表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/80

第十六話:散歩に行ってみよう

 森の夜、それは決して外を彷徨いてはいけない魔の世界だ。

 夕闇に紛れて蠢く影、ありとあらゆる害意は、生ある存在を食らわんとする。


「ねぇ、マルコ。トイレ行きたい」

「ダカラ、昼間ニ済マセテオケト言ッタノダ」


 すっかり夜の帳が下りたにも関わらず、俺とフィーオは森の中で焚き火を囲んでいた。

 道に迷って数時間、ここで野宿を決意したのが一時間前だ。

 とりあえずの食事を終えて、やっとゆっくりし始めたら、コレである。


「仕方無いじゃないっ。出物腫れ物所嫌わず、って言うでしょ」

「シカシ、森デ用ヲ足スナラバ、余リ離レルナヨ」

「変態っ!」


 違う。

 木々に頭の上を覆われて、月明かりが届かず足元も覚束ない状態だ。

 転げて怪我をするだけならまだしも、道に迷っての遭難も有り得る。

 というか、現状、既に遭難しているのだが……。


「俺ハ耳ヲ塞イデオクカラ、サッサト済マセロ」

「んー。分かったわよ」


 立ち上がるフィーオに、所持品の小さなスコップを手渡す。

 受け取りながら「これ何?」と聞く少女。


「穴ヲ掘ッテ、ソコニ用ヲ足セ。後ハ埋メテオクヨウニ」


 固形物などが残ったまま雨が降ると、川などに便が流れこんで汚染されるからだ。


「もう、子供に教えるみたいな事しないでよっ。それくらい知ってるわ」

「ソウカ。ナラバ良イ」

「何ならその豚マスクを外して出る光で、川を綺麗にすれば良いじゃない」

「ソンナ光ハ出ナイゾ」


 不機嫌になりながら、フィーオは森の影に消えていく。

 まぁ彼女はエルフの娘だ。森に生きる者としては常識かもしれない。

 だが再教育を任された俺はオーク族だ。

 エルフ族が子供に何を教えて育てるか、そこからして既に不明である。


 その結果として、今みたいに「馬鹿にするな」と叱られる訳だ。

 さて、約束だから耳を塞いでおく事にしよう。


 俺は目を空に上げる。木の葉の隙間から僅かに見える星空。

 それにより自分たちが向いている方向くらいは分かるが、依然として現在地は不明だ。

 この森に住んで十年、道に迷った事など無かったにも関わらず。


「迷イノ森。ソンナ場所デハ無イノダガナ」


 俺はボンヤリと考える。

 採取を兼ねた何気ない散歩で、フィーオと森に出掛けただけだ。

 歩き慣れた森の小道にも関わらず、今はこのザマである。


「キャーーッ!」


 そのフィーオの甲高い悲鳴は、耳を塞ぐ俺にも聴こえた。

 焚き火から燃える薪を一つ持ち上げて、声の場所に駆け出す。


「ドウシタッ?」

「し、し、し、死体っ! 死体が出たぁー」


 少女の指差す方へと明かりを向けると、そこには人の腕が飛び出ていた。

 腐乱したその腕は掌を開けており、おぞましい花にも見える。


「ナントナ。不憫ナ事ダ」

「うへー。私、死体を見たのって初めてかも」


 俺が驚かないので、それに習ってかフィーオも落ち着きを取り戻した。


「トイレハ済ンダノカ?」

「うーん、まだ……」

「ジャア、サッサト済マセテ来イ。コレハ俺ガ処理スル」


 離れたのを確認し、俺は木切れで腕の生えた根本を軽く掘った。

 腕の収まる穴を作って、その中に埋めてやる。

 浅いので獣に掘り返されてしまうだろうが、せめてもの供養だ。


「終わったよーマルコ」

「ソウカ。コッチモ終ワリダ」


 駆け寄って来たフィーオに、死体へと祈りを捧げるように促す。


「エルフは死者にお祈りなんてしないよ。神様信じてないからね」

「ソウイエバ、ソウダッタナ」

「というか、マルコもオークじゃない。なんでお祈りなんてするのよ?」


 確かに、オークは基本的に無宗教である。

