第十二話:体操しようよ
小屋の外に出ると、稽古をしているヌケサクに遭遇した。
なにやら全身に火の鳥のオーラを纏っており、いつに無くヤル気である。
「あっマルコ兄貴ィ。ちょっと武道を一つ教えて下さいよ」
彼は元野盗にして、今は森の居候をしている普通の人間だ。
更生しつつ有るから、まぁ教えてやるのも悪く無いだろう。
「別ニ構ワンガ、ドウシテマタ急ニ?」
「前々から習いたかったんですけど、そういう機会が無くて」
しかし俺の武道は習ったというよりも、実戦に実戦を重ねて掴んだ物だ。
だから、どう教えれば良いのか今一つ分かりかねる。
「考エテモ仕方無イ。マァ早速ヤッテミルカ」
「うっちぃーっす」
「正拳突キトカ、廻し蹴りトカ色々アルガ」
「なんか一発で相手をぶっ飛ばせる派手なのが良いっすねぇ」
「ジャア体当タリ系ノ技ガイイカ」
そう言って俺はヌケサクの前に立ち、彼の襟を胸の下から掴んだ。
同時に自分の肘と腰を曲げて真下へ落とすと、必然として、ヌケサクも姿勢を崩す。
そして俺は、頭と肩と腕を彼の身体へと同時にぶつけ、その身体を吹き飛ばす。
「ほげぇー」
「コツダケハ教エテヤルヨ。後ハ自分デ考エナ」
「こうですかっ。分かりません、助けて!」
「なに、喧嘩でもしてるの? おやつ持って来て見物するから待ってて」
「シテネェヨ」
エルフ少女のフィーオが、そんな俺達を見つけて駆け寄って来る。
俺がこの森に住む権利を得る代わりとして、彼女の再教育を命じられていた。
なので、あまり彼女の教育に良くない暴力的行為は慎む必要がある。
「今日ハココマデ。充分ニ練習シテオケ」
「うっちぃーっす」
「えー、もうお終いなのぉ。まだ全然見れてないよぅ」
不満っぽくブーたれる少女に、俺は駄目だ駄目だと手を振る。
ヌケサクはこの場から離れると、その辺を歩いていたオークのピッグに声を掛けた。
あのオークも彼の仲間で、元々はエルフ狩りでフィーオを襲った一味だ。
「おいポーク、格闘技ごっこしようぜ。おまえサンドバッグな」
そうそう。初めて格闘技を習うと必ず誰かに使いたくなるんだよなー。
「うぉ、手が滑ったっ。うぎゃああ、足挫いたぁっ。のぉぉ、上からどいてくれぇ」
「ふんごー(なんか絡まっちゃって、抜けられないんすよ)」
「がぁぁっ! お、折れるぅー! 駄目、それ以上いけないっ」
で、技失敗して酷い目に遭うまでが初心者のテンプレである。
ジタバタもがいている二人を嬉しそうに見ているフィーオ。
うーん、彼女の情操教育に良くないなぁ、あの連中は。
* * *
俺がヌケサクに格闘技を少し教えた事で、空前の運動ブームが起きた。
健全な精神は、健全な肉体に宿る。
その原則を実践する為、俺達は運動会を開催する事にした。
「赤コォーナーッ。真っ赤な闘魂、レッドパンチャアァアズ」
「普通ニ紹介シロ」
「がんばろーね、マルコ」
「ブヒヒィ(一人は皆の為に、皆は一人の為に)」
ヌケサクのコールに合わせて、俺とフィーオ、ピッグが赤いタスキを身体に掛ける。
「青コォーナーッ。蒼い流星、メロォォォス」
「ふんごー(ヌケサク兄貴、メロスって別に主役じゃないですよ)」
「まぁ良いじゃねぇか。なんならブルーゲイルってのにするか?」
「ふんごー(それも主役じゃありません。あ、でも外伝漫画で……)」
なにを揉めてるんだろうな、あいつら。
『ダーリン、頑張ってねぇ~』
『負けるなパパ~』
観客席にはドリアードと、彼女の娘達であるマンドラゴラズが応援に駆けつけていた。
ちなみに彼女達の言うダーリンとパパは、ヌケサクの事だったりする。
