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悩める赤鬼

作者: ダイナー
掲載日:2026/02/02

 もうすぐ節分なので、鬼を題材にした短編を書いてみました。

 赤鬼は大きな背中を丸め、岩に腰かけひとりため息をついていた。


「どうして僕は、鬼なんかに生まれちゃったのかなぁ……」


 赤鬼は立派な体格で、ほかの鬼が憧れるほど力もある。にもかかわらず、彼は自分のことがあまり好きになれなかった。人間を傷つけることでしか生きられない。それが嫌でたまらなかった。

 うつむく彼を見かねて、親友の青鬼が声をかける。赤鬼とは対照的な、細身の引き締まった体格をしている。鬼の中でも小柄なほうだ。


「どうしたんだ、赤鬼? ここのところ、ずっと浮かない顔してさ」


 気さくに呼びかけた親友に、赤鬼は顔を上げて答える。


「青鬼か。実は僕、最近悩んでるんだ」

「なに悩んでんのか話してみろよ。相談なら、オレが乗ってやるからさ」


 親友の心遣いに背中を押され、少し気持ちが楽になった。赤鬼はどこか嬉しそうに答える。


「ありがとう、青鬼。それじゃあ、ちょっと僕の話を聞いてもらえるかな?」

「当たり前だろ? ぜんぶ話しちまえよ」

「実は、僕は鬼であることが嫌なんだ」

「なんでだよ? お前みたいに強いやつ、そうそういないぜ? なのに、いったい何が不満なんだよ?」

「鬼は人間を傷つけることしかできないじゃないか。僕は人間と傷つけあいたくないんだよ」


 青鬼は笑って即答する。


「おいおい……。それで悩んでたのか? そもそもオレたちは、人間を踏みにじるために存在してるんだ。そんなの常識じゃんか。その何がいけないんだよ?」

「互いに傷つけあうだけなんて、つらくてむなしいだけじゃないか。向こうも、僕たちも」

「じゃあ聞くけどさ。お前がそこまで人間のこと考えても、あいつらがお前のこと傷つけないと思う?」

「それは……」

「絶対ありえないだろ? オレたちはあいつらの敵なんだから。追いはらわれるだけならまだマシで、こっぴどくやられることだってある。オレの親父も3年前、キセル取り返そうとした人間どもにケガさせられたし」

「あの時は、みんなすごい心配したよ」

「なら、わかるだろ? オレらとあいつらは正真正銘の仇同士だ。互いに憎みあってる。相手を倒さなきゃ、自分が倒されちまう。たとえ逃げたって、どこかで必ず戦う羽目になるんだ。だったら、相手のことなんてかまってられるかよ。自分が生き残るために、相手つぶすのは当然だろ?」


 赤鬼は何も言わずうつむいている。青鬼は悩める彼に問いかける。


「それともお前は、相手のために自分がやられるつもりなのか? あの時の親父みたいな目になんて、誰だって遭いたくねぇだろ?」


 返す言葉がない赤鬼は、すっかりしょげかえっている。その背中を、青鬼は優しくたたいて励ます。


「そんな暗くなるなって。お前の気持ち、何となくわかるよ。もしオレと親父たちが傷つけあうだけの仲になったら、きっとオレもお前みたいに悩むと思う。でもさ、相手は人間なんだよ。鬼か人間か、守れるのはどっちかひとつだ。オレなら迷わず鬼を選ぶよ。親父たちも、お前も守りたいからさ。まぁオレは弱っちぃから、逆にお前に守られちまうかもしれないけどさ」

「青鬼……」


 赤鬼が顔を上げると、青鬼は明るく切り出す。


「おっと、そろそろ戻らねぇと。これから親父たちと特訓あるからさ。じゃあな、赤鬼」

「ありがとう、青鬼。相談に乗ってくれて」

「いいって、そんなの! いつまでも、つまんねぇことでクヨクヨしてんなよ? それじゃあな!」


 慌ただしく駆けていく親友を、赤鬼は立ち上がって見送る。その姿が完全に見えなくなると、赤鬼は岩の上に力なく腰を下ろす。彼はどこか寂しそうに、小さくため息をつきひとりうつむいていた——。



 青鬼がいなくなったあとも、赤鬼は岩の上でひとり悩み続けていた。

確かに青鬼の言うとおりだ。人間を傷つけたくはないが、そうすれば自分が傷つけられる。自分を守るためには、戦って相手を傷つける以外に手はない。結局は仇同士なのだから。

 しかし、そのことが虚しい。当たり前でわかりきったことのはずなのに、どうにも虚しくてたまらない。


「人間は僕たちのこと、どう思ってるのかな……?」


 つぶやいた赤鬼は、ある考えを思いつく。


「そうだ! 人間のところに行けば、何かわかるかもしれない! 試しに、今から行ってみよう!」


 立ち上がった赤鬼の全身が発光し、身体がみるみる小さくなる。光が消えると、赤鬼は人間の姿に変身していた。服装も農民の男そっくりに変わっている。

 だがよく見ると、頭頂部の左右に小さなツノが残っている。赤鬼は額に巻かれた手ぬぐいをほどき、ツノを覆いかくすよう頭全体に巻きなおす。これでもうツノが見えることはない。準備の整った赤鬼は意気ごむ。


