第十五話(後):洗濯物を干そう
オークのマルコとエルフ少女フィーオが、スフィンクスに例のリドルを出される。
ただし、それは『人間と答えてはいけない』という条件付きだった。
『朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足。かの存在は何者か。答えよ』
……。
………。
「エッ、人間ダロ?」
『ブタコン0テーーン。禁じられているのに人間と解答したから』
そう言いながら、スフィンクスは巨大な前足で俺の身体を滅多打ちにする。
「ウーラウラウラウラウラッウララーーーッ!」
「グォォッ」
最後のストレートパンチで、再び俺の身体は空に浮いた。
フィーオのしがみつく四角錐に身体を激突させて、ズルズルと地面に滑り落ちる。
「卑怯よっ。人間って答えが正解なのに、わざわざパッチを当てて封印するなんて」
『真に賢き者であるならば、自ら考えた答えで証明せよ』
初めて笑みのような表情を見せて、スフィンクスは俺の身体に足を掛けた。
『まぁ人間と答えたくなる気持ち、分からなくも無い。もう一度だけチャンスをやる』
「ソリャ、アリガタイナ……」
『果たして超人的な貴様はこのチャンスをどのように活かすか。出題、スタァァト』
内容は同じだ。朝に四本、昼は二本、そして夜は三本。
むぅ、真面目に考えればなかなか難しいぞ、これ。
「はっはっはっ。らしくないなぁ、マルコ兄貴ぃ」
「ふんごー(見ていられないぞ、歳を取ったな兄貴)」
夜空は見えていないのに、なぜか輝く八つの星。
いかにも野盗といった姿の二人の、不潔の笑いが木霊する。
お呼びとあってもご期待通りに現れない、有給休暇無き元エルフを狩る者たち。
そう、人は彼らをヌケサクvsポークと呼ぶっ。
「変ナナレーションヲ着ケルンジャナイ、フィーオ」
「あの二人にも参加させれば、回答権が二つ増えるわ」
「ふんごー(スフィンクスに狙われたらどうする、どうする、どうする? 君ならどうする?)」
「そう、任せるんだ俺達に! 口裂け女だろうとポマードの一言で追い払っちまうぜ」
俺とフィーオに、ヌケサクが真剣な表情を見せる。
彼は手近にあった小石を片手で持つと、そこにポークの片手と重ねた。
「「ニンゲンッ!」」
ヌケサクとポークは、スフィンクスのコークスクリュー・ブローで垂直に飛んだ。
頭から地面に落ち、地盤に大穴が穿たれる。
ピクピクと動いてはいるので、垂直に突き刺さったまま気絶したようだ。
「あぁ、貴重な回答権がっ。チッ、ちょっとは期待したのに」
「分カッテタケド、本当ニ無能ダッタナ」
イライラしたのか、スフィンクスが再び翼を羽ばたかせる。
その粉塵で「目に埃がぁ。目が、目がぁー」とフィーオが涙目になった。
たまには、体を張っている俺の為に泣いてくれても良いと思うのだが。
『さぁ答えよ。正しくなければ、貴様を食い殺してやる』
巨大な顎を開いて、美女の顔が台無しとなる。
俺は立ち上がりながら、必死で考えを纏めるが、なんとも思いつかない。
どうする? イチかバチか、戦闘に賭けるか?
「ふんっ。苦戦しているようだな、マルコ」
悩む俺達の所に、ヌケサクたちでは無い、別の新しい声が空から届いた。
見上げると、そこには人影が浮いている。
声の主は、漆黒のローブを着込んだ魔術師だ。その肩で銀色の猫があくびをした。
「貴様、エルフ狩リノ魔術師」
「所詮はオークか。知能が足りないようだ、スフィンクスに戦いを挑むなど」
スタッと降り立って、彼はスフィンクスに向き合う。
「貴様を倒すのは、この叡智溢れる魔術師様だ。マルコはそこで見ているが良い」
『ほぉ。魔術師よ、我が問いに挑むか』
「答えは人間だ。ふっ。この完璧過ぎる回答を述べるのに、余白などちっとも狭くは」
頭から地面に刺さるヌケサクとポークの横に、同じ姿勢の魔術師の身体が増えた。
なにしに来たんだろう、コイツら。
* * *
『魔術師も野盗と同じ回答か……どっちもどっちも……どっちもどっちもぉぉっ!』
スフィンクスが強烈な勢いで吠える。
無防備に聞く者を気絶させかねない咆哮だ。
「キャアッ!」
悲鳴を上げてフィーオが気を失った。
ずり落ちる身体を支えてやり、そっと大岩の影に横たわらせる。
どうやらスフィンクスの我慢も限界に達したらしい。
ズシンズシンと魔術師たちの元へと駆け寄る。
『少しは自力で考えろぉっ!』
倒立する魔術師たちに、その巨大な振り下ろす。
だがそれが彼らに叩き込まれる事は無かった。
『ムッ?』
魔術師の身体に直撃するギリギリで、猫の姿をした女獣人が両腕で支えている。
アイツは、魔術師が連れていた使い魔の猫、その正体だ。
『悪いけど、オイラの前でこれ以上の狼藉は許せないかなぁ』
声と顔こそ笑っていても、引き攣った頬と険しい眉が苦しげだ。
ガクガクと震える猫女の両腕が、彼女も無理をしていると俺に分からせた。
俺は駆け出して、背後を見せてるスフィンクスの後ろ足にローキックを浴びせる。
倒すなら今しかない。あの猫女が支えている隙に、機動力を奪う。
跳ね上がるように俺はスフィンクスの背中に登ると、両翼の中心に拳をぶつけた。
『グォォッ』
「獅子ノ点穴ヲ突イタッ。コレデ動ケマイッ』
点穴とは、生物に存在する急所である。
秘孔とも呼ばれるそれを突けば、どんな生物であっても動けなくなる。
だが……。
『バカめっ。私は幻獣……生物の理などに支配される存在と思ったか』
そう叫んだスフィンクスに振り落とされた。
くそっ、ダメか。
ギョッとした顔で猫女が俺の方を見る。
『何をしているんだよ、マルコ君っ。物理攻撃じゃ勝ち目なんか無いよ』
「猫女ハ黙ッテロ。ソイツノ足止メヲシテイレバイイ」
『答えを考えるんだっ。所詮はスフィンクス、屁理屈でも良いから答えをっ』
前足を支える猫女の顔がどんどん険しくなる。
いかん、このままでは幾ら彼女であっても危険だ。
『クソッ、こんな姿勢じゃディスペルは使えないし……参ったね』
『どうする? 答えを言って死ぬか、それともコイツを見捨てて逃げるかっ』
逃げる、そういう選択肢もある。
猫女とスフィンクスの力が拮抗している内なら、フィーオを抱えて逃げられる。
だが、そんなトカゲの尻尾切りみたいな事を、この俺が出来るはずも無い。
……それに、どうせ俺は死ねないのだ。
「猫女、俺ガ戦ッテイル間ニ他ノ奴等ヲ連レテ逃ゲロ」
『なんだって? 正気かい、アンタっ。確実に殺されるよ』
「死ヌツモリハ無イ。ダカラ……』
『ふざけんなっ』
猫女が俺の顔を睨みつける。
だが、その瞳の奥にはちょっとした共感みたいな物を感じる。
コイツも、逃げられない宿命を持っているのか?
