第十三話:お風呂に入ってみよう
「うぅー! 蘭丸ぅぅ、頭が痛いぃ! 頭が痛いぞぉっ」
「ふんごー(ほほほっ。それで良いのです、信長様。二十四時間、頭の中で何かがダンスしているのですから)」
変な寄生虫でも暴れてるんじゃねぇか、それ。
『実は黒幕』みたいな面をしたオークの前で、ヌケサクが頭を抱え七転八倒している。
どうも頭痛で苦しんでいるのは分かるが、オークの助ける気配無し。
「オマエラ、元々ハ仲間同士ダロ? 少シハ心配シテヤレヨ」
俺が呆れながらそう言う。
ヌケサクはエルフ狩りを生業にする人間だった。
そして、このオークは彼の手下で名前はポークという。
もう一人、ピッグというオークも居るが、今は森への採取に出かけていた。
「へっ。心配は要らねぇよ、マルコ兄ぃ……頭痛なんて赤チン塗ったら治らぁ」
「頭ヲ割ルノカ」
「ふんごー(大変だ、脳が二つに割れているッ!)」
「ソレ最初カラナ」
「へへっ、潔く取っちまってくれ。頭空っぽの方が夢詰め込らぁ」
ポークがギュィィィンッとドリルを取り出した辺りで、俺は関わるのをやめた。
このまま歯止めが掛からなくなって死ねば良いと思うな、もう。
俺はテーブルの前から立ち上がると、小屋の中をくるっと見回した。
んー、あのじゃじゃ馬が居ねぇな。
そろそろ夕食の準備をしたかったが、どうやら遊びに出掛けているらしい。
「フィーオ、何処ニ行ッタカ知ランカ?」
「ふんごー(心臓もロータリーターボにチューンしておきますねー)」
「勝手にしろ」
と、ヌケサクは叫んで吠えた。
「ふんごー(なら遠慮無く)」
「うぉぉっヤバイね俺っ! ついつい心臓がオーバーヒートォ!」
おー。夢を詰め込まれてる、夢を詰め込まれてる。
なんか邪魔しても誰も幸せになれないから、このままそっとしておこう。
小屋から出て、件のじゃじゃ馬であるエルフの少女を探す。
彼女はフィーオ。俺が住むこの森、それを管理するエルフ族長の娘だ。
ここでの生活を認めて貰う代わりに、俺は彼女の再教育を命じられていた。
住む為にわざわざ使命を与えられるのは、俺が異端者……オーク族の者だからだろう。
「朝ト昼ハ、俺ガ食事ヲ用意シタンダ。セメテ晩飯ハ作ッテ貰ワナイトナ」
小屋の外を軽く探すも、やはり見当たらない。
まだまだ遊び盛りの少女である。家事が嫌で逃げ出した可能性は高いな。
「ブヒヒィ(おや、マルコの兄貴。こんちこれまた)」
「ヨォ、ピッグ。フィーオヲ見カケナカッタカ?」
三馬鹿元野盗の最後の一人、ピッグがぬっと影から現れた。
俺の質問を聞いて、顎に指を当てつつ記憶を辿っているようだ。
「ブヒヒィ(そういや、お風呂に入りたいと言って出掛けたような……おっとっ! 兄貴にこれ以上教えたら損だっ。アバヨッ!)」
立ち去ろうとするピッグに、俺は獣避け柵の杭を踏み台にしての体当たりで沈黙させる。
「ブヒヒィ(すみませんっ、つい……覗きなんてしません、ロドリゲスさんっ)」
誰だよ、それは。
ともかく、風呂に入ってしまったなら仕方無い。
やはり今晩も、俺が飯を用意する事となりそうだ。
こんな調子で彼女を再教育出来るのだろうか、と心配しつつ俺は小屋へと戻った。
「……ナニヲシテイル」
中に入った俺を出向かえたのは、四角いダンボール箱をそのまま着込んだヌケサクだ。
こちらを睨み、両腕を腰に構え、胸には拙く『しゃだーん』と書かれている。
「私はシャダーン。生まれ変わった不死身の身体を、愛する人々に捧ぐのだ」
「ふんごー(そりゃそうだっ。お前は死ぬのでは無い、壊されるだけだからにゃあ)」
「なにっ!?」
あ、こいつら俺の人生に全然関係ない奴らなんだな。
壊れたテープの様に「よぉく聞け」「なにっ!?」を繰り返す二人を放置し、俺は晩飯の準備を始めた。
* * *
あらかた晩飯の準備も終えた頃、フィーオは調理場に駆け込んできた。
ほぼ全裸で。
