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てんしさまのすむところ-刹那の大空-  作者: 霧景
一章 欠片≠偉大な力
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 再びルチがネーロを諭し始める。……俺ならとりあえず蹴飛ばして家から追い出してやるんだけどな。いい加減にゆっくりとしたい俺は、可愛そうだとか思う以前に、早く帰れとしか考えていない。我ながら冷たい奴だと思う。でも、ほら。原因はネーロ自身だし自業自得だろ? 俺は悪くない。

 しばらく洗脳のようにルチに諭されたネーロは、やっと観念したかのように、はいと答えた。今にも消えていきそうな声で。それを聞いたルチの雰囲気がやっといつものふわふわしたものに戻って、フォークと果物ナイフをテーブルの上に置いた。ステッラが凄い勢いで俺の影に隠れる。よしよし、怖かったな、と言うと泣き出す始末。まぁ、ステッラは被害者だと思うよ。今回に限っては、さ。


 「やれやれ、様子見のつもりが余計な時間を食っちまった……。さっきは殺すと言ったが安心していいぜ? まだ時じゃねぇからんなことはしない」

「あ、おい⁉」


 深くため息をついて、ネーロが立ち上がった。軽く埃を払うかのように服を叩いた後、静かに窓のほうへと歩いていく。さっきまでの震えようは何処へ? と問いたくなるぐらいに涼しげな表情だ。僅かにルチが眉を潜めたが、ネーロは気にしていない様子。あんな事があったばかりなのに少しも懲りていないらしい。……流石は悪魔と言ったところだろうか。

お前、玲はどうしてくれるんだ、そう声を上げようとした俺を感情の宿らない赤がとらえる。そしてその口が音を紡ぐ。ただ一言、大丈夫だと。

 そうして、窓から庭に出たネーロはため息をついて空を見上げる。満天の星空。その星空を少し、憎らしげに見つめていた。ただ俺は吹き込む風が異様に冷たく感じて外を見るどころじゃない。もしかすると熱が上がったのかもしれないな……。

 

「じゃあ、俺は帰ることにするよ。それじゃあね、気の強いお嬢さんと、欠片の器さん? また会えることを楽しみにしている」


 クスリと笑って、ネーロが飛び立った。ステッラより少し大きい程度なのに、飛び方はしっかりとしたものだ。天使と悪魔では翼のつくりにも違いがあるみたいだし、飛び方にも違いがあるのだろうか? その影響で、同じぐらいの年齢に見えても全然しっかりしていたり、していなかったりの違いが出るのかもしれないな……そんな風に考えた。まぁ、まず同じ年齢に見えても歳の取り方の違いとかもあると考えると……。うん、面倒だな。


 「もう来るなー!! ネーロなんて下半身の病気になっちまえなの!! ついでにルチ兄も」

 「なぜ下半身に限定するんだ、お前は」


 足の病気になって歩けなくなったら、いくらなんでも可愛そうだろうに、そう考えてステッラの額にデコピン。あ、でも翼があるなら足がなくても移動できるか。つか、そもそも天使や悪魔に病気という概念があるのかが疑問だ。ステッラの口からそんな言葉が出たということはあるということなのだろうけど……。人間のものとはとてつもなくかけ離れてそうな気がする。……腕を切り落とされたぐらいなら、軽症だと済まされそうな気さえしてくるし。

 フォークと果物ナイフを片付けていたルチは「な、何で僕まで!?」と言って目を見開いていたが、俺は何も言わない。見たくない、考えたくないと思うのに、無意識のうちに玲の方を見てしまうんだ。何でこうもいきなり死んでしまうのか……。


 「っ……痛」


 ピクリ、指が、足が動いて、ゆっくり何かを確かめるようにしながら玲は起き上がった。その顔はまだ青白い。それでも赤く染まっていたはずのワイシャツは真っ白なままだ。気づけば転々と床に落ちていた紅は消えている。

 グッと玲はその胸元を強く握っていた。喘ぐような呼吸。慌てたようにステッラがその身体を抱えて、ソファへと持たれかけさせた。

 え、何で? 明らかに死んでたよな? そう考えながら玲を見る。その腕からはさっきまで有ったはずの腕輪が消えていた。もう何度目になるか分からないが言わせて貰う。わけが分からない。

 そっとステッラが玲の手に自分の手を重ねて、軽く目を閉じた。それを拒むように玲は首を振る。ルチは心底心配そうに玲を見ながらも部屋の中を片付けていた。


 「俺、平気だから……葵に、説明、してやんないと……」


 どう見ても大丈夫には見えない。どうやら相当余裕も無いようで、ルチがいるというのに普段の玲の喋り方になっている。まぁ別に不都合があるわけじゃないから良いんだけどさ。玲本人もまぁ困ることはないだろうしな。

