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第十八話:友達と遊ぼう

『フィーオちゃーんっ。遊びましょー』


 俺が小屋の傍にある仮設ベッドで昼寝をしていると、そんな子供の声が小屋の方で聴こえた。

 キャッキャっと騒がしいその様子を訝しく思い、俺は様子を見に行く事にする。


「マーちゃん、ゴラちゃーん。来てくれたんだぁ」


 小屋からはフィーオの声だ。エルフの少女で、色々と性格に問題が多い子である。

 彼女の再教育をエルフ族長から頼まれた俺は既に、自分の小屋を彼女に占領されていた。


『うんっ。今度は私達の方から行くって言ってたもん。約束ー』


 やはり俺の小屋を自分の家として、誰かに伝えているようだな。

 入り口を見ると、そこには頭に黄色と白の花を咲かせた少女が二人居た。


 万能薬の元となるモンスター、マンドラゴラである。


「オイオイ、モンスターガ何デ俺ノ小屋ニ来ルンダヨ」

「あらマルコ。ただでさえ短い寿命で惰眠を貪って、虚しい人生を無為に過ごしていたんじゃないの?」

「昼寝シタダケデ、人生語ラレタクハナイ」

「じゃあ睡眠学習装置でも使ってたの? なら巨大ロボの操縦くらい簡単よね」


 爆弾埋め込んで殺してやろうか、こいつ。


「この子達をモンスターって言うけど、アンタだってオークじゃない。お互い様よ」

「イヤ、別ニ、モンスターヲ悪ク言ッタツモリハ無イガ」


 ガーッと俺に言葉の洪水をぶつけてくるのは、最初の呼びかけが不味かったようだ。

 まぁ確かに俺はエルフでも人間でもない、オーク族の者だ。

 だから『モンスター』とは自らの所属を表す言葉のつもりで使っただけなのだが。


 いや、下手な言い訳だ。確かにこれは俺の失言だったな。

 頬を掻いて困る俺の足を、マンドラゴラ二人がツンツンっと突いた。


『オークのおじちゃんだ。元気してた?』

「ナンダ、俺ヲ知ッテルノカ」

『パパの作ったベッドで気持ち良く寝てたのに、いきなり引っこ抜いた人だもん』


 そういえば、そんな事もあったなぁ。

 パパというのはこの森で居候している元野盗の人間、ヌケサクの事だ。

 彼女の母であるドリアードが「生気欲しいー」と飢えていた際、彼を献上した。


 その時の子供が、彼女たちマンドラゴラであった。

 俺はそれを知らず、ヌケサクの畑に生える彼女たちを引き抜いた前科があるのだ。


『あのいともたやすく行われるえげつない行為が、私達にどんな感情を生むか分かってないね』

『つまり明らかに精神失調状態……だから許してあげるよ、寛容な精神で』


 ニコニコしているが、やけに空恐ろしい気配を漂わせる二人。

 あー、まぁキチンと謝ろう。


「スマン。他ニ言葉ハ無イ」

『冗談冗談、許してあげるってば』

「マーちゃんとゴラちゃんは優しいもんね。これがドラちゃんだったら」


 フィーオはそう言うと、小屋にあったスパナを振り上げて俺に鬼の形相を見せる。


「貴様ー、心から謝っておらんなー! やろうっ、40秒でぶっ殺してやる!」

『わー、ドラちゃんなら言いそう』


 血の気多いなドラちゃん。

 ともかく、俺は二人から許されたらしい。良かった良かった。


「ソレデ、何ヲシニ来タンダ?」

『今日はね、フィーオちゃんと一緒に薬草摘みに行くんだー』


 少女の顔のマンドラゴラが、ニコニコと笑ってそう言う。


「何よ、マルコ? そんな泣きそうな顔で私を見て」

「コンナ純粋ナ子達ヲ騙スナンテ……ソコマデ落チテイタカ」

「ち、違うわよっ。春の七草とか、そういう奴っ!」


 流石に友人を薬草扱いするワケでは無いようだな。良かった。

 マーとゴラは「早速行こうよー」とフィーオの手を引っ張り、それに彼女も笑顔で答える。


「じゃあ行ってくるね。晩御飯までには戻るから」

『ばいばーい、オークのおじちゃーん』

「オウ、バイバイ」


 とてててっと駆けていく少女たち。

 うーむ、マンドラゴラの方が余程に良く出来た子じゃないかね、あれ。

 比べたらメチャクチャ怒られるんだろうけどな。



 * * *



 薬草採りに出掛けた三人を見送って、俺は昼寝の続きをする事にした。

 だがせっかく起きたのだから、何か口寂しい時に摘む物も欲しい。

 調理場に行って、何か簡単な保存食でも無いか探してみよう。


「ブヒヒィ(んー。ここの棚に、なんかなーい? なんかなーい? ねぇ?)」


 なんかオークが調理場の食料棚に手を伸ばしていた。

 ああ、ヌケサクの元野盗仲間のピッグだな。

 ガサゴソと漁っていると、突然彼の頭上に水バケツが降り注ぐ。


「ブヒヒィ(オカーーーサーーーンッ!)」


 ピッグは背中に翼でも生えたかの如く飛び上がると、そのまま気を失って倒れた。

 アレは……トラップかっ?


