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第十七話:家畜を飼ってみよう

「壊れかけのレィディオ体操ー! 腕を上にあげて背伸びの運動ー!」


 エルフの少女がそう言うと、人間の男が両手を上げた。

 一人のオークが彼の両腕を掴み、もう一人のオークが彼の両足を掴んだ。

 そのまま横に宙吊りにして、引き裂くように引っ張る。


「アァアアァアアッ! ちぎれるぅっ」

「ブヒヒィ(いっち、にっ、惨ッ、死ッ! に、に、惨、死ッ!)」

「ふんごー(はい、次は腕を振って脚を曲げる運動ー)」


 腕を掴んだままのオークがくるくると回転し、遠心力がついた所で手を離した。

 スポーンっと水平に飛んでいき、脚から落下して膝が折れ曲がる。


「ウォオオオオッ! 膝が、膝がぁぁぁっ!」

「体の外側に、今度は内側。腕を伸ばして廻す」

「手ノ込ンダ処刑デモシテルノカ?」


 森の朝の清々しい空気が、人間の悲鳴で台無しだ。

 小屋の外が騒がしいので見てみれば、彼は両手足を螺旋状に拗じられていた。


「んー。なんか東洋の忍者達が毎朝している健康法だって」

「ドウ見テモ死ニカケテルガ」


 素直な感想を述べると、エルフ少女は首を傾げて「なんで?」と返した。

 この少女……フィーオは少し常識や善性に欠ける所がある。

 森に住む条件の引き換えに、俺はエルフ族長からそんな彼女の再教育を命じられた。


 それだけでも非常に厄介な任務である、と俺は理解している。

 にも関わらず元野盗の人間やオークまで、俺の小屋の周辺に住み着いたのだ。

 すなわちヌケサクと、ピッグやポークである。

 今、目の前でボロ雑巾のように拗じられているのが、そのヌケサクだ。


「失伝しないよう、全ての民がお金を出して維持する程、重要な体操なのよ」

「全テノ民トイウト、忍者以外モ?」

「当たり前よ。でないと、お金を払ってる人が忍者だってバレるじゃない」


 そりゃそうかもしれんが。

 とりあえず、傍目には拷問にしか見えない。


「ブヒヒィ(そろそろ壊れかけましたかね?)」

「うぅ……俺はお前らには想像も出来ない物を見てきた……」

「もうちょっとね。最後の『死ん呼吸』とかいうの、やらせてみましょう」

「こぉおおおおおおっ!」


 それ死ぬんじゃねぇのか。

 なにやら凄い事になっているヌケサクから目を逸らして、俺はフィーオに話し掛ける。


「オマエハ朝ノ体操シナイノカ?」

「するわよ。ほら、いっちに、いっちに」


 フィーオは前屈したり背中を逸らして、筋肉をほぐした。

 それはきちんとした柔軟体操だな。

 俺はヌケサクの方を指差した。


「アレハ?」

「よく死なないわね、アイツ」


 コイツの頭、壊れてるんじゃねぇかな。


「ふんごー(壊れたか壊れていないか。その間が無いデジタルの悲しみ……)」

「ブヒヒィ(ADVを買ったはずなのに、最後は完全な激ムズFPSになる悲しみ……)」

「哲学的袋小路ニ陥ルンジャナイ」


 オークたちの手からヌケサクを引きずり出して、日当たりの良い場所に置く。

 そのまま水を掛けて三十分もすれば元に戻るだろう。


「体操ガ終ワッタナラ、畑仕事ニ行クゾ」

「はーい」


 フィーオは麦わら帽子を手に取ると、それを被って畑へと走って行った。

 俺も農具を幾つか手に取って、ゆっくりと後を追う。

 どうせフィーオの事だ。道中で別の物に興味を奪われて時間を潰すはず。

 追い掛ける方は、歩いて行けば丁度良いのだ。


「ふんごー(あ、アレが外れて飛んでったぞ。探せ探せ)」

「ブヒヒィ(スペアは無いからな。嵌めろ嵌めろ)」


 うん、アイツラは誘わないでおこう。



 * * *



