいつら本当に仕事しないな。
結局、俺が薪割りも草刈りもしなければならないだろう。
人生楽ありゃと言うが、馬鹿ばっかりで辛い。
* * *
作業を終えたが、まだ時間に余裕はありそうだ。
この機会に、先日からの懸念を解消する事にした。
「チョット気ニナル事ガアル」
「ふんごー(はいはい)」
俺に眉毛を剃られたポークが、バカの顔で振り向く。
「ナンカ、ヤケニ最近、エルフ狩リガ多クナイカ?」
引退して久しいが、こいつらも元エルフ狩りだ。
追い出した連中には幻術士や死霊使い、シャーマンが居た。
他にも炎の魔術師が、現在進行形で森に住んでいる。
まぁ彼はエルフ族に掴まってから脱走した、いわば出所したてだが。
「ふんごー(ここ、いつの間にかテネシー通りになってたんですかねぇ)」
「何ノ話ダ」
「ふんごー(まぁエルフ狩りの事情は、エルフ狩りに聞くのが一番でしょう)」
「で、オーク風情が、俺にエルフ狩り事情を教えてくれと来た訳か」
「ウム」
川で釣りをする黒ローブの魔術師を前に、俺は頷いた。
こいつこそ、今も懲りずにフィーオを狙っているエルフ狩りの魔術師だ。
随分と長い間この森で暮らしている為、一張羅のローブもほつれが見れる。
「教えてやると思うか。俺とオマエは敵同士だぞ」
「他ノエルフ狩リドモハ、オマエノ味方ダト?」
「あんな連中は商売敵でしか無い」
ならば「敵の敵は味方」という言葉もある。
今この瞬間だけ、俺に味方してくれても良いのでは無かろうか。
「……味方になる気はないが、まぁ隠す程の事でも無い」
魔術師は胸元から一枚の手配書を取り出した。
エルフ狩りギルドのマークがある紙には、フィーオの似顔絵と凄まじい賞金額が書かれている。
なるほど、これには目も眩んで仕方が無いかもしれない。だが何故?
「エルフ族長の娘ってのも大きいが、リゾート施設エルフランドの跡取り娘だぞ」
手に入れば、幾らでも使い道はある、か。
「ロクデモ無イ奴ラダナ」
「手軽に大金を稼ぐのは、いつだってロクでも無い事だ。必要とする理由が正当でもな」
魔術師は竿を引き上げて、餌を付け直す。
その脇にある水の入った箱には、既に何匹かの魚が泳いでいた。
随分と大漁だ。
「釣リ人デ生計ヲ立テレソウジャナイカ」
「だからエルフ狩りギルドを辞めろってか? 元より、俺はギルド員じゃねえよ」
ヒュッと釣り針を川に垂らす。
「一回だけだ。この一回の大物だけ、俺は絶対に釣り上げる」
「結果、フィーオガドンナ目ニ遭ッテモカ?」
「釣られた大魚は食われる運命だ」
コイツにとってフィーオがもたらす大金は、生きる為の理由に等しいのだろう。
「邪魔シタナ。精々、釣レナイ魚ヲ狙ッテテクレ」
捨て台詞を言って立ち去ろうとした時、魔術師の釣り竿が大きく揺れた。
おおっ、これは。
「フッ。釣れるんだよ、俺はっ」
竿の跳ねは尋常で無い。明らかに川で釣れる代物とは思えない。
これはバラすぞ。
「釣るっち、釣るっち、釣るっちぃっ!」
おいおい、そんなアホみたいに竿を引いたら……。
止めようとした瞬間、竿がへし折れた。当然である。
「アーア。残念ダッタナ」
魔術師は、素の表情で川に手をかざす。
「ライトニング」
雷光が水面を打って、一面に魚や蛙や蛇が浮かび上がった。
最低だコイツ。
「はっはっは。釣りまくるっちー!」
「釣リジャネェ、コンナノ」
「うーん、何が掛かってたのかなー。サバかなー」
「サバジャネェ。ココ川ダゾ」
魔術師は鼻歌交じりに糸を引っ張った。。
水面に黒い巨大な影が浮かび、俺たちは戦慄しながらも期待に胸を踊らせる。
いったい、何が釣れてしまったのだっ?
