Ⅴ
「えと……説明しなきゃ、ですよね。なんだかアオちゃんのご両親お仕事が入ってしまったようで……。お兄さんが帰ってくるまででいいから、と留守を頼まれたんです」
目を潤ませながらルチが言う。待てよ母さん、そんな話聞いてない。よく家に来ている玲はまだしも、なんでほぼ初対面のルチにまで留守を頼んでるんだ、俺の親は。ぶつぶつとそんなことを呟いているとルチが不安げに俺の顔を覗き込んできた。
そんな不安そうな目で見られても俺の考えは変わりませんよルチさんよ。ステッラが生き生きしているけど、今そうなられても俺からすれば迷惑なだけなんだよ。今は静かにしてもらいたいし。
玲は金髪二人組を見た後は何事もなかったように無表情でキッチンへ戻っていった。いや、まぁさっきよりは静かになったけどさぁ……。
「アオ兄、晩御飯作る手間が省けたの!」
客人に飯作らせて喜んでいる駄目天使がそこにいた。ルチからかなり前から聞いた話だったら天使ってもっと礼儀正しいやつのはずなんだけど……。例外もいるのだろうか、そんな風に考えて額に手を当てる。なんだろう、ひどく疲れた気がする。
「……つか、留守頼まれたにしても何で料理してんだよ」
「これも頼まれたんですよ。葵くんの食事をって。ついでにご両親は仕事を終えたら外で食べてくるので作りかけだった料理も消費しておくようにとのことです」
「次男は?」
「さぁ? 今日は帰ってこない、という様な話を聞きましたが」
ああ、なる程……。すぐに出ないといけないけど作りかけの料理があったから玲に丸投げ……まぁよくあることだな。とりあえず納得だ。もう玲はうちの家族の一員みたいな扱いうけてるしな。
にしても、思った以上に枯れた声が出てしまった。ついに喉までやられてしまったか……コレは辛い……。
酷くふかふかしたように感じるソファーがありがたい。俺がステッラを構う気が無いのを察したのだろう。ステッラはルチをからかい始めた。ルチもそれに反応して声を上げる。
ああ、また騒がしくなりやがった。
しばらくして、ルチが半ば諦めたようにため息をついて大げさに肩を落として見せる。どうやら駄目天使ステッラの相手に疲れたようだ。分かるよ、その肩を落としたくなる気持ち。三週間一緒に暮らして嫌と言うほどに体験したからな。ステッラの鬱陶しさは。
ちなみにステッラは相手のテンションが下がれば下がるほどに元気を増していく。相手を元気付けようとしているのか、単純に面白がっているのかは知らないが迷惑な話である。下手をすると夜、寝かせてくれないし。
フッとルチが俺のほうを見て申し訳なさそうに頭を下げる。騒いでごめんなさいって所だろう。確かに五月蝿いが退屈はしないので何も言わずに笑ってやることにする。いや、体調が悪いせいか顔の筋肉が引きつっているような気がして、笑えているかなんてかなり怪しいのだけれど。
もしかしたら酷く怖い顔してんのかもしれないなぁ、なんて考えて息を吐く。ルチはしばらくの間不安そうに俺の事を見ていたが、時計の方に目をやって思い出したようにキッチンへと姿を消した。玲を手伝うつもりなのかな。
「アオ兄、ご飯なの、でぃなーなの!!」
そして更にテンションが上がる駄目天使。頼むからお前は少しテンションを落としてくれ。出来れば半分以下に。そんな俺の心の声を知ってか知らずかステッラはふんわりとやわらかい笑みを浮べた。
いや、誰も笑えなんて考えてないけどな。ステッラの場合、常に大声で笑ってそうだから声を出さずに笑っている今の状態はなんだか不気味だ。そんなことを考えていると何を考えているのかステッラが俺の横になっているソファに近づいてくる。突然飛び乗ってきたりしないよな?
そんな心配をよそにステッラはどんどんソファに近づいてくる。何か怖い。そんな風に考えていると体を持ち上げられて、訳が分からずにぽかんとしている内に食事のときいつも俺が座る位置に座らされていた。ステッラに顔を向ければ自信満々に胸を張って満面の笑み。なるほど俺を運ぶためにソファに近づいてきたのか。ちっこいのに力はあるんだなぁ。
「あれ、アオちゃん何時の間に移動を?」
「ボクが動かしたの!」
小さな土鍋を持ってきたルチが俺を見てキョトンと首をかしげる。すかさずステッラがと胸を張って答えたが、ルチは明らかに怪しいものを見るかのようにステッラを見る。まぁ普通はそうだよな。運ばれた張本人の俺も信じられないし。
何よりもステッラかなりちっこくて、非力そうだから。それでもステッラが自信満々に胸を張っているものだからルチは少々納得いかなそうにしながらも、土鍋を俺の前においてステッラの頭をなでていた。
俺はといえばさらに偉そうに笑うステッラに思わず苦笑いを浮かべてしまう。
その後玲が手早く味噌汁をよそったりして、いつもより少し早い夕食をとることになった。焼き魚にご飯、味噌汁に、ホウレン草のおひたし、おそらく冷蔵庫に入っていたのであろうきゅうりの漬物。……見事な日本食だった。ちなみに俺のご飯は卵粥になっている。ありがたい。
ステッラの分まで用意をする玲。……見えてるってことだよな、これは。さっきも貴方たちって言ってたし……。
「なあ、玲、お前、もしかして……」
「ええ。見えてますよ。以前にも会っていますし」
問いかけようとすれば玲はあっさりとステッラに顔を向けて言う。ステッラも大きく頷いて見せた。肯定ってことだろう。なんでステッラが見えるのかを問えば、まだ秘密だと言われてしまう。なんだか腑に落ちない。
ストンと玲が椅子に座る。皆がきちんと手を合わせて料理を食べ始めた。