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七話

 ハイロウは遺跡の入り口を見て軽い吐き気を覚え、目を背けた。いかにも「それらしい」遺跡を直視できなかった。

 遺跡を発見するまではどちらかというとマイナスの想像ばかりしていた。思わせぶりな空白地帯で誘導してキルゾーンに御招待、とか。特に何もありませんでした! とか。プレイヤーが何かの魔法かアイテムで地図を無効化していた、とか。それが遺跡などという冒険心をくすぐるラッキーイベントに遭遇する事になるとは思いも――――しなかった訳ではない。


 パッとしない田舎の少年が迷い込んだ遺跡で伝説の剣を抜いたり、封印されていた美少女を解放したりして大冒険が始まる、というのはゲームではありがちな設定だ。ありがちという事は王道という事で、王道という事は人気をとりやすいという事。ハイロウも例に漏れずその手の設定は大好物……だった。期待しなかったと言えば嘘になるが、可愛さ余って憎さ百倍とでも言おうか、中二病の卒業と同時に王道設定に捻くれたアレルギーが出るようになっていた。

 運命だとか。選ばれし者だとか。最強だとか、レアスキルだとか。友情だとか勇気だとか。全てを否定するわけではないが、近寄りたくないキーワード群。

 遺跡にはその臭いがする。


 大体、大人数がプレイするMMORPGで、前情報無し先着一名限定の隠しイベントをやったらクレームの嵐だ。それがゲームバランスを崩しかねないようなスキルやアイテム等が手に入るイベントだったら尚更である。不公平にもほどがある。そういうのはコンシューマーゲームでやればいい。

 普通ならその手のイベントはライトノベルやネット小説の中にしかなく、無料有料に関わらずMMORPGでそういった不公平・不平等なイベントを配置する事はまずない。しかしDream Worldは普通のゲームではない。「運営は利用者が被る不利益に対して一切責任を取らない」とまで明言した狂ったゲームだ。一部の利用者の俺TSUEEEだけを考えて、ゲームバランスや一般利用者の感情を無視した「痛い」イベントを作っている可能性も十分考えられる。呆れた運営だ。許して置けぬ。


 と、妄想を逞しく膨らませていたハイロウはふと我に返った。


(いや、考え過ぎか?)


 遺跡に遭遇しただけでこれほど警戒するのもかえって変かも知れない、と思い直す。

 これだけ広大なフィールドのゲームで、遺跡がこれ一つと考える方が不自然だ。ゲーム開始からまだ十日も経っていない。遺跡は別に珍しいものではなく、偶然今まで見つかっていなかっただけという事も十分あり得る。森の探索をしているプレイヤーの数はまだ多くないし、探索しているプレイヤーもまだ探索を始めてから日が浅い。

 すると森に複数ある遺跡の内の一つを今回偶然見つけた、という考え方の方が自然だ。遺跡が特別なイベントフラグだといつから錯覚した?

 内部にHPやMPが回復する泉があるだけの遺跡とか、モンスターが入ってこない休憩地点用の遺跡だとか。誰でもいつでも利用できる遺跡で、第一発見者も後続も平等に恩恵を受けるというのもまたゲームではありがちだ。

 発見した遺跡に対して過剰に警戒するというのは、心のどこかで「自分は特別だ」と思っている証拠だ。


「うぐぁあああ……」


 ハイロウはその場に蹲って悶えた。

 自分の痛々しい妄想を思い返すと胃がキリキリと痛んだ。まだ中二病から抜け切れていない自分が酷く幼稚でゴミ屑に思えてくる。


 両親に生まれてごめんなさいと三回懺悔し、素数を数え、腹式呼吸をして心を落ち着けたハイロウは、青い顔でメニューウィンドウからBBSを開いた。何かしていないと自分の首を絞めたくなる。


 BBSをざっと確認してみたが、特に森に遺跡が云々という書き込みは見当たらなかった。地図の空白地帯が~、という書き込みも無い。本当に未発見なのか、誰かが既に発見しているが書き込んでいないだけなのかは定かではないが、BBSに書き込まれるほど一般的なものではないという事は分かった。もしかするとランダムに出現するダンジョンなのかも知れない。