 森を抜けて畑へと向かう途中、案の定、フィーオが藪の前で座り込んでいた。

 また何か変な物でも見つけたのだろうか。


「どうした、フィーオ?」


 少女の見ている物を覗きこむと、そこには鶏が倒れていた。

 額のトサカを見れば、これが雄だと分かる。


「雄鶏なのに、どうして卵を産んでるんだろう」


 フィーオの言う通り、この雄鶏はその傍に卵を転がしていた。

 湯気が立つそれは産みたてにしか見えない。

 であれば、産んだのはやはりこの雄鶏であろう。


「産んでいる最中にお湯被っちゃったのかな」

「アンマリ考エタクナイ、シチュエーションダナ」

「鶏だと思ったら、ダチョウの卵だったりしてね」

「ダチョウノ卵ハモット大キイ。ソレハトモカク……」


 雄鶏に触るが、殆ど反応しない。もう死にかけているのだろうか。

 このまま死なせてしまうのも哀れだが、俺に獣医としての知識は全くない。


「トリアエズ、水デモ飲マセテミルカ」


 俺は腰の水筒から、鶏のクチバシから水を注いでやろうとした。

 だがどうしてもクチバシが固く閉じられていて開かない。


「ムムッ。開ケロ、水ヲ飲マセルダケダ」


 俺の力を持ってしても、クチバシはピクリとも動かなかった。

 なんだコイツは、まるで一体化しているかのようだ。


「マルコッ。これ、脚見て脚っ」


 フィーオが驚きの声で指摘し、俺も鶏の脚に視線をやる。

 はたして、鶏の脚は灰色の『石』となっていた。


「コレハ、石化ッ?」

「下半身も、どんどん石になってるよ」


 濡れたレンガを太陽で温めて、表面から濡れた水が徐々に失せていく様子。

 それを石と肉の関係性で思わせるように、鶏の身体が石化する。

 慌ててクチバシから手を離すのとほぼ同時で、雄鶏は完全な彫像となった。


「ナントイウコトダ」


 こんな異常事態を引き起こす理由は、数多くない。

 石化魔法を掛けられたか、あるいはデーモンに呪いを掛けられたか。

 もしくはバジリスクやメデューサの魔力で石にされたか……。


「テレポーターで壁に埋められたのかしら」

「ソリャ石ノ中ニ居ルダケデ、石ニナッタワケジャナイダロ」

「時々で良いから思い出して下さい。私のような女の子が居た事を」

「イヤ、コイツ雄鶏ダカラナ」


 ともかく、石化した原因は限られている。そして俺には心当たりがあった。

 俺は地面に転がっている適当な石を拾う。


「マルコ、駄目よっ。潰しちゃ駄目。ZAPしちゃうわ」

「潰スノハ雄鶏ジャナイ」


 いまだ湯気の立つ卵に、俺は石を向けた。


「いきなりどうしたのよっ」

「コイツハ、コカトリスダ」


 俺の言葉を聞いて、フィーオもギョッとして卵を見る。

 コカトリスとは、触れると石化させられてしまう巨大鶏のモンスターである。

 生態の大部分は謎に包まれているものの、幾つかの不確かな噂があった。

 その一つが「雄鶏が産んだ卵はコカトリスに育つ」という物だ。


「今、始末シナケレバ」

「でもまだ卵の中だから、コカトリスとは限らないよ」

「産ンデ石化シタ雄鶏ガ証拠ダ」


 故に、この卵に触れるだけでも石化する危険性が高い。

 もし雛となって自由に動けるようになってしまえば、大変な事となるだろう。

 俺の説明を聞いても、フィーオは頑なに止める。


「何故ソコマデ守ロウトスルンダッ」

「だって美味しそうじゃないっ」


 ……。

 ほぉー。


「鶏の飼えないエルフの里じゃ、卵なんて滅多に食べられないわ」

「オゥ」

「もし育って卵を生むようになったら、食べ放題じゃないっ」


 んー。


「一週間待ってよ。私が本物のコカトリスを連れて来てあげるわ」

「来ナクテイイッ! ソウナラナイ為、始末スルンダヨッ」



