一話 下
ハイロウはお冷の氷を噛み砕きながらこれからの計画について考える。
やはりゲームなのだからゲームでしかできない事をしたい。MPがあるのだから魔法の類もあるだろう。魔法は厨二病の感染源となる事が多いのであまり近づきたくないが、ゲームだし魔法を拒否する方が変だと自分に言い聞かせる。魔法自体は好きなのだ。ロマンがある。よって第一目標は魔法を使う事。
第二目標、というかまず片付けなければならない案件は就活。ゲームの中でひたすら労働というのもやるせないから、とりあえず食事代と宿代が稼げる程度でいい。金が無くて食事ができず、餓死→復活→餓死→復活のコンボは御免だ。しかしホイホイ転職するわけにもいかないから、職業は慎重に選ぶ必要がある。
野菜クズを入れたバケツを持ってどこかへ出かけようとしているハンナを呼び止めて聞いてみた。
「職業選び? そればっかりはなんとも言えないねえ。人には向き不向きってものがあるからさ。自分の目で見て、自分に合いそうな職業を探すといい。でもまあ強いて言うなら基礎スキルが高いに越したこたぁないね。基礎スキルが低いと門前払いされる事もある。【筋力】1.0で鍛冶屋に弟子入りしようったって雇っちゃくれないよ」
「ふむ。基礎スキルはどうやって上げるんですか?」
「どうやってって……普通に上げりゃいいのさ。筋肉使えば【筋力】が上がるし、タコ殴りにされれば【防御力】がどーんと上がる。ああ、HP、MP、スタミナは半分以下に減らしてから最大値まで自然回復させると上がるよ」
「ははあ。すると走れば【敏捷】か」
「そうそう、そういうこったね。就職するまでは草原で薬草でも採ってくりゃ宿代食事代ぐらいは稼げるさ。ああ、薬草売るときは道具屋にね」
「なるほど。もう一つ、魔法ってどうやれば使えるようになるんですかね」
「書店で売ってるスクロールを使えば覚えれる。でも魔法は高いよ? 安いのでも2gはするね」
「げ」
現在の所持金が3s5c。最低でもあと1g6s95c必要になる。魔法は簡単に使えそうに無い。
ハンナが店を出て行き、とりあえずアドバイス通りに薬草を採りに行く事にした。ケティに夕方まで出かけると声をかけ、店を出る。
小道をケティに案内してもらった道順を思い出しながら抜け、大通りに出る。武器屋に寄ろうか迷ったが、戦闘をするつもりはないので武器の購入は後回しにする。ハイロウは手ぶらで東の出入り口から村を出た。既に東の空に日は昇っていて、朝日が草原を照らしている。メニューウィンドウの時計を見ると七時になっていた。
まずは村の出入り口近くで薬草を探す事にした。武器が無いので、モンスターが出てきても戦闘できるかは怪しい。武器があっても戦闘できるかは疑わしいし、そもそも村の近くにモンスターが出没するかも分からないのだが、とにかくモンスターが出たらすぐに村の中に逃げ込めるような場所で探索をする。
さて薬草を探そうと辺りを見回したところでふと思った。
(待てよ? 薬草ってどうやって見分けるんだ?)