 ハイロウはBBSを閉じ、遺跡の入り口から中を覗き込む。床、天井、壁は全て石造りで、緩やかな下り坂になった三人並んで通れる程度の幅の通路が奥まで続いている。天井には電球のような明かりが一定間隔で並んでいて、暗がりを手探りで進む必要はなさそうだ。

 入り口のあたりには落ち葉や土が少し入り込んでいて、最近人が利用した気配は無い。その割に明かりがずっと灯っているのはゲームだからだろうと想像する。

 木刀の先で遺跡の入り口の床を押してみるが、トラップが発動する気配はない。


「ふむ」


 時刻は18:30。状態異常に「空腹(軽)」が出ているが、このままやってやれない事はない。まさか中で迷って出られなくなり餓死、なんて事はないだろうと楽観したハイロウは忍び足で遺跡に入って行った。

 

 周囲を警戒し、時折後方も確認しながらそろそろと進む。特に装飾も何もない簡素な灰色の石壁の通路が延々と続いていた。 空気は地下だからかひんやりとしていて、床に積もった厚い埃の割には空気が新鮮に感じられた。天井では魔法灯らしき明かりがしっかりと通路を照らしている。しかし明かりが切れていたり、明滅したりしているところもあった。なかなか凝った演出だ。設定としては古代文明とかなんとかそのへんではないかと妄想し、はっと中二妄想に気づきまた悶えた。


 慎重に進んでいたハイロウだが、十分も経つと不安になってきた。

 あまりにも変化の無い通路が続くので、本当に進んでいるのか分からなくなる。通路が途中でループしているのかも知れない。

 あるいは単なる森の中の安全ルートなのか。いつ、どこからモンスターが襲ってくるか分からない森の中をずっと進むより、通路を進む遺跡の方が楽だ。森の踏破が難しいプレイヤーへの運営の救済措置なのかも知れない。出口があるならだが。

 しかし単なる安全ルートならば地図が空白になる理由が分からない。それなりの何かがあるはずだが、単調な通路は一向に変化しない。


 トラップもモンスターも宝箱もなく延々と通路が続く。壁に矢印が書かれていたり、レリーフが彫られていたりもしない。本当になんの変哲もない通路がずっと続いている。

 ウィンドウを開いて時間を確認すると、二十分が経過していた。イラッときたハイロウは警戒するのを止め、無造作に早歩きを始める。いつ終わるとも知れない通路を気を張って歩き続けるのは精神的にもたない。それにあまりにも危険要素が見つからないので、警戒するのが馬鹿馬鹿しくなっていた。


 引き返そうかと思いはじめながらも、何か見つけるまで戻ってたまるかと意地になる。マップを開いても空白で、どこにいるかも分からない。餓死するまで進む事を視野に入れながらずんずん歩く。セイレンは今頃草原を帰還中だろうか。妙に便利なアイテムを持っていたから、カンテラで夜間行軍ぐらいはしそうだ。このゲーム、やたらと歩く時間が長い。早急に騎乗用の動物か乗り物が欲しい所だった。騎乗用の動物を手に入れても、振り落されたり、HPがガリガリ減ったり、揺れが酷くて状態異常「乗り物酔い」になったりしそうな気がしてならなかったが。


 ハイロウはしまいには暇つぶしにルービックキューブをカチャカチャ弄り、完全に油断していた。時々脇道がありはしないかと目線を上げる以外はずっと手元を見ていた。

 だから、突然天井の明かりの中からフワフワした野球ボールのようなものがいくつも出て、突撃してきた時も反応できなかった。


「うわ!? あぶっ、げ、あべ!」


 突然腹に突っ込んできた白いフワフワに驚き、ルービックキューブを放り出して仰け反る。そこでこれまた突然足元が盛り上がってバランスを崩し、転んで頭を打った。


「なんだなんだなんだぁ?」


 素早く後ろに下がりながら飛び起き、木刀を構える。天井の明かりという明かりからうじゃうじゃと白いフワフワしたものが吐き出され、一斉に突っ込んできていた。速度はそれほどでもない。人が人に物を投げて渡す程度の速さだ。ただ、数が多い。

 狩れるか? と躊躇したハイロウは、また足元から突き上げを貰って転んだ。そこにまたフワフワが殺到し、軽い感触が連続する。腕で頭をガードしながらよく見ると、足元の埃が蠢いて槍に変化していた。


(あっ!? これ埃じゃねぇ!)