「ふんごー(キキキキキキキッ。馬鹿め、食料棚に手を出すとは。一瞬でケリだっ)」


 ヒョコっと現れたもう一人のオーク、ポークが顔を激しく上下に揺らして笑う。

 あの様子だと、コイツが仕掛けた罠のようだ。


「ふんごー(さて、こっそり覗いて見てたが、こいつ確か食器棚に飯を隠してたな)」

「アッ、ソレ反則ダゼ」

「ふんごー(笑ってごまかせぇ、ゲラゲラゲラ)」


 笑いながら食器棚に手を突っ込むポークの頭上に、5という数字が浮かんだ。


「ふんごー(こ、これは……まさか)」


 それは1秒ごとに数字を減らし、今は3になっている。

 なんだろう、凄く嫌な予感がするな。


「ふんごー(父さんっ。母さんっ。助けてよぉ、何でも言う事聞くからぁ!)」

「伏セローーッ」


 俺は調理場から飛び出して、スライディングで木陰に隠れた。

 そして、数字は0になる。


「ふんごー(オカーーーサーーーンッ!)」


 調理場で汚い花火が上がったので、俺は別の所でツマミを探すことにした。


 とはいえ、食料をそこらにホイホイ置いているワケも無い。

 見ての通り、いつ先程のオーク達が食ってしまうか分からないからだ。


「仕方無イ。森デ木ノ実デモ拾ッテクルカ」


 時期としては採取出来るギリギリだが、少しくらいは落ちているだろう。

 最悪空振りしても、まぁ昼寝前の散歩だと思えば良い。

 のんびりと考えて、俺は森へと入って行く。


 その直後、俺の前にトタトタと慌てて走り寄る姿があった、


『大変大変ー。フィーオちゃんが大変ー』


 黄色い花を頭に咲かせた少女、マンドラゴラが叫びながら俺にぶつかる。

 コイツはさっき、マーと呼ばれていた方の少女か。


「フィーオガドウシタッ?」

『うん。川辺で水草を探してたら、足を滑らせて流されそうなの』

「ナニッ」

『私達、水に入れないから助けられないよ。おじさん、なんとかしてぇ』


 俺はマーを頭の上に担ぎ上げると、どこに向かえば良いか聞いた。


『あっちだよ、私の声に従って進んでっ』

「ヨシキタ」

『アレ? ガオーとかウゴォーとか兜ぉーとか言わないの?』

「言ッテル場合カ」



 * * *



 案内に従って川辺まで行くと、確かにもう一人のマンドラゴラがワーワー騒いでいる。

 見ると、フィーオは川の中央にある岩にしがみついたまま、動けないようだった。


『わーん。フィーオちゃんがー』

「大丈夫よ、ゴラちゃん。もうちょっとしたら、きっと川の水が引くから」


 普段よりも水の勢いが強い。上流で雨でも降ったのだろう。

 もしかしたら、ゴラの居る川原も沈むかもしれない。

 俺はマーを木の上にしがみつかせると、一気にゴラの所まで走った。


「あっ、マルコっ!」

「待ッテロヨ。マズハ、コノ子ヲ助ケルッ」


 ゴラをひょいっと掴みあげて、さっきと同じく頭の上に乗せた。

 それと同じタイミングで、走る俺の足元から水音が響き出す。

 くそっ、やっぱり増水して来やがったな。


『わわわっ。私、泳げないよ』

「知ッテイル。心配スルナ、マーノ所ナラ安全ダ」


 俺は何とかマーの居る木にまで辿り着いて、彼女にゴラを手渡した。

 二人の姉妹はギュッと抱き合って、お互いの無事を確かめ合っている。

 木の根本で下草が多く生えているのを見る限り、川の水が来る気配も無い。

 万が一、落ちてしまっても溺れる事は無いだろう。


「ヨシッ。ココデジットシテロ」

『あーっ! フィーオちゃんが流されたよぉー!』


 俺が振り向くと、さっきまでフィーオの居た岩が跡形も無い。

 馬鹿なっ。増水がこんなに早いなんて、幾らなんでも不自然だ。

