五話
約束通り「real:11/06/9 01:30:00」「game:00/2/2 06:00:00」にログインして宿屋の一階に下りると、ケティを膝に乗せてあや取りを教えていたセイレンが顔を上げてハイロウに会釈した。
「おはようございます」
「おはようございます」
「おはよーございます!」
便乗してケティも挨拶する。
「ケティ、朝食と弁当よろしく」
「えー……これ途中だしもうちょっと」
「行ってきなさい」
「はーい」
ケティは渋い顔をしたが、セイレンに促されると前掛けのポケットにあや取りの紐をしまって厨房へ朝食を取りに行った。
「何? 懐かれてんの?」
「と思う。かわいい」
そう言うセイレンの声は娘と妻に拒絶され家庭に居場所を無くしたサラリーマンが休日にフラリと立ち寄った公園で無邪気な幼児に砂遊びに誘われた時の様な深い慈しみに満ちていた。
「かわいいかぁ? あいつダラダラしてるか金奪ってくだけだろ」
「え? そうなの?」
「え? 違うのか?」
二人は驚いて顔を見合わせた。認識に違いがあるらしい。
「あんにゃろ(見た目)美少女にだけ良い顔しやがって……まあいいか。とりあえず今前金貰っといていいか?」
「ん」
互いにウィンドウを開き、トレードする。土壇場でゴネる事もなく、滞りなくあっさりと5s払われた。一瞬このまま持ち逃げという選択肢が頭を過ぎったが、日ごろコンビニ強盗が三、四万円盗んで捕まったというニュースを小馬鹿にしながら聞いているハイロウとしてはこんなはした金で犯罪者になるのはありえない。どうせやるなら100,000gぐらいは儲けたい。やらないが。
二人はケティが運んできたパンとスープを特に会話も無く口に運んだ。食器がぶつかる音しかしない静かな食事はしかしコミュ障の気がある二人にとっては心地よいものだった。
食事を終え、弁当をアイテムボックスに仕舞い、セイレンが帰ったらあや取りの続きを教える事をケティに約束してから宿を出る。セイレンはフードを目深に被り手袋をはめ、全身黒尽くめのゴキブリスタイルで朝のひんやりと冷たい空気が漂う大通りの道の端をこそこそと先導して歩いた。ハイロウは少し距離をとり、たまたま向かう方向が同じなのだとでもいうように他人の振りをしながら着いていく。
門を出たらまっすぐ草原を西へ向かう。しばらく歩き、後ろを振り返ってもプレイリータウンの住人の姿が判別できないあたりまで離れてからハイロウはセイレンに追いついた。セイレンはいつの間にかルービックキューブを出して弄っていた。
「え、パズル好き?」
「……【知力】上げ」
歩きながら弄るほどルービックキューブに嵌っているかと思ったがそんな事は無かった。
このゲームはうんざりするほど現実っぽい世界観のせいで、移動時間に徒歩二、三時間はザラだ。大多数のプレイヤーはただ歩くだけで限られたログイン時間を浪費するのを嫌い、走ってスタミナの消費・回復を繰り返しスタミナの最大値を上げたり、ダンベルを上げて【筋力】上昇値の足しにしたり、ハイロウのように口笛を吹くなどして特定のスキルを研鑽したりする。セイレンの場合はルービックキューブでの【知力】上げだった。
安くない雇用費を躊躇無く支払った事から懐事情は良いと考えられる。魔法を買うだけの余裕もあるのだろう。スローライフベア戦に備えて少しでも【知力】を上げ魔法威力を増強しておこうという腹だろうとハイロウは推測した。
しかし本でもパスルでも、繰り返している内に【知力】の上昇率は下がっていく。できるだけ新しい本やパズルをとっかえひっかえした方が効率は良いが、それには金がかかる。
ハイロウはルービックキューブを持っていない。セイレンは本を持っているだろうか?
