第十一話:小屋の掃除をしてみよう
ここ最近、小屋の汚れが半端ない。
それもそのはず、基本的な小屋の使用権はエルフ少女のフィーオにある。
だが食事や雑用時に限って、俺やヌケサク達も小屋を利用していた。
元々はオークである俺用の小屋だから、広さは充分に用意されている。
とはいえ五人が出入りしているにも関わらず、部屋を掃除する者は居ない。
なれば、段々と荒れていくのは当然であった。
「ナノデ、フィーオ。今日ハ大掃除ヲシテモラウ」
「えー。だって皆が汚したんじゃない。皆で掃除しなきゃ駄目よ」
暗に「ヌケサクにやらせろ」と言っているが、それは認められない。
彼らは元野盗で、かつてフィーオを狙っていた後ろめたさがある。
言えば文句も言わずに掃除するだろうが、それでは彼女の教育にならない。
「馬鹿者。食ウ、寝ル、遊ブ。全テ使ッテイルノハ、オマエダケダロウガ」
イヤイヤと首を振るフィーオに、俺は問答無用で箒を手渡す。
流石に床に投げ捨てたりはしないが、実に不満そうな顔で俺を見つめた。
「エルフは掃除をしない種族なの。だから、種族権利の侵害はんたーい」
「オマエノ親、エルフ族長ノ部屋ハ、整理整頓ガ行キ届イテ綺麗ダッタゾ?」
「うぅ。エントロピーを凌駕する願いの可能性が失われちゃう」
自分が何を言っているか絶対に理解していないぞ、コイツ。
ともあれ、俺が「さぁさぁ」と促す事で、ちょっとずつ床を箒で掃き始める。
だが小屋の窓を開けもせず、ひたすらパッパッと掃き散らかすだけだ。
「掃除ノ仕方ガ悪イナ。マズハ、床ノ上ニアル家具類ヲ片付ルンダ」
「え? なんでよ。箒で一緒に端に寄せればいいじゃん」
「家具ガ汚レルシ不潔ダロウ。先ニ避ケテオケバ、後ノ拭キ掃除ガ楽ニナル」
窓を開ければ風も通り、舞い上がった埃が家具に付着したりもしない。
掃除の基本は『無駄に汚す場所を増やさない』事だ。
「マタ、高イ所カラ掃除ヲスルベキダ。下ニ落チタゴミヲ拾ワナクテ良イシナ」
「ふーん。つまり青い子のソウルジェム不要論ね」
なんの話だ。
箒が掃き集めたゴミをチリトリで集め、それをゴミ用の釜戸へと捨てていく。
キチンと掃除のやり方を教えれば、フィーオは文句を言いながらも素直に従った。
「ヨシヨシ。ナンダ、キチント掃除出来ルジャナイカ」
「私も昔は掃除が得意だったの。でもソウルジェムに矢を受けてしまって」
「ソレ死ヌダロ」
「あ、軍人の紫外線照射装置を当てられたのかも」
「ソレ不死身ニナルナァ」
「ゴリラ面のスーパーヴィランに取られたんだわ」
「宇宙終了ノオ知ラセ」
「もうっ煩いなぁ、掃除の邪魔しないでよね」
どういう答えを期待しとるんだろう、この子は。
掃き掃除が終われば、次は拭き掃除。
雑巾を搾る為に外へと出るフィーオは、小さく「あっ」と声を上げた。
俺も外に出てみると、小屋の扉の前で銀色の猫が行儀良く座っていた。
「あの時の猫だっ。無事だったんだねー」
フィーオは猫を抱き寄せる。猫はゴロゴロと喉を鳴らし、その行為に甘える。
だが俺は、その猫に一切の油断を見せず、睨みつけていた。
なぜならば、コイツは『エルフ狩りの魔術師』の『使い魔』だからだ。
「ソノ猫ヲ置クンダ、フィーオ」
「え? でもせっかく会えたんだし」
「掃除デ体ガ汚レテイルダロ? 猫ガ埃ヲ吸ッテ苦シムカモシレン」
「あっ、そうかー。じゃあ、ちょっと洗ってくるね」
そう言ってフィーオは、猫を開放して走り去る。
後に残った猫は、俺の厳しい視線を真っ向から受けて、なお平然としていた。
「別にそう緊張しないで良いよ」
と喋ったのは、この猫だ。喋るだけじゃない、コイツは二足で歩く事も出来る。
更には人間大のワーキャットに変化する事すら可能なのだ。
「オイラ、今日は戦いに来たんじゃないからね」
「ホゥ。信ジラレルト思ッテイルノカナ。突然襲ワレルカモシレナイノニ」
「正体バレてるから奇襲も何も出来ないよ。今日来たのは……」
ぴょんっと一跳ねで小屋の屋根に登る。
