第十話(後):水汲みに行ってみよう
エルフ少女のフィーオと共に川へ水汲みに出掛けた、武闘家オークのマルコ。
道中でユニコーンと出会いつつ、目的地の川に到着する。
しかし、そこでフィーオを狙うエルフ狩りの魔術師と対峙し……。
俺は、相手の魔力が尽きるまで逃げ廻る戦術を放棄した。
もはや戦い方は一つ、死中に活を求めるっ。
「くらえやぁ、ファイアーボールゥ」
「ヌゥンッ」
飛んでくる火球に対し俺は全く避けず、その場で水面に掌打を放った。
川岸まで波紋の届く音速の掌打は、川面を弾いて水の壁を作り上げる。
それは空中の火球を防ぐ膜となって、俺への直撃を避けさせた。
「まさか、物理的にウォータースクリーンを作り出しただとっ」
「ソノ通リダ」
次の詠唱には入らせん。俺は魔術師に対して猛進する。
「掛かったな、アホめ!」
魔術師が人差し指を振るう。
俺は魔術の衝撃に耐える為、例によって川に潜った。
だが、それは間違いだった。
「クゥッ?」
指を振るうと同時に、水底から何かがガチガチと組み上がっていく。
それは骨で出来た人形、スケルトンとなって俺の上半身を拘束した。
「スケルトン・ウォリアー、ダトッ? 貴様、ココマデ高度ナ魔術ヲ」
「貴様は俺との知恵比べに負けたのだ、死ねぇ」
魔術師の掌にファイアーボールが完成する。
「違ウナ。勝チ誇ッタ時、ソイツハ既ニ敗北シテイル」
最初の火球の爆発で『始動』し、俺の掌打による水面の波紋で『流れ』を調整。
最後はこの場所に移動した、俺自身の巨躯で『隠蔽』していたアレ。
「ウォォッ」
それは『樽』だった。
衝撃で川に流され、最後は俺の背後に来るよう立ち位置を調整していた。
その樽を自由な下半身で、魔術師に向けて蹴り飛ばしたのだ。
「なんとぉっ」
魔術師は、手に出来た火球を樽にぶつける。所詮は魔術師、避けるなど出来ようも無い。
だが愚かだ。
「ぐあぁっ」
魔術師は、爆散して燃える樽の破片を全身に浴びた。
悲鳴を上げて川に倒れこむ。それと同時に、スケルトンもバラバラと砕け散った。
「俺トハ戦イノ経験量ガ違ッタナ」
溺れ死ぬ前に魔術師を抱え上げる。やはり無抵抗のままだ。
川岸に運び、そのフードを外して顔を見た。
「コイツ……」
それは、まだ幼い男の子の顔だった。
苦悶に満ちた顔だが、どうやら人間では美男子と呼べるだろう。
「餓鬼メ。コノママ捕ラエテ監禁シテオクカ」
肩に背負おうとした時、俺は背筋が凍りつかせた。
更に新しい敵かっ。強烈な殺気は、この魔術師と比べ物にならない。
「何者ダ?」
殺気の方角へと振り向く。わざとらしいまでの自己アピール。
コイツは自信があるのだ。『自分が強い』という。
「にゃーん」
果たして居たのは、銀色の毛をした猫だった。
アイツは、何度も俺たちの前に現れた猫じゃないか。
訝しげに俺がそれを見ていると、おもむろに猫は二本足で立った。
「クスクスッ。やるじゃない、マルコ君」
「貴様、コイツノ使イ魔ダッタカ」
「御明察……って分かって当然だよね、オイラの正体なんか」
ケラケラと笑う使い魔だが、まだ他に敵は居るはず。
こんな猫の使い魔の放てる殺気では無いからだ。
「おっと、油断しちゃ駄目だよ。だって」
猫は再び四足になると、そのまま小さな唸り声を上げる。
それはやがて地響きの如く、低くかつ大きな声へと変化し……。
同時に、猫の姿も急激に膨れ上がっていった。
『オイラ。めちゃくちゃ強いからね』
みるみるうちに猫は人間大の大きさとなって、俺の前に立ち上がる。
その体つきは獣毛に覆われた女性の、恐ろしく鍛えられた肉体。
「獣人、カ……」
『アハハッ、半分は正解さ。でも半分だけだなぁ、それじゃあ』
この姿、ワーキャット。さしずめ猫女と呼ぶべきだろう。
今も余裕ある姿勢に見えるが、明らかに『構え』ている。
「正解ナド興味ハ無イ。有ルノハ、貴様ニ負ケヌ意思ダケダ」
『へー。凄いね、マルコ君。オイラと向き合って戦意喪失しないなんて』
細い目を丸くし、猫女は感心する。
確かにコイツは強いだろう。しかし、戦いとは相手あっての物だ。
必ず勝機は存在する。
『オイラとしては、その子を返してくれたら良いんだけど』
「断ル。コイツハ危険ダ」
『だよね~。分かる、分かるよ。あの馬鹿エルフを守りたいって気持ち』
嘆息しながら答える猫女は、言葉を続ける気配を見せる。
わざとらしくズラされた会話のタイミング、それは、フェイントッ。
「テェイッ!」
俺の『背後』に放った裏拳が、猫女の右拳の肉球で『もにゅっ』と受け止められる。
『……馬鹿な誰かを守りたいって気持ち、オイラも全く同じだからね』
瞬間的に長距離を移動する『縮地』。それは武闘家の奥義の一つだ。
それを使えるこの猫女、やはり只者ではない。
「守ル者ガ異ナル以上、戦ウノミッ」
『ニャァァァァッ』