 何度も何度も深呼吸を繰り返して、玲はゆっくりと姿勢を立て直した。無理しなくていいといったら、逆にお前が無理をするなよといわれた。何でも顔色がかなり悪いらしい。大丈夫だというと玲は小さくため息を吐いた後、軽く説明すると言った。

 そんなことより俺は未だに青白い玲の顔色の方が気になるのだが。妙な汗かいてるし寝かせた方がいいんじゃないのだろうか。そうしないと今度は完全に死ぬんじゃないだろうか、コイツ。いや、さっきも完全に死んでるように見えたけどさ。


 「まぁ、単純な話。“俺も欠片に憑かれているんだ”。お前のとは違う種類のだけどな。“さっきの俺”は完全に死んでた。“今”こうして生きてるのはその欠片のせいなんだ」


 どうやら俺の友人も全力で俺の現実をぶち壊しにかかっているらしい。もう勘弁してくれよ。なんでもない友人にまで現実をぶち壊されたら俺どうすればいいんだよ。色々と辛いもんがあるじゃねぇか。本当に勘弁してくれないかな。これ以上俺の現実を侵食するのは。

 そんな俺の心中を察したのか玲は少し悲しげに笑って見せた。


 「ごめんな。もう少しすれば分かることだから詳しくは話さないけど……俺は欠片の力によって死ねない。後もう一つ……あらゆる情報を操ることができる。まぁ多少は制限があるんだけどな。詳しくは時が来たら話すよ」


 もう嫌だ。頭が拒否をする。もう俺は黙ることしかできない。と、言うよりも、一騒ぎあった影響か玲の言葉のせいか、ダルさと気持ち悪さが一気に押し寄せてきて、喋るのが、考えるのが億劫で仕方がないのだ。それどころか、少し身体を動かすのでさえきつくなって……嗚呼、本格的にもう駄目かも……。

 体調が悪いときに、嫌でもツッコミをしなくてはいけない状況になるのだから、最悪だ。こんなとき、友人がいれば大分楽なのだろうが、そう考えて俺は考えるのをやめた。だって俺の友人、殆どボケばっかりで逆に疲れるんだもん。ツッコミかと思ったらボケに……なんていう変化球を使ってくる奴はいるし、そいつの悪ノリにさらに悪ノリを重ねるのはいるし……。あれ……俺の友人って常識人少ないんじゃないだろうか? 常識人に当てはまる人物が一人しか思い浮かばない。

 他には不思議ちゃんを通り越して軽く電波な奴に、足を踏み入れたら絶対に戻ってこれないようなメルヘンワールドを作り上げてる奴……もう止めよう。今日は何も考えないで大人しく寝るべきだ。そうしないと悪化してしまう。高校はあまり休んでられないしな。


 「ルチ、玲……俺、寝るわ。ダルイ」


 食器を洗っていたルチと、真っ青な顔のままソファに寄りかかる玲に声を掛けると、ルチは慌てて体温計を持ってきた。一応熱を測っておけということらしい。黙って体温計を腋に挟んでボーっとする。ステッラがのんきに笑いながら「冷蔵庫から見つけてきたのー」と言って持ってきた冷えピタを俺の額に張る。それの、あまりの冷たさに思わず身震い。

 体温計からの僅かな電子音を聞いて体温計を確認する。……まさかの三十八度越え。通りでダルイ訳だ、と思わず一人で納得してしまった。体温計を見たルチはあたふたと慌てて、母さんがあらかじめ用意していったと思われるクスリの箱と睨めっこを始める。自分で分かると言ったら、いいから黙ってなさいと怒られてしまった。お前は俺の母親か? そう言ってやろうかとも思ったが、やめておく。下手にからかうと後が怖い。

 しばらくしてルチが薬二錠と水を持ってきた。大人しく、与えられた薬を飲んで自分の部屋に戻ろうとする。ふらついて、思うように進めない。最終的にはルチとステッラの二人がかりで俺を運んでいた。……情けない限りである。


 「じゃあ、アオちゃん……お休みなさい」


 俺に布団を掛けて優しく頭をなでた後、ルチは静かに笑って部屋を出て行った。ステッラは部屋の隅に座って俺のことを見ている。その心配そうな表情に心配しなくてもいいぞと言ったら、あっさりと「心配なんてしてないの」と返されてしまった。なんだか少しだけ、寂しい。

 息を吐いて目を閉じる。酷く苦しい。目が覚めた頃には少しでも楽になっていることを願って、俺は少しずつ、眠りに落ちていくのだった。


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