 埃だと思っていたものは苔のような生き物だった。ハイロウは恐ろしい事にずっとモンスターを踏んで進んできていたのだ。

 しかしモンスターといっても弱い部類のようで、手甲に表示されたHPバーはほとんど減っていない。ハイロウを突き上げた苔槍は一撃で耐久限界を超えたらしく崩れてボロボロになっているし、白いフワフワの攻撃も紙屑をぶつけられた程度にしか感じない。雑魚だ。ハイロウの高くもない防御力ですらダメージを全然受けない。


 これならゴリ押せる、と判断したハイロウは白いフワフワの塊に木刀を振り回した。しかし木刀はフワフワをすり抜け、全く斬った感触がない。戸惑うハイロウをまた槍の突き上げが遅い、バランスを崩す。そしてその隙を突いてまたフワフワが殺到した。

 攻撃力が低い代わりに防御が高いのだろうか、と思ったが、それにしては斬りごたえが無さ過ぎる。モンスターではなく、トラップの一種なのかも知れない。


 進むか、退くか、留まるか。視界の半分を占拠するフワフワの大群に突撃されながら考えるハイロウは、ふと手甲に表示されたHPバーを見て口をぱっくりと開いた。


「え、ちょっ、ナンデ!?」


 HPバーがかなりの速さで減っていた。

 毒ではない。状態異常は「空腹(軽)」だけだ。するとダメージが原因という事になる。

 超低威力の攻撃をしてくるフワフワが、現在山のようにハイロウに体当たりをしている。ダメージにすれば111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111111、といったところだ。

 正に塵も積もれば山となる。地味な攻撃で、地味に死にかけていた。


 ハイロウは咄嗟に身を翻して駈け出した。フワフワは前方から湧き出している。前に突っ込めばそれこそ袋叩きだ。退却しかない。

 ところが元来た道を走っていると、何かスイッチが入ってしまったらしく、通路の苔が一斉に槍に変化した。舌打ちして槍を踏まないように蹴ったり木刀で薙ぎ払ったりする。すると背後に軽い感触を受け、振り返ると背中にフワフワの大群が突撃していた。

 慌てて走ってフワフワを引き離すと、今度は苔槍を踏んでしまう。苔槍のダメージも大した事は無いが、一歩毎のダメージが累積して、やはりHPがかなりの速さで減っていく。最初から苔槍を踏むつもりなら転びこそしないものの、バランスを取るためにあまり速度は出せないし、ダメージを防げるわけではない。


 苔槍を踏まないように走りを緩めれば、フワフワに殺到されてHPを削られる。フワフワを引き離す速度で走れば、苔槍を踏んでHPを削られる。


(こらあかん。死ぬ)


 出口までの距離とHPを頭の中で照らし合わせ、絶望した。甘く見積もっても、出口に着く前にHPが四、五回は尽きる計算になる。走りながら後ろを振り返ると、フワフワはしつこく追跡してきていた。諦めて引き返していく様子は皆無だ。

 出口は遠い。確実に遺跡から出る前にHPがゼロになる。死ぬ未来しか見えない。全力疾走しているためスタミナもガリガリ減っている。このままチキンレースを続行する事すら時間制限がある。


(考えろ考えろ考えろ。ダメージを軽減――――無理だ、多分これ1ダメージだ。軽減できない。そもそも軽減手段もない。スケートボードか何かで床を直接踏まないようにすれば――――これも無理だ。スケードボードは無いし手持ちのアイテムを加工して作る余裕もうわああああHPやばいやばいマジやばい無くなるやばいいや落ち着け、こういう時こそクールになるんだ法介。まだ慌てる時間じゃない。冷静に打開策を考え、ってあああああ! ダメだ! HPが! HPが!)