 種族的理由よりも、教養や情緒を養うチャンスの無い社会性が根本原因だ。


「俺ハ昔、孤児ヲ預カル修道院ニ住ンデイタンダ」

「修道院? それって、人間の僧侶が住むアレ?」

「ウム」


 話しながら、俺たちは焚き火の元に戻る。


「修道院がオークを孤児預かりねぇ……」

「フッ。笑ウカ?」


 自嘲する俺に、フィーオは首を横に振る。


「んーん、立派だと思うよ。そのダブルピース教は」

「ソンナ名前ジャネェヨ」

「クッコロセ教だっけ? 微抵抗主義のカンジー・チャウが率いるという」

「馬鹿ニシテルダロ、オマエ」


 全く、エルフに宗教の話をするものじゃないな。

 別に自分の過去を話したかったわけでも無いし、俺は話題を別に移した。

 それも取るに足らない話で、フィーオに誂われるだけだったが。



 * * *



「ソロソロ寝テオケ。明日ハ早目ニ起キテ、森ヲ抜ケルゾ」

「はーい。じゃあ、おやすみなさい」


 木に葛を巻いて採集物用の大袋を吊るすと、フィーオをその中に入れてやった。

 ミノムシみたいな姿勢だが、地面で横になるよりも遥かに翌朝の身体は楽だ。


「ヤレヤレ」


 早くも寝息を立て始めたフィーオから離れて、俺は焚き火の見張り番だ。

 そして薪を幾つか投げ入れた時、奇妙な気配に気付いた。

 ズルズルピシャリと、重く鈍い何かが這いよる音だ。


「モンスター、か」


 いまだ夜は深い。ここでフィーオの休息の邪魔をさせたくは無いな。

 俺は静かに立ち上がる。火の着いた薪を拾って音のする気配へと向かった。

 明かりを照らすと、地面に這いつくばる奇妙な人影。


 それは動く腐った死体、ゾンビだった。

 地面に這いながら、半分崩れた顔で俺を見上げてくる。


「ムゥン」


 薪を一振りして、そのゾンビの頭部を破壊した。

 動かなくなるゾンビから目を離し、周囲に火の明かりを向ける。

 木陰に隠れていたのだろう、明かりに照らされて何十体ものゾンビが現れた。


「フンッ。死霊使イデモ居ルノカナ」


 死霊使い。死者の眠りを妨げて、ゾンビとして操る忌むべき魔術師だ。

 俺やフィーオが不自然に森で迷ったのも、ソイツの仕業と考えられる。


「出テコイッ。コンナ者達デ、俺ヲ倒セルツモリカ?」


 吠える俺に返事は来ない。

 だが、ゾンビだけはザザザっと木陰から一斉に現れた。


「来ルカッ」


 身構える俺に、ゾンビは一斉に右肩を軽く跳ねさせながら近寄って来た。

 キビキビと腰や足を振って前進し、両腕を振り上げて左右に移動している。

 くっ、見事な動き。


「分かるかね、オーク」


 ゾンビの群れがザッと中央を開ける。

 ゆっくりと歩いて現れたのは、全身を白いスーツで包んだ謎の男だ。

 シルクハットまで白いそれを右手で抑えつつ、俺の前で立ち止まる。

 なんか妙に白色が好きそうな奴だな。


「彼らは芸術品だよ。我が良き夢でもある」

「死者ヲ操リ、何ガ芸術ダ。何ガ夢ダ」

「ふんっ。それは違う、彼らは我が夢の下僕だ」


 そいつは手近な一体の胸にコインを投げた。

 触れると同時に、ゾンビは跡形も無く消滅してしまう。


「イリュージョン、カ」

「死霊使いなどという下賎な輩と同一視は止めてもらおう」


 わざわざゾンビの幻影を使っておいて、勝手な事を言う。


「ソレデ、何ガ目的ダ?」

「お前達を狙うのに理由があるとすれば、一つしか無いんじゃないか?」


 ニヤリと笑う幻術士。

 まぁ、そりゃあ一つしか無いわな。

 エルフの少女、フィーオ。族長の娘でもある彼女の価値は、凄まじく高い。


「貴様モ金目当テノ、エルフ狩リカッ」


 死角からの右廻し蹴り、回避不能のそれが魔術師の頭部を薙ぐ。

 しかし手応え無く、姿が掻き消える。