足元の草原はよく見てみると何種類かの形や色が違う草が集まってできているのが分かったが、どれが薬草なのかは分からない。いちいちNPCに尋ねるのも億劫だったので、まずは自分で探してみることにした。草を一本むしり、根っこについた土を払い落とす。
「…………あれ?」
ポップアップも無ければ勝手にアイテムウィンドウに収納される事もカード化する事も無かった。草はハイロウの手の中でくてっとしているだけだ。アイテムウィンドウがあるのだから、収納不可という事はない。アイテムウィンドウを開いて確認してみる。すると『アイテムに右手を当て、「アイテム収納」と唱える事で収納する事ができる』とヘルプ表示が出たので、その通りに唱えた。右手に持った草が消え、アイテム欄に新しい表示が出現する。
雑草B(10g・0mp)×1……利用価値のない雑草。なんの特徴もない、雑草オブ雑草
ただの雑草だった。
それから数時間せっせと草むしりを続けた。途中真新しい剣や棍棒を担いだプレイヤーが数人村から出てきて、ハイロウを珍獣を見るような目で見てきたのでいたたまれなくなって場所を変えたが、それ以外は爽やかな風と太陽の光に包まれて、時々何やってるんだろう俺と自問しながら草むしりをし続けた。
午前中を丸々使って得た収穫は以下の通りである。
雑草A(10g・0mp)×1……利用価値のない雑草。成長が早く、どこでも我が物顔をしている雑草。
雑草B(10g・0mp)×99……利用価値のない雑草。なんの特徴もない、雑草オブ雑草。
雑草B(10g・0mp)×1……利用価値のない雑草。なんの特徴もない、雑草オブ雑草。
雑草C(10g・0mp)×1……利用価値のない雑草。非常に珍しいが、所詮雑草。
雑草D(10g・0mp)×1……利用価値のない雑草。雑草の中でも一際異彩を放っているただの雑草。
雑草E(10g・0mp)×1……利用価値のない雑草。煎じて飲むと特に何も起こらない雑草。
オイシ草(10g・1mp)×8……食欲をそそる香りの美味しそうな赤い草。苦くて不味い。
ヤク草(10g・2mp)×1……ドギツイ紫色の毒草。比較的珍しい。
モノ草(10g・2mp)×2……比較的珍しい青い草。リラックス効果があるが食べ過ぎると無気力状態になる。
土(50g・0mp)……普通の土。色は普通。匂いも普通。養分も普通。
運営のネーミングセンスと説明は置いておくとして(「技能スキル」なんて日本語にすれば「スキルスキル」だ)、あまり数が採れなかった事に落胆した。あまりにも薬草が見つからないのでついでとばかりにスタック上限の確認をしてみたが、99個で上限のようだった。
アイテム枠には特に制限は無かった。しかし重量と魔力量に制限があるらしい。
アイテムウィンドウの上部には「1.2/200kg・14/2000mp」と表示されていて、これは装備していないアイテムの重さ、mpの総量と一致する。重量かmp、どちらかが限界になるとそれ以上持てなくなるという解釈で良いだろう。でなければこんな表示をする意味は無い。
ハイロウは村から聞こえた正午の鐘の音を区切りに薬草採集を止め、村の中に戻った。いくらなんでも延々と丸一日薬草探しに費やすのは嫌だった。
昼時で朝よりも賑わいを増した大通りを歩き、道具屋へ向かう。ハイロウはすれ違う人々の頭上のマーカーを確認する。ほとんどNPCで、プレイヤーは数人だった。高身長にガッチリした胸筋でTシャツを盛り上がらせている初期装備の大男プレイヤーもいれば、黒いフード付ローブで顔を隠した性別不明の小柄なプレイヤーもいる。外見も装備も様々だ。
(プレイヤーの人数そのものが少ないのか、往来を歩いている人数が少ないだけなのか……)
考えている内に道具屋についた。フラスコに入った万年筆の看板が下げられた、木造のこじんまりとした店だ。ハイロウは石段を上がり、ドアを開けて店内に入った。