「ぬわーっ! クソゲー!」


 何も思いつかないまま数ドットずつ着実に減っていたHPがゼロになり、ハイロウは目の前が真っ暗になった。
















「おおハイロウよ、死んでしまうとは情けない。本当に情けない。実に情けない。ああ情けない」


 目の前に憎たらしい白髭の神父が立っていた。ピンチになるたびに毎回妙案が思いつくほどハイロウの頭脳は優秀ではない。普通に死んでしまった。

 ハイロウは死ぬのも嫌だが、この神父に会うのも嫌だった。言葉の端々から嘲りが感じ取れる。

 苦々しい顔をするハイロウの前で神父は大げさに嘆き、指パッチンでウィンドウを開いた。そこに表示されている何かしらの文字群を読み、更に嘆く。


「なんと! 死因は1ダメージの猛攻を受けて嬲り殺し! なんと愚かな! なんと痛々しい!」

「うるせーよ」

「【知力】たったの1.4で遺跡に挑んだプレイヤー! 無理! 無茶! 無謀! 無策! 無様! 無残! 末代までの恥! そして何の収穫もなく死亡! 虚弱! 惰弱! 脆弱! 軟弱! 貧弱! 対策を知っていればこのような死に方は考えられぬ。どうせ魔法を使わず馬鹿の一つ覚えのように武器を振り回し、挙句完全に包囲されて袋叩きに遭ったのだろう?」

「見てたんですか」

「分からいでか! 神も呆れていらっしゃる! 『迷える子羊よ、貴様は救いようがない。草でも食ってろ』という声が聞こえてくるようだ!」

「ひでえ。……ん? なんか魔法使えれば突破できたみたいに聞こえるんですけど」

「おお、愚図で愚鈍なプレイヤーに神の御慈悲を! ラーメン!」


 神父は愉悦したいだけ愉悦すると、逝書を片手に抱えて奥の部屋にさっさと引っ込んでいった。

 それを見送り、首を傾げる。神父の台詞がどうも単なる嘲りだけではない気がした。神父の台詞を脳内で再生し、うざったい言葉を取り払ってみる。


「……あ、ヒントになってるのか」


 はっと気付いて呟くと、近くで膝をついてお祈りをしていたお爺ちゃんの訝しげな目線が突き刺さり、気まずくなったハイロウはそそくさと神殿の隅の方へ寄った。

 前回もそうだったが、どうも神父は詰るついでに軽いアドバイスをくれるらしい。一種のツンデレだ。デレられて嬉しいとも思わなかったが。


 枕詞に罵倒を入れ、まず死因の明確化をしてくれる。次に死因に関係する最も不足していたステータスを教えてくれ、また罵倒が入る。そして皮肉の中に死因への対策のヒントを混ぜ、神の名を借りて罵倒し、最後に罵詈雑言を放つ。

 プレイヤーをなじる意味は不明だったが、なかなか役に立つ。次に死んだ時は忘れずに感謝を込めてグーパンしよう、と思った。


 これからの予定を立てる前にとりあえずステータスの確認をする。死亡して1.0低下した結果、


 基礎スキルが【筋力】2.3【防御力】2.0【敏捷】1.0【抵抗力】1.0【知力】1.0

 技能スキルが【格闘】0.1【跳躍】0.1【口笛】0.1【激走】0.1【剣術】0.1【投擲】0.1【ドM】0.1


 こうなっていた。

 苦労して上げたステータスの低下に引き攣った半笑いしか出なかった。スローライフベアとの死闘で上がった分がパーだ。大兎狩ネズミと互角レベルまで落ち込んでいる。

 しかしステータスが下がった一方で、所持金は2g7s31cになっている。一番安い魔法の値段が2gだから、魔法を購入してもまだ余る。森で採集したアイテムや死体を売れば二種類買えるかも知れない。