「マルコマルコマルコォォォッ! 大変、大変っ」
「落チ着ケ。セメテ服ヲ着ロ、ハシタナイ」
「でもでもっ、服が無くなっちゃったんだもん」
ぶーっと顔を膨らませて抗議するフィーオだが、俺に言われても困る。
とにかく適当な布を手渡して、咄嗟のパレオとして腰を隠させた。
上は……まぁ子供だしな、どうでも良いだろう。長い髪で隠されてるし。
「なんか叫び声が聞こえましたが」
そう言って、小屋の中からヌケサクが現れた。水で濡れた布を頭に乗せている。
どうやら頭痛が酷くなったらしいな。自業自得だ。
「おや。これまた奇っ怪な格好ですな、フィーオちゃん」
「サッキマデ暴レテタ、オマエガ言ウノカ、ソレ」
「ふんごー(幾らなんでも夕方過ぎに半裸ってのは、タチの悪い風邪を引きますぜ)」
ポークがフィーオの頭から、スポッとワンピースを被せる。
そこには『はらたいらは負け』と書かれていた。レアだな。どうでも良いか。
「デ、何ガアッタ? 服ガ無クナッタト言ッテタガ」
「マルコ兄貴、そりゃ聞いたまんまですぜ」
分かっている。
だが興奮している相手を落ち着かすには、一から順序立てさせた方が分かり易いのだ。
フィーオは小さな握り拳をフルフルと震わせて、俺に話し出す。
「お風呂から上がったらね、目隠しの柵の前に服置き場あるじゃない?」
「ウム」
「そこに、変な液体が撒かれてて、私の服も無くなってたの」
ふむ、なるほど。
「ピッグヲ探セ。リボルバーカノン使用ヲ許可スル。逮捕者ヲ出スナ」
「承知」
「ふんごー(待ってくれ兄貴たちっ。幾ら状況証拠がアイツを不利にしてても、物的証拠も無いままじゃ)」
フィーオが風呂に入っていたのを知っているのは、俺とピッグだけだ。
もはや犯人は一人しか居ないんだが、義兄弟のポークが彼を庇おうとする。
「シカシナァ。現ニ今モ居ナイシ、逃ゲテルトシカ思エン」
「ふんごー(でも物的証拠は絶対に、ゴクリッ、絶対に必要ですよっハァハァ)」
「埋メロ」
「承知」
「ふんごー(あぁっ! Yesロリータ、Noヘイズ夫人ッ)」
土の下でも妄言を繰り返すオークは忘れて、俺とヌケサクはピッグを探す事にした。
「シカシ、フィーオノ裸ハ興味無イノナ、オマエラ」
「いや、流石に洒落で済みませんから。でもタッチはセーフですよね?」
「埋マレ」
「あぁっ! Yesロリータ、Noエマニュエル夫人ッ」
結局、俺はフィーオと一緒にピッグを探す事になるのだった。
二つの墓標を後ろに残しながら。
* * *
犯行現場は、小屋から少し歩いた所にある森の小道の奥。
そこに水の入った大釜が、ひっそりと置かれていた。
四方を隠すように置かれた目隠しの柵は、フィーオが来てから俺が作った物だ。
「ほら、ここ見てよマルコ」
フィーオの指差す所には、確かに何かヌラヌラとした透明な液体が見える。
というよりも、まるで何かが這って通ったような跡だ。
その痕跡の中央にフィーオの服があったのか、そこだけ余計に濡れていた。
「フム、コレハ奇妙ダナ。何故コンナ液体ガ?」
俺は虫眼鏡を取り出すと、その液体が何処から来たのかより詳しく探す事にした。
「カニカニ、どこカニ?」
フィーオが指をチョキチョキしながら付き纏う。邪魔だなぁ。
さて液体の主は、どうやら柵の下を潜って中に入り込んできている。
その後、大釜でビバノノするフィーオに見つからないまま、外に出ていた。
「ムム、服ハ何処ニ消エタ?」
「うーん。ピンチの瞬間に溶けて流れ出て、エルドラードに旅立っちゃったかな」
そんな、太陽の子じゃあるまいし。
「どっちの?」
「ドッチトハ?」
「……」
「他に何か証拠は無いのっ?」
なぜかイライラするフィーオに急かされながら、俺は周囲を調べていく。
だが、これといった足跡も、テラテラと光る痕跡以外は見つけられない。
「コノ証拠ノミデ、導キ出サレル何カガ有ルハズダ」
消えた服、液体の痕跡、気付かないフィーオ。