「ふっふっふ。我が幻覚に包まれて、いざ永遠の王国へ」

「ホザケッ」」


 怒鳴る俺に何体ものゾンビが襲い掛かったが、全て幻覚だ。

 俺の一足一拳で、幻は幻に還る。


「こうして幻覚で疲弊させて、あのエルフ少女を奪うのが目的だった」

「ソノ割ニ、直接的ナ行動ヲ仕掛ケタモノダナ」

「ふっ、俺はエレガントに事を運ぶのが主義だ。本来は姿を見せぬ。しかし……」


 そう言って、再び木々の影から現れる幻術士。


『のーみそをくれーー』

「まさか本物のゾンビが出るなんて思わなかったんです、助けて下さい」


 頭をゾンビに思いっきり囓られていた。

 知るかよ……。



 * * *



「いやぁー、置いて行かないでっ! 戻ってきてぇ!」


 という幻術士の言葉を聞き流して、俺は焚き火まで走って戻る。

 まだゾンビは来ていない。袋でスヤスヤ寝ているフィーオを背負って、俺は駈け出した。

 あの様子だと、幻術士はじきに倒されるだろう。


「トハイエ、見捨テルノモナ」


 相手はエルフ狩りを生業とする悪党だ。しかし、見過ごせば確実に死ぬ。

 フィーオを真っ先に保護した今、まぁ助けても良いだろう。


「マダ生キテイレバ良イガ」


 幻術士の所に駆けつけると、数体のゾンビが何かを貪っている。

 ああ、手遅れだったか。


「生きてるっ、生きてるから助けてぇ!」


 などと貪られている何かが叫んだ。

 覗き見ると、そこには全身を黒く変色させた幻術士が居た。

 あ、ゾンビになっちゃったのね。

 とりあえず、周りのゾンビをビシバシっと跳ね飛ばす。


『ふぅ、本当に死んだかと思った』

「イヤイヤ、良カッタ良カッタ」


 はっはっは。


『こんな身体じゃ、もうキスしてなんて言えないよ……』

「自業自得ダ、馬鹿者」


 まだ身体は生きているのだから、癒やしの神の祝福を受ければ助かるだろう。


「トハイエ十重二十重ニ囲マレテハ、ソレ以前ノ問題ダナ」

『いやだぁ、まだ死にたくないぃ。俺には、まだやりたい事が残ってるんだぁ!』

「叫ブナ、フィーオガ起キル」


 なんか背中で「本当の自分を始める前から、もう終わってるよぉ」とうなされている。

 確かに悪夢を見そうな状況であるから、仕方あるまい。


「ココヲ抜ケル、助カリタケレバ来イ」


 俺はザッと見回して、ゾンビの居る位置を確認した。

 手薄なのは、やはり焚き火のある方角だ。

 俺はそちらに向けて両足を前後に広く開けて、両手もそれに準じて伸ばす。


「行クゾッ」


 全力で後ろ側の足を前に踏み込ませる。同時に、その反動で腕を跳ね上げた。

 この一歩で、普通の三歩を歩く。

 次は逆側の手足を同じく振り上げて、落とす。

 それは五歩にも相当した。


『は、速いっ。歩いているだけなのに』

「ゾンビガ来ルゾ」


 左右を挟んで俺に飛び掛かるゾンビが、俺の大きく振る両腕を掴もうとした。

 捕まる瞬間、伸びた腕を鋭く回転させて、ゾンビの腕を内から外に弾く。

 力任せに動くゾンビは、それだけで姿勢を崩し倒れこんだ。

 正面のゾンビには、足を上げる勢いを蹴りとして放ち、吹き飛ばしながら前進する。


『ま、マジかよ』

「ノンビリスルナ、置イテイクゾ」


 速ければ速い程、この歩法は威力と効果を増す。

 無論、頭の良い奴相手には不利な技だが、ゾンビならば丁度良い。


「焚キ火ダ。ココデ迷イノ森ノ幻術ヲ外セ」

『わかったっ。今から解除する』


 そう言って、幻術士がディスペルを掛けた。

 焚き火で照らされた景色が、徐々に記憶の中の見慣れた地形へと変化する。

 ここは……駄目だ、小屋まで一時間は移動せねばならない。


「クソッ、思ッタヨリモ遠クニ来テイタナ」


 俺はフィーオを背負い直して、構える。

 戦うしかないっ。


『ゾンビ相手に格闘技? 噛まれて仲間になるのがオチだ』