ハイロウは沈黙が気まずいけど話しかける勇気は沸いて来ない誰か助けて、というオーラを出して時折チラチラと自分を見てくるセイレンに話しかけた。
「それ【知力】の上がり方良い?」
「それなり」
セイレンはほっとした様子で、しかし言葉少なに答える。
「やっぱそれも繰り返し使ってると上昇率下がる?」
「ん」
「OK,じゃあ俺こんなの持ってるんだけどさ、これ貸すからそれ貸してくれ。そっちのが効率良いだろ」
アイテムボックスからハラーヘッターと賢者の飯を出して渡した。セイレンは受け取ると、タイトルを見て、ハイロウの顔を見て、もう一度タイトルを見た。
「ぱちもん?」
「パチモン。でも面白いぜ」
セイレンは胡散臭そうに表紙を開いた。
目次を読む。
一ページ目を読む。
ページを捲る。
ページを捲る。ページを捲る。
ページを捲る。ページを捲る。ページを捲る。
ページを捲る。ページを捲る。ページを捲る。ページを捲る。
歩きながら無言で本に没頭し始めた。
「面白いか」
「ん」
「…………」
「…………」
「……ルービックキューブは?」
「ん? ……ん」
上の空のセイレンからルービックキューブを受け取る。手渡す間も本から目を離さない。意識が完全に本に向いている。
ただっぴろい草原で本を読みながら歩いても何かにぶつかったり躓いたりして転ぶという事は無いだろうし、転んだ所で現実と違ってHPダメージが微量入る程度だが、草原は兎狩りネズミの縄張りだ。あまり警戒を疎かにしていると思わぬ奇襲をもらいかねない。一応忠告しておく。
「兎狩りネズミにも少しは警戒してくれよ。俺も警戒するけど」
「大丈夫、ネズミ避けアイテム持ってる」
セイレンは片手で本を持って読みつつ、もう片方の手でローブの下から首にかけていたネックレスを引っ張り出して見せてきた。金属の細い鎖の先に黒い宝石が嵌ったネックレスだ。触ってみるとセイレンの体温が移っていてほのかに温かく、不覚にも胸が高鳴った。しかしネカマプレイに興じる男の体温だと思うと途端に胸がムカムカした。
「ネコイラズS。兎狩りネズミが近寄らなくなる」
「へえ。どこで手に入れたんだこれ」
「……企業秘密」
本当に秘密にしたいのか本に集中したくて喋るのが面倒だから誤魔化したのか判別がつかない。
まあそういう事なら、と納得したハイロウは手元のルービックキューブを弄り始める。面の色を揃えるための手順があるという知識は持っているが、それがどのような手順なのかは知らない。セイレンは知っている可能性があったものの、答えを聞くよりも試行錯誤した方が【知力】の上がりが良いような気がして、黙って解法を模索した。
都市部に住む学生が数時間単位で歩き続ける事など早々ない。現実に同じように草原を歩き続ければすぐに疲れて動けなくなるか歩く気力が失せるだろう。しかしDream Worldではスタミナが尽きない限り常に万全の状態で歩き続ける事ができる。二人は互いに暇つぶしをしながら黙々と歩いて、歩いて、歩いて、歩いて、歩く。
数時間後、何事も無く森の外周部に到着した。鬱蒼とした木々が陽光を遮り、奥は薄暗く見渡せない。下生えはまばらで茶色の落ち葉がむき出しになっている。草原から吹き抜けるそよ風でカサカサと音を立てる落ち葉と、ざわめく森の音がなんとも言えない不気味な寒々しさを演出していた。都会っ子のハイロウは感心しながら白と薄緑の斑の地衣類を貼り付けたゴツゴツした木の幹を撫でた。
「こりゃ雰囲気あるな。現実よりもリアルに思えてくる」
「…………」
「で、森に着いた訳だが欲しいアイテムとやらはどのへんにあるんだ」
「…………」
「……しばらく貸そうか? 読み終わったら返してくれればいいから。俺まだしばらくあの宿にいる予定だしさ、ルービックもまだ借りてたいし」
