第十五話(前):洗濯物を干そう
『朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足。かの存在は何者か。答えよ』
満身創痍の俺に、美女の顔をした獅子の怪物が問い掛ける。その背には鷲の翼。
森の一角は土壌から穿たれて、幾重にも積み重なった地層を見せている。
その付近でヌケサクとポークも、コイツに敗北していた。
『さぁ答えよ。正しくなければ、貴様を食い殺してやる』
「マルコォ! 『人間』って答えちゃダメぇ」
四角錐の大岩の上に乗っているフィーオが、絶叫を上げた。
嘘泣きの得意な彼女にしては珍しく、目から涙を零しながら。
俺は立ち上がる。今は、それしか出来ない。
「スフィンクス……至高ノ知能ヲ持ツ幻獣、カ」
知能だけでは無い。その力、まさに無双だ。
絶望的にしか見えない敵を前に、俺は走馬灯のように今日の悪夢を思い出した。
* * *
数日続いた嵐も収まり、俺は洗濯物を抱えて裏庭に出ていた。
暴風で転げ落ちていた竿をフィーオに拾わせて、チャッチャと干す。
「竿屋さんって、いつでも二本千円よね」
「庶民ニ優シイ大シタ商売ダ。中ニハ詐欺師モ混ジッテルガ」
そんな俺達の所に、ヌケサクとポークという二人組の馬鹿が現れた。
「ふんごー(竿だけやと千円でも、切ったら十万円するねん)」
「ホーッホッホ、お前達、大金を稼ぐチャンスだよぉ」
「アラホラサッサー」
元野盗だったオークのポークと、人間のヌケサクがフィーオに敬礼する。
うん、こういう連中と付き合わないよう、すぐにも注意しないといけないな。
既に染まり始めているようだが。
「トイウカ、エルフ族ガ人間ヤ、オーク族ト連ルンデ良イノカ」
「え? 下僕の種族なんていちいち気にしてたらダメよ。どうせ死ねば肉塊だし」
「死ぬの前提な運用、お許し下さいっ」
ウァーと白目を剥いて反論するヌケサクに、フィーオが無表情のまま首を傾げる。
この少女、再教育というか転生が必要じゃないのか? もはや。
彼女、フィーオの再教育をエルフ族長から命じられたが、とても実現できそうに無い。
逃げ込んできた彼女を保護した縁の任務とはいえ、これは適材適所を間違えている。
それは俺の能力が不足している、などの責任ではない。
「死ぬのは嫌? 私の森に来たからには気合入れなさいよ。歯ぁ食いしばれぇ」
「ふんごー(先輩っ。俺やるっすー、絶対にこの一味を辞めないっすー)」
「全国一千万人の女子高校生の皆さーん……スマンです」
「ふんごー(えっ? 辞めるんかいっ)」
もうこの連中の胡散臭いこと、胡散臭いこと。
とにかく、かように周りの環境が良くないのだっ!
ヌケサクは彼女を付け狙った人間で、ポークも彼の仲間だ。
つまり森に作られた俺の小屋に住んでいる彼女の周りは、元野盗かオークしか居ない。
更には、今だに彼女を狙うエルフ狩りの魔術師までこの森には住んでいる。
うん、詰んでるな。
「詰む前に『マッタァー』で、指し手を戻さないと」
「アレを必要とした段階で、もう趨勢は変わりませんぜ」
「ふんごー(マッター、マッター、マッターマーンッ。なお数回目から無視される模様)」
「俺ノ独リ言二、好キ勝手ナ介入ヲシテクルナ」
洗濯物を干し終えて、俺はフィーオの首根っこを掴み上げる。
こんなアホどもと一緒にさせていたら、いずれ取り返しのつかない人生となるだろう。
その瞬間、一陣の強風が吹き荒れた。
せっかく干した洗濯物の一部が、その風に飲まれて森の奥へと飛んで行く。
「オット、マダ嵐ガ少シ残ッテイタカ」
「面倒臭いけど、取りに行かなきゃ駄目ね」
ヌケサクとポークに任せようかと思って、俺は二人の方に振り向く。
しかし既に「僕はアドォン」「君はサムソォン」と戯言を呟きポージングを決めていた。
あー、もう次の病気に移っているんだな。こりゃ無理だ。
仕方無く、俺はフィーオを連れて、洗濯物を回収するべく森の奥へと向かう。
「私が思うに、この森には変な伝染病でも流行っているんじゃないかしら」
「俺モソレハ怪シンデイル」
コイツ含むあの連中が来てからというものの、この森は変わった。
とにかく騒がしい。もっと静かな森だったのに。
