表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

プロローグ

 明晰夢、というものがある。睡眠中にみる夢のうち、自分で夢であると自覚しながら見ている夢のことだ。明晰夢の経験者はしばしば、夢の状況を自分の思い通りに変化させられると語っている。明晰夢は理論上睡眠時に誰にでも起こりうる生理的現象であるから、誰でも自分の思い通りの夢を見る事ができる可能性があるという事だ。

 現実ではできないあんな夢こんな夢いっぱいあるけど、みんなみんなみんな叶えてくれる。それが明晰夢である。

 だから自室で寝ていたはずの高郷法介は、いつの間にか見覚えの無い狭い部屋の中に居ると気付いた時、真っ先に明晰夢だと思った。法介は確かに寝ていて夢の中にいるはずで、にもかかわらず夢だという自覚がある。生まれてこの方十八年、はじめて見る明晰夢に興奮した。

 そこは三畳半ほどの壁も床も天井もざらざらした灰色の石材でできた部屋で、壁の四隅にかけられた松明が部屋の中心にいる法介にゆらゆらと穏やかな光を投げかけている。周囲を見回すと窓もドアも無い密室だったが、夢なので慌てない。

 目線を正面に戻すと、そこにはA4の紙ほどの大きさの白いボードが「浮かんで」いた。



『Dream Worldへようこそ!  ▽』



 直訳で夢世界。流石夢、意味不明だった。夢の中で夢世界へようこそとは洒落が効いていると思いながら、とりあえず夢の改変をしてみようと思った。まずは殺風景なこの部屋を……イメージしやすい自室に。

 法介は自分の部屋をイメージし、変われ! と念じた。

 しかし何も起きない。

「……あれ?」

 困惑した。やり方が間違っていたのだろうか。何度念じても机が生えてくる事も無ければベッドが落ちてくる事も無い。全く変わらない石室のままだ。

 そこで違和感を抱く。夢のはずなのに、どうも夢という感じがしない。夢特有のあやふやな感覚ではなく、まるで現実であるかのようなリアルな五感。床を触ればひんやりざらざらとした触感がはっきりと伝わってきたし、松明に近づけばほんのりと暖かい。あまりにもリアルだった。本当にこれは明晰夢なのだろうか?

 不安になった法介は試しに頬を思いっきり抓ってみた。

 全然痛くない。分厚いゴム越しに抓っているようだった。

「うん、夢だよな」

 法介は明晰夢とはこういうものだと納得し、現状を楽しむ事にした。モヤモヤはまだ胸の奥に残っていたが、これほどリアルな夢なのだから、疑問を突き詰めている内に目が覚めてしまったらもったいなさ過ぎる。

 夢の内容変更をひとまず諦め、とりあえず目の前にこれ見よがしに浮いているボードに表示されている点滅中の逆三角形をタッチしてみる。文字がパッと切り替わった。



『Dream Worldは夢の中で行われるMassively Multiplayer Gameです。運営は当ゲームの利用に関しての一切の保障を致しません。ゲーム利用は全て自己責任となっております。完全無課金制ですので支払いの必要はございません。運営から申し上げる事はただ一つ。ゲームをお楽しみ下さい。俗に言うデスゲームとか脱出できないとかそーいうのはないんで。自由にログアウトできます。期待してた人はごめんね。 ▽』



 法介は投げやりな説明文を読み流し、流石俺の脳みそ、テキトーだなと変な感心をしながらページを進める。



『このゲームのプレイヤーは2011年現在日本に住んでいる十二歳以上の人間から無作為に抽選されています。以後、睡眠に入ると自動的にログインする事となります。プレイ権を放棄する事で自動ログインを拒む事ができますが、一度プレイ権を放棄した方は二度とログインする事ができなくなります。ご了承下さい。

 プレイ権を放棄する/しない』



 法介は夢の割に詳しく書かれた文章に首を傾げ、もう一度頬を抓る。やはり痛くない。

(夢……なのか? ボードにもこれは夢ですって書いてあるしなあ……でも夢の中で夢にこれは夢ですって説明されるのは夢らしい夢と言えるんだろうか。明晰夢も夢である以上夢の範疇にある夢なわけで、夢としては……あれ? 夢としては夢が夢々夢らしく夢……ん?)

