第七話:作物を育ててみよう
「ふんごー(MX-10……)」
「ブヒヒィ(ぬぬぅ。あの消しゴム触ってじゃんけんゲーム作る苦しみ、分かるぞっ)」
元野盗のオーク二人が、畑の傍でなにやら言い合いしている。
朝からやけに元気が良いな。
「ブヒヒィ(FS-A1F……)」
「ふんごー(ああっ名機過ぎる。感動したトカゲ人間が全身から血を噴いて死んだ)」
「ナニヲ言ッテイル」
畑仕事も手伝わずに頭を抱えているオーク二人、ピッグとポーク。
しりとりでもしているのかと思ったが、どうやら違うらしい。
「ブヒヒィ(互いのトラウマを抉って、血よりも濃い親交を深めているんですよ)」
「ハァ。ヤハリ良ク分カラン」
「ブヒヒィ(なんならマルコの兄貴も参加しますか? オークなら必修科目でしょ?)」
そんな必修は無ぇよ。
コイツの言う通り、俺は確かにオーク族だ。
だが、少なくともコイツラの言う単語を聞いた事など一度も無い。
「ふんごー(WSX……)」
「ブヒヒィ(まさかっ貴様、あの逆子をっ? 何気に出来良いから笑えるよな)」
まぁ、楽しいなら良いんだけど……。
目障りだから、程々にしておけよ。
「ブヒヒィ(FS-A1GT……)」
「ふんごー(あれ実際に使ってる奴いるの? 勿体無くて箱から出せないだろ)」
「ブヒヒィ(俺はGTでメタル遊んでドハマりし、人生おかしくなった)」
「ふんごー(このブルジョワめっ! ディスクシャッターぶっ壊して死ねっ!)」
喧嘩を始めた馬鹿二人。水より薄いな、お前等の親交。
倒れかけていた苗の土寄せを終えて、俺はやれやれと椅子に腰を落ち着けさせた。
何年ぶりかの畑仕事だ、勘を取り戻すまでは少々疲れる。
「マルコォ、釜戸の灰を持って来たよ」
そう言って、エルフ少女のフィーオが桶を下ろした。
「うんしょっと。で、これどうするわけ?」
「ウム。コレヲ撒クト畑ノ害虫ガ減ルノダ。カリウム等ノ補給ニモナル」
「ふーん。まぁ全然興味なんて無いんだけどね」
少しは勉強してくれよ。
ゲンナリしつつ、俺は灰をサッサッと大きく撒く。
「でもどうしていきなり、畑を作ろうなんて言い出したの?」
ウネには大根やジャガイモの苗が植えられている。
別の場所で種から発芽させたのを、ついさっき植え替えた物だ。
「山菜ノ季節ガ終ワッタラ、何ヲ食ウツモリダ?」
「そりゃ行商の人たちから野菜を買えば良いじゃない」
「コンナ森ノ奥マデ、行商人ガ来ルワケナイダロ」
あぅっと顔をしかめるフィーオ。
冬が来るのに備える、にはまだまだ季節が早過ぎる。
俺だけなら問題無くとも、居候が四人も増えた今となっては、備えよ常にの精神だ。
「でも畑仕事するオークって珍しい気がする。定住せず奪い歩いてそうだし」
まぁ、その通りではある。
オーク族は小鬼とも言われるモンスターで、基本的に厄介者だ。
だが俺はそんな奴らの生き方を嫌って、こうして一人、森で静かに暮らしていた。
このフィーオがエルフ狩りに襲われ、俺の小屋に逃げ込んでくるまでは。
「子供ノ頃ニ『コツ』ダケハ学ンダノデナ」
「コツってどんなの?」
それを口で説明するのは難しい。
例えば季節に合わせた作物の育て方、害虫対策、苗を植える間隔……。
水やりで葉を濡らすべきか濡らさぬべきか、肥料の効き過ぎで土が窒息しないか否か。
これら全ては、経験とその改善で幾らでも変化していく。唯一絶対の方法など無い。
故に『どの手段を選べば良いのか?』という推測をするのが『コツ』である。
「ふーん。まぁ全然興味なんて無いんだけどね」
殴って分からせんとイカンのじゃないか、この小娘。
畑の周りを走り出して遊び出すフィーオを見つつ、俺はまたゲンナリとした。
ワガママ放題に育った彼女の再教育を、この森のエルフ族長に頼まれて幾日。
森の永住権を得る為の任務としては、少々難易度が高過ぎたかもしれん。
「ふんごー(テメェ。もう一度、言ってみろやぁ)」