あー、まぁだいたいの犯人……モンスターの推測はついたなぁ、これは。
だが目撃者証言を得られていないのは、片手落ちと言えよう。
「コウイウ時ハ聞キ込ミダ。靴底ヲ擦リ減ラス仕事ガ始マルゾ」
「私の知っている事は全部話したわ」
「イヤ、ピッグモ重要参考人ダ。コイツヲ探ソウ」
晩飯の時間だから、そろそろ小屋に戻っているはずだ。そちらに行ってみるか。
だがフィーオは俺の袖を引っ張って、この場に留まろうとする。
「ナンダヨ」
「いちいち戻るの面倒臭いよぉ。向こうから来て貰おう」
そう言って、フィーオが指をパチンッと鳴らした。
「ブヒヒィ(お呼びですか、ガーゴイル様)」
「オマエナンカ、モウ真ッ二ツニサレテシマエ」
三角帽を被って現れたピッグに、大釜のお湯を温める為の薪で火をつける。
本当は一刀両断したかったが、ナタが見当たらなかったのだ。無念。
「我らがピッグファ」
「サテ、聞キタイ事ガアル」
フィーオが何か言いかけたが、遮る形で俺は丸焦げのピッグに詰問した。
「オマエ、風呂ニ入ルフィーオヲ見カケタナ?」
「ブヒヒィ(はぁ、まぁ。でも覗いてませんよ。そこまでガチじゃないです)」
「いちいち断る辺りが、心底気持ち悪いなぁ」
両腕で自分の身体を抱いて、フィーオがぶるりっと震える。
むしろそういう反応を見て楽しんでいる気がしないでも無いな、コイツラ……。
「ソノ時、何カ不審ナ者ヲ見ナカッタカ?」
「ブヒヒィ(えっ。本当に捜査を終了するんですかっ、ボスッ)」
「……何ヲ隠シテイル?」
妙に誤魔化すピッグを引き倒し、背中から俺の足と腕で彼の四肢を持ち上げる。
弓なりとなった身体の節々から悲鳴を上げさせて、素直になるよう肉体言語で説得した。
「ブヒヒィ(言うっ! 言いますぅ! ぜひ言わせて下さいぃ!)」
「飛鳥五郎ヲ殺シタノハ、オマエダナァッ?」
「ブヒヒィ(え、誰それっ!? い、いや、違いますけど)」
「ねぇねぇ、マルコ」
嘘をつけぇっと叫びながらピッグに技を掛ける俺へと、フィーオが話し掛けた。
その手が、柵の向こう側を指している。
「痕跡、外まで続いてるんだから、そのまま追いかければ良いじゃない」
あーあ、気付いちゃったよ。
俺はガッカリとして、ピッグを技から解放する。
「知ッテルケド、普通ニ追イカケタラ、ピッグ嬲レナイダロ」
「ブヒヒィ(なんすかそれっ。せめて『嫐る』の方を使ってぇ!)」
ピッグ心からの悲痛な叫びを、俺とフィーオは冷たく聞き流すのだった。
* * *
痕跡を追いかけて、森へと入る俺とフィーオとピッグの三人。
その道すがら、俺はピッグに「さっき何を言いかけた?」かを聞いた。
「ブヒヒィ(いやまぁ、覗こうと思って風呂場に近付いたんですよ)」
「サラッと寒気のする犯罪宣言しないでくれる?」
「ブヒヒィ(すると、中から半透明の物体が出てくるじゃあないですか)」
ふむ。
まぁ想像通りの物が『フィーオの服を溶かした』のだろうな。
「ん? マルコ、犯人が分かってるの?」
「恐ラクナ。ソロソロ住処ダ」
ジメジメとした湿地に辿り着くと、俺は痕跡の続く沼へと石を投げ込んだ。
沈んだそれを引き金にして、沼の表面からズルリっと半透明の物体が這い出る。
そして、それは冒涜的な気配を漂わせ、表皮の器官を震わせると悍ましく語り出すのだった。
『ぷるぷるっ。僕は変態スライムじゃないよ。仮に変態だとしても、それは変態という名の名状し難きスライムだよ』
「埋メロ」
「ブヒヒィ(合点承知っ)」
『やめてよぉ、いじめないでぇ』
ぷるぷると身体を震わせて抗議するスライムに、俺は怒鳴りかける。
「名状シ難イノカ、変態ヲ名乗ルノカ、ドッチダ?」
「ブヒヒィ(そこ重要っすかねぇ……)」
呆れるピッグを押しのけて、フィーオがスライムの前に立ちはだかる。
「こんなに小さなモンスターを怒鳴ったりして、恥ずかしくないの?」
「シカシ、重要参考人ダカラナ……」