青いタスキを持って、観客席に手を振るヌケサクとポーク。
彼らに続いてもう一人、青いローブを着た男が現れた。
明らかに不機嫌そうな感じで、ぶちぶちと文句を漏らしている。
彼はエルフ狩りを生業にしている魔術師で、フィーオを付け狙っている小悪党だ。
「くそっ。なんで俺まで運動会なんかに参加しなきゃならないんだよっ」
「ン? 呼ビタクハ無カッタガ、人数不足デ誘ッタマデダ」
「……サラッと傷つくこと言うよな、お前」
割と殺し合いをする仲だが、魚釣りしているのをたまたま見つけて連れて来た。
向こうも俺を襲う準備など全く無かった為、大人しく従うしかなかったようだ。
「だが参加したからには、ここでしっかりブッ殺させて貰うぜ」
「スポーツダカラナ」
「くっくっく、俺はスポーツにおいても頂点に立つ男だという事を教えてやる」
天を指差しながら宣言する魔術師。
その足元で、彼の使い魔の猫が同意するかの如く「にゃーお」と鳴いた。
「よろしぃ! ではこれより第十三回オークファイト、決勝大会の開催を宣言するぅ!」
ヌケサクの声が高らかに響いた。てか十二回までは何処でやってたんだよ、それ。
フィーオが耳をピコピコと動かし、悩む俺に話し掛ける。
「頭部を破壊された者は失格だから気をつけようね」
「死ヌカラナ、ソレ」
「ブヒヒィ(コクピットを破壊された者も失格なんでしょうかね)」
「死ヌカラナ、ソレ」
「じゃあ足なんか飾りの奴でレディーゴーしたら……」
「ブヒヒィ(ふぅ、アルテイシアが居なければ即死だった)」
「乗せてたのっ!?」
なんか殺伐とした運動会になって来たなぁ、おい。
こいつらに進行を任せたのは失敗だったかもしれん。
* * *
「死亡確認ッ!」
そう宣言するヌケサクを合図にして、赤チームのピッグが棺に入れられた。
コスプレ障害物競争の最中、ロケットに変身した彼は滑って転んで失神したのだ。
うーん、使えん奴め。タイムワープして勝負をやり直してこい。
『全くもう……オイラと競争する所か、散歩の相手にもならないね』
「ねぇねぇ、あの色っぽい猫女さんのコスプレって誰がしてるのかなぁ?」
アレは、魔術師の使い魔の猫だ。
そいつが思いっきり獣人変身し、いつの間にやら競争に参加していた。
「うぅ、なんて色っぽいんだあの子。でも俺には師匠が……」
猫女を見てジタバタともんどり打っている魔術師。
なんだアイツ、自分の使い魔の正体も知らないのかよ。
そりゃ、いつも一人で戦いを挑んでくるはずだ。
「うーん、赤チームの人数が不足してしまいましたな」
そうヌケサクが言って、腕を組んで考える。
これまでの所は勝ったり負けたりだから、チーム戦の勝敗予想は未知数だ。
「次はラストのリレー競走なんで、人数差は問題ですのぅ」
赤チームは、俺とフィーオ。
対する青チームは、ヌケサク、ポーク、魔術師。
たしかに一人足りない。だがまぁ、俺が二度走れば丁度良いだろう。
『オイラも青チームなんだから、三周しなきゃ駄目じゃん。流石に卑怯だよねぇ』
「何ヲ言ッテルノ、コノ知ラナイ人」
どうやらドサクサに参加する気らしい。
猫女は、ポークに指を差して話し掛ける。
『おい、そこのオーク。お前は向こうのチームに行きな』
「ふんごー(何ぃ? 俺とヌケサク兄貴は、血より濃い義兄弟の絆があるんでぇい)」
「おぉ、嬉しい事を言ってくれるじゃねぇかよ、ポークッ」
猫女はポークをひょいっと持ち上げると、俺の足元へと強引に投げつけた。
肉球の『ぷよっ』と掴まれた感触の心地よさに、彼は感動の涙を流す。