「それか地下に宇宙人の船があって、私達は知らぬ内に記憶を改竄されてるとか」
「重力異常デ速ク走レルヨウニナッタラ、ソノ説ガ当タリダナ」
「アレって『大予言映画が元』って映研の人がいつも言うけど、見た事無いのよね」
おー、もう感染してるんじゃないかコイツ。
俺はなるべく影響を受けないよう、ちょっと離れて歩いた。
「木に引っかかってたら、遠くに飛ばされず良いんだけど」
「登ルノハ任セタ」
「うんっ。ヌケサクから木登りのコツは教えてもらったしね」
フィーオは垂れ下がった葛に手を掛けると、ヒョイッと両足の脛に蔦を絡ませた。
そこで安定を確保しつつ、スイスイと登っていく。
丈夫そうな枝に到達して乗り移り、こっちを見て「余裕っ」と笑って見せた。
「ソコカラ、洗濯物ガ見エタリシナイカ?」
「んー。あっ、アッチの岩に張り付いてるっぽいよ」
スルスルっと降りて来て、俺の手を引いて「こっちこっち」と誘導する。
うーむ、元気が良い。これが若さか。
* * *
案内された場所に辿り着くと、ほんの少しだけ森が開けた。
中央に人間大はある四角錐の大岩、そこに洗濯物の布がペタリと付いている。
「ヤレヤレ。思ッタヨリモ飛バサレテイタナ」
布を引き剥がすと、なにやらペリペリッと布らしからぬ音がした。
破れでもしたのか訝しみ、布の裏側を見たら妙な御札が張り付いている。
恐らく布の湿気を吸い込んで、一緒に剥がれてしまったのだろう。
「みてみて。聖帝唯一の構えー」
四角錐の岩に登って、腕を左右に広げ構えるフィーオを俺は純粋に無視する。
とはいえ、この神妙な御札を見るに、どうも誰かのお墓にも感じられる。
バチでも当たりかねないし、なによりも礼節に欠ける行為であろう。
「コラコラ、ソコカラ降リテ……」
そこまで言った途端、俺の身体は背後からの衝撃で吹き飛ばされた。
大岩の上を飛び越えて、広場の反対側にある樹木に頭から激突する。
「マルコッ」
フィーオの鋭い悲鳴が聴こえる。どうやら意識は失っていないようだ。
俺は額から流れる熱い物を拭って、自分を攻撃したモノの正体を確かめた。
そこにあったのは獅子の身体を持ち、鷲の翼を生やした、美女の頭だ。
ただし全身のサイズは、俺達の数倍はある。どこに隠れていたんだ、こいつ。
「アレハ……スフィンクス、ダトッ?」
答えが『人間』である謎を問い、答えられない者を食らう怪物だ。
その戦闘能力は凄まじく、もし『人間』と答えられなければ俺も危ないだろう。
「大丈夫、マルコ? 答えは人間よ」
「アア、何トカナ。木ノ根ガ俺ヲ守ッテクレタ。人間、人間」
「良かった人間。でも人間、頭を切ってるわよ人間。手当てしないと人間」
スフィンクスは能面のような顔を俺達に向けて、口を開いた。
『墓を荒らす不届き者よ。我が問いに答えねば命は無い』
いきなり俺を殴っておいて、よく言うなコイツ。
もし俺で無ければ死んでいるぞ。
スフィンクスはそんな俺の不満そうな顔を見ても、眉一つ動かさない。
『なお問う前に宣言しておこう』
そう言って、スフィンクスは咳払いをコホンッとして、口を開いた。
『ダァメダメダメ、ダメ人間。ダァメ、にんげーん、にんげーーん』
「ええぇぇぇええっ!!」
「マジカッ?」
『人間という解答を禁じる』
うぉ、これは不味い。
という事は、普通に難しい問題を出すつもりじゃないのか、こいつ。
「こいつはヤクいわね、マルコ。でも高い方のお酒を買っておけばヒントがっ」
「何処デダヨ」
『さぁ一問正解して夢の無罪放免を貰いましょう』
そう言って、スフィンクスが大きく翼を広げる。
たったそれだけで、身体を飛ばされそうになる程の強風が吹き荒れた。
そして、神の言葉を代弁するかの如き荘厳さで、俺達にその声を響かせる。
『朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足。かの存在は何者か。答えよ』
Q:「ワシの最近の趣味はっ!?」
A:「カラオケ」
後編(13時頃投稿)に続きますので、ぜひ答えを考えてみて下さいね。
(ヒント:実在する生物です。その生態を知らないと解けません)