「ナラドウスル。貴様ノ幻術デ、アイツラヲ迷ワセルカ」

『分かっていて聞くな。俺の魔術は生者にしか通用しない』


 迷いの森の魔術を使っても、ゾンビは俺たちを追いかけてくる、か。

 というか大掛かりな魔術の癖に、やけに簡単に解除したなコイツ。


『空間湾曲では無いからな。効果範囲内の生者の感覚を狂わせるだけだ』

「ソレハ無差別ニカ?」

『指定の場合、リソースが大幅に増えて今の俺には使えん。何か考えが?』

「イヤ、ソレダケ聞ケバ充分ダ」


 俺は枝を二本と紐を用意した。


「オイ、コインヲ持ッテタナ。一枚寄越セ」


 受け取ったコインの中央に穴を開ける。

 その穴に紐を通すと、両端を二本の枝先に括った。

 コインが丁度紐の中央に来るように滑らせて、一本ずつ両手で枝を持つ。


『それは何だ、どっかの地下水脈か埋蔵金を探す為のまじないか?』

「うぅーん、ムニャムニャ……ガチャンッツーツーツー」


 どういう寝言だ。

 ともかく、俺は小屋の方角に二本の棒を向ける。

 枝を小刻みに振って、コインを高速で回転させた。

 勢いが安定し、コインが地面から見て垂直になった瞬間、幻術士に声をかける。


「今ダ。迷イノ森ノ幻術ヲ掛ケロ」

『今、ここでか?』

「急ゲ」


 幻術が発動し、徐々に木々の気配が見知らぬ何かへと変わっていく。


「連イテ来イッ」


 俺は一直線に走り出した。

 しかし幻術の効果で、実際は『まっすぐに走ってなどいない』だろう。

 その証拠にコインが徐々に右へとズレている

 無意識に『身体が傾いて、カーブした』からだ。


「姿勢ヲ直セッ。一直線ニ走リ抜ケル」

『なるほどな。無機物に幻術は掛からない。簡易的なジャイロを作ったのか』


 コインで自分の姿勢を調整しつつ、ひたすら森を走り続ける。

 とはいえ半ゾンビの幻術士が居る以上、ゾンビに追いつかれないのが精一杯だ。


『奴らは疲労を知らない。ゾンビに捕まるぞ』

「大丈夫ダ、俺ヲ信ジロ」


 どれほど走ったか、気が付くとゾンビの姿は見えなくなっていた。


「ヨシッ。コレダケ距離ヲ開ケレバ、モウ大丈夫ダロウ」

『ゾンビパワーが無ければ、スタミナ切れで倒れてたな俺は』


 パワーとか言って割りと余裕だな。

 幻術士が不思議そうな顔で森を見ていた。


『なぜゾンビが追って来ないんだ?』

「簡単ナ理屈ダ。見失ッタンダヨ、俺達ヲ」


 ゾンビは見失わないだろう、幻術が通用しないから。

 だが、ゾンビを操る『死霊使い』は、そうはいかない。

 俺たちを追う間、嫌でも迷いの森の効果を受けて、方向感覚が狂う。


「正確ニ小屋ヘ『真ッ直グ』走リ続ケル俺達ト、距離ヲ開ケラレテ……」


 そのまま迷ってしまったのだ。

 ゾンビを操れる効果範囲から出れば、もう奴らも追いかけては来れない。


『その為のジャイロ、か。なんとまぁ』

「後ノ問題ハ、オマエノ身体ダケダナ」

『そうだっ。このままじゃゾンビになってしまうっ! ど、どうすれば』

「動クナヨッ」


 慌てふためく幻術士の頭部に、俺は右手を掲げた。

 威圧して、地面に伏せさせる。


「我ガ慈悲深キ主『癒シノ神』ヨ……」

『なにぃ? これは、神聖術だとっ』

「詠唱……囁キ……祈リ……念ジロッ」


 俺の右手が光を宿し、それが幻術士の身体へと移っていく。

 やがて彼の身体は弾けるように輝き出したかと思うと、一瞬にして収縮する光。

 そこには、人間の姿に戻れた幻術士が居た。


「元気ニナレタヨウダ。コレデ、マタ敵同士ダナ」


 そう言う俺に、幻術士は呆然と見返す。

 やがて震える口を開いた。


「幻で他者を裏切っても、真の恩を裏切る事は出来ない。俺の不文律だ」

「盗賊ガ、ヨク言ウ」

「別に悪党のつもりじゃない。俺はエルフ狩りを生業に選んだだけさ」