「ふんごー(義兄弟よりも、やっぱ義姉弟だよなぁ……)」
「ポ、ポークッ? テメェこの野郎っ! その弟ポジション、俺と代われぇ」
殴り合いの醜い争いを始めた二人は無視して、俺は猫女を睨んだ。
「ナラバ、直接対決トナルナ」
『オイラは後一回変身を残してるけど、勿論フルパワーで戦わないからご心配なく』
俺たちの横では、フィーオが魔術師に笑いかけていた。
その笑みは決して好感では無く、相手を侮蔑する為の顔である。
「私はアンタとの対決かな。まぁ運動不足の魔術師なんかに負けないけどね」
「子供の癖に舐めんなよ。捕まえて売っ払ってR18星雲の住民にしてやる」
「ふんごー(あー、鉄壁の守りを誇る謎の光の国ね)」
「どうでも良いけど、俺達は蚊帳の外だよなぁ。まぁいつもの事だけどよ」
ヌケサクとポークは観客席のドリアードから渡されたお茶を飲みつつ、そう呟いた。
うーん、やさぐれとるな。あの二人。
かくして、リレーの順番が決定した。
赤チームはフィーオ、ポーク、俺。青チームは魔術師、ヌケサク、猫女だ。
「では位置についてぇ~、よぉい……」
クラウチングスタイルのフィーオが、腰をぐっと持ち上げた。
それを見て拝み出す棺桶の中のピッグに、俺の真空飛び膝蹴りを当てて沈黙させる。
「どぉん!」
フィーオと魔術師が、同時に走り出した。
コーナーは四つあるが、その内の半分まではフィーオがほぼ優勢だ。
だが、三つ目のコーナーに差し掛かった時、魔術師が足を止める。
「アイツ、何ヲスル気ダ」
「相手に魔術を使ったり、有利になるエンチャントを掛けるのは反則だぞ」
「そんな事はしねぇ。だが『エンチャントで無ければ』何をしても構わんのだろう?」
それはそうだが、魔術の無駄撃ちになるだけだ。
にも関わらず予備動作に入って、魔術を唱えた。
「ファイアーボールッ」
完成した火球。
それをあろう事か、コイツは自分の身体に解き放つ。
「うおぉぉぉっ、炎のランナァァァ!」
アホだコイツ。
火達磨になりながら、ズダダダッと猛烈な勢いで走り出す魔術師。
その鬼気迫る姿に、流石のフィーオもギョッと怯えてペースを乱す。
「こ、この人ってもしかしてアホなのっ?」
「アホダナ」
『アホなんだよねぇ』
俺と猫娘が同意されつつ、件の魔術師は「バトルランナァァァ」と叫んで走り続ける。
最終コーナーを立ち上がって、遂にフィーオと魔術師が並んだ。
火達磨と並走しなければならない彼女の心労は、想像に難くない。
「ランニングマァァァンッ」
「うぇぇーん、怖いよぉー」
泣き出すフィーオに俺は声援を送り、なんとかタスキを渡すまで頑張らせる。
リレーポイントでは、既にポークが屈伸しつつ待機中だ。
「復讐の炎を燃やしっ、今、俺のゼロシフトが爆装するぅぅ!」
「怖いっすぅぅっ! あの火の塊からタスキ受けるんっすか、俺ッ?」
が、ヌケサクの方は準備万端では無さそうだ。
そりゃ火の玉が駆け寄って来たら怖いわな、俺だって嫌だよあんなの。
「左から失礼ぃぃぃぃぃっ!」
阿鼻叫喚の直線で遂に魔術師が先行し、燃え上がるタスキをヌケサクへと渡す。
ギリギリで、フィーオがまくられたかっ。
「ハァハァ……どうだ、速いだろう……」
『死亡確認ッ』
呟いて倒れた魔術師は、使い魔である猫女の手で棺へ入れられた。
さらば強敵よ。貴様は生き急いだのだ。
なんとか原型を保った青いタスキを掛けて、ヌケサクが走る。
少し遅れて、フィーオの赤いタスキを預かるポーク。
二人の義兄弟が織り成す回転木馬のデッドヒートが、今ここに始まるッ!
