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第一話(中):少女との出会い

旅支度を終えたオークとエルフ少女。

二人がエルフの里へ向かおうとしますが……。

「よーし、良く捕まえたな。その小娘、こっちに連れて来い」


「ケッケッケ」


「ブッヒッヒ」


 小汚い盗賊の姿をした中年の人間と、その周りで下卑た笑みを浮かべる二人のオーク。


 エルフが震えて俺の背後に隠れた。

 俺はそんな少女を更に庇うべく、更に一歩前に踏み込む。


 俺は冷静にそいつらの顔を見た。

 どいつもこいつも、邪悪な本性が腐臭を放って湯気まで立っている。


 人間は鉈を片手でプラプラと落ち着きなく揺らし、オークは槍を杖代わりにしていた。

 こんな森の奥まで入って来て、ヘトヘトなのだろう。


「……おいどうしたオマエ?」


 俺がエルフを差し出さない事を訝り、中年男は俺を睨みつけた。

 そして何かに気付いたらしく、つまらなそうに顔を歪めて呟く。


「てっきり手下のオークの一匹と思ったが、どうやら野良オークみたいだな」


 呼び方が一人二人じゃなく、一匹か。無礼も甚だしい。


「オマエ、エルフ、寄越セ」


「俺、子供産マセル。ソイツデ作ル」


 男がオークのケツを蹴り飛ばした。悲鳴を上げて一歩離れるオーク。


「馬鹿野郎、商品に手を出すんじゃねぇ。まぁ手下のオークじゃないなら殺せば良いか」


 エルフ狩りの野盗、か。


 オークの二人が俺に向かってモタモタと走りこむ。

 槍の切っ先がフラフラと、俺に向かって突き出されていた。

 旅支度に武器らしい物を殆ど入れなかった俺は、丸腰に近い。

 だがそれでも、槍が俺の体を貫く事は無いだろう。


 半歩足を下げて、オークの槍の切っ先、その長い柄を右手で掴む。


 武器を奪われるっ! と感じたオークは反射的に槍を引く。

 俺は呼吸を合わせて、槍を掴みながら全力で踏み込んだ。


「ブッヒィー!?」


 叫びながら後ろ向けに転がり、地面の石で後頭部を打って静かになるオーク。

 もう一人のオークは俺の側面に回りこんで『わざと作られた隙』だらけの脇腹向けて突く。


 そう、予想通りなのだ。


 空いている左腕、その肘を槍の柄に落とす。

 握りこみの緩いオークの手から、槍が地面にストンっと放り出された。


 森の険しい道をフラフラになるまで歩いていたならば、相手の隙を狙う単純動作しか選べまい。

 どこに突かれるか分かっているならば、それを守るのは容易いのだ。


 右手で掴んでいる槍をクルンと回し、刃とは逆の部分に付いている石突きで怯むオークの顔を殴る。

 ぶっ倒れるオーク。


「後、一人ダ」


 驚愕の表情を浮かべた人間に、俺は槍を放物線状に投げつけた。


 投擲用では無いそれは空中でバランスを崩し、刃では無く柄が当たる角度で男に飛び込む。


「舐めんなっ」


 避けるでも無く、防ぐでも無く、鉈を払って槍を叩き落とす。

 その素早い動きで、彼が少し腕の立つ戦士だと分かった。



 だが、二流だ。



 一流ならば、致命打で当たらぬ槍など無視し、投擲で姿勢を崩した俺に斬り掛かっていたはずだ。

 無論、その備えもしてはあるから切り込まれても『五分』。

 だがアイツは切り込まなかった。故に『八分』だ。


 地面に転がるもう一本の槍を俺は、足で蹴り上げて掴む。

 丸腰から武器を持って『九分』。


「このゴミ野郎、ぶっ殺してやる!」


 怒気を吐きつつ、男は俺に向けて駆け込んだ。振り上げる男の鉈。



 これで『十分』だ。



「一ツ」

 槍の切っ先を男の顔に向けて突き、鉈で『叩き落とさせる』。


「二ツ」

 その反動で俺は左手を槍から離して、再び相手の顔に向けて掌を『突き出すフリをする』。


 視界を俺の手で覆われた男は、反射的に俺の左腕目掛けて鉈を振るも、既に左腕は無く空を切る。


「あ……?」


 男の呻き声。


 最初の『一つ』で槍から離れた右腕。

 『二つ』で視野を隠された男が鉈を振るった。

 その瞬間、俺は全力で左腕を引き、相手の『死角である腹部』に向けて、右拳を打ち込んでいたのだ。

 ぐぽぉ……と嫌な音を立てて、腹部にめり込んでいた俺の右拳が抜ける。


「ソシテ、三ツ」


 これを言う時は、既に終わっている。もはや立てまい。