 それどころか、俺がさっき安全だと思った木の根にまで、川の水が上がっていた。


『うぇーん。なんとかしなきゃ皆死んじゃうー』

「イヤ。コレハ……自然デハ無イ。明ラカニ敵意アル攻撃ダ」


 俺は対岸を見る。

 そこは極めて穏やかな水の流れをしており、増水も殆どしていない。

 おそらくシャーマンが精霊魔術を使い、一時的に川の流れを支配しているのだろう。


 であれば、フィーオをすぐに殺す事も無い。

 水没した彼女を回収するべく、水中の何処かに潜んでいるはずだ。


 このまま川に飛び込めば、敵の思う壺だろう。

 俺は敢えて、川岸から上がる。

 そしてマンドラゴラの身体を掴むと、再び川の中に立った。


『わぁーーっ。どこ行くんだよぉー』

「フィーオ、助ケタインダヨナ?」


 俺がそう念を押すと、困惑しながらもマンドラゴラは強く頷く。

 それを確認し、俺はマンドラゴラの顔を水面に押し付けた。


『キャーーーーーーーーーーーーーーーーッ』


 凄まじい悲鳴が川の中に響いた、と思う。俺には聴こえないから分からないが。

 しかしそれから数秒で水の増水が一気に引いたのを見て、俺は成功だと確信する。


 要は、ガッチン漁法やダイナマイト漁と同じ仕組みである。

 強烈な音波の衝撃を水中に流して、生物を気絶させるというわけだ。


 やがていつも通りの水流となり、フィーオと青服を着たシャーマンがぷっかり浮かんだ。


『プアーーッ酷いよ死んじゃうよ』

「スマン。精神失調ダッタンダ。寛容ノ心デ許シテクレ」

『ならよしっ』


 やれやれ。



 * * *



 フィーオには水中呼吸(ウォーターブリージング)の呪文が掛けてあったらしく、すぐ目を覚ました。

 だが完全に気絶したシャーマンは、相当な勢いで水を飲んでしまっている。

 恐らく潜水技術に自信があったのだろう。


『せめて数分間の無呼吸運動が出来ないと危ないよね』

『ううん、ゴム製のアヒルの玩具さえあれば大丈夫よ』

「ドッチニシロ、ソレハ溺レル前ノ話ダロウガ」


 既に溺れてしまった人間を助けるには、人工呼吸しか無い。

 かなり顔色が悪くなっているから、早急な対応が必要だ。

 だが俺はオークという顔の構造上、鼻が邪魔で人工呼吸をしてやれない。


 くるーりっと、俺やマンドラゴラたちがフィーオを見る。

 俺の上着を羽織って、寒さで震える身体を温めているようだ。

 イライラしている様子の彼女が、俺たちの視線に気付く。


「……えーっと、何?」

「良イカ、人工呼吸ハ、水ヲ吐キ出スマデ何度モ繰リ返スンダゾ」


 フィーオ渾身の飛び蹴りが俺の顎に決まった。いい角度だ。


「ふざけないでよっ。命を狙われた相手を、なんで私が助けなきゃいけないの」

「ダッテ人工呼吸出来ルノ、オマエダケダシ」


 真剣に嫌がっている。そりゃまぁなぁ。

 だが人工呼吸すれば助かる命だ。見殺しは出来ん。


「マーちゃんやゴラちゃんだって出来るじゃない。いや、やらなくて良いけどね」

『私達、昼間は呼吸よりも光合成の方が盛んだから、人工呼吸し難いの』

「生キルカ死ヌカノ瀬戸際ナンダ。分カッテクレ」


 フィーオは大きく溜め息を吐いて「とほほー」と呟いた。

 しかし、覚悟を決めたのか、フィーオはシャーマンの顔を見て項垂れた。


「ノーカウントだからねっ、こんなの」

「ワカッタ、ワカッタ」

『ちゅう、ちゅう』

『プカープカープカー、パーンッ』


 眉を釣り上げつつ、頬がひくひくと痙攣している。

 そんな状態で目を瞑るから、もうなんというか目を閉じた般若みたいな顔だ。