「さぁ、出発するか!」



 人に化けた赤鬼は、人里に下りていた。冬場なので、どの田畑も土しか見えない。土手の上を歩いてなおも人間を探す。土手の上には桜並木がある。しかし今の季節は、どの木々も幹と枝だけになっていた。

 寂しい並木道の合間から、お目当ての相手を見つけた。下に広がっている田んぼのあぜ道を、4歳か5歳くらいの女の子が元気よく走っていく。後から追いついた母親がたしなめる。


「もう! 危ないからいきなり走っちゃダメって、いつも言ってるでしょ! ケガしたらどうするの?」

 

 振り向いた女の子は、しおらしく謝る。


「ごめんなさい、お母さん……」


 人間も自分たちとそう変わらないな。そんなことを思いつつ、赤鬼は木陰に隠れて耳をそばだてる。なおも親子の会話は続く。


「いいのよ。あなたがケガさえしなければ」

「ねぇお母さん。ちょっと聞いていい?」

「どうしたの?」

「あしたは節分でしょ? なんで鬼は、人間と仲良くできないの? どうして追い出さなきゃいけないの?」


 あどけない子どもの質問に、赤鬼の胸がチクリと痛む。自分が悩んでいたのとまったく同じ疑問だ。いったい人間はどう答えるのだろう? 怖い敵だから追い払わなければならないんだ、と自分たちのように答えるのだろうか……?


 赤鬼は固唾をのんで親子を見守る。母親は少し考えてから答える。


「そうねぇ……きっと、鬼さんたちが優しいからかな?」


 赤鬼が驚くなか、子どもが聞き返す。


「どういうこと?」


 母親は笑顔で優しく答える。


「鬼さんたちは、ただ嫌われていなくなるわけじゃないのよ。わたしたちが不幸にならないように、厄を持っていってくれるの」

「ヤク? なぁに、それ?」

「わたしたちに普段ついてる、目には見えない悪いもののことよ」

「鬼さんは、節分の日にわたしたちから悪いものを持っていってくれるの?」

「そうよ。だからわたしたちは心の中でありがとうって思いながら、鬼さんたちに帰ってもらうの」

「そうなんだ……」


 母親はうなずいてから、我が子を促す。


「わかったら、おうちに戻りましょう? いつまでも外にいたら、カゼひいちゃうから」

「はーい!」


 元気よく返事をした子どもの手を引き、母親は立ち去っていく。彼女たちの姿は、はるか遠くにある、藁ぶき屋根の家の中へと消えていった。赤鬼は茫然と突っ立ったまま、ふたりの背中を見つめていた。


 赤鬼にとって、母親の答えは衝撃だった。てっきり人間も、自分たちを心底憎んでいるものだと思いこんでいた。

 ところが、今の母親の答えはどうだ? あの人間は自分たちを、単純に憎むべき悪だとは考えていない。むしろ、自分たちに必要なものだと思っている。


「人間は、僕たち鬼のことを必要としてくれていたのか……」


 よく見ると、赤鬼が隠れていた桜の枝にはいくつものつぼみがあった。そのつぼみから一足早く花を咲かせたように、赤鬼には思えた。

 

 自分たちはただ傷つけあうだけではなかった。お互いに、相手のことを必要としていたのだ。

 

 迷いのなくなった赤鬼は、踵を返して走り出す。自分の本当の居場所に、戻っていくために。


 翌日、鬼たちは金棒を手に出陣の時を待ち構えていた。きょうは節分。年に一度、人間たちのもとへ全員で戦いにいく日だ。

 青鬼も新調した金棒とともに、出陣に備えていた。緊張する彼の背後から、聞きなれた親友の声が響く。


「青鬼!」


 青鬼が振り返ると、金棒を手にした赤鬼がいた。その顔からは、先日までの不安の影が完全に消し飛んでいた。青鬼は安心した様子で答える。


「いい顔してんじゃん。そのぶんじゃ、もう大丈夫そうだな」

「あぁ。心配かけてすまなかったな」


 目の前にいる親友の姿は、実に堂々としていた。落ち着いた物腰が、仲間たちにも安心感を与えてくれる。親友の雄姿を、青鬼は内心誇らしく思っていた。

 

 ついにその時が来た。輪の中心にいた鬼のリーダーが、皆に号令をかける。


「よし! 今年も行くぞ!」

 

 鬼たちは一斉に答える。


「おぉーっ!」


 赤鬼は青鬼を気遣うように、軽く背中をたたく。青鬼も嬉しそうに、親友の背中を優しくたたいて応える。先を急ぐ仲間たちに、赤鬼と青鬼も威勢よく続いていく。

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