「フゥ。大シタコトハ、無カッタナ……ナニシテル?」


 振り向くと、エルフの少女が倒れたオークの額に『肉』と果物ナイフで浅く刻んでいた。

 うわっ、痛そう。


「べ、別になにも。というか、なんなのアナタ。オークの癖にメチャクチャ強いじゃないのよ」


「ヤカマシイ。オークノ癖ニ、ハ余計ダ」


「じゃあ豚の癖に」


「オマエナァ……トモカク、コイツ等ニ狙ワレテイタ、ノカ?」


「うん、こいつ等だけじゃないけど」


 なにしたんだ、このエルフ。

 凄く聞きたい気分だが、このままノンビリとして他に仲間が来たらマズい。


 俺は蔦で男たちを縛り上げると、高い枝に吊り上げておいた。地面で放置すれば獣に襲われるからだ。


「オークの癖に、妙に優しい所があるわね。殺せば良いのに」


「敵デモ殺生ハ避ケル。森ノ精霊ハ見テイルカラナ」


 エルフの志しを何故、俺が伝えねばならないのか。

 この子の親に逢ったら、少し説教をせねばならないだろう。大人として。

 まぁ村に入ったら殺されるだろうから、入らないけども。


「急グゾ。モウスグ川ダ」


***


 森に隠していた手作りカヌーを川に浮かべて、俺はエルフの少女と乗り込んだ。


「いやぁああ! 沈むぅう!」


「大丈夫、何度モ乗ッテイル。暴レルト沈ムゾ」


 なおエルフ狩りの連中のカヌーは俺の物よりも更に適当な作りで、もはやイカダと呼べる有り様だった。

 無論、それは使えぬ様にバラして川に流しておいた。


「濡れちゃうぅ! 溢れちゃうぅ!」


「浸水ナド、シナイ。静カニシロ」


 よくもまぁ森を歩き続けて、こんなに元気なものだ。

 この辺り、やはり森の民エルフの真髄だろうか。

 俺はオールを漕いで、対岸へと渡らせる。最近は雨も無かったし、川は極めて穏やかな流れだ。

 いつもなら、小鳥の囀る樹木が生えた河原まで行ける素晴らしい日和だろう。


「わぁあん! 怖いよぉー!」


 こいつが叫ぶ度、鳥がバサバサと飛び立っていくのだが。



「モウ対岸ダ。降リルゾ」

 カヌーを半回転させて岸につけると、俺は少女の腰を掴み上げて立った。

 その時、俺は視界の隅で嫌な気配を感じた。



 理由は無い。

 長年森で住んだ者が宿す、野生の勘。

 森の日常では存在しないモノを感じ取ったのだ。

 この鬱蒼とした森で『ローブを着た人影』など、あり得ない。


 俺は少女を岸辺に放り投げた。

 悲鳴を上げて地面に顔から飛び込んだ少女の無事を見て、俺は反対に川の中へと身を躍らせた。


「ファイアーボールッ」


 高らかに唱えられたその言葉は、魔術の詠唱の終わり。

 完成した巨大な火の玉が、俺の乗っていたカヌーに直撃し、爆発する。

 川に飛び込んでいた俺は、水面が蒸発する恐るべき威力を肌身に感じた。


 くそっ、魔術師だ!

 敵まで十歩も二十歩も離れていたはずだ、幾らなんでも戦うには分が悪い。


 しかも森で平然と火球を使って来た。

 幾ら水辺とはいえ、ちょっとイカれている。


 俺は岸に上がるか迷った。

 森に逃げ込んで火球を使われれば、森林火災は免れない。

 そうなれば俺や少女だけの命の問題で無くなる。

 

 森の危機だ。

 

 どうする? どうやってこの場を凌ぎ切る?

 こうしている間にも少女に危険が迫っているかもしれない。


 ええい、ままよ!


 俺は少女を投げた岸に水面下から近寄り、勢いよく飛び出て駈け出した。

 ぶつけた痛みで鼻を押さえる少女、それを担ぎ上げようとした中腰のオークが一人。

 そのオークの鎖骨目掛けてのタックルでブチかまし、俺が少女を持ち上げる。


「鼻が、鼻が折れるぅ! 自慢のエルフ鼻がぁ!」


「エリフ耳ガヘシ折レルヨリ、マシ、ダ。逃ゲルゾ」


 こいつは状況を理解しているのか?

 いや、理解していなくても危機は危機だ。


 とにかく走らなければヤバい。

 魔術師との遠距離戦など確実に負ける。

 コールドゲームで大炎上、真っ黒焦げだ。


「どうして魔術師なんか出てくるのよ?」


「俺ガ知ルカ。オマエ、本当ニナンデ襲ワレテイル? 何ニ襲ワレテイル?」


「知らないわよ! エルフの里でお祭りしてたら、なんかいきなり誘拐され

て……」


 おいおい、治安悪いなエルフランド。

 観光業が上手くいって、人通りが多いから治安も良くなったとかいう話はどこに消えたんだ?


