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てんしさまのすむところ-刹那の大空-  作者: 霧景
一章 欠片≠偉大な力
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 「欠片は偉大な力じゃにゃーい!!」

 「何言ってやがる。世界を変えることが出来るほどでかい力を持ったものを、偉大な力じゃないと? 笑わせるな」


 ステッラが叫ぶ。本人としては大真面目なようであるが、しっかりと噛んでいた。ここまで分かりやすいと笑ってやる気すら起きなくなるものである。それはネーロも同じようで、半ば呆れたようにしながら肩をすくめ、言葉を吐き捨てていた。俺、悪魔と思考がシンクロしちまったのかもしれない。さらっと言うことは出来るがなんだか妙な気分である。

 そんな下らないことを考えていると、ルチが突然「くらえ!!」なんて、幼い子顔負けの可愛らしい声を上げて、何か綺麗な布をネーロに向けて投げつけた。ネーロはそれを楽にキャッチして、僅かに顔を顰める。ゆっくりとハンカチを捲るとそこには小さな十字架。小さいのに細かい装飾の施されたものだ。それを見て、ネーロは下らないとでも言うかのように笑った。スッとネーロがその十字架を撫でれば、十字架は黒くくすみ、輝きを失う。

 俺は何が起きているか全くわからずに首を傾げるだけ。ルチの表情を伺えば、少しだけ笑っているように見えた。ますますわけが分からなくなる。えっと、ネーロの手に渡った十字架が、ネーロが撫でただけで輝きを失って……。必死にことを理解しようとする俺の耳に飛び込んできたのは笑い声。その人を馬鹿にするかのような響きに、思わず思考を中断して眉を潜めてしまった。


 「いやー、何かと思えば十字架か。しかも弱いながら天使の力がこもってるし……お嬢さん只者じゃねーな? そして本当に僅かだが、欠片が少年に馴染み始めている……んな馬鹿げた量の力を体内(ナカ)に収めても砕け散らないなんて、大層なもんだ」


 一瞬、さっきまでとは違う鈍い痛みが走る。声を上げることもできずに震える手を頭に持っていこうとすれば、ルチに動かないほうがいいと言われた。ステッラが慌てて駆け寄ってくるのがぼんやりと見える。視界が急に鮮明さを失って……また次の瞬間には元に戻る。

 フッと、ネーロの顔が目の前に現れる。腰を曲げて、座り込んだ状態でルチに抱えられている俺の顔を、至近距離から眺めているのだ。なんというか、至近距離から凝視されるというのはあまり気分が良くない。相手の感情の浮かばない赤い瞳が……怖い。なぜそんなことを思うか分からないけど、どうしようもなく怖い。


 「ふーむ……完全に馴染まれて、手に入れるのが難しくなるのも嫌だし……。ここで殺して欠片だけを持って行っちゃおうか?」


 急に、空気が冷たくなった気がした。音もなく俺から離れたネーロの手には、電気の光を反射してキラキラと輝く黒の刀。その輝き方があまりにも幻想的に思えて切っ先が向けられようとしているのに、避けるという行動を取ろうと思わなかった。まぁ、それは熱で体が重く感じるのと、ルチが、きつく俺を抱きしめているのも原因の一つなのだろうけど。

 俺とルチを庇うかのように、ステッラが間に入ってくる。動くの遅いなぁ、とも思ったが言わないでおく。これは言っていい雰囲気じゃないのは流石に分かるから。……にしてもステッラのやつ、目の前に刀の切っ先を突きつけられているというのに、全く震えたりしない。案外、肝は据わっているらしい。

 不意に、勢いよく椅子が倒れる音がする。

 そんなこと気にせずに、ステッラを前にしたネーロは何も言わず刀を振り上げる。それが振り下ろされる、と思った瞬間にそれは光によって受け止められていた。ぶつかっているのは光と黒い物体だというのに、響く音は金属同士がぶつかるときのもの。……正直に言おう。もう理解しようとすることは諦めた。もうお手上げだ。俺の中の常識なんて通用するわけがない。だってそうだろう? 当然だというように天使と悪魔が目の前で対峙しているのだから。


 「甘いんだよ、クソ天使!!」


 素早く、ネーロがステッラに回し蹴り。それはとても華麗にステッラにヒットして、その小さな体躯を吹っ飛ばす。ごろごろと転がってステッラは勢いよくソファにぶつかった。なんともいえない音が響いて俺とルチは思わず顔を見合わせる。……このままだと家具が壊れかねんぞ、と俺が考えているとルチは呆れたような表情をした。

 ふと視線をずらすと玲の姿は“消えていた”。まるで最初から居なかったとでも言うかのように跡形もなく。訳も分からず、俺はあたりを見渡す。逃げたのか? いや、そんなはずはない。アイツがそんな事しないことを俺は知っている。

 再び掲げられる黒い刃。ステッラは咳き込みながら立ち上がるけれど、間に合いそうにはない。ああ、こりゃ完全に死ぬな。


 「……ッ!」


 吐息。瞬間に玲が姿を現して、二、三歩よろめいた。その胸元からは黒い刃の切っ先が見えた。……貫通したのか? そう考えている間に玲はより大きくよろめいて、血を吐き出した。咳き込むその口と胸元からはどんどん血が外へと出て行く。

 それに比例して、玲の顔は青白く染まって……。あ、ああ、嘘、だよな。

 ネーロが玲から刀を抜いて、軽く振るうのが見えた。その黒い刃はジットリと濡れている。

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