『今のオイラは猫なんで尻尾は命さ。トカゲの尻尾切りみたいな事ぁ出来ないね』
とっくに笑えない所まで追い詰められていても、そう言って笑う猫女。
全く、考える事は同じ、か。
……。
待てよ……。
「オオッ、砂漠ノトカゲダッ!」
『なにぃ?』
スフィンクスが俺に嬉しそうな顔を向ける。
まぁ、さっきから問答無用で人間とばかり言われてたからな。嬉しくもあろう。
『トカゲが答えだと? その理由は何だ?』
やけにウキウキと弾んだ声で俺に答えを急かせる。
トカゲ。発達した四本足を使って器用に這いまわり、様々な場所を踏破する。
しかし、そんな彼も苦手な物はある。
高温に焼けた砂、長時間これに触ると火傷をしてしまう。
故に砂漠のトカゲは「四本足の内の二本を、対角上に振り上げて足を冷やす」のだ。
右前と左後ろ足、左前と右後ろ足……といった具合である。
つまり、涼しい朝は四本足で這いまわり、暑い昼間は二本足を冷やしている。
『ほほぅ、なるほどな。だが夜の三本足は?』
「獲物ヲ探ス為、尻尾ト後ロ足デ立ッテ探シタノサ」
尻尾と後ろ足の二本、合計で三本の足である。
『……ふ、ふふふっ。あっはっはっ! オイラは正解だと思うよ?』
猫女が言うのと同じくして、彼女を踏みつけていた前足が浮かんだ。
それを地面に下ろし、スフィンクスが俺を前に猫座りする。
『よかろう、貴様の答えはトカゲ。それで正解だ』
「ヨシッ!」
『ああ……久しぶりに人間以外の答えを聞いた。こんなに嬉しい事は無い』
「ソコマデカ」
キラキラと光る謎空間が周囲を覆い、スフィンクスの姿は消えていった。
なんとか、助かったようだな。
猫女が肉球のある手で「ぱにゅぱにゅぱにゅ」と拍手する。
『よくやったね、マルコ君。なかなかの屁理屈っぷりだったよ』
「ヤレヤレダ」
『しかし、なんでこんな所にスフィンクスが? 墓荒しでもしたのかい?』
墓所の守護者たるスフィンクス。
この四角錐がそれだったんだろうが、墓荒しと言える程の事はしていない。
「ソウイエバ、洗濯物ニ御札ガ張リ付イテタナ」
『読んでやるよ。なになに……勇者ロトとフリオニールここに眠る』
「マジカ?」
『嘘。本当は、えーとね……スフィンクス、ここに眠る』
あいつ自身の墓かよっ!
てか、御札を剥がされた程度で怒り狂うなよな、マジで。
『なお、人間人間って散々馬鹿にして封印したから起こさないように。エルフ族長』
「何ヤッテンダヨ、エルフ族長」
おもいっきり性格ねじ曲がってたぞ、あのスフィンクス。
『補足:念力で物を操って、御札剥がそうとする。気をつけよう……だって』
ほう。
だから、洗濯物の布が不自然に飛んでいったのね。
スフィンクスの墓に張り付かせて、御札の封印を破らせて、墓荒し認定と。
なるほど、なるほどなー。
「コノ大岩、崖マデ運ンデ捨テチマオウ』
『オイラも喜んで手伝わせてもらうよ』
『やめてぇぇぇっ! 寂しかったのぉぉぉっ!』
泣き叫ぶスフィンクスの念話を無視しつつ、俺は四角錐の岩を背負って運ぶ。
俺の傷ついた身体から流れ出る血を、点々と足跡に残しつつ。
だが、その血痕は僅かな時間で霧の様に消え失せるのだった。
『シュウウウウウウ!』
「誰ダヨソレ」
第十五話:完
「朝は三本足、昼は二本足、夜は二十六本足、これなーんだ」
という気の狂った下ネタクイズを出した思い出がトラウマです。
なお正解は「12人いる!」な某妹姫のあにあ(日記はここで終わっている)
それでは、楽しんで頂けたなら幸いです。ありがとうございました!




