Ⅵ
つか天使って普通に俺らと同じ食事を取るんだよな。ここ二週間ステッラは特別なものを口にしていない。俺が隙を見て部屋に持ち込んだごく普通の家庭の食事のあまり物を食べていた。あ、あまり物っていっても残飯とかではないから勘違いしないで欲しい。
天使というのだから何か特別なものを持参してきているのだろうかとも思ったのだがそんな様子は微塵もない。変わりに俺の提供する普通の人間が食べるものを食べる。案外天使と人間に違いはないのかもしれない。
ステッラがもぐもぐとご飯を頬張っている。そんなに焦んなくても食べ物は逃げねえよと言いたくなるぐらいに凄いスピードで、だ。それを見てルチはもう少し優雅に食事をとることは出来ないのか、とぼやいていた。まぁそれは同感。横でこんなに凄いスピードで飯を食われたら気になって仕方がねぇ。
つか、喉詰まらせてもしらねぇぞ? いやどっちにしろ俺がちょっかい出さないうちは、喉を詰まらせようと俺が悪いことにはならんし。
そんなことを考えながら俺はルチが少量をスプーンにとって、口元に運んでくるお粥を口に含む。味は良く分からないが食えないようなものではない。少し安心である。いや、消し炭なお粥とか、見た目が普通でも胃薬が必須な食いもんとかそんなものを平気で食卓に並べるやつもいるからな。
主に親父とか次男とか。あいつらの作る料理は本気で人を二、三人ぐらい殺せるような気がする。しかも恐ろしいことに本人たちは少し間違えただけだから大丈夫と言い張るのである。そのせいか、男が作る料理イコール危険、なんていう方程式が出来上がっていた。いや、当然だろ? 何回も死に掛けてんだし。
「このお粥は誰が?」
「あ、僕が作りました。アキちゃん結構ワタワタしてましたから」
嬉しそうにルチが笑う。玲の料理の腕は既に知っているから別に危機感は抱かないのだが、ルチについては別だった。小学校からの付き合いの玲が料理上手なのは知っていても、まだそこまで長い時間一緒にいるルチの料理の腕は知らない。
ただ、今の出分かったのはルチの卵粥は安全であること。久々に男の作った料理で食えるもんを見つけた気がする。……ありがたや、ありがたや。つかぶっちゃけここでルチが親父達のような得体の知れない料理を出してきたら俺はそれを見ただけで卒倒する自信がある。
いや、それほど凄まじい料理なんだ。臭いを嗅いだだけで麻痺したかのように身体が動かなくなって……ああ、思い出すのも恐ろしい。
「アオちゃん? 大丈夫ですか? 顔色が悪いですが……」
ルチが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。玲は横目で俺を見て首をかしげている。大丈夫だと答えると疑うような表情をしながらも、再びスプーンに少量のお粥を取って俺の口元へと運ぶ。俺も黙ってそれを口に含み。
ふと視線を落とすと、ルチは食事に全然手をつけていなかった。まぁずっと俺にお粥を食べさせてくれてたんだし当然か。そう考えて俺はルチにスプーンを渡せと要求。しかしルチは首を振ってスプーンを渡してくれない。これぐらい自分で食えるっての。
いつの間にか食事を終えていたステッラが満面の笑みで「ボクが変わるの」なんていってルチに向かって手を伸ばす。スプーンを渡せ、と要求しているのだろうかそう考えていると、ルチは冷たく「貴方に任せたらアオちゃんが急速に悪化しそうな気がするのですが」なんていっていた。
しかもわりと本気そうな表情で。言いすぎだとは思うのだが、なぜだろうか? ステッラにスプーンを渡して欲しくないと思う自分がいる。……生存本能って奴かもしれない。
「任せても大丈夫だと思いますよ。流石にその子も病人の扱いは心得ているでしょう」
きゅうりの漬物を口に放り込みながら玲が言う。お願い止めて、いくら昔からの友人の言葉でもそれは信用できない。そんなことを考える俺をよそにステッラはルチからスプーンを取り上げて、少量のお粥をスプーンですくって俺の口元に運んだ。仕方なくそれを口に含む。
ルチよりも量は多かったがそれほど苦にはならなかった。しばらく様子を眺めた後、ルチは安心したかのように自分の食事を取り始める。にやりと笑って自信満々な表情をするステッラに少々の不安を覚えたが、首を振ってそれを追い払った。
玲は僅かに微笑を浮べて優雅に食事。なんだろう。微笑ましいものを見るような表情をしてる。
「ちょ、お前零すなよ」
ふと、ステッラがお粥を俺の口に入れそこなって落とした。幸いすっかり冷め切っているので熱くはなかったが。ルチはそんな様子を眺めて、やっぱりかとでも言うかのような表情をして、ため息をついた。そんな事気にせずにステッラは辺りを警戒した小動物化のように見渡して、スプーンを置く。
きょとんとする俺をよそにルチは自分が使った食器の後片付けを始め、ステッラは窓の方へと歩いていった。よく見れば窓には小柄で少々奇妙な格好をした少年。……不気味だ。何で俺の家の窓に変な奴が張り付いているんだよ。誰か撤去しろよな。
そんな風に考えていると少年が家の中に上がりこんできた。窓も開けずに、まるですり抜けるかのように。いや、これは幻覚。熱が出てるから視覚情報が可笑しくなってるんだよ。そうじゃないとありえないじゃないか。人間が窓をすり抜けるなんて。……人間?
ふと、玲が深いため息を吐いて箸を置いた。