店内は乱雑に置かれた商品が場所をとっているせいでかなり狭かった。入り口からカウンターまでようやく二人並べる程度の通路ができていて、それ以外はヒビの入ったランタンやら片腕が取れたマネキンといったガラクタにしか見えないものや、縁にルーン文字が刻まれ磨きぬかれ宝石が嵌った銅鏡やら純金でできた華美な装飾のゴブレットといった見るからに高価そうなもので床から天井まで占拠されている。おかげで壁の採光窓からの光が遮られ、店内は薄暗くなっていた。
ハイロウがドアのベルを鳴らすと、店の奥で新聞を広げていた無精ひげの中年男がじっと見定めるような視線を向けてきた。真新しいTシャツから紺のハーフパンツまで視線を動かし、面倒くさそうに指を鳴らした。ハイロウの前にウィンドウが開く。
「いらっしゃい。商品はそれから選びな」
「あ、いえ、今日は売却で」
「売却ぅ? 初期装備のヘナチョコTシャツなんて売られても困るぜ? タダなら引き取ってやらんこともないが。何売るんだ」
「ヤク草とオイシ草とモノ草を」
「はぁーん……なるほどね。ま、堅実な所だな。薬草好きなら小作人か薬師にでもなった方がいいぜ」
「考えときます。雑草はやっぱり売れませんか?」
「売れると思うか?」
「ですよね」
薬草は合計60cで売れた。内訳はオイシ草3c×8、モノ草8c×2、ヤク草20c×1。薬草採取に費やしたのは大体五時間だから、時給12cの計算になる。ちょっとしたバイト程度の給料だ。
四時間も薬草探しをすれば口に糊をする程度には稼げる事が分かったが、ハイロウは別の稼ぎ方を模索しようと思った。
想像してみて欲しい。ゲームでAボタンを連打しながら五時間もの間村の周辺の草原をしらみつぶしに歩き回った時のうんざり感を。三次元と二次元の違いはあるが、ハイロウの感覚としてはほぼそれと同じだ。できればやりたくない。
薬草を売り払ったハイロウは広場に出ていた出店で肉串を三本買った。一本2cで6cの出費だ。昼食代としては少々高くついたが、香ばしい匂いに逆らえなかった。
ほかほかと湯気を立ち上らせ、上質で今にも滴り落ちそうな脂がのった肉串にかぶりつく。アツアツの肉汁にピリ辛の香辛料がからまり、絶妙に歯ごたえと柔らかさを両立させた肉の触感と相まってたまらない美味しさになっていた。夢中になって貪り、頬張り、噛み締め、喉の奥に流し込むと、口の中にさらに涎が溢れ、腹の虫がもっと、もっとと騒ぎ立てる。
ハッと気付いた時には更に6cを失い、手には合計六本の串が残っていた。
「くそが!」
Dream Worldはやたらと金を毟り取りに来る。ハイロウは空に向かって叫んだ。
昼食を取ったハイロウは書店に寄って12cで本を二冊買い、ダラダラと宿に戻った。カウンターで店番をしていたケティに客室番号を聞き、階段を上がって自分の部屋に入ってそのままベッドに倒れこむ。
全く以ってゲームらしくないゲームだった。ウィンドウと鈍い痛覚が無ければ未だに現実だと思っていたかも知れない。胸躍る冒険も無ければ神秘に満ちた魔法も(まだ)ない。草むしり? 食事? そんなものは現実でも嫌というほどできる。
しかしやはりゲームである。この世界では誰も高郷法介を知らない。この世界では「ハイロウ」だ。何をしようが勝手。現実には何の影響もない。ここまでリアル仕様なのだから、ある意味人生を別ルートで始めたに等しい。
仰向けに寝転んだままメニューウィンドウを開いた。「残時間11:12:30」という表示が目に入る。ログイン時に「以後、睡眠に入ると自動的にログインする事となります」と説明されていた。残時間がゼロになったらゲーム終了という事はあるまい。何かの区切りだろう。
「連続ログイン制限か?」
呟いてオプションを開き、それらしい設定を探す。案の定「ログインタイマー」という項目があった。
『残りログイン時間を使い切ると強制的にログアウトされます。現実の日付変更(日本標準時)と同時に残りログイン時間は24:00:00にリセットされます。ログインタイマーを設定する事で任意のタイミングで強制的に現実の体を睡眠状態にし、ログインする事ができます。 タイマーを設定する/設定しない』
なるほど、と納得した。
