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第一話(前):少女との出会い

 目が覚めてまず最初にする事は、掘っ立て小屋の裏手の花壇に水をやる事だ。

 十年月見草はその名の通りに十年もの間、花を咲かせ続ける。

 だが水不足には恐ろしい程に弱く、一日でも水やりを忘れれば翌日には枯れてしまう。


「~~♪」


 しゃばしゃばしゃば、と花を濡らさぬように土だけを水で湿らせていく。


 この六年間枯らした事の無い白く小さな花。

 ああ、咲き誇るでもない慎ましい花弁が心を和ませる。

 俺は満足気に頷くと、小屋に戻って朝食の準備を始めた。


 枝から自然と落ちた実だけを集め、渋抜きした焼き木の実。

 澄んだ川辺で繁殖し過ぎていたから、少しだけ摘み取った山菜。

 そして、不幸にも崖から落ちて死んでしまった鹿の肉。


 供養の形として土に埋めるのは理性の理、肉を食らうは野生の理。

 ならば俺は、どっちを選べば良い?


 どこからどう見ても、豚の怪物でしかない『オーク』の俺。


 だが野蛮なオーク達に囲まれて、俺はいつも恐怖していた。

 俺の心は、美しい森と川と水、そして平和を愛する『エルフ』だからだ。


「森ヨ、感謝シマス」


 今日の糧を分けてくれた森に祈りを捧げて、俺は朝食に取り掛かる。

 焼いた木の実を摘んでカリコリと食べる。

 うん、蛋白な中に甘さがあって美味い。

 山菜も鍾乳洞の冷水で洗ってあるから、青臭さが薄くなって素朴な味を楽しめる。

 このような一人暮らしをしていると、自分が本当のエルフとなった気がする。



 さて。

 俺は久しぶりの肉である、鹿のモモ肉を見た。

 うーん、オークの皆と暮らしている時は頻繁に食べていたが、村を出て十年は数える程しか肉を食べていない。

 数日前、崖で滑落した鹿。

 この子は山の残酷さを前に死んだ。

 崖の恐ろしさ、危険さを鹿は俺に教えてくれた。

 そして今は鹿肉となって、俺の食卓に並んでいる。


 自然の脅威を学び、自然の恵みとして食らう。

 これもまた、エルフの心得だろうか。


「誰かー! この小屋の扉、中に誰か居るなら開けて!」


「ン? 叫ビ声?」


 一齧りした鹿肉を屋根から吊る麻紐で括り、俺は小屋の扉の閂を抜いた。


「きゃあああ」


 ばーーん。


 勢いよく扉が開けられて、俺の身長の半分くらいの子供が飛び込んで来る。

 悲鳴を上げながら小屋の中を走り抜けて、対面する壁に顔からモロに張り付いた。


「いたたた……あ、扉を閉めなきゃ!」


 壁から顔を離して、自分の入って来た扉に駆け寄って閉めた。

 子供の背ではギリギリ届くかどうかの高さにある閂を、なんとかして入れようとピョンコピョンコ跳ねては努力虚しく空振りする。


「う~~」


「持ッテヤル、ホイ」


「あら、気が利くわね」


 腰を掴んで持ち上げてやるも、その子はこちらを振り返らずに閂だけ見つめる。

 背が届かず、余程に悔しかったのだろうか。

 だが上手く鍵を掛けられて、子供やヤレヤレと言いたそうな気配で振り返った。


「これでもう大丈夫、助かったわぁぁぁぁ! もう入って来てたぁぁあぁ!」


 驚愕する子供。当然だろう。

 どこからどう見ても俺はオークだし、モンスターだからだ。


「大丈夫ダ。俺、大人シイ」

「奴隷にされる! お楽しみにされるー! 殺されるぅ! 死んだ目にされるぅう!」


 殺されたら、そりゃ死んだ目になるだろうけど。

 いったい何を叫んでいるのか、分からない……事は決して無い。


 オークに捕まれば、この子がどんな目に遭うか嫌って程に知っている。

 そんな悪行を傍観させられていた事も、オークの里での生活を俺が嫌悪した大きな理由だ。


「安心シロ、悪イ事シナイ」


「うぅ……くっ殺せ、なんて最初は格好良い事を言っても無駄なんだ」


