10話
巨兵山脈から吹き降ろす風。
群星連邦よりも少し乾いた空気が肌を掠める。
無事に国境を越え、ネビュラ帝国に入ったジナたちの眼前に広がる城塞都市ガロン。
ネビュラ・セプテム州にある東方の玄関口だ。
「いつ来ても美しい街ね。東のダイヤと称えられるだけあるわね」
聳え立つ城壁は見るものを圧倒する。この壁が内側にもう一層あると考えたら、攻め込む気も失せてしまう。
「あれがガロン大聖堂……あそこに帝国の至宝の一つ、帝笏が……」
「あの先に見えるのは、人類四種族結束のシンボル、調和の門か!」
ガロンにある数多くの名所に、目を奪われる観光客たち。あちこちから、ため息と歓声が上がっている。
「日が昇らなくても、ここは賑やかね」
多くの人が行き交い、活気溢れる都市の様相に、いつ訪れても心が弾む。
この街は、いつも新鮮な驚きに満ちている。
『ガロンの街並みは絵画の如く。』───ある皇帝の言葉だ。
皇帝自らが自慢したくなる程に優美で、洗練された街ということだ。
「まず宿屋?それとも市場?」
いくら見て回っても、飽きることはない。
「私、バイクに取り付けできる魔導鞄がほしいの」
早速、購買意欲を刺激されたジナが真っ先に手を挙げる。
「予算は?」
さっきまでの勢いが嘘のように視線を右往左往させ、慌てるジナ。
「あっ、えっ、すー。恋人へのプレゼントってことで、どうか一つ……いや二つ……」
「お金は払いたくないわけね。じゃあダメ」
クラリスは話にならないと、手をひらひらさせてジナを突き放した。
軍属を経験し、外交官の肩書きを持ち、数々の商会、工房のオーナーでもあるクラリスだが、自分は商人だと考えている。
何か欲しければ、代価を払う。
労せず何かを得ようなど虫がよすぎる。
恋人でも、例外ではない。
厳しいと言われようと、信条を曲げるやる気はない。
「お金以外なら払うから!お金以外なら!」
「ダメったら、ダメ!」
いつの間にかスキル【千変自在】を使って、子供の姿になったジナは、クラリスにしがみついて離れようとしない。
何度引き剥がしても異様なしつこさで、必死に縋りついてくる。
「お願い〜!!」
ジナの喚き声が通りに響き渡る。
事情を知らない観衆の視線が痛い。
一方で、親子連れからは同情的なオーラが。
「子供のおねだりぐらい聞いてあげればいいのに……」
「お母さん、大変ね」
ジナが変身した狙いはこれだ。自分に同情的な空気を作って、欲しいものを買わせる作戦だ。
「ジナ、いい加減にして!」
「ヤダ〜、買って、買って!」
「はぁ、急にどうしちゃったわけ?」
クラリスは呆れ顔で、暴れるジナを取り押さえた。引きずるように宿の部屋に放り込んで、鍵をかけた。
「お騒がせいたしました」
「いいえ、いいのよ。あのくらいの年頃は我儘で、大変よね。うちもそうだから」
「いえ……あっ、はい」
クラリスはまだ二十歳になったばかりだというのに、あんなに大きな子の親ということになってしまった。
(せめて、妹じゃない!?)