「…………」


 一度死んで頭は冷えた。アイテムウィンドウをチェックしながら考える。

 ここでリベンジをしない手はない。魔法を買って、遺跡を突破。何が何でもリベンジを遂げてやる、という復讐心にも似た熱い炎が燃え上がった。魔法を買うのは当初の目的でもあったし、遺跡の中に落としてきてしまったルービックキューブはセイレンからの借り物だ。回収しなければならない。


 ゲームの目標を「遺跡攻略」に再設定したハイロウはログイン時間をさっと確認し、行動計画を練った。

 現在時刻が19:30。ログインしたのが6:00だから、残りログイン時間は十時間半。森までの移動時間が約四時間。これから即座に魔法を購入し、カンテラか何かで草原を照らしながら夜間行軍、というのも不可能ではない。しかし万全を期すなら「空腹(軽)」の状態異常を回復しておくべきだし、途中で「睡眠不足」の状態異常にならないように眠っておく必要がある。森に入ってすぐに遺跡があるわけではないので、昼以上に見通しが悪く危険な森を歩かなければならない。明かりを持てば手が一本塞がり、対応力も落ちる。

 そして仮に強行軍で遺跡にとって帰ったとしても、六時間弱で遺跡を攻略できるとは限らない。遺跡の中でログアウトすると入り口からやりなおしというのは十分考えられる。ダンジョンの中ではセーブできません、というヤツだ。


 無理を押して拙速を貴べば、他のプレイヤーに遺跡攻略の先を越される可能性が減る。

 慎重を期して体勢を整えれば、他のプレイヤーに遺跡攻略の先を越される可能性が高まる。


 ハイロウは少し悩み、慎重に行く事にした。急がば回れというわけではないが、焦った挙句もう一度死にでもしたら流石に痛すぎる。

 夜間の移動を避けるのは他プレイヤーも同じ。魔法を購入しているプレイヤーは今の所極一部のプレイヤーに限られる。遺跡を発見した、または一両日中に発見する見込みのあるプレイヤーもまた限られる。

 「遺跡を発見している」「遺跡の攻略方法の目星をつけている」というアドバンテージがある以上、焦る理由はない。

 とはいえのんびりと事を進める理由もなく、もしかしたらという不安もあったので、迅速に予定を組んだ。


 まずは森で手に入れたアイテム類を売り払う。次に要となる魔法の購入。神父が思わせぶりな事を言っただけで実は魔法が効かなかった、またはMPが尽きて魔法が使えなくなった、という事態に陥った時の強行突破用にHP回復薬の購入。できればMP回復薬も購入。

 余った所持金は落ちる所まで落ちきった【知力】を上げるための本やパズル類の購入に充てる。

 買い物を終えたら宿に戻り、食事。次回ログイン時の弁当を頼んで睡眠をとる。

 六時間睡眠をとったら起き、ログインタイマーをセットしてログアウト。この時点でログイン時間は三時間程度残っている見込み。

 現実に戻ると現実時間で六時半頃になる。朝食をとって学校へ行く。

 帰宅後宿題諸々を済ませ、現実時間の21:00にタイマーでログイン。ゲーム内では12:00。ログインタイマーを1:15に再設定し、そこから残りログイン時間でいけるところまで遺跡に向かって進む。後、時間切れで強制ログアウト。

 1:15にタイマーでログイン。ゲーム内では5:00なので、森の中を歩ける程度には明るくなっている。後は遺跡へ向かい、再突入し、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応していく。


 この予定は時間調整がカギになる。予定を組んだハイロウは検討もそこそこに神殿を飛び出した。


 まず毛皮骨肉店でオオオオオオカマイタチ×2、アイアンアント×1を売却。なんだか買い叩かれた気がしたが、値上げ交渉の時間が惜しかったので即決した。

 すぐに店を出て道具屋に入り、採取物の中で売れるもの……パンプ菌×5、ホラフキノトウ×1、毒駄実×2、カフェオレガノ×7、ガリガーリック×1、ペッパーミント×5、白いキノコ×21、平凡なキノコ×2、ダダスベリー×11、蜂の巣×1、オペラグラス×1、ラッパセリ×1を売却。