 * * *



『ピヨピヨッ』

「連れて帰っちゃうんだもんなぁ。しかも孵しちゃったし」

「ブヒヒィ(檻から出ちゃ駄目ですよー)」


 そう言ってピッグはスコップの先に餌を載せると、檻へと突っ込む。

 コカトリスの餌が鶏と同じで良いかは分からないが、とにかく雑食性だろう。

 畑で取れたミミズや食べかすなどの生ゴミを突っ込むと、パクパク丸呑みしていく。


「こんなに小さいなら、単なるヒヨコなんじゃないですかね」


 ヌケサクが無責任にそう言うが、誰も触ろうとはしない。

 そもそも普通のヒヨコは、温めもしないで卵から孵ったりもしない。


「ナラ、触レヨ」

「ピッグ、触ってごらん。ウールだよ?」

「ブヒヒィ(コカトリスです)」

『ぴよっ』


 そう鳴いて、コカトリスの雛はピッグに頭を差し出してくる。

 鶏は初めて見た動く物を親だと認識する。

 もし同じ習性ならば、コイツはピッグを親と思っているらしいな。


「つまんなーい。私が親になれると思ってたのにぃ。助けたの私だよ?」


 フィーオがジト目でコカトリスの雛を睨んでいた。

 ブーたれるのだけは一人前だ。


「持ッテ帰ルダケデ、何ノ世話モシトランカッタラ、ソリャナァ」

「卵から孵る時も外で遊び廻ってましたし」

「ブヒヒィ(まあ自分も偶然、檻の前に居ただけなんですけどね)」


 誰も世話をしなければ孵るまい、と思っていたが、予想に反して生まれてしまった。

 こうなると命を奪い難いが、あくまでもコイツはコカトリスである。

 そろそろ始末してやらなければいけないだろう。


「まぁ殺す前に、コイツが本当にコカトリスか調べてからにしましょうや」


 ヌケサクが餌箱から生きたミミズを火バサミで摘んだ。

 それを雛の身体にペトリと付ける。


『ピヨピヨッ』

「これでミミズが石化したら、こいつはコカトリスって事になりますね」

「動物実験ハ好マンガ仕方無イ。コノ結果デ始末スルカ決メルカラナ」

「むぅー。わかったわよぉ」


 ミミズを餌箱に戻し、暫く待つ。

 ヌルヌルと動いてたいたそれは、ぴくんっと痙攣して、やがて石になった。


「はい、コカトリス決定ー」

「えぇぇえー! もう少しで卵や鶏肉食べ放題なのよ? やり直しを要求するわっ」

「命ヲ無為ニスルナ。結果ハ出タノダ」


 まぁ雄鶏が石化した段階で、分かっていた事ではある。

 不満を述べるフィーオが納得せずとも、もはやどうしようも無い。

 俺は棒きれを持って、檻に近付いた。


「ブヒヒィ(ま、待ってください兄貴ッ)」


 その俺を引き止めたのは、意外にもピッグだった。


「ブヒヒィ(もうちょっと、もう少しだけ育てさせて下さい)」

「駄目ダ。長ク生キレバ、ソレダケ死ノ恐怖ガ増ス。早ク楽ニシテヤルベキダ」

「ブヒヒィ(でもコイツ……俺を親だと思ってるんすよっ。見殺しには出来ません)」


 おいおい。

 そんな言い方をされても困る。俺だって命は奪いたくない。


 だがコカトリスは、決して鶏の大きさで成長が止まったりはしない。

 俺たちオークや人間と同じくらいにまで育つのだ。

 そうなれば、コカトリスに触れず殺すのは至難の業となるだろう。


「ヌケサク、ピッグヲ押サエテイロ」

「へいっ。分かりました」

「ブヒヒィ(兄貴っ、頼みます! あと一週間、いや三日だけでもっ! 兄貴ぃ!)」

『ピヨッ?』


 俺は棒きれを構えると、コカトリスに言葉を掛けた。


「許セヨ」



 * * *



『コケコッコーッ』

「育てちゃうんだもんなぁ、コカトリス」

「仕方無イダロガ……」


 既に俺の腰までの大きさに成長したコカトリスを見て、思わず溜め息が出る。

 雛の内に殺そうとしたのだが、その直前でフィーオに止められたのだ。