宿の女将さんに頭を下げて部屋に戻ると、ジナはベッドに寝そべり、まだ駄々をこねていた。
(私が老けて見えるなら、それはきっとこれのせいね……)
「ほら、いい加減にしなさい!まったく!」
クラリスはお母さんのような口調で、ジナを叱りつけるとドアを勢いよく閉め、鍵をかけた。
「まったく……本当に困らせないでよ」
ドアが締まり切るのと同時に、ジナは部屋全体を魔術の結界で覆った。
「あれくらいやらないと!で、尾行は?」
「街に入ってから、ずっと。帝国軍か、別口か。プロの仕業ね」
「結界を張ったから襲撃はないけど、監視に気づいてることには、気づかれたかも」
「気づかれることは折り込み済みなんじゃないの」
帝国の諜報員のしつこさは、軍属時代に嫌という程味わってきた。
ジナに芝居をさせて、騒ぎを起こしても動く様子はなく、見ているだけ。
「監視目的?」
「さぁ……」
クラリスは肩を竦め、分からないと首を振る。
「クラリス、めんどくさいから全員仕留めていい?」
「だーめ。目的をはっきりさせるまでは」
「えー」
まだ子供っぽさが抜けきってないジナは、つまらなそうに頬を膨らませる。
(皇帝直属の暗部【処刑塔】だったら、どうしようかしら……)
クラリスは嫌な予感にひとり身震いする。
この前、やっつけた盗賊たちが可愛く感じてしまう。
ジナとも話し合い、今日はこのまま休むことにした。明日以降、まだ監視を含めたアクションが続くようなら、打って出る方向で話をまとめた。
ふたりの部屋の窓をしきりにつつく小鳥たち。
朝を告げる鳥たちの来訪は、何とも愛らしい。
ペルセポネーのせいで、相変わらず日の昇る気配はないが。
小鳥たちは開かない窓を叩きながらじっと中を伺い、首を回す。
それを繰り返し、闇の中へ消えていく。
よく考えると、奇妙な話だ。
鳥は夜目が効かないはずなのに。
◇◇◇
いつもより少し遅い目覚め。
昨晩、気の済むまで身体を重ねたふたりは、仲良くシャワーを浴びて、かなり遅めの朝食を取っていた。
「ふわぁ」
「まだ眠そうね」
食事を口に運びながら、目を擦るジナとそんなジナの世話を焼きながら、微笑むクラリス。
「だって、クラリスが寝かしてくれないから」
「久しぶりだったんだから、仕方ないじゃない」
「もっとする?」
「魅力的なお誘いでは、あるけど……」
クラリスは少し悩む素振りを見せてから、サンドイッチを頬張るジナの額に口付けをする。
「またあとにしましょうか」
「外のうるさいのを片づける?」
「そうね。少し散歩でもしてみようか」
頷き合い、啄むようにジナの咥えたベーコンの端を奪い取った。
「あー、ベーコ……っん、ん」
塞がれた口の中にベーコンとクラリスの味が広がっていく。
クラリスは「ご馳走様」と、舌なめずりして、ご機嫌な様子で食器を返しに部屋を後にした。
「お掃除、お掃除」
ジナが軽く指をふるうと窓の外に張り付いていた小鳥が次々と霧散していく。
「どこかな、どこかな」
鼻歌交じりに、監視の目を奪って魔力を辿る。 糸を手繰り寄せるように静かに、慎重に。
「見つけた、見つけた」
ジナが小さく嗤うと、宿の少し離れた所で紫電が連続して瞬き、遅れてやってくる雷鳴。
腰を上げたジナは窓を開け放ち、外へ躍り出る。
カツンカツンとブーツの甲高い音を響かせ、屋根づたいを風のように駆け抜けていく。
特異点の身体能力を存分に活かし、目標へと一直線。
敵が武装していると見るや、挨拶代わりに蹴りを叩き込んだ。
怪しい覆面たちの口から苦悶の声が漏れる。
逆探知のついでに雷撃を進呈したのに、敵はまだ元気そうにしている。
「対策されたか。失敗、失敗」
ジナがレイピアを抜くと、覆面たちは一斉に魔銃の引き金を引いた。
激しい銃声と閃光、降り注ぐ魔弾の雨。
帝国軍で確定かなと思いながら、障壁を張った。
「効かない」
覆面たちはジナから冷静に、距離を取りながらまたタイプの違う魔銃を構える。
誰かの「化け物が」という呟きが、風に消えていく。
(こいつら、私の正体を知ってるな。帝国軍の龍狩りか?)
【龍狩り】。帝国軍の龍種を専門に扱う特殊部隊のことだ。つまり、最強種と戦える人間ってことになる。
「お前たち、もしかして龍狩り?」
覆面たちはゴーレムのように銃を構えるだけで何も答えず、反応も見せない。
だが───装備は確かに噂に聞く龍狩りのものだ。
「その着てるの、素材は龍の鱗でしょ?」
ジナの魔術にも、蹴りにも耐える一級品の装備。魔力耐性と物理耐性の両方を兼ね備えた素材など、オリハルコンや色金か、龍の鱗くらいだろう。
一切の沈黙が、戦場を支配する。
問答無用ということかとジナは髪をかきあげ、後ろで一本に束ねた。
次の瞬間、物が潰れるような鈍い音が響く。
そして遅れて、くぐもった悲鳴が上がった。
「やっと人間らしい声が聞けた」
ジナの拳が、覆面の一人の腹に深々と突き刺さる。龍の鱗は砕け散り、くの字になって飛んでいく。
ジナは蹂躙の時間だよとにっこり微笑んだ。