ログイン時間のリセットだから、残り時間が蓄積される事はない。連続ログインは、現実時間の18:00に眠り、日付変更のリセットを挟んで翌日の6:00に目覚めるという十二時間が限度だ。ゲームをやりたいがために眠り続けるという事態にはならない。運営も一切責任を取らないと言いながらも一応プレイヤーに気を使っているようだった。単に技術的? な問題で連続ログインをさせられないだけかも知れないが。
メニューウィンドウにログアウトボタンがあるのだから、ログアウトはいつでもできる。ログインは普通に眠った場合か、ログインタイマーによる強制睡眠か――――
そこまで考えて青褪めた。考えてみればこれは恐ろしい。ログインタイマーを設定すれば食事中でも車の運転中でも問答無用で眠らされるのだ。運営とNPCの主張によればDream Worldはあくまでも夢であるから、現実の世界の肉体は普通に眠っているだけだろう。迂闊な時間にログインタイマーを設定すれば大惨事である。
加えて今こそログインタイマー設定はプレイヤーに任せられているが、実際は強制睡眠は運営の手によるものだろう。高郷法介は自分で自分を決まった時間に強制シャットダウンできるほど器用な人間では無い。運営はプレイヤーの設定に従ってプレイヤーの現実の体を眠らせていると考えるのが妥当だ。
つまり運営はその気になればいつでもプレイヤーを無理やり眠らせる事ができるのである。得体の知れない何者かに、一部とはいえ自分の体の支配権を握られる……これほど恐ろしい事はそうない。
が、やはりゲームをやめる気は無かった。起きている間と寝ている間、二通りの人生を送れるのだ。こんなに美味しい事はない。多少のリスクは踏み越えてナンボ。
それに端から運営がプレイヤーをどうこうしようと思ったら抵抗のしようが無いのだ。18禁ロックを解除した場合にログアウト不可が起こりえるのがその証拠。運営はプレイヤーを一生覚めない眠りに閉じ込める事も容易い。それをしないかどうかは運営の肝一つで、ハイロウは運営を信じた。ゲームを続けたければ信じざるを得ないというのが本当のところだが……
ふっとため息を吐き、ログインタイマーを1:15:00にセットしてからBBSを開いた。他のプレイヤーの様子が気になった。
ざっと見たが、BBSのスレッドは【雑談】【情報まとめ】の二つのみで、数えてみると利用者は三十二人に留まっていた。ハイロウのように見てはいるが書き込んではいないというプレイヤーも多いだろうから、実際の利用者は三十二人の二倍は堅い。
雑談スレッドを見るとプレイヤーが神殿に集合している事が分かった。一々スレッドに書き込むのが面倒になり、広場に集まって直接情報交換する事にしたが、NPC達から「たむろってんじゃねー邪魔だ!」とブーイングを喰らい、現在神殿の軒を貸してもらっているらしい。神殿の神官も口では歓迎しながらも嫌そうにしているので早急にどこかに場所を移す事を検討中だとかなんとか。
実に面倒な事になっている。情報交換は魅力的だったが、どうせまとめられた情報は【情報まとめ】に載るのでわざわざ迷走中の神殿グループに合流する事もない。しかし面倒な手間をかけてまでまとめられた資料を利用するだけ利用する、というのも気が咎めたので、自分が知った情報で未出のものをいくつか書き込んでおいた。
書き込みを終えたハイロウは起き上がってベッドに座り込み、アイテムボックスから二冊の本を取り出した。魔法を使う時に備えて【知力】を上げるためだ。
書店の店主によれば、【知力】はパズル、読書、暗号解読などによって伸びるらしい。パズルと暗号解読は伸びが非常に良いが、一度解いたものをもう一度解いても全く伸びない。読書はパズルと暗号解読よりも伸びは良くないが、数回までなら読み返す事で知力を伸ばせる。
ハイロウは読書での知力上げを選んだ。パズルや暗号集を買う必要が無いからだ。読書はパズルよりも時間はかかるがコストパフォーマンスが良い。節約中のハイロウに選択肢は無かった。
ハイロウは白い装丁の薄い本、『逝書』を開いた。立ち読みできなかったのでどんな本なのかはまだ分からない。見開きに小さく「Ramen」と書かれていた。嫌な予感を感じながらページを捲る。