 総額3s37cを手に入れ、所持金が3g68cになる。魔法の最低価格が2g。二種類買うのは不可能でも、一種類の魔法をいくつかの中から選ぶのは可能になりそうだった。


 書店で売っていた魔法は、セイレンが使っていた『ファイア』2g4s、石の礫を飛ばす『ストーンバレット』2g、【筋力】を一時的に上昇させる『エンチャント・ストレングス』3g8s、HPを回復させる『キュア』5g2s、妖精を召喚する『サモン・フェアリー』12gの五種類。『ウィンドカッター』と『ウォーターウィップ』は売り切れていた。入荷は未定らしい。

 ガラスケースに陳列されていた『サモン・フェアリー』は論外として、『キュア』も手が出ない。『エンチャント・ストレングス』も少し足りない。すると『ストーンバレット』か『ファイア』の二択になる。攻撃魔法はその二種類しかないので、最初から二択だが。

 『ストーンバレット』は熟練度に応じて石礫の個数が増える。熟練度が最低だと手のひらサイズの石が一つだけ飛んでいく。『ファイア』は熟練度に応じて炎弾が大きくなる。こちらは着弾と同時に爆発する。白いフワフワのような密集した小さな敵を攻撃するなら、爆発に巻き込んで複数体を一気に殲滅できる『ファイア』が良い。セイレンの魔法を見ているため若干ながら予備知識があるのも良い。


 『ファイア』を買うと所持金は6s68cになる。全て遺跡攻略の準備に突っ込んでしまいたいところだが、全財産を遺跡攻略につぎ込んだ結果クリアできませんでした、では今後のゲームプレイに支障が出る。ハイロウは遺跡攻略への執着はあるが、頑迷になってはいなかった。念のため4sは残しておく事にする。

 結局書店では『ファイア』の他に、ナンクロと数独の冊子を一冊ずつ12c+10c=22c、「よいこのなぞなぞえほん」6c、「とあるはたらくお兄ちゃんがこんなに中二病だけどあの日見た境界線上の変態王子と灼眼の狼と召喚獣が修羅場すぎる」8c、「ハラーヘッターと秘密の厨房」12c、冊子に書き込みをするための万年筆58c、合計1s6cの買い物をした。目についた本を適当に買ったのでかなり雑なラインナップになっている。吟味している時間が惜しかった。


 書店を出た後は道具屋に入る。商店はプレイリータウンの噴水広場の周辺に集中しているので店と店の間の移動の時間は省ける。

 道具屋では知恵の輪(小)A、B、Cの4c×3=12c、知恵の輪(中)C、B、Eの6c×3=18c、200ピースジグゾーパズル「国連無双」20cと「私をあまり怒らせない方が良い」15c、低級HP回復薬20cの合計

85cを使った。

 MP回復薬は近日入荷予定とだけ書かれていて売っていなかった。しかし予定販売価格が一本80c。費用効果がどの程度のものかはよくわからないが、高い。売っていても買わなかっただろう。

 まだ所持金に余裕はあったが、時間的には遺跡突入までに使い切れるものには限りがあるので、余計なものは買わないでおく。


 買い物を終え小走りに宿に入ってきたハイロウを、ハタキで店の棚をはたいていたケティは胡乱な目で見た。


「夕食すぐ出せるか?」

「出せますけど。なんですか、遺跡でぶっ殺されたばっかりなのにすぐまた行くんですか」

「うええええ!? ちょ、なんで知ってんだおい」

「NPC専用掲示板で晒されてました。スレタイは【悲報】死にたがりのプレイヤー【祝ってやる】だったかな」

「神父ゥ……!」


 NPCの情報網にも驚きだったが、早速メシウマしたらしい神父への怒りが勝った。ハイロウの怒りが有頂天になる。これはマザー・テレサも猛虎連撃破をぶちかますレベルだ。許されざる。