「ブヒヒィ(何度でも言ってやるっ。猥談を繰り返すフレイちゃんは淫乱だって!)」
「ふんごー(そりゃテメェの教える単語が悪いんだよ、このゲス野郎!)」
「どっかーーん」
掴み合って見苦しく喧嘩する二人のオークを、駆け寄ったフィーオが蹴り飛ばす。
二人は「アリガトウゴザイマスッ」と歓喜の声を上げつつ、森の中へと転がっていった。
もう二度と帰ってくるなよー。
* * *
畑仕事を終えて、俺は小屋に戻る。
そこには山菜の採取を終えて、一服しているヌケサクが居た。
「ヨォ。元気ソウダナ」
「あ、こりゃ兄貴。くつろがせて頂いてます」
座り直そうとするヌケサクに、右手を上げて「そのままで良い」と合図する。
俺も足を崩しながら、ゴザの上に座った。
「少シ聞イテモ良イカ?」
俺がそう切り出すと、ヌケサクは「自分に答えられる事なら」と返事をする。
「何故、俺タチト生活ヲ共ニスル? 人間ノオマエニハ、森ノ暮ラシハ難シカロウ」
「そうですねぇ。ま、元野盗としては、森は慣れた住処でありましたが」
それも街の暮らしを持ってこそ、だ。
あくまでただの人間に過ぎないヌケサクは、ストレスの多い生活だと推測出来る。
「もし森から出ても、俺みたいなクズは厄介者です。街に居場所なんてありません」
「真面目ニナル芽ハ有ルト思ウゾ」
「アッシがですか? そりゃあ亜人的発想です。人間的に見れば、俺はもうダメですよ」
卑屈っぽく話しているが、当人は納得していないのだろう。
怒りを篭めた瞳に、そんな待遇をどうにかして壊したいという彼の意思は見える。
「それに比べて、ここは良い。食い物はあるし、危険も他の森程には無い」
ブラックドラゴンに追われた男の言葉とは思えんが。
そういやドリアードに生気を吸われた事もあったような。
こいつの『危険』の定義付け、割とハードル高いんじゃないか。
「なにより、フィーオちゃんは良い子ですから。アレは守らないといけない子だ」
「フーム」
元野盗にして、オーク達と組んでエルフ狩りをしようとした男だ。
どこまで本気で話しているか分からんが、嘘を吐いている様子も無い。
「ピッグとポークの奴らも、たぶん俺と同じ気持ちなんでしょうね」
「イヤ、ソレハ無イ」
「……綺麗に纏めようとした俺の話に水を差さないで下さいよ」
「アイツ等ハオーク族ダ。何ヲ考エテイルカ俺ニハ分カル」
俺は、窓の外から畑の方角を指差す。
そこではフィーオに馬乗りされて、恍惚の笑みを浮かべるオーク二匹が居た。
「さぁ、マルコに頼んで、どちらか強い方にボーナスを上げるわよ」
「「ブヒヒィ&ふんごー((うぉぉぉぉっ!))」」
飛び跳ねて応援するフィーオを前に、クワや石を拾って殴り合いを始める二人。
「アイツ等ハ、何モ考エテナドイナイ。騒ギタイダケダ」
「まぁ……そうですね」
納得した様子のヌケサクが立ち上がる。
「ちょっくら、俺も畑仕事をして来ますわ」
「ン? モウ雑草モ生エテイナイゾ」
「いや実は、俺達も違う場所に畑を作っていたんです。そっちの事ですよ」
ほぅ。時々フラリと居なくなるとは思っていたが、自活を考えていたのか。
「いつまでも居候じゃ、情けないですしね」
「イイ心ガケダ。ヤッパリ、人間ノ街デモ真面目ニ暮ラセルンジャナイカ?」
困った様にニヤっと笑って、ヌケサクは肩を竦めた。
「その話は無しにして下さいよ、兄貴。要するに、俺はここが気に入ってるんです」
* * *
「な、な、な、なんじゃこりゃああああ!」
クワとバケツを取り落とし、絶叫するヌケサク。
俺もこの光景を見れば、流石に唖然とするしかない。
彼に連れられて来た三馬鹿の畑全域で、無数の苗がギザギザの葉を幾つも広げていた。
その大きさは、すっかり収穫に適したモノと見える。
「まだ植えて数日しか経ってないのに、大豊作じゃぁあっ」
いや、そんな事はあり得ない。