名残惜しそうに栞を挟んだ本の表紙を見つめていたセイレンはパッと顔を上げ、嬉しそうに頷いた。ハイロウは苦笑しながら本を持ち逃げされた場合ルービックキューブを売れば元はとれるかなと打算を巡らせる。小額の取引で相手を安心させておき、高額の取引を結んで詐欺をするのはネットゲームではありがちな手口だ。払いが良いからといって信用はできない。ハイロウは昨日今日の仲であるセイレンを大して信用していない。
ハイロウは肩をすくめ、いそいそとアイテムボックスに本をしまったセイレンと連れ立って森に入っていった。
「目的を達成できず死に戻りした時のためにある程度採集しておく」
「了解」
スローライフベアに一直線に向かっていって倒せれば良いが、返り討ちに遭った場合、移動時間がほとんど丸々無駄になる。森特有のアイテムを手に入れてある程度の収入は確実に確保しておきたい。セイレンの提案に頷き、二人は森に入って数分の場所付近で二、三時間探索をした。勝手は草原の探索と変わらない。目を引く珍しいものがあったらとりあえずアイテムボックスに収納してみるのだ。見た目が思わせぶりなだけのガッカリアイテムであれば、次からは採取しないようにする。
【採取知識】や【アイテム判別】といった類の便利スキルの存在は未だ確認されておらず、プレイヤーは目視でアイテムの特徴を捉え、判別しなければならない。救いは見分け難い似通ったアイテムでも収納すれば名前が出るため判別できる点だろう。
ハイロウは初見のものはほとんど手当たり次第にアイテムを収納していった。昼を少し過ぎ、セイレンと合流して落ち葉の上に座り弁当を食べながら確認した成果は下のようになる。
腐葉土(10018g・0mp)……栄養を多く含んだ土。色は黒っぽい。
木の皮(55g・0mp)……何の変哲も無い木の皮。
木の枝(25g・0mp)……取り立てて特徴も無い木の枝。
落ち葉(1g・0mp)……落葉広葉樹の落ち葉。こんな物まで拾ってみるプレイヤーのチャレンジ精神に運営は敬意を表するが、拾っても重量制限を圧迫するだけである事を忠告しておく。
パンプ菌(10g・2mp)×3……親指大のカボチャにしか見えないキノコ。
ホラフキノトウ(10g・4mp)×1……食べると気分が異様に良くなりある事ない事言いふらしたくなる。
毒駄実(5g・3mp)×2……弱い麻痺毒を持つドクダミ。
カフェオレガノ(10g・1mp)×7……煮出すとカフェオレができるオレガノ。
ガリガーリック(10g・2mp)×1……食べると下痢を起こし、食欲が失せる。結果的に痩せる。
ペッパーミント(10g・1mp)×5……香辛料として使われる。
斑模様のキノコ(10g・0mp)×1……妖しげな斑模様のキノコ。成長が遅く、養分が無くスカスカで、半端に不味く、毒にも薬にもならない。キノコ界屈指の無価値さを誇る。
格子模様のキノコ(10g・0mp)×1……怪しげな格子模様のキノコ。稀少だが、時折大繁殖する。無価値ナンバー1キノコの座を虎視眈々と狙う。つまりは無価値。
縞模様のキノコ(150g・0mp)×1……巨大な縞模様のキノコ。巨大というアイデンティティーが足かせとなり、近年無価値キノコランカーから遠ざかって久しい。とりあえず無価値。
白いキノコ(10g・0mp)×21……色と模様を捨て去る事で無価値の演出に挑んだキノコ界の超新星。不本意ながら食材としてそれなりの価値がある。
平凡なキノコ(10g・1mp)×2……せめて名前だけでも無価値風に装う涙ぐましい努力をするキノコ。独特の食感と旨みでコアなファンがいる。
ヨウセイノコシカケ(25g・1mp)×2……淡いピンク色の平たいキノコ。妖精曰く「座り心地は微妙」。
ダダスベリー(5g・1mp)×11……踏むと必ず転倒する苺の一種。簡易トラップの定番。これを食べて喋ると、しばらくの間何を話してもソ譁・ュ怜喧縺代@縺ヲ
歪みない運営のネーミングセンス。ダダスベリーの解説文が文字化けを起こしているが内容は想像がつく。それぞれのアイテムの具体的価値ははっきりしないが、骨折り損にならない程度にはなるだろう。