 踵を返して神殿に襲撃をかけようと思ったが、辛うじて踏みとどまる。時間が勿体ない。そして何よりNPCの間とはいえ遺跡の情報があっさり広まっている。口止めしておかないと他のプレイヤーに喋られてしまう。

 ハイロウはイライラとテーブルにつき、ケティが持ってきたお冷と兎肉ハンバーグを受け取った。


「時にケティさんよ」

「なんですかハイロウさん」

「お兄さん、遺跡について他のプレイヤーに喋らないで欲しいなーと思うんだけど」

「え、頼まれなくてもわざわざ喋って回ったりしませんよ?」

「あ、そう? ……誰かに聞かれたら?」

「そりゃ喋りますよ。隠す理由もないですし」


 ケティはさらっと言った。ハイロウはこのNPCが自分の懐事情をセイレンに漏らしていた事を思い出す。口が軽いのは間違いない。


「頼むよ、宿泊客のよしみでさあ」

「そうですねー、ちょっと黄金色のお菓子くれたら口が堅くなるんだけどなー」

「ぐぬぬ……」


 あからさまにチラッチラッと横目に催促してくるケティ。ハイロウは渋々10cを渡した。ケティの月の小遣いが10cだから十分だろうという判断だ。半端にケチッて口止め料が足りないと思われたらたまらない。ケティはホクホク顔で自分のメニューウィンドウを眺めている。ケティとしても満足な値段だったらしい。予想外の出費だが、これで一安心だった。ハイロウは夕食を掻き込みながらついでに情報収集をしてみる。


「遺跡ってNPCの間じゃ有名なのか」

「有名……ってほどじゃないですけど、そういうのがあるって事はみんな知ってます。どこにあるかは知りませんけどね。プレイヤー用のイベント施設ですし、私達が行ってもどうもしません」

「へえ? やっぱイベントなのか。どんなイベント?」

「だから知りませんって。知りたいんですか? 情報料くれたら掲示板で調べてみますけど」


 少し心が動く提案だった。NPCの情報網はあなどれない、というか、プレイヤー(旅行者)よりもNPC(現地人)の方が地元に詳しいのは当然だ。ここで追加で情報を集めるのも悪くない。


「オッケー、幾ら?」

「え? えーと……10cです」

「は? 高い高い。お前絶対相場分かって無いだろ。10cはねーよ」

「う、ご、5c! 5cです」

「……まあいいか」


 普段金を毟られている仕返しにカマをかけてみたらいきなり半値になった。嬉しいというよりも呆れた。事あるごとにハイロウから金を吸い上げていたケティも想定外の価格交渉には弱かった。まだまだ子供だ。

 5cを渡すとケティはメニューウィンドウからキーボードを出して一本指でのろのろとタイピングし、何かを検索した。しばらく画面を目で追っていたが、数分で顔を上げ、キリッとした顔で言った。


「特に情報無かったです」

「 お い 」

「あっあっ、暴力反対! 暴力反対! ほんとですほんとです、ほんとに何もなかったんですよー! 何もなかったですけど、それは、えと、あ! ほら、何も情報が無いって情報が手に入ったじゃないですかっ! 私しっかりお仕事しましたよね? ね? はいおしまい! この話題はおしまい! あーそうだったーそういえばおかーさんにお使い頼まれてたなーまいったなー急いでいかないと!」


 ケティは慌てて逃げていった。

 これでは金を捨てたようなものだったが、5cのためにしつこく追い回すのも大人げないので見逃しておく。それにケティの言う事にも一理ある。少なくともプレイヤーがNPCから遺跡について情報を仕入れる可能性は非常に低い、と分かった。それが直接何かの役に立つわけではないが、遺跡クリアの先を越される心配は減る。5cで安心が買えたと考えれば安いもの、かも知れない。


 夕食を食べ終わったハイロウは次のログイン時に弁当を頼む旨のメモをカウンターに出しておき、自室に戻ってさっさと眠る。そして六時間キッチリ睡眠をとってから、ログインタイマーをセットしてログアウトした。名残惜しくもまた面倒な現実に戻るのだ……ゲーム内も十分面倒だったが。

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