「殺シタリ シナイ」


「結局は嬲り者にされて『くっ殺せ(はぁと)』って言いながらピースサインさせられちゃうんだ……」


 この子はアホなのかもしれんな。


 いや、まぁ、言いたい方向性は分からなくも無いが。

 腕の中でジタバタと暴れるこの子を大人しくさせる為に、俺は辛抱強く話し続ける。


「ピース、好キダ」


「やっぱりぃぃ!」


「俺ハ、平和ガ好キダ。安心シロ。悪イ事シナイ」


 そう言って子供をゆっくりと下ろしてやる。

 壁まで走り、そこに背を預けて子供は振り向いた。

 所々が泥で汚れた白いワンピース。

 その子供は、少女だ。


「子供イタワル。ソレ、大人ノ使命」


「な、何を……オークが何を言うのよ!」


 恐怖で震える少女は涙目のまま気勢を張って、俺を睨みつけてくる。

 釣り上がった両目がピクピクと揺れ動く度、その長い両耳もピコピコと小鳥のように羽ばたいた。


「俺ハ……俺ノ心ハ、君ト『同ジ仲間』ダ」


 少女は、エルフだった。


***


「うぅ。本当に悪い事しない?」


「約束スル」


「ピースサインさせない?」


「変ナ意味デハ、シナクテ良イ」


「くっ殺せ!」


「言ワンデ良イ」


「……どうやら、貴方は悪いオークじゃなさそうね」


 善悪判別の方法が真性のアホだが、ようやく彼女なりに納得してくれたらしい。

 少女は、俺が座るように勧めていた椅子に腰を下ろす。

 それでも警戒心は解かず、いつでも逃げられる姿勢を崩してはいない。


 やれやれ、だ。


「何ガ、アッタ?」


「襲われたのよ、アンタのお仲間にね」


「オーク、仲間ジャ無イ」


 俺の言葉に鼻で笑う少女。

 おいおい、調子に乗って来たなこの子。

 オーク好みの可愛い顔だし、そういう反抗的な態度もオークの加虐心を刺激する。


 ずばり、オークの暴力から逃れるには難しいタイプのエルフだ。

 本人は決して望まないだろうが。


「オークよ? 豚の怪物よ? アナタそっくりじゃない。今だって私をいつ襲おうか考えているんでしょ」


「オーク好ミノ、エルフダナ。ト、考エテイタ」


「やっぱり襲うつもりだったぁあ! うわぁああん!」


「ソンナ態度、止メテオケ。アイツラ、逆効果」


 俺はもう一つの小皿を取って椅子に座ると、朝食から木の実と山菜を取り分ける。

 樽からも昨晩に蒸留した水を汲むと、それらを少女の前に置いた。


「マズハ落チ着ケ。俺カラ逃ゲル、トシテモ、体力温存スルベキ」


「ふん、オークが私に忠告? エルフであるこの私に? 馬鹿げてるわ。屈辱だわ。もう好きにすれば良いじゃない」


「飯デモ食エ。好キナダケ、食エ」


 俺がそう言って出した皿に、エルフはじーっと視線を注ぎ続ける。

 白い肌なのに顔だけがどんどん赤くなり、どこかソワソワしていた。


 俺は何気なく、小屋の隅にある変な形の石ころへと視線をやる。

 見方によっては羽衣を脱ごうとする天女にも見えるその形は、ちょっとお気に入りのコレクションだ。

 いずれ石工の技術を手に入れたら、ぜひ掘ってみたいと考えて保管していた。


 暫くそれを眺めて、程々に時間が経った辺りで視線を少女に戻した。

 

 皿の上が綺麗に無くなっている。

 少女の前の小皿だけでは無い。

 大皿も空っぽだ。


「オカワリ要ルカ?」


「はぁ? 意味分かんないし」


「遠慮スルナ。森ノ仲間ガ困ッタ時、別ノ仲間デ助ケ合ウモノ」


「ふざけないで、仲間じゃないし。遠慮だってしてないし」


「俺ノ分ハ、別ニ有ル。気ニスルナ」


「遠慮してないってば! これだって、なんか知らない人が入って来て勝手に食べたんだもん!」


 ……本当にエルフなのか、この子は?

 知力に全く力を割いていないのかもしれないが、他の能力を伸ばした気配も感じられない。


 もしや『特徴:エルフである』という部分に、全ての運命力を使い切ってしまったのでは……?