そもそも鋭い葉の形から見て、彼の植えたというジャガイモとは大きく異なる。
「やりましたよ、プレジデンテッ! これだけあれば国民は二度と餓えませんッ!」
「誰ガ大統領ダ」
「いや交易した儲けでタバコ葉を輸入、加工すれば……国民の一割や二割餓死したって」
いきなり物騒な考え方に変化しているな、こいつ。
「様子ガオカシイ。イキナリ野菜ガ育ツモノカ」
「育ってしまったものは仕方ないでしょう。さぁ収穫しますよ」
そう言って、適当な株を掴むヌケサク。それには青と白の小さな花が咲いている。
……もしやコレはっ。
もう手を掛けてしまったヌケサクを止めるのは諦めて、俺は自分の両耳を塞いだ。
『ホッチャアアアアアアアアアンッ!』
引き抜く直前、その野菜から森をつんざく強烈な悲鳴が上がった。
「ホォォホォォォォッホァアアアア!」
ヌケサクが絶叫して倒れる。
耳を抑えていても手が震える程の声量、これは間違いなくマンドラゴラだ。
引き抜かれる時に呪いを帯びた悲鳴を上げて、採取した者を気絶させるモンスター。
その直撃を受けたヌケサクは、地面にうつ伏せとなって燃え尽きていた。
コイツ無茶しやがって……。
「モシヤ、コレ全部、マンドラゴラカ」
俺は畑に密集する葉の群れを俯瞰した。十や二十では利かない数だ。
放置しておけば、特に危険の無いモンスターではあるが、これでは畑が機能しない。
「耳ニ詰メ物ヲシテ抜クカ」
強力に育ったマンドラゴラは、紐で括った豚や犬に引き抜かせるのが安全策だ。
しかし、ここに生えた小振りな株であれば、まぁコレで充分だ。
俺はヌケサクの手で半分抜かれた株を掴み、一気に引き抜く。
「ムゥン」
『キャアアアアア!』
ズボッと抜けたマンドラゴラの根は、ぷっくりとした体つきの少女を形作っていた。
というか、もう殆ど人間の子供だ。
俺の掴む頭に生えた草花も、風変わりなアクセサリーに見えなくも無い。
『びびびびっ、びっくりした?』
少し困ったような表情で、そう話し掛けてくる少女。
「マンドラゴラッテ分カッテイルカラ、驚キハシナイ」
『うそ、私の地獄のシンフォニーが通じないなんてっ。百万ホーンの威力がっ!』
簡単に言ってるけど、それ宇宙が崩壊するからな。
泣き出しそうな顔のマンドラゴラを地面に置いて、話し掛ける。
「何故、コノ畑ニ生エタ?」
『ふぇぇ、よく見たらこの人オークだし。いやぁ、襲われちゃう』
「襲イナドシナイ。答エロ」
『エロだって。いやぁ、私みたいな幼女をでんぷん糊でデコレートしないでぇ』
くそっ。どいつもこいつも、オークと見ればこれだ。
それだけ悪名高い我が種族って事だが。
俺は頭を掻いて、こいつを諦めて次の株を抜こうと決めた。
『ウラァァァァァ!』
えぇい、雄叫びを止めろ。
『はんぎゃあああああ!』
くぁ、うるせぇ。
『ばびろんにゃあっはっは!』
悲鳴の振動で地震が起きそうだ。
『アーラララララララィ!』
遂に雄叫びで地割れがっ、マンドラゴラを飲み込んで……たりはしないな。
引き抜いたどいつもこいつも、俺がオークだと見て震え上がる始末。
そして、あらかた抜いた辺りで、俺はようやく気付いた。
『ワギャーーン』
「うずまきじゃなくて、タイムトンネルッ? そんなん知るかよぉ」
俺がマンドラゴラを抜く度、ビクビクと痙攣しながらヌケサクが叫んでいるのを。
あー、コイツに耳栓してやるの忘れてたわ。
泡を吹き始めたヌケサクにヤバイモノを感じた時、森の奥から別なる声が聞こえた。
『キャア。みんな、どうしてお外に出ているの?』
『あ、ママだ。うえぇーん、オークのおじさんが虐めるよー』
マンドラゴラたちが、我先にとその森の声の主に駆け寄っていく。
そこにあったのは、森の一本の大樹だ。
中央に大きな空洞が空いており、そこに女性の姿が浮き上がる。
『はいはい、もう大丈夫ですよ。ママが来ましたからね』
『わーい』
「オマエ、アノ時ノドリアードカ」