「……なんだこれ」
呆然と呟く魔術師。岸に上がった物を見て、俺は絶句するしかない。
それは牛の頭を持ち、片手に斧を握る巨大な獣人だった。
『うもー……』
「サァ、牛ダッ」
「なんでミノタウロスが川で釣れるんだよ、ボケがぁっ!」
* * *
この川は何でも飲み込んでしまうミスティック・リバーだな。
という俺の感想を魔術師は完全に無視する。
二人でミノタウロスを森まで引き上げると、それをどうするか考えた。
「皿に載せてしまえ」
「人間部分ガ多過ギテ、食ウノハ嫌ダロ」
とにかく気絶したままでは哀れだ。
幸いにも気付け薬を持っている俺は、それをミノタウロスの口へとねじ込んだ。
咳き込んで、それは目を覚ます。
『うぅぅ、助かった。魔術師殿、ありがとうございます』
「おう、元気になって何よりだ」
オマエは何もしてないだろうが。
「何故ミノタウロスガ川ニ?」
『ええ。実は海皇ポセイドン様に命じられて、とある迷宮へと向かったのですが』
「フム」
『いつの間にやら、海から川に迷いこんでいまして』
アザラシみたいな奴だな、オマエ。
『腹も減ったので目前の魚に食いついたら、もう暴れて口が痛いのなんの』
「なるほど」
『オマケに毒持ちだったらしく、全身が痺れて気絶してしまったんです』
魔術師の方を見ると、どこか明後日の方角を向いていた。
「まぁ、無事で何よりだ。達者でな」
『助けて頂いたのに、何のお礼もしないワケにはいきません』
「殊勝ナ心掛ケダ」
『魔術師殿、自分に出来る事ならば、ぜひ何でもお申し付け下さい』
とは言っても、力仕事は間に合ってるし、食料の採取も必要ない。
昼ならば草刈りや薪割りもあったが、今は手すきだ。
「何でも良いってんなら、やって欲しい事があるな」
魔術師は杖を軽く振って、ミノタウロスに言葉を続ける。
「この近くにフィーオというエルフ娘が居る。それを捕まえてこい」
「オイオイ、ソンナ……」
『エルフ娘ですか? わかりました、行ってきますっ』
言うが早いか、ミノタウロスは凄まじい速度で走り去った。
話を聞かねぇタイプだな、アイツ。
「ドウイウツモリダ」
「良いのか。フィーオが掴まってしまうぞ?」
ニヤニヤと笑みを浮かべる魔術師からは、純然たる嫌味しか伝わってこない。
今まで散々な目に遭わせて来たから逆恨みしているようだ。
「クソッ」
俺はその顔を睨みつけるのもそこそこに、ミノタウロスを追い掛ける。
しかし加害者が救助者面して、救助者が被害者になるとは。
諸行無常だな。
……ちょっと違うか。色即是空。もっと違う。
* * *
追い掛けると、既にミノタウロスは俺の小屋にまで到達していた。
フィーオを誘拐しようと、まさに猪突猛進だ。牛だけど。
俺が積んだ薪や庭の草を撒き散らし、ただただ突進する。
「ふんごー(ここから先は、俺たちフィーオ親衛隊を倒してから進んで貰おう)」
「ブヒヒィ(いきどっいきどっいきどっ行き止まりじゃっ行き止まりじゃっ!)」
凄まじい勢いのミノタウロスに、ポークとピッグが立ち塞がった。
だが、牛は全くその足を止めようとしない。
「ふんごー(ばぁかめぇー)」
「ブヒヒィ(殺してしんぜよう)」
棍棒を振り下ろすオーク達。
滑りこむように二人の攻撃を避けた牛は、そのまま斧を救い上げてポークの横面を叩く。
その斧を引き戻した際に、ついでとばかりピッグの頭の上にスコンっと置いた。
「ふんごー(これで勝ったと思うなよー)」
「ブヒヒィ(ぎょへー)」
弱い。
『エルフ娘だな。乱暴はしたくない、黙って着いて来て貰おう』
「な、なによっなんなのよ、アンタァ」
恐怖で泣き顔のフィーオに、ミノタウロスは斧を軽く当てて威圧している。
その間に、俺は正拳突きを放ちながら飛び込んだ。
ミノタウロスの斧を叩いて、フィーオの身体から弾き飛ばす。
『魔術師殿のお仲間では無いのですかっ』
「仲間デハ無イ」
フィーオを小屋に逃がし、俺はミノタウロスに向かって構える。
恐らくコイツは馬鹿だ。説得するより、一度倒した方が話し易い。
『邪魔をしないでくれ。自分は恩に報いる義務があるっ』
ミノタウロスはあくまでフィーオを奪うつもりだ。
悪いがコイツは俺の関係者でね、譲れねぇのさ。
「ムゥン」
斧が使える距離で戦うのは不味い。俺は肘打ちで相手の胸元に跳ぶ。
ミノタウロスはそれをバックステップで避けると、いきなり背面を向いた。
意図的な隙。だが、あえて俺はそれに乗る。
ただし、彼の背中では無い。後頭部に向けて飛び蹴りを仕掛ける。