「ほっほっほ……」
「ふんごー(はっはっは……)」
距離に対して、ペースを守ってキチンと走る二人。
うーん。
なんというか……こいつら。
地味。
『きゃー! ダーリン、格好良いぃ~』
『負けないでー、パパ~』
観客のドリアードとマンドラゴラ達がやたら盛り上がっている。
その様子を真顔で眺める俺と猫女、そしてフィーオ。
「ほっほっほ……」
「ふんごー(はっはっは……)」
『凄いわっ、あの先頭に走ってるのって私のダーリンなのよっ。素敵ィ!』
『わぁーい、パパが一番だぁー! わーい』
リレーポイントで、棒立ちの猫女。表情はひたすら真顔だ。
なんというか……こんな時、どんな顔をすれば良いのか分からないな。
「はいっ、タスキ」
ヌケサクから青いタスキを渡されて、猫女がもそもそと身体に掛ける。
そうしている間に、ポークが俺に赤いタスキを渡した。
俺もタスキを受け取って、しゅるしゅると肩に通す。
……。
ほぼ同時に走り出す俺と猫女の速度は、まさにコンマ一秒の差も無い。
第一コーナーと第二コーナーが、二人の生み出すソニックブームで吹き飛ぶ。
『前の勝負がまだ着いていなかったね。今から着けようじゃないか』
「アノ勝負ハ決マッテイル、俺ノ勝チダ」
『フッ。その負けず嫌いな所、今日からは負けてもなんとも思わなくさせてやるっ』
「ソンナ事ヲ言ッテ、隙ヲ作ラセルツモリカ」
『そうでもあるがぁぁぁぁぁっ!』
俺と猫女のパワーが共鳴し、第三コーナーが亜空間に消えた。
最終コーナーも海と陸の間へ吹き飛び……やはり、俺たちは同時に曲がり終えている。
残すは、ゴールまでの直線のみっ。
『オイラの速度は貴様を完全に凌駕している。分かっているのか、マルコォッ』
ラストスパートッ、俺と猫女が同時に武闘家の奥義を発動させる。
まるで魔術の如くに、瞬間的に距離を詰める『縮地』だ。
「ちょ、ちょっと二人とも、そんな速度で突っ込んだら……」
フィーオが慌てて両腕でバツマークを作る。
だが、もはや止まる事など出来はしない。
ただゴールするのみっ。
「『ユニバァァァァァアスッ』」
「あかーんっ。ゴールしたら、あかーーんっ」
二つの奥義の衝突。
それは全てが因果地平の彼方へと吹き飛ばされる形で、決着を見た。
「僕は……鉄雄……」
誰かが無意識にそう呟いた、気がする。
* * *
『ダーリンッ、ウチの愛情表現で完全無欠の夫婦になるっちゃー』
ドリアードはそう言いながら、ヌケサクをウロに投げ込んで何処かへと走り去った。
『エース、エース、エースゥ』『トップーをねらぁえー』と叫ぶマンドラゴラ達が続く。
ああ、また川岸に打ち上げられるな、アイツ。
「で、結局さ、どっちが勝ったの?」
運動会は無事に終わり、俺たちは互いの健闘を祝福し合った。
とは言っても、いつの間にやら魔術師と猫の姿は無くなっていたが。
「ブヒヒィ(まぁどっちでも良いじゃないんですか。宇宙崩壊してましたし)」
「ふんごー(正直、誰にも見えていなかったと思います。見えたら死ぬ)」
オーク二人が虚ろな目で何やら納得している。
くそっ、アレは絶対に俺が先にゴールしたんだが……。
「まぁ虚無らなかっただけ良かったのかな」
フィーオも遠い目をしつつ、ピッグやポークの意見に追従した。
この子が納得している以上は、もうゴネても仕方無い。
アイツとの決着は、まだまだ先になりそうだな。
「でも、運動会楽しかったぁ。マルコ、今度はお弁当作ってやってみようよ」
フィーオはコロッと表情を笑顔に変えて、ニコニコと俺にそう言った。
うむ。こうして運動を楽しめるのは、健全な精神が宿りつつある証拠だ。
今回のイベントは、まさに大成功だ。
「ソウダナ。次ハ弁当ニオイテモ、俺ガ頂点ニ立ツ所ヲ見セテヤロウ」
「……マルコって、結構負けず嫌いだよね」
心底呆れた様子のフィーオが、俺にそう呟くのだった。
この反抗的な態度……健全な肉体に健全な精神、いまだ宿らず、か。
「不健全なのはアンタだってヴぁっ!」
第十ニ話:完
パン食い競争って実在するんでしょうか。
ドラマや漫画では基本中の基本ですけど、実際に見た事無いんですよ。
企画したいなぁ、どれか一つにワサビを混ぜたパン食い競争。(鬼畜)
それでは、楽しんで頂けたなら幸いです。ありがとうございました!