あざとく女の子座りをしてサンドイッチを食べていたセイレンは、最後の一切れをもしょもしょ食べ終え水筒の水をあおる。ハイロウは既に食べ終わってどうやっても二面しか揃わないルービックキューブと格闘していた。
「これからだけど」
小さく咳払いをして話し始めたセイレンに手を止めて視線を向ける。
「最終目標は森の中央の泉に生えている水草の採取。水深が深い所に生えてるから、採るのに時間がかかる。採ってる間に必ず泉を縄張りにしてるスロ-ライフベアに邪魔されるから、先に倒しておく必要がある。泉に近づけばスローライフベアは向こうから寄ってくる。ハイロウはスローライフベアの足止め。もしHPが危なくなったら一度逃げて良い。その時は私も一緒に逃げる。私は魔法で攻撃。巻き添えになると危ないから私とスローライフベアの射線上には立たないで」
「OK。念のため聞いとくけどなんで移動しながら魔法使わないんだ?【敏捷】1.0で追いつかれないならひたすら逃げながら魔法撃ってりゃ良くね」
「止まって詠唱すると魔法の威力が上がるスキルがある。それを使わないとHPを削りきる前にMPが切れる」
「把握」
Dream Worldのモンスターは体力が表示されないが、有志のプレイヤーによる検証によりおおまかな「これぐらいのステータスでこれぐらい攻撃すれば倒せる」という情報は出回っている。セイレンはそこから計算したのだろう。
それからスローライフベアに挑む前に一度連携の確認をしておこうという話になった。BBSによればスローライフベアは相当ヤバいモンスターらしい。ぶっつけ本番は危険だ。
ハイロウがクトルフの呼び笛を吹き鳴らしていると、二分ほどして木立の間から一匹の獣が小走りに駆けて来た。
ハイロウは笛をしまい、木刀を出してセイレンを庇うように獣の前に立ちふさがる。艶やかなこげ茶色の毛皮の獣は二人の前で停止し後ろ足で立ち上がると、細い体躯でしなを作りなぜか流し目を送ってきた。
「また色物が来たな。二足歩行はよしとして、キツネ……じゃない、か? 鼬っぽいな」
「鼬で合ってる。オオオオオオカマイタチ」
「なんだって?」
「オオオオオオカマイタチ。大きなしっぽで、大きな体格の、オカマの鼬」
どもったのかと思い聞き返したが合っていた。大尾大オカマ鼬。
「なんだそのスモモモモモモモモのうちみたいな名前」
「運営だから」
運営の仕業なら仕方ない。運営ェ……
鼬が情熱的に目をパチパチと瞬かせじりじりとすり足で近寄ってきたので二歩大きく踏み込み、すれ違いざまに胴を木刀で凪ぐ。鼬はひらりと身をかわし、とび蹴りを放ってきた。鳩尾にまともに喰らったものの大したダメージではない。
「木刀キック!」
ハイロウは懐に入った鼬を思いっきり蹴り上げた。しかし鼬はハイロウの胸を蹴り後ろに跳んでダメージを抑えた。華麗に落ち葉の上に着地した鼬に舌打ちする。
「バトル漫画か!」
「そのまま戦って。唱える」
「すまん射線気にする余裕ない。かなりすばしっこい」
「問題無い。引き付けてくれればいい。それにスローライフベアはもっと遅い」
「了解!」
ぴょんぴょん飛び回る鼬に木刀を振り回す。太刀筋もへったくれもない無茶苦茶な剣ではあるが、ゲームの中で数日も振り回していれば不良喧嘩剣法程度の体裁は整いだすものだ。三回振れば一回は鼬にヒットした。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を顕す―――ファイア」
「うおっ」
数回鼬を殴打していると、背後から握りこぶしほどの炎弾が脇の下をくぐって飛び、鼬に命中した。鼬はぼがんと小さな爆発をまともに受けて吹き飛ぶ。ぽさりと腹から地面に落ちた鼬はよろよろと立ち上がったものの木刀の追撃を脳天に受けるとビクンビクン痙攣して倒れ、動かなくなった。
ハイロウは焼け焦げた鼬の尻尾を掴んで目の前にぶら下げる。初めて魔法を見たわけだが、思ったよりも地味だった。しかし実際こんなものだろう。