 それを選ぶから悪党なのだが、まぁ言いたい事は分かる。

 幻術士は立ち上がって、俺に頭を下げた。


「偉大なるオークよ、俺はもうこの森に二度と近付かん。迷惑を掛けた」

「約束シロヨ」

「ああ。何も持たないこの身だが、精一杯の謝礼だ」


 幻術士は何事かを呟いて、俺の背負うフィーオに手をかざした。

 魔力を感じると共に、うなされていた少女が落ち着き出す。


「これで良い夢を見るはずだ……この俺が、誰かの為に幻術を使うなんてな」


 フィーオの安らかな寝顔を見て、幻術士は思わず笑みを浮かべていた。


「ふっ。エルフ狩りを止めて、不眠症治療の術者でも始めるか」

「好キニ生キレバイイ」


 俺は幻術士の肩に手を掛けて、そのまま強く握って無理やり引き寄せる。

 苦痛に歪んだ表情の耳元で、俺は呟いた。


「ダガナ、貴様ガ売ッタエルフ達ハ、今モ醒メナイ悪夢ヲ見続ケテイルンダ」


「あぁ……そうだ……そうだったな」



 * * *



「くそっ、どこが出口なんだっ」


 叫ぶ魔術師は、全身にドクロや牙などの悪趣味な装飾品を身に付けていた。

 その足元をゾンビたちが這いずり廻っている。


「役立たずども、散れっ散れぇっ」


 ズルズルと離れるゾンビの活動は、明らかに限界へと達していた。

 間もなく、死者に掛けられた魔力は尽きるだろう。


「俺はこんな所で死ぬ奴じゃない! あのエルフを売っ払って大金持ちになるんだよぉ」


 天を仰ぐ魔術師。

 その視界に、何か黒い物体が目に入る。


「巨大な……鷲?」


 気付いた瞬間、魔術師はその大鷲に胴体を掴まれて、空中へと持ち上げられていた。

 あまりの締め付けの苦しさに声も出ない。

 あっという間に森の外へと運ばれると、付近の大樹の上へと放り投げられた。


「ぐぇぇっ!」


 バキバキと枝を折りながら落下し、草原の上で痛みにのたうち回る。

 そんな魔術師の前に、大鷲は羽を大きく広げて威嚇した。

 震え上がり、もはや悲鳴すら出せない。


「たしゅけてぇ……」

『失せろ、次は殺すっ。意識を残したゾンビとして、永遠に牢獄入りだ!』

「お、お、おたすけぇぇー!」


 見苦しくゴロゴロと転がりながら、魔術師はこの場から離れていく。

 険しい顔をしていた大鷲も、その滑稽さには喉から笑い声が漏れそうだった。


「優しいねぇ、ご主人。エルフ狩りの死霊使いを森から追放するなんて」


 翼の間から、銀色の猫がヒョコっと顔を出してそう言った。

 そのまま大鷲の背中をペロペロと舐めて、毛繕いをする。

 猫なりに褒めているのだろう。


『あのエルフ娘を手に入れるのは、この俺さ。誰にも邪魔はさせない』

「はいはい、そういう事にしておくよ。魔術師様はお優しいなぁ」

『誰がっ……って、はぁんっ! そこ舐めちゃダメだよッ」


 月の映る大空に飛び立ち、森への帰路に着く大鷲。

 だがクネクネと腰を揺らすその姿は、やたら嬉しそうだった。



 * * *



 その後、不眠症治療や心的外傷治療で名を馳せる、一人の幻術士が現れる。

 彼は己を『贖罪』と名乗り、多くの患者を助け、多くのエルフ狩りの被害者を解放した。


 最後の一息が終わるまで彼は「贖罪者であった」と王立医療院に伝えられている。



第十六話:完

実はスーパースターをゲームでしか知らない私。

一応ゾンビの奴だけは、ビデオで観た事あるんですけどねぇ……。

なお鏡餅版は全クリ済み。でも最後の要素って必要あっ(隕石脳天直撃)


それでは、楽しんで頂けたなら幸いです。ありがとうございました!

(今回、文字数多くてすみません。前後に割る部分が思い付きませんでした……)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