「純粋にエルフ娘と遊びに来たのさ。あとマルコ君との関係修復にね」
「俺ト関係修復ダト?」
「うん、オイラは君達と争いたく無い。あの子……魔術師様が願わない限りね」
棟をトコトコと歩き、今度は調理場の屋根に飛び移った。
「でも魔術師様はフィーオちゃんを狙い続けるだろうね」
「ナラバ戦ウマデダ」
「あぁ、そうじゃない。そうじゃない」
猫は顔を二度三度洗って誤魔化してから、俺に笑い掛けた。
「マルコ君だって、戦いたくは無いだろ? だったらさ」
「フンッ。ナルホド、魔術師ト『戦ワナケレバ良イ』ト言イタイノカ」
魔術師がフィーオの誘拐を願う限り、俺との戦いは避けられない。
だが、彼が『誘拐を願う理由を断て』ば、もはや争う理由は無いはずだ。
「御明察だ。オークにしては勘の良い子だね。リセットして選択肢を全部選んだのかな?」
「勘ガ良イ訳ジャナイ。思ワセブリナ態度カラノ推察ダ」
「……冗談を解しない態度は閉口するよ。まぁいいや」
分かってくれて嬉しいよ、と呟いて、猫はまた地面に飛び降りる。
そして「にゃーん」と鳴くと、駆け寄ってきたフィーオの胸に飛び込んだ。
「よしよし。ほら、餌だよー。食べる?」
そう言ってフィーオが魚の切り身を渡すと、猫は一目散に齧り付いた。
やれやれ。コイツ、実は飯をタカリに来ただけじゃないのか?
だが、嬉しそうな少女の顔を見れば、コイツの提案を飲むのも悪く無いと俺は感じた。
俺たちとは争いたくない、魔術師の争う理由を断てば……か。
少し頭に入れておこう。
* * *
あらかたの掃除を終えて、俺達は集めたゴミに火をつける。
パチパチと音を立てて燃えていく埃や塵に、俺は清々した気分を感じていた。
「見ろっ、ゴミがゴミのようだ」
「ソノマンマダロ」
フィーオの狂気に染まった目を消すべく、額にデコピンする。
「ブヒヒィ(ゴミだけど、ゴミじゃなかったぁ!)」
「ふんごー(ゴミだけど、ゴミじゃなかったぁ!!)」
いやゴミだからな、コレ。
焼却炉の周りで何やら傘を持ち上げて、グルグル廻る二人のオーク。
今の今まで、どこに居やがったんだコイツラ。
「ふんごー(いや、手ぇ出すんなら仕舞いまでやれ、と言いますし)」
「ブヒヒィ(それなら手伝わない方が、自分ら楽ですから)」
威張って言う事かよ。情けねぇ、情けねぇ。
猫がにゃにゃにゃっと笑う。
「これでお掃除終わりだね。じゃあ小屋に戻ろっか」
猫に話しかけてつつ抱き上げると、フィーオは小屋へと入っていった。
俺もその後ろを追う為に、箒とチリトリを置いて振り返る。
「キャアアッ」
それはフィーオの悲鳴だ。
くそっ。まさか猫の奴、いきなり裏切ったのかよ。
俺は身構えながら、小屋の中に飛び込んだ。
「……ナンダコレハ」
「せ、せっかく掃除したのにぃ」
小屋の中は、ゴミや埃で散らかり放題だった。
それだけじゃない。家具もバラバラに散らばっている。
幾らなんでもイタズラが過ぎるな。ヌケサク達じゃあるまい。
「なんでこんな事になってるのよぅ」
「にゃーん……」
「マサカ、オマエガ?」
そう猫に話し掛けると、首をプルプルと振るう。
まぁずっと一緒に居たのだから、そんな事を出来るはずが無い。
となれば、思いつく原因は多くないな。
「フィーオ、外ニ出テイロ」
「やった。代わりに掃除してくれるんだね」
「似タヨウナ物ダ」
「あれ、本当に良いの? 冗談のつもりだったんだけど」
フィーオは意外な答えを聞き、逆に驚いている。
そんな彼女にちょっとした頼み事をして、俺は小屋の中に入る。
「ウーム、コノ辺デ良イカ」
俺は部屋の隅に、フィーオから預かったパンを取り出す。
保存食だから殆ど食べたりしないのだが、こういう時は別だ。
ちょっと齧って、ポロポロと床に大きな破片を散らかす。
「サテ、出掛ケルカ」
* * *
わざとらしく呟いた俺は、小屋から出て中をコッソリ覗いた。
同じ姿勢でフィーオと猫も、中の様子を伺うようだ。