 いや、イカンイカン。

 鼻持ちならない子供相手とは言え、幾らなんでも失礼過ぎる。


「だいたいエルフだからって、木の実や雑草ばっかり食べる訳ないし」


「ホウ?」


「山羊や鹿じゃないのよ? 肉も食べればお酒だって飲むわ。エルフは高貴な森の民なんだからね」


 胸を張る少女。

 溜め息を吐きたい気分になったが、まぁ我慢しよう。


「ナラ、コレデモ食ウカ?」


 俺は吊り下げていた鹿肉を手に取ると、どんっ、少女の皿に勢いよく置く。

 もっと静かに置くつもりだったが、手が滑ってしまったのだ。わはは。


「きゃあああ! 肉ぅぅぅ!」


 驚いてる驚いてる、わははは。

 いや、笑ってはいけない。

 こうなる事を期待していたが、やはりエルフ。

 口で強がってはいても、実際に肉を前にすればビビるようだな。


「三日ぶりの肉、ヒャッハーー!」


 俺が見る前でガツガツと鹿肉を貪るエルフ。

 おいおい、さっき木の実食う姿を観られるのも恥ずかしい、って感じだったろお前。


「アア、俺ノ肉ガ」


「うまか~! うまかぁぁぁ!」


 目をキラキラさせて、口の中に鹿肉を詰め込めるだけ詰め込んでいく。

 その姿、まさにオークそっくり。


「オマエ、エルフ族ジャナクテ、オーク族ダロ」


「んぐぐっ。ち、違うわよ! 今のは、さっき入って来た知らない人の真似をしたの!」


 そう言い繕う少女。骨だけになった肉を皿に置く。


「犯人を探す時、どんな食べ方をする奴かの特徴が分かったでしょ? 良かったわねぇ」


「アノナァ……」


「さて、それでアナタはどうするつもりなの」


 言いながら、エルフが怯えたように両腕で自分の細い身体を抱き締める。


「私は襲われても、げっぷ……決して屈しはしない」


「イヤ本当ニ困ル。俺ハ、暴力トカ嫌イダ」


「エルフの里の場所、絶対に教えるものか」


「森ノ入リ口ニ看板アッタロ」


 確か『ようこそ、エルフランドへ! 観光客、大歓迎』とか書いてあった。


***


 今のエルフ長が森林資源の為、積極的に外貨を稼いでの保護活動費に当てる事としたそうな。

 人間もエルフという非日常的存在が珍しいのか、そこそこ観光客も居るらしい。

 観光旅行をする人々だからか裕福な者も多く、教養の高さも相まって付近の治安すら向上しているとか。


「ダカラ俺モ、コノ森ノ奥ニ小屋建テタ。コノ森、良イ森。悪い奴、居ナイ」


「アンタはオークでしょうが。エルフ長に言って討伐して貰うわよ」


 それを俺の前で言うか、この小娘。

 というか襲われていたなら、助けられたお礼くらい言っても良いのに。

 でも自分から求めるとまた「お礼は身体とか言うんでしょ!? くっ、殺せ!」とか言いそうだ。


「なにその目。まぁアナタが本当に邪悪で下劣で低俗なオークじゃないなら、許してあげなくも無いかも?」


「親ノ顔ガ見タイ」


「ふん、私の親は誇り高いの。誰かに顔を出せと言われても、いつも『他人に見せる顔なんて無い』と言ってるわ」


 それ多分、娘の言動が恥ずかしくて見せられないって意味だぞ。

 哀れだから指摘しないけどさ、敢えて。


「無事、私を家まで送り届けられたなら、許してあげようじゃない」


「ナンダカナァ」


 一人では帰れないから送って欲しいという、実に子供っぽいクエストだ。


 まぁ住んでいる自分が言うのも変だが、この小屋は森の奥も奥、最奥に位置する。迷えば二度と外には出られまい。

 エルフランドまで行くにもしても、朝から歩き続けて夕方に着くかどうか。

 しかも途中で大きな川も横断しているから、カヌーに乗らねば渡れない。


 なぜこの子がここに居るのか、それ自体が一つの奇蹟だ。


「なに? 不満なの?」


「嫌ダ、トハ言ワナイ。ダガ、不思議ダ」


 首を傾げるエルフの少女。


「ココマデ、ドウヤッテ来タ。迷ッタ、トイウ話デハ済マン。明ラカニ異常ダ」


「別に良いじゃない。私は帰る、アナタは送る。それだけよ。私を守らないなら奴隷にするわよ!」


 うーん、小娘のパーソナルが何となく分かって来た。

 俺がエルフの心を持つオークであるように、この子はエルフの体を持つオークなのだ。

 とんでもないのと関わってしまった事を少し悔やみつつ、俺は旅支度をするのだった。


エルフの少女、そして自然を愛するオーク。

果たして無事にエルフの里へと戻れるのかっ!?


以下、ぜひ中編もお楽しみ下さいませー。

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