「その子を殺したら、私、家出するからねっ」

「ハァ? 何ヲ言ッテルンダッ」

「いいのっ。するったら家出するのっ。殺しちゃ駄目! 分かったっ?」

「ブヒヒィ(頼んます兄貴ィ、一週間だけで良いんですぅ)」


 アイツの目は本気だった。本気で家出するつもりだったのだ。

 その横でピッグに泣かれてしまえば、もう俺に出来る事は無かった。


『コケーッコッコッコ』

「しかし、一週間でデカくなりましたねぇ」

「ブヒヒィ(ホラホラ、腹が空いたかウィーアー。がっつくんじゃないぞ!)」


 なんか名前まで付けちゃってるし。

 雛の間は可愛いものだが、成長してしまえばただのデカい鶏だ。


『コケーーーーー!』


 しかも煩い。めちゃくちゃ煩い。

 フィーオが怒って殺しでもしないかと思っていたが、意外にも彼女は平気そうだった。

 かくして、彼女とピッグを除く俺たちは、眠れない日々を過ごしていたのだ。


「んで、どうするんですか? コイツ」

「トリアエズ、檻ヲ大キクスルカナ」

『コーーーッケコッッコーーーー!!!!!!!!!!!』


「「うるせぇえええっ」」


「ブヒヒィ(栄養は考えて好物の貝殻も入ってるよっ)」


 まだ世話をしているピッグの背中を掴んで、俺とヌケサクは森までコイツを引きずった。


「ブヒヒィ(いててっ、なにするんスか。俺はウィーアーちゃんの世話を……)」

「ブクブク太ラセル前ニ、檻ノ拡張ヲシロッ」

「とりあえず、お前は木材になりそうなの拾って来い。俺は兄貴と檻を作るから」


 コカトリスの世話がしたいと言う彼に、籠を背負わせて森の奥へと追い立てる。

 そして、俺とヌケサクは等身大程もある檻の『建築』に入るのだった。

 犬小屋を作るのとはワケが違うな……。



 一日掛かって半分も完成していないが、俺たちはひとまず小屋へと戻る事にした。

 ピッグはいまだに戻らない。上手くどこかでサボっているのだろう。

 晩飯の時間が近いから、暫くすれば現れるだろうが。


「あらマルコ。どこ行ってたの? もう晩御飯の準備できてるよ」


 そう言ってフィーオは、毛の毟られたコカトリスの丸焼きを大鍋に突っ込んだ。

 うむ、今から晩飯を作るのは流石に疲れる。助かるな。


「皿クライハ出サセテ貰オウ」

「じゃあお願いー。私はチキンスープを入れていくからね」

「オゥ」

「へー、鶏肉なんて食うの久しぶりですよ。美味そうだなぁ」


 そう言って、ヌケサクは小屋の入り口に支え棒をする。

 外から誰も入れないようにだ。


「丸々太って美味しい鶏肉になったわねぇ。殺さなくて良かったでしょ?」

「イヤマッタク」

「腹ペコでもう我慢できませんよ。さっさと証拠隠滅しましょうや」

「じゃあ、いっただきま~す」



 その後、作りかけの檻は物置の骨組みとして再利用された。


「ブヒヒィ(どこ行ったのウィーアーちゃん! 探しに行くのさウィーアーちゃーん!)」


 ピッグがコカトリスの居た古い檻の傍で叫ぶ。

 その檻の隙間から、何か丸い物の転がった細い跡が、森にまで続いていた。

 彼がそれに気付く様子は無い。


 『彼ら』は、滅びていない、のかもしれない……。



第十七話:完

卵かけご飯には基本的に醤油派の私ですが、最近色んな具を足すようになりました。

中でもホルモンを混ぜると、もう絶品でこりゃたまらんヨダレズビッ。

ただ私って卵やホルモンを食べ過ぎると蕁麻疹が……TKG食いたし、命は惜しし。


それでは、楽しんで頂けたなら幸いです。ありがとうございました!

(編集時間の都合上、暫く18時以降の投稿となります。すみませんっ)

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