「ねぇねぇ。いったい中に何が居るの」
「ウム。恐ラクハ『ブラウニー』ダナ」
それは家に憑く精霊である。
家人の居ぬ間に掃除をしたり、物を片付けてくれる比較的良い存在だ。
だがお礼が無かったり、ストレスが溜まっていると逆に散らかしてしまう性質もある。
「オ礼ニハ、ソレトナク置カレル食料、パン、ミルク等ガ最適ダナ」
「あぁ。だからパンの破片を散らかしてたの。てっきりテーブルの下に亀が居るのかと」
どこの御曹司のテーブルマナーだよ、それは。
暫く見ていたら、やがてそれはヒョコヒョコと現れた。
天井からピョコンっと飛び降りて、パン屑をモグモグと食べている。
ヌケサクだった。
「ハイ逮捕ー」
俺はスリッパでアホの頭をスパコーンっと叩く。
倒れた所を小屋から引き摺り出した。
「いてぇっ。な、何するんですか兄貴ィ?」
「聞ク前ニ、自分ノ姿ニ疑問持テヨ。モウ駄目ダ、オマエ」
「いや実はもう、ひもじくてひもじくて。隙あらば何でも食いたかったんですよ」
情けねぇ情けねぇ。オーク達も、お前も情けねぇ。
さめざめと泣く俺を見て、ヌケサクは自信満々に答えを返した。
「まぁ、俺の事は『もったいないおばけ』とでも思っていただければ」
「オバケナラ仕方無イ。目玉ヲクリ抜クカ」
「うぉぉ。マックロの空からくり抜いてぇ!」
俺に馬乗りされながらジタバタ足掻くヌケサク。
「折角掃除シタ小屋マデ食料ノ家探シデ汚シヤガッテ、コノ阿呆ガ」
「えぇ? そんな事してませんって、いててっ、たかがメインカメラをやられただけだ」
「ナラ中身ニモ直接ダメージ、ドーン」
「うぉぉ、ビルギットだけを殺す奥義かよぉー!」
誰だよ、知らんがな。
俺の関節技を受けて痙攣するヌケサク。愚か者が。
「にゃーん」
「あっ、猫が捕まえちゃった」
「ダイタイ、オマエハ意地汚イ。モット子供ノ手本ニダナ」
「なら、フィーオちゃんに手取り足取り、なんでもしちゃいますぜ」
「へー。家主に見つかったら駄目なんだ。でも私、家主じゃないよ」
「にゃにゃにゃ」
「ギブギブゥッ。マジで折れますっ。極めたら折れるっ」
「折ルノハ俺ニ任セロー、ブブブー」
「脱力系効果音の菩薩掌やめてっ」
「完成シタンダヨ……菩薩掌ガ……」
「超ヤバイ! 本当に完成品かっ!」
「うん。じゃあ見つけなかった事にするね。その代わり、掃除お願い」
「にゃんにゃん」
「どうせ修羅るなら鏡餅版でっ。こっちは佳作なのに」
「海堂ヲ倒シテ『第二部、コノ後スグ』ノ流レハ感動シタワ」
「よく倒せましたねアイツ。双竜脚でいつも負けますわ、自分」
「わぁい、ありがとうっ。じゃあ今度からこっそりパンをあげるからね」
「にゃーん」
様々な技を受けて失神したヌケサクを投げ捨て、俺は汚された小屋に入った。
だが、いつの間にやら散らかっていた小屋が綺麗になっているじゃないか。
その真ん中に、笑顔のフィーオがこっちを見て座っていた。
「フィーオ、オマエダッタノカ。掃除ヲシテクレタノハ」
いつもは不真面目の癖に、やれば出来るじゃないかっ。
俺は感動し、思わず涙を流しそうになる。
「もう泣かないでよ大袈裟ね。でもご褒美くれるならパンとか嬉しいかな」
「オ安イゴ用ダ。良クヤッタゾ、フィーオ」
「えへへっ良かったねぇ」
まるで誰かに語り掛けるような仕草で、フィーオが喜んだ。
猫が「にゃん」と返事をする。ああ、猫に話し掛けたのか。
「これからは小屋の掃除なら任せてよね、マルコ」
親は無くとも子は育つ。フィーオの成長に、俺は心から喜んだ。
彼女の言葉に感動しながら、今夜の夕食はパン祭りにしようと心に決めた。
猫は微妙に笑いを込めた声音で「にゃーん」と鳴くのだった。
第十一話:完
友人が平成のブラウニーことルンバを買ってました。
なかなか便利そうでしたが、執拗に友人を吸い込もうとしてたり。
ルンバには分かっているんだ……誰がゴミなのかっ!
それでは、楽しんで頂けたならば幸いです。ありがとうございました!