「気がついたらイカダに乗せられてて……暴れたら沈んだから、そのまま逃げ出したのよ」


 ああ、やっぱり沈んだのね、アイツ等のイカダ。


「結局何人ニ追ワレテイルンダ?」


「確か……五匹くらいだったわ。オーク三匹、人間二匹よ」


 だから一匹二匹の勘定は止めて欲しいんだが。

 生有るものは平等にね。


「平等に見下してあげてるじゃない」


 殴ってやろうか、この子。

 マジで。

 

 ともかく、これで話は簡単になった。

 エルフ狩りの連中は、あと一人だけだ。

 その一人が魔術師だって事を除けば、未来は明るい。


「ファイアーボールッ」


 うわぁああ!? 本当に火球を使ってきやがった!


 大慌てで走る俺は、それでも少しだけ背後をチラ見した。

 そこには俺と同じくらいの大きさの火球となって、ローブの人影の上で灼熱の塊を具現化させていた。

 マズい、本当にマズい。アホか、アホなのか!?


「森、燃エル! 皆、死ヌゾ!」


「……?」


 ローブの人影が首を傾げた。

 あ、俺の滑舌が悪いから意味が通じていないぞ、たぶん。


「エルフ、代ワリ、言エ」


「喉にゲロ詰まらせて死ね、クソ人間!」


「ファイッボオオオオ!」


 魔術師、渾身の火球が俺たちを狙う。

 このエルフ、矯正施設に入れよう。


「ヌォオオオ」


 俺は再び少女を地面に放り投げる。

 顔から落着する少女を見届けず、振り向いて両手を広げた。


 魔術に対し、いかなる姿勢も意味が無い。

 生命が持つ抗魔力と精神力のみ、防御力に繋がるからだ。


 せめて気合を込めて、魔力に逆らうしか無い。


「オーク、逃げなさいよ! 豚の丸焼きになるわよ!」


「逃ゲルト森ガ燃エル。森ノ民トシテ、許サレナイ」


 俺は魔術師を睨みつける。

 許せない。森を焼くなど、決して許せない。


 だが、あの火球に当たればこの怒りも霧散するだろう。

 オークは生来、抗魔力に欠ける。

 エルフであれば火傷で済むだろうが、俺なら確実に焼死だ。


 くそっ、くそったれ。森を守る事も、エルフを守る事も出来ず、俺はオークとして死ぬのか。

 森で十年を生きても、エルフの物真似をしているオークは、ただの『豚の丸焼き』になるのか。

 それを受け入れるのか?



 ……嫌だ。



 断じて、嫌だ!




「森ヨォオ! 力、ヲォオ!」


 俺は精霊に語り掛ける。


 十年を森と共にしたのだ。

 エルフは数百年を森と共にする。

 だが、俺の十年は『オークのカルマ』を胸に仕舞い続けた十年だ。

 森で生きて当然のエルフと、森を荒らして当然のオーク。


 俺の十年は、決して、決してエルフの数百年に劣っていない!


「バインディングゥ!」


 森の妖精に叫ぶ。

 あの火球を、その太い蔦と枝で絡めとってくれ、と。

 頼む、俺は森を救いたい。

 この少女を救いたい。

 

 そして、俺自身を救って欲しい。

 オークでも、エルフのように生きられると、そう信じさせてくれ。


「樹の枝が!?」


 少女の声が響く。

 森の木々が一斉にざわついて、その枝を大きく伸ばしていく。

 枝々が火球を覆い尽くし、空中で爆発した。


「マサカ? 本当ニ精霊ガ?」


「いや、違うよオーク君」


 驚く俺に少女では無い、別の声が空から聞こえる。


「今のは私のバインディングだ。森の妖精は、私に答えたのだよ」


「お父様!」


 スタッと俺の前に降り立ったのは、全身を若草色の衣装で包む壮年のエルフだ。

 オークの俺に向けて、気品のある華麗な仕草で頭を下げる。


「私の娘を守ってくれた事、精霊たちから聞いている。感謝を」


 壮年のエルフは魔術師に向き直った。


「そして、エルフ族長の娘を苦しめた事……ただでは済まさぬ」


 彼の全身から、ローブの人影とは比べ物にならない異常な量の魔力が吹き上がる。

 冷静沈着を旨とするエルフにも関わらず、彼は額に血管を浮かべていた。瞼も怒りで痙攣している。


 あれ、この人、もしかして激情型?


「喉にウ○コ詰まらせて死ねやぁ、クソ野盗!」


 ああ。あの子にしてこの親あり……。


 ローブの人影が森の木々に足を取られて、そのまま地面にギッタンバッタンと叩きつけられるまで、あと五秒。

 ゲロ吐きながら泣いて「許してくださぁあい!」と絶叫するまで、あと十秒。


エルフ族長の助けを借りて、危機を乗り越えたオークとエルフ少女。

二人の出会う物語は、いよいよエルフの里という終着点へと向かいます。


以下、後編に続きます。ぜひ、最後まで読んで頂ければ幸いです!

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