「お疲れ。やっぱり弾道はある程度こっちで調整するから、射線に立たないのはできればでいい」
「了解した。ところでなんで平家物語?」
「暗記してる長文だったから」
魔法の詠唱に必要な文字数制限を満たす文章を考えて覚えるよりも、既に覚えている文章で文字数制限を満たしてしまえばいい。確かに理には適っているが、趣も何もあったものではなかった。平家物語で炎弾発射。つながりが見当たらない。
平家物語序文を暗記しているという事はセイレンの中の人は中学生以上だなと思ったが、リアルについてあれこれ詮索するのはマナーがなっていない。
鼬の死体を臨時報酬として譲ってもらい、懐を暖めたハイロウはセイレンの先導で泉に向かった。
森も草原と変わらず、普通に移動しているだけではあまりモンスターに遭遇しない。泉までの道のりでアイアンアントという柴犬サイズの蟻と一匹遭遇しただけで済んだ。その蟻もセイレンのファイア一発で沈み、ハイロウは護衛なのに居てもいなくてもあまり変わらない気まずさを味わった。勿論本命は森モンスター最強を謳われるスローライフベアであり、蟻や鼬のように瞬殺はないだろうから、その時は嫌が応にも働く事になるのだが。
泉まであと少し、というところでセイレンがふと立ち止まった。獣道から少し逸れた木立の奥に顔を向ける。少し考え込み、がさがさと落ち葉を踏み分けてそちらへ向かう。後ろから着いていくと、セイレンがしゃがみ込んでバスケットボール大の茶色っぽい玉を拾い上げた。独特の鱗のような模様がついた玉で、側面が破壊され大きな穴が開いている。ハチの巣だ。セイレンは巣の中に手を突っ込み、手についた粘液を木漏れ日に翳して注意深く見た。そして目を下に落とす。その視線を追うと、落ち葉に窪みが点々とできて森の奥に続いていた。
「食事してたみたい。まだ時間経ってない。近くにいる」
「随分手馴れてるな」
「ヨサックさんに教えてもらっただけ」
「誰だよ」
「ハンナさんの旦那さん。予定変更して大丈夫? 場所が分かるなら泉で待ち伏せるよりも奇襲した方が良いと思う」
「同意」
セイレンは首肯したハイロウが物欲しげにハチの巣を見ているのに気付いた。
「欲しい?」
「そりゃ欲しいけど鼬も蟻も貰ってハチの巣までってのはちょっとなあ。いいよ、とっとけよ」
「熊は私がもらうから」
「あ、なんだそういう分配か。じゃ遠慮なく」
現金報酬に釣られた雇用、モンスターの死体総取り。がめつい奴だと引かれていないかなと密かに心配し始めていたハイロウは納得して受け取った。倒すのが難しいスローライフベアの死体は道中手に入れたアイテムの総価値と同等かそれ以上に価値が高い。熊肉や熊の手、熊の毛皮など、どれも高額である。
すぐに戦闘に入れるよう、ハイロウを先頭に足跡を辿る。足場に落ち葉が降り積もっているためどうしても音がしてしまうが、それも木々のざわめきでかき消される程度。二人は慎重に慎重に木々に身を隠し様子を伺いながら進み、ついに倒木の上に腰掛けてハチの巣の破片を夢中で舐めているスローライフベアを捕捉した。
「マジかおい」
太い木の幹の陰から顔だけ出し、その威容を目の当たりにしたハイロウに戦慄が走る。
スローライフベアは思ったよりも小さく、小学三、四年生ぐらいの体格で、赤い小さなTシャツを着たハチミツ色の毛皮の熊だった。他のモンスターはリアルなのにこの熊は妙にデフォルメされている……というかデフォルメされた熊をリアル化せずそのまま使っている。危機感を感じたハイロウは思わず逃げ腰になった。
「ヤバいモンスターってこっちの意味か。いや両方の意味か? つーかこれ夢の国が襲撃かけてくるんじゃないか」
「ここは夢だから大丈夫」
「……ハハッ(高音)、まあそれもそうか」
待ち受ける戦闘そのものとは別の理由で緊張してきたハイロウだった。
オオオオオオカマカマイタチ(大尾大オカマ鎌鼬)とどっちにしようか迷ったけど別に鎌も風も使わないしこっちに落ち着いたという裏話