『神は言われた。「紳士あれ。」こうして、紳士があった。
神は紳士を見て、良しとされた。神は紳士と変態を分け、
紳士をジェントルマンと呼び、変態をロリペド野郎と呼ばれた。
ヤンデレがあり、ツンデレがあった。第一の日である。』
酷い内容だった。宗教関係者は運営を殴って良い。
読み進めるとますます酷かった。原本をしっかり読んだ事は無かったが、一から十まで丁寧に改変されているのがひしひしと伝わってきた。
「運営終わったな……」
サービス開始一日目にしてゲーム終了の兆しを見せた運営を儚んだ。ここまで堂々とパロディにしたら流石にアウトだろう。そう考えたハイロウはふと重大な事に気付く。
終わるもなにも終わらせる方法がない。
Dream Worldはその名が示す通り「夢」だ。運営はそう言い張っている。夢の中で世界的宗教を茶化したからといって現実の法で罰せられるだろうか? 答えは否である。
夢の中では万引きしようが全人類を虐殺しようが全くの自由で、夢の中で総理大臣の横っ面を張り飛ばしたからといって現実で警察にしょっぴかれる事はない。そしてDream Worldが夢である以上、運営が何をどうしようが罪に問われる事はない。
更に仮に訴えようと思っても物的証拠が無い。全て頭の中で起きている事だからだ。「夢の中で犯罪が起きました! 捕まえて下さい!」と叫んでも精神病棟に入れられるのがオチだ。トドメに運営が正体不明だ。誰を訴えればいいのかすら分からない。警察の捜査で足がつくとも考えにくい。ハイロウは真正面から法律に突っ込んですり抜ける運営の手口に感心する。
(そうなるとこれもセーフか)
もう一冊の本を手に取った。表紙には眼鏡をかけた黒髪の少年が箒に跨っている絵が描かれている。その額には稲妻型の傷があった。
タイトルは『ハラー・ヘッターと賢者の飯』。少年は杖の代わりにお玉を持ち、頭にはコック帽が乗っていた。やりたい放題だ。
最初は流し読みしていたが二冊ともなかなかどうして面白く、いつの間にかのめり込み、本に顔をくっつけるようにして最後のページを読み終えた頃には既に薄暗くなっていた。
ハイロウは本を収納し、スキルウィンドウを開いて【知力】が1.2になっている事を確認した。ウィンドウはバックライトがついているため薄暗くても文字は読める。状態異常に『空腹(軽)』と表示されているのに気付き、部屋を出て階下に降りた。
「夕食もう食べれる?」
「食べれますよ。座ってて下さい、とってきますっ」
暇そうにテーブルに顎を乗せてだらんとしていたケティに声をかけると、ぴょんと立ち上がってカウンターにぱたぱたと小走りで駆けていった。隅のテーブルでもそもそとサラダを口に運んでいる黒いローブにフードのプレイヤーがいたが、ゴキブリのような全身黒ずくめスタイルにそこはかとない厨二の気配を感じたハイロウは拒絶症状がでて、できるだけ離れた位置に座った。自分以外の宿泊客(?)に興味はあったが、話しかけて「ふん、邪気眼も持たぬ凡俗が話しかけるでないわ」だの「なに!? その顔は! まさか君が……この時代に生まれ変わっていたとは……」だのと返されたら吐血する。
もちろんそれは単なる被害妄想と偏見で、それほどテンプレートな患者に遭遇する可能性は宝くじで五等に当たる程度のものだろうが、厨二アレルギー持ちのハイロウは警戒して接触を避けた。
サラダとベーコンのソテーを運んできたケティにビールかワインを飲むかと尋ねられたが、少し悩んで断る。聞けばこの世界に飲酒年齢制限は特にないらしく、自由に飲んで良いとの事。しかしハイロウは浪費を嫌った。魔法を覚えるまではなるべく節約する心積もりである。
食事を終え早々に自室に引き上げ、メニューウィンドウのバックライトの明かりで本を読み返す。読みにくかったが、読めないわけでもない。小さな灯りの下で目を細めている内にハイロウの意識はいつしか遠のき睡眠状態になり、そのままログイン時間が切れてログアウトして行った。