俺と猫女の気迫が重なり合う。
『居たぁあああああっ』
その声は川岸から轟いた。
思わずそちらを見る俺と猫女。そこにはユニコーンが最高の笑顔でこちらを見ていた。
『見つけましたよ、僕の穢れ無き乙女っ。今、会いに行きますっ』
『なんだい、アイツは?』
思わず呆然とする猫女。
俺は頭に手を当てて、その質問に答える。
「ユニコーンらしいぞ」
『いやまぁ、アレに角は生えてるけどさ』
『そのまま飲み込んでっ、僕のエクスカリバー』
ユニコーンなんだ、悲しい事に。
俺は呟くと同じくして、バチャバチャと川面を蹴って一角獣が猫女に迫る。
『気持ち悪いわっ、この淫獣ゥ』
猫女の張り手がユニコーンの頬を捕らえた。『むにゅう』とたわむ肉球。
そのまま一角獣は俺の方へと吹き飛んで来る。角の切っ先が俺の胴体に向いた。
「クッ、危ネェ」
俺が咄嗟に避けると、馬は横回転したままパシャパシャと水面を弾いて行く。
慌てて猫女に向き直したが、そこに奴は居なかった。
当然、魔術師の姿も無い。
『この子を返して貰えたから、今日は帰るよ』
どこからか聴こえる声。先程とは違い、気配を探っても位置が掴めない。
「出来レバ森カラモ消エテクレナイカ?」
俺の言葉に返事は無い。答える必要も無い程、簡単な答えなのだろう。
つまり、全ては魔術師の意思次第、か。
「マルコー、どこ行っちゃったのよー」
川の上流から、フィーオの声が聴こえた。
見れば、戦っている間に俺は随分と流されていたようだ。
「コッチダ。フィーオ、今、ソチラニ行ク」
答えて、川岸へと向かう。
あの猫娘は、まだ底知れぬ何かを持っていた。勝利するかは、全くの未知数だ。
もしあのまま戦い続けていたら、俺はフィーオを守れただろうか。
「マルコッ。良かったぁ、居なくなっちゃったかと思ったよぉ」
安堵の表情を浮かべるエルフ少女の顔を見て、俺は無駄な思考を頭から追い払う。
そうだ、どうあれ戦い続ける必要など無かった。
俺は、彼女を守れればそれで良いのだから。
* * *
「兄貴ィ。これじゃあ水が足りませんよ」
「仕方無イダロ。樽ガ一ツシカ無インダカラ」
ヌケサクが蒸留器の火を調節しながら、川の水を沸騰させている。
だが濾過させる端からフィーオが飲み干すので、全く生産が追いつかない。
その上に、もう樽の中身は空っぽに近かった。
「早くー。おかわりー」
コップをぶんぶんと振って訴えるフィーオに、ヌケサクは出来たばかりの水を運ぶ。
やれやれ、一日も早く雨が降って欲しいものだ。
「ブヒヒィ(やめだぁー、もう減量はやめだぁー)」
「ふんごー(兄貴、このままじゃ力石君は……早く水を渡してやってくれぇ)」
「デモココニ白湯ハ無い。コノ気持チダケ飲ンドケ」
脱水症状を起こすポークを無視し、俺は改めて川の水を汲みに樽を担ぎ上げる。
そして、ふと今日の魔術師との一件を思い出した。
いずれ決着をつけねばならないだろう、どんな形であれ。
出来ればそれがフィーオを守る事に繋がるよう、俺は備えねばならないな。
「うぅ……また負けたぁ。くそっ、どうして俺はアイツに勝てないっ」
隠れ家の洞窟で、魔術師はグルグルと落ち着きなく歩いていた。
その傍で銀色の猫が欠伸をし、眠そうに呟く。
「もう諦めたら? オイラが思うに、他の手段で稼いだ方が良いよ」
「クィーンッ、何を言うんだ。どれだけの金を必要としているか分かってるだろ」
懐から取り出す保釈金の証書には、かなりの高額が記されている。
更にもう一つの紙を出したら、そこにはフィーオの賞金があった。
どちらもほぼ同じ額面だ。
「これさえ返せば俺は『師匠』を救えるんだ」
「そんな汚れたお金じゃ、きっと師匠も喜ばないさ」
「喜ばれなくて良い。俺は、俺の責任で、師匠を助け出すっ」
その決意は本物だろう。
彼はその気になれば、己の身すら捨てて金を手に入れるはずだ。
当然、使い魔である猫の命すら例外では無い。
「……ま、気長におやりなさいな。精々、自分の身体を大切にね」
猫はそう言って、少し濡れた瞳を閉じる。
でもきっと、彼は自分を顧みないで戦いを続けるだろう。
だから守らねばならないのだ、この子は。妾自身の手で。
* * *
森の奥地を源流とする川原にユニコーンが流れ着いたのは、それから三日後だった。
でも特に誰も気にかけなかったので、そのまま下流まで流されていったという。
『真のユニコーンを目指す為、僕は新たなる乙女を求めて行った』
と語ったかどうか、それを知る者はこの森に居ない。
第十話:完
敵の目的も明らかとなる中、再び謎めく猫のバレバレな正体っ。
彼らの戦いの行く末は如何にっ?(*割と単純に決着します)
なおユニコーンの次回登場は予定されていません。ジャイアントさらば。
それでは、楽しんで頂けたなら幸いです。ありがとうございました!