 しかしすぐに夢がゲシュタルト崩壊して考えるのが面倒臭くなったので、思考放棄して「しない」をタッチした。法介はネットゲームの利用規約を一文字も読まずに読み飛ばすタイプだった。画面が切り替わる。



『ありがとうございます。アバターの作成に入ります。あなたはDream Worldをプレイする間、常にここで作成したアバターの姿になります。ゲーム中然るべき手段を取ることで整形は可能ですが、アバターの作りなおしはできません。ご注意下さい。  ▽』



「おおっ!?」

 法介は驚きの声を上げた。ボードが四倍ほどの大きさに膨らみ、手元にマウスとキーボードが現れた。マウスとキーボードもピタリと静止して浮かんでいる。

 ボードには『性別を決定して下さい。 ♂/♀』という表示が出ていた。

(ネカマできるのか……いや普通に男選ぶけど)

 マウスを動かし、♂をクリックする。表示が変わり、全裸ののっぺらぼうマネキン人形が画面一杯に表示された。随分精巧な3D画像だったが、股間にモザイクがかかっている。

 そこからのキャラクター設定はしつこいぐらい詳細に求められた。

 例えば髪をクリックすると、「長さ/髪質/髪色」が出る。長さをクリックすると、「手動で調節/既存の選択肢から選ぶ」が出て、既存の選択肢をクリックすると、新しいボードが開き、五十種類以上の大量の候補が映し出される。

(め、めんどくせえええええ)

 一時が万事そんな調子で、異様に細かい選択肢を法介は根気強く選んでいった。

 髪は耳にかかる程度の長さにし、髪質は標準より若干硬め、髪色は普通に黒。耳は細め(エルフ耳や福耳もあったが獣耳はなかった)、目、鼻、口、眉、睫毛は標準。二重瞼。ニキビやらホクロやらアザやらシミやらのオプションは付けない事にする。一度手動で調節しようとしたが、どうみても人間の顔ではなく福笑いだったので選択のみにした。全身の脂肪率と筋肉を下げてひょろっとした体格にし、腹筋だけは締まらせる。

 試行錯誤の末完成したアバターの全身像を法介は満足げに眺めた。

 ひょろ長い枯れ木を連想させる体格で、素朴な顔立ち。スーツを着せて雑踏に放り込めばすぐにどこにいるか分からなくなるような容姿だ。だがそれがいい。法介はパッとしない普通過ぎない普通な外見が好きだった。厨二病の反動である。三年前なら銀髪オッドアイで笑顔が眩しい中性的な超絶イケメンにしていただろう。

 昔の事を思い出し吐きそうになってきた法介は気持ちを切り替えてさっさと決定ボタンを押す。

『これで決定しますか? Yes/No』

 イエスを選ぶ。また画面が切り替わった。



『四十文字以内でアバターの名前を決めて下さい。 重複確認/決定』



「……多いな」

 四文字ではなく四十文字。「光速の異名を持ち重力を自在に操る高貴なる女性騎士」でも入る。無駄に凄かった。試しに「ああああ」と入力して重複確認をすると「その名前は既に使われています」と出て笑った。

 ひとしきり名前で遊んでから、いつものように「ハイロウ」と入力する。重複確認はクリア。「高」郷「法」介だからハイロウ。実に単純だ。ゲームの主人公には大抵この名前を使っていた。



『この設定でゲームを開始します。よろしいですか? Yes/No』



 初期ステータスの割り振りや職業決定は無かった。そもそもアクションゲームなのか、シューティングゲームなのか、ロールプレイングゲームなのかの説明もない。

 法介は薄々ここは夢だが夢のようで夢ではない場所であるという事に気付いていた。痛みは無く、吊り糸も無しにうすっぺらなボードが空中浮遊しているのだから、なるほど夢世界なのだろう。痛みが無い程度なら麻酔を使えば可能だが、ボードの空中浮遊は現実では有り得ない。

 しかし人間が見る普通の夢なのかと言えばそれは否。睡眠時に勝手に動いている脳の活動で、これほど精密かつ整合性の取れた夢を見る事ができるだろうか? 常識的に考えて有り得ない。

 ならばどういう事なのか、というのは法介には分からなかった。SFやファンタジー小説で時折見られるVRMMOシステムは法介の知る限り実現の兆しさえ全く見えていなかったし、なるほど魔法か! で納得するほどの子供心は高校に上がる際に押入れの奥深くにしまい込んでいた。

 自宅で寝ている平均的な日本の男子高校生をわざわざ選んで誘拐して今まさにVRシステムの実験台にされているというのは無理がありすぎるし、何か超音波的な物で特定区画で寝ている人間全員に明晰夢を見せているというのも合理的とは言えない。そもそもそんな超音波が存在するかも分からない。

 法介は怪しさ満点の状況に自分が置かれている事を自覚していた。最初に安全の保障がされないという文言がボードに表示されていたのも覚えている。明らかに自分以外の何者かの意思が介入した夢である事も理解している。

 しかし法介はゲームを続行する気満々だった。なぜなら面白そうだから。前代未聞の夢世界ゲーム、ちょっとやそっとの危険があってもやらない手は無い。このチャンスを逃したら一生後悔する事を法介は確信していた。

(少なくともデスゲームは無いんだし)

 運営がそう主張したからと言って実際にそうである保証はどこにもないのだが、あえてその考えを頭の隅に押しやり、自分を納得させる。

 後は野となれ山となれ。法介は意を決し、Yesを選択した。

 ゲームが、はじまる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