『ぷるぷるっ。怖いよぉ、助けてエルフのお姉ちゃーん』
「怖くない、怖くない。ほらっ、怖くない」
味方をしてくれると判断した途端、スライムがフィーオを盾にする。
「ソイツノ挙動不審サ、明ラカニ『クロ』ダゾ」
「怯えていただけなんだよ、ね?」
『うんっ。僕、何も悪いことしてないもん』
「やっぱり良い子なのよ。見た目で判断しちゃ駄目よ、マルコ」
「トハ言ッテモナァ……」
『消えた服=溶かされた』
『濡れた痕跡=スライムの這った跡』
「コノ推理通リナラ、スライムガ盗ンダト考エルベキダロ?」
「盗んでなんかないよね? ねぇ?」
『ぷるぷるっ。僕、この子の服を盗んでなんかいないよっ』
「ほらっ、聞いた通りよっ」
『下着を溶かして食べただけだよっ。ぷるぷるっ』
……。
…………。
「ブヒヒィ(俺、スライムが血反吐を吐くなんて知りませんでした)」
「オーオー、マトックデ貫カレテオルワ」
「ブヒヒィ(ザコ敵にも容赦なく十回ヒットさせてますな)」
「首ヲ刎ネル前ニ止メルカ」
満身創痍のスライムと、般若の面を被っているフィーオとを引き剥がす。
「マァ落チ着ケ。モウ充分ニ反省シタダロ、コイツモ」
『ふぇぇ。もう絶対に悪いことしないよぉ』
「殺すっ、まだ殺すっ!」
まだも何も、スライムは最初から一人というか一匹しか居ないんだが。
フィーオを羽交い締めにし、なんとか落ち着かせる。
「ブヒヒィ(これに懲りたら、もうパンツ食うなよボウズ)」
『ぷるぷるっ。うん、悪いことだってわかったからね、パンツ食べるのは』
すっげぇ会話だなぁ、おい。
まぁ反省してくれたなら、それで良い、のかなぁ。
「ほんっっっとに止めてよね。次やったら本気で殺すわよ」
『怖いよぉぉぉ。ごめんなさぁいぃぃ。ふぇぇ、どうして僕ばっかりこんな目にぃ』
スライムは悲鳴を上げて、住処の沼へ消えていく。
まぁ、これで凝りてくれたなら良いんだけどな。
「ブヒヒィ(一件落着ですね)」
「イヤ、爽ヤカニ言ッテル、オマエモ大概ダケドナ」
「セクハラするモンスターしか居ないのかしら、この森って」
俺はセクハラしていないぞ、とフィーオに呟くのも躊躇われる圧倒的殺意。
まぁ今回は完全に被害者だから、その怒りも尤もだろう。
「ブヒヒィ(まぁ可愛い服は無事だったし、良かったですよ)」
そう言うピッグが、フィーオの肩を叩く。
はっはっは、それもセクハラって言われるぞ。幾ら服を褒めてもな。
……服は無事?
「ピッグ、服ハ無事ッテドウイウ事ダ?」
「ブヒヒィ(そのまんまですよ。風呂入る前の服だから、服は無事だったんでしょ?)」
「フィーオ、ソウナノカ?」
これは小屋でポークが無理やり着せた服のはずだ。
そう言えば、そもそも何故、アイツがフィーオのワンピース持ってたんだ。
沈黙してたフィーオが、愕然とした表情で口を開く。
「はらたいらは負けって落書きされてるから、気付かなかった……これ、私の服だわ」
おー。
つまり。
* * *
「あのスライム、フィーオちゃんの服を盗むなんてけしからんよな」
「ふんごー(そりゃ没収するし。パンツだけは武士の情けで返してやりましたが)」
「俺たちが覗いた帰り、取り返さなければ大変な事になる所だったぜ」
小屋の中で「そちもワルよのぅ」という手付きで話し合う二人組。
般若の面とマトックを取り出す無表情の少女に、俺は何もしてやれそうに無い。
「ふんごー(逃げる時、転んで打った頭の調子はどうですか?)」
「フィーオちゃんのブラジャー濡らして頭に巻いたら治ったわ」
もはや「人殺しにはならないで欲しい」と祈るだけだ。アーメン。
第十三回:完
年に一度は温泉街の外湯巡りしないと死んじゃう私です。
暖まった身体を、ひゃっこい風で冷まし、な・が・ら、熱い温泉卵を頬張る。
うーん、よくぞ日本人に生まれけりっ!
それでは、楽しんで頂けたなら幸いです。ありがとうございました!