俺がそう話し掛けると、大樹はようやく俺の正体に気付いたようだ。
『あら貴方、いつぞやの汚いオークじゃない』
「汚イハ余計ダ」
『それに……ダーリンったらぁ、こんな所で寝ちゃダメじゃないの」
そう言って、ドリアードは虚ろな目のヌケサクをウロに抱き寄せた。
こいつは、食料不足で俺たちの生活圏にまで下りてきたドリアードだ。
だが餌を提供するという『約束』で、再びモンスター圏へと帰らせた。
人間の生気を食料とする彼女に差し出した餌が、このヌケサクだった訳だ。
うーん、何となく見えてきたぞ。
「コレッテ、モシヤ、オマエノ娘タチカ?」
『そうよ。私とぉ……ダーリンの愛の結晶よぉー』
ドリアードは枝と幹をザワザワとくねらせて照れる。
あ、やっぱりヌケサクが父親になるんだな、この場合。
『えぇ? じゃあ、この人がパパなんだぁ』
マンドラゴラたちが、気絶しているヌケサクに群がった。
『パパァ。神経衰弱して遊ぼうよー』
『私、しりとりぃ』
「うぉぉ……ど下手な絵だとっ? わかるか、そんなもんっ」
おー。うなされておる、うなされておる。
『私の為にベビールームを作るなんて……嬉しいサプライズ、惚れ直しちゃう』
いや、あのそれ、思いっきり普通の畑だけど。
ドリアードはヌケサクをウロに投げ込むと、スックと大樹が立ち上がった。
『今夜は二人だけのセレモニーよ。大人はそのまま、子供はBボタンを押してね!』
そして、ガササササっと森の奥へと走り去る。
マンドラゴラたちも、その後に続いて行ってしまった。
後に残ったのは穴だらけの畑と、呆然と立ち呆ける俺だけだ。
む、虚しい。
* * *
「コラコラ、大根ノ苗ニハ水ヲ掛ケルンジャナイ」
無造作に水やりをしようとするフィーオに、静止するよう声を掛ける。
ジョウロの鼻を上げて、少女は不満そうに俺へと返事した。
「えー、どうしてよぉ。水を沢山あげた方が早く育つじゃない」
「大根ハ湿気ニ弱イ。土ノ乾キニクイ夕方以降ハ、水ヲ掛ケナイノダ」
それに一緒に植えたジャガイモも、水は殆ど必要としない。
こういう作物を育てる事で畑の手間を減らし、他の採取等に時間を使うのだ。
しかし畑仕事と言えば、クワ掻きや水やりが子供の目には目立つのだろう。
「ふーんだ、つまんない。じゃあもう畑仕事なんて手伝わないもん」
新しい遊びにしようとしたばかりなのに、取り上げられた不満をぶつけてくる。
ジョウロを投げ捨てて、フィーオは小屋へと駆け込んだ。
やれやれ、困ったものだ。
俺はそのジョウロを片付けるべく、大根畑のウネを跨いで近寄る。
その大根のギザギザとした葉が、なんとなくマンドラゴラに重なって見えた。
「ムムゥ。思イ出スダケデ耳ガ痛クナルナ」
まぁ収穫時期となれば、そんな記憶も幾分かは薄れているだろう。
畑仕事に不満そうなフィーオも、収穫の楽しさを経験すれば考えも変わるはずだ。
俺は耳の穴を掻いて、マンドラゴラの影が重なる大根畑を複雑な気持ちで見つめた。
森の奥地を源流とする川原にヌケサクが流れ着いたのは、それから三日後だった。
しおしおに枯れきった彼は「平屋一戸建て」と微笑み、長い眠りに着いたという。
第七話:完
遊びたかったなぁ、16bitのキメ技でシムなシティーを……。
それはさておき、畑仕事って土を耕すのが一苦労なんです。
家庭菜園だと植えてしまえば、後は収穫を待つばかり。
……あれ芋虫の卵が。ああアブラムシ。来るんじゃない、モグラァ!
日曜日なのでジックリ読めるよう、少し長めに書いてみました。
内容はいつも通りですけど、私が書いてて楽しかったし、まあいいかなっ!
それでは、楽しんで読んで頂けたならば幸いです。ありがとうございました!
(追記:
友人より、改行と空白行を増やしなさいとのご指示。
私としてはミッシリ詰まってる方が小説っぽいかな、と思っておりました。
でも、これでやっと読み易くなったかな?)