 フィーオは顔を天に向けると、勢い付けて全力で顔を振り下ろす。


「行くわよ……せーのっ」

「ア、マンドラゴラデ気付ケ薬作レバ良イカ」

『そだねー。はいっ、頭の葉っぱ分けてあげる」


 ガチーン。


「ナンダ、フィーオ。額ヲ地面ニブツケタリシテ。新手ノガッチン漁法カ」

『うへー痛そう。フィーオにも、お薬の葉っぱ分けてあげようか?』

「いーらーなーいー」



 唸るフィーオの身体を横にどけて、俺は手早く気付け薬を作った。

 それをシャーマンに飲ませると、あっという間に意識が回復したようだ。


「くっ、殺せっ」

「やった、本人からお許しが出たわ。殺しましょう」

「待テ待テ待テ、待テ」


 瞳に危ない光の輝くフィーオを押さえつつ、俺は尋問を続けた。

 何の事はなく、やはり族長の娘であるフィーオを狙っていたようだ。


「ソンナニ凄イ賞金ガ掛カッテイルノカ?」


 俺がそう問い掛けると、鼻で笑われてしまう。


「知りもしないで、その小娘を守ってたのか。愚かなオークだ」

「嫌味ナ言イ方ダナ。聞ク気ガ失セタヨ」


 ふんっと顔を背けて、シャーマンは唾を地面に吐く。こいつ真剣に嫌な奴だな。


「私、こんなのと人工呼吸しようとしてたんだ……恨むわよ、マルコ」

「人命救助ハ出来テモ、人格救助マデハ出来ナイカラナ」

『私の草で助かった癖に、ありがとうも言わないよー』


 シャーマンはマンドラゴラに向けて「誰が助けろって言った。ばーか」と挑発する。

 あー、これは腹立つな。川に流すしか無いなぁ。


「……ふふっ、うふふふ」


 なんかフィーオが笑い出した。かなり怖い。

 この子は自分が馬鹿にされるより、マンドラゴラを弄られる方が怒っているな。


「つまり、助けてって言わせれば良いのよね?」


 両目を狂気で渦巻かせつつ、フィーオはシャーマンの前でゆらりと身体を揺らすのだった。



 * * *



『フィーオちゃーん、遊びましょー』

「あらマーちゃん。ゴラちゃんは?」

『向こうで遊んでるよ。私達も行こうよー』


 のどかな会話をしている子供たち。

 この瞬間だけを切り取れば、どれほどに美しく映るだろう。


『じゃー今日も、王様の耳はロバの耳ごっこしようか』

「いいわねー。あの穴に向けて大声で叫ぶと、スカってするわ」


 ここに居ないゴラちゃんが、きっと今この時間の『遊び担当』なんだろう。

 うぅ、助けた命が無為に消えていくのは辛いなぁ。

 俺はフィーオに、それとなく聞く事にした。


「アノサ、ソロソロ『助ケテ』ッテ言ワナイノカ、アイツ……」


 俺がそう聞いたら、フィーオはにっこりと笑って俺に答える。

 邪気の一切が無い子供らしい笑顔だ。


「穴の底から何か言われても、そんなのちっとも聴こえないもーん」


 おーう、そう来るか……。


『こないだは姉妹九人で叫んでたんだよ。今度は十二人で叫ぶんだー』

「良いわね、それ。さっそくやってみようよ」


 キャッキャと笑って『ロバの穴』に向かう二人。

 それを見送りながら「近い内に川の水を引いて、浮かばせて助けてやろう」と思う俺だった。

 その時に悲観して入水自殺しなきゃ良いけどな……。


 そして今日も、ロバの穴にマンドラゴラの叫びが注がれるのだった。



第十八話:完

ガッチン漁やダイナマイト漁法は法律で禁止されています。

でもマンドラゴラ漁法は明記されていないから、この小説はセーフですっ! たぶん。


それでは、楽しんで頂けたなら幸いです。ありがとうございました!

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