『切り捨て御免っ』
「ナニィ?」
ミノタウロスは、自分の背後に向けて斧を振り抜いた。
その角度は、まさに俺が飛んでいる『己の後頭部』に向けてだ。
飛び蹴りの先を斧の柄に当てて、間一髪でその勢いを殺す。
方向を逸らされた斧は調理場の柱に当たり、それをへし折った。
『やるなっ』
なるほど、こいつ俺の技量から『見せた隙の何処を狙うか』を見切ったのか。
接近戦で飛び蹴りは用いない。隙だらけの背中を狙うなら、尚更だ。
この二つの『逆張り』を敢えて選んだ俺に、もう一歩上回っていやがった。
強い。
「出来レバ話ヲ聞イテ貰イタイノダガ」
『問答無用っ』
だよなぁ、やっぱり。
俺は斧を振り上げて迫り来るミノタウロスに対して、真正面から構えた。
そんな俺に、彼は斧を振るう。
一直線である。
紳士的な彼の事だ。丸腰の俺を殺すつもりは無いだろう。
であれば、刃先を使う事は無い。
そんな彼が、もし俺をこの一撃で戦闘不能にしたいならば。
『戯れは終わりだっ』
柄の重心と持つ手の間を前蹴りで叩き、へし折るっ。くの字に曲がる斧。
だがそれは彼のフェイントだ。斧で俺を殺すつもりなど無い。
「本命ハ頭突キッ」
『アォオオオオンッ』
高速で迫るミノタウロスの頭突きは、二本の角で逃げ道を防がれて左右に回避不能だ。
『ヌォオオオッ! バ、バカなっ』
俺はその角を両手で握り、曲がった斧を踏み台にして弾けるように垂直に跳ぶ。
角を握ったまま、彼の頭上に逆立ちとなった。
そして、牛が頭を振り戻すその反動をも利用し、彼の眉間に膝を叩き下ろす。
『我が魂は……不滅』
彼が大の字に倒れるのと、俺が地面に着地するのはほぼ同時だった。
瞬間瞬間、いつ倒されてもおかしくない戦いだ。流石に、疲れで腰を落とす。
「ふふっ、やはり強い。強いなぁ、オマエ」
空から聞こえた声に顔を見上げると、いつの間にか魔術師が空で見物していたようだ。
アイツの気まぐれで、とんだ目に遭ったぜ。
「ドウシタ、マダヤルカ?」
「息が切れているぞ。ここまで全力疾走してたから疲労で限界だろう」
「貴様ヲ倒スクライハ」
「どうやって? 俺が魔術を使えば、もはや動けないお前はお終いだ」
ギリッと奥歯を噛む俺の姿に、魔術師は笑い声をぶつける。
ミノタウロスを露払いにし、俺を無力化しやがった。
このままではフィーオを奪われてしまうっ。
「ハッハッハッ。あー、面白かった。ザマァミロだ」
「貴様……」
「俺の『竿を折った罰』さ。魚釣り用の餌に、牛が食いついちゃいけないぜ」
そう言って、魔術師は下りて来ること無く、遠ざかっていく。
アイツ、見逃してくれたのか。
俺はただ、呆然と空を眺めるのだった。
* * *
『いやはや、大変なご迷惑をお掛けしました』
「マァ、誤解ガ解ケテヨ良カッタヨ」
包帯を巻いたミノタウロスが、俺にペコペコと頭を下げていた。
その角をヒョイヒョイと避けながら、俺は彼と握手をする。
結局、魔術師の冗談ったという事でケリを付けた。
『他人の話を最後まで聞けって、よく海皇様にも叱られてるんですけどね』
「マー、ソウダナ」
『助けてくれた恩人の冗談も理解せず、いやはや申し訳ない』
話がややこしくなるから、本当の恩人が俺である事は教えなかった。
もとより、彼が反省する事など何も無いはずなので、謝られてもむしろ心苦しい。
そして、ミノタウロスは「これから派遣先の迷宮へ向かいます」と言って旅立った。
ただ向かう先が『川』だったのが気掛かりだが……海まで出る気なのだろうか。
一度通った道しか通れない、きっと本当に方向音痴なんだろうなぁ。
「サテ、晩飯ノ準備デモスルカ」
清々しく振り返って、俺は小屋を見た。
なんか輝く液体を口から吐いて倒れているオーク二人。
とっ散らかされた薪や雑草。
半壊した調理場。
そして小屋の中で「ごぉっつい牛が、ごぉっつい牛が……」と呟いているフィーオ。
うんうん。
「待テオイッ! セメテ片付ケテカラ川ヲ遡レヨ、コラァッ! 恩知ラズゥ!」
ミノタウロスの泳ぐ川に沈んでいく夕日が、そんな俺の絶叫を空しく飲み込んでいくのだった。
第十九回:完
バトル回デース。昔のゲーセンは、ACTゲームのEDまで近づくと観客がつきました。
で、ギャラリーがEDを見る中、スラッと立ち去るのが格好良い時代だったり。
まぁED後のハイスコア名を(ピー)にされる諸刃の剣ですけどね、はい。
それでは、楽しんで頂けたなら幸いです